しょうがないよ
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緊迫した空気が飯屋Luckyに漂っていた。その中心にいるのはアイラと海賊の男達である。
不運にも偶然その場に居合わせたデュースはもう帰りたい一心。冷や汗ダラダラである。…呑気に飯を頬張り続けるエースが心底羨ましい限りだ。
もう一度騒動の渦中を盗み見る。
青筋立てた海賊ーー確か400万の賞金首が船長を務めていたはずだーーに相対するのは自身の銀髪色と同色の白い刀を持った女ーーウェイターが呼んでいたのを盗み聞いたところーーアイラだ。
海賊はそうでもないようだが、アイラはどうやら遠目から見ても腕も立つようで構えているわけでもないのに隙が一切見当たらない。
こりゃ一瞬で勝負がつきそうだ、と思ったよりもすぐに開放されそうな状況にそっと息を吐き出す。
「あいつ…」
「エース?」
「……」
そんな中、不意に顔を上げたエースが女ーーアイラを見たかと思えば動きを止めた。
ーーーそれに恐れ慄いたのはデュースである。
(あの、"あの"エースが女に興味を持っている……!?)
なんだ明日は雪か、いや槍でも振ってくるのか!?
まさに戦慄。
その一言であった。
この一に飯、ニに飯、三に飯、四に戦いみたいな子供のまま身体だけが大きくなったと言っても過言ではないエースが!?
デュースは泡を吹きそうになった。
エースとデュースの付き合いはまだ半月程である。
それでもこのエースという男は悪意に敏感な所を除けば純真無垢、子供がそのまま大きくなったという言葉が似合う男なのはよく知っている。
男であるなら"そういう"欲は当然ある。
前の町やこの島に来てからもそうだが、エースはそういう目的で声を掛けられることが少なからずあった。
デュースから見てもいい男であるし、伸び代がありそうな将来性抜群の男だ。女達の気持ちもわからない訳でもなかった。
しかし、当の本人はそんなものよりも食欲の方が優先されるらしい。
確か前の町でも腹が減って飯屋を探していた時のこと。割としつこい女達に辟易とし、早く飯を食いたかったらしいエースはあろうことに彼女達の懇親のお色気攻撃を【ふーん、で?】と流したのである。筆舌し難いあの空気。あのブリザード。正直生きた心地がしなかった。
その時に、このエースという男に理性がオリハルコンで出来ているのではなく、異性に欲が無いのではないかと同性として非常に心配要素しかない疑惑が浮上したのである。
そのエースが少々物騒な女ではあるがアイラに興味を持った。狼狽したくもなる気持ちを分かっていただきたい。……疑惑が疑惑で終わって本当に良かった。
先程とは比較にならない程の安堵の息を溢したデュースだった。
場所は戻って騒動の渦中にいるアイラである。
態と海賊を煽り煽って観察をしてみたアイラであるが内心かつてない程に呆れ返っていた。
質が低く過ぎてオイオイこいつらマジかと顔には出さないが驚いている所なのである。
やること三流、反応もド三流。ついでに言うなら柄も何もかもにおいて特にセンスに関しては下の下の下。底辺も良いところだ。
何も褒めるところがない所が逆にスゴいと感心すらしてしまう。
【虎の威を借る狐】などと言うには狐に失礼なとてもクオリティだ。
慣れたらそうでもないけどアンタは表情が顔に出にくいタイプだね、と定評のあるアイラは哀れんだ目で海賊達を見やった。
そんなことに気付かない海賊達はそれよりもアイラの煽り文句に怒り心頭でその様子に欠片も気付いていないようである。
「おい、姉ちゃん…おれ達が一体誰の下にいるか分かってやってんのか?」
「さぁ…?
でも貴方達のレベルから察するに…見栄だけは一人前の小者というのは分かる」
フ、とアイラが態とらしく笑えばカチーンと怒りが頂点に達していた男達のボルテージが限界突破。二人して武器を取りだし、無防備に見えるアイラに襲い掛かる。
「言わせておけば!」
「痛い目見ねェと分かんねェらしい!!」
「アイラ!!」
何を想像したかなど容易く分かる、自分の名を呼ぶミゼルの悲痛な叫び声が店に響いた。その場にいる殆どの人間がそれを想像しただろう。
しかし、それに何を返すでもなく平然と立っているだけのアイラはそれが聞こえていないと錯覚を起こすかのように、静かに口を開いた。
「最初に言っておく」
「あ!?」
刃が振り下ろされるその一瞬で漸く、アイラが動きを見せる。
右に半歩下がったかと思えば次の瞬間、片方の男の顔に蹴りがクリティカルヒットしたのである。
男は木製の机や椅子に頭から吹っ飛び、店は静寂に包まれた。
口には出さないが、アイラは怒っている。
「ブーメランよ」
「あと悪いけど…わたしは知性のない獣に"叢雲"は使わないからそのつもりで。貴方にあの子は勿体無いもの」
綺麗に笑ったアイラに残った男は顔を引き攣らせるしかなかった。とんでもない狼を怒らせたと気付いた時にはもう遅い。
その後はアイラの独壇場である。相方もボッコメキョに蹴り殴って、意識朦朧とする海賊達容赦無く店の外へ放り捨てた。
相方の方はいうと連れがやられた瞬間、逃げ腰になり、お掃除は易かった。逃げ出そうとした所を飛び蹴りで仕留め実に簡単なお仕事だった。
これにて小さな騒動は一件落着。
首を突っ込んだからには最後まで解決する所存だが、さて相手の次の動向が気になる。これで懲りてくれるなら万事解決なのだけれども、そうは問屋がおろさないだろう。そうでなければ自警団や海軍が追い払っているだろうし。
取り敢えずこれで、Luckyに平穏が戻り一安心。そう、Luckyには平穏が戻った。
「このお馬鹿!!!」
だが、アイラの平穏は今暫く戻らなかった。
その後ミゼルからあんな危ない戦い方命がいくつあっても足りない云々かんぬんと小一時間程の説教を受けたあと。
「なぁ、お前!おれと一緒に海賊やらねェか!?」
「はぁ?」
海賊に勧誘されることになった。
何故こうなったのだろうか。
ちょっとアイラには分かりそうにない。