しょうがないよ
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その飯屋に入ったのはなんてことはない、ただの偶然である。
"東の海"美しすぎる島 シクシスで産声を上げたスペード海賊団ーーポートガス・D・エースとデュースーーは、アイラがレゴラ島へたどり着く30分前にレゴラ島へ辿り着いていた。
海賊として旗揚げしたはいいが、如何せん足りないものが多過ぎる彼等は一先ず人員確保のためあわよくば船を手に入れるため近くの島に立ち寄ったのである。
レゴラ島の1つ手前の無人島でどこぞの誰かが隠していたらしい財宝をゲットするというミラクルラッキーを起こしていた彼らの懐はホクホクなのだ。
換金を終え、取り敢えず飯屋が集中するエリアへと直行した。
噴水広場には聞いていたとおり、飯屋を中心に所狭しと店が展開されている。どれにしようか、とデュースが船長のエースに聞こうとする。
ーーその前にエースはLuckyと大きな看板の店にもうダッシュで駆け込んでいた。そこまで腹が…と思うが確かに限界である。デュースもエースを追い掛けて飯屋Luckyへ足を踏み入れた。
「いらっしゃい!人数は二人でいいかい?」
二人を出迎えたのはLuckyを切り盛りしている片割れ、ウェイターのミゼルだった。
「おう、二人でよろしく美人のお姉さん」
「あら、口が上手い色男だねェ」
「デュース、色男ってなんだ?食えるか?」
「食えねェな」
「食えねェのか」
当たり前だ、この馬鹿。
あまりのトンチンカンなそれにデュースは船長を殴りたくなる衝動に駆られた。
が、仮に殴った所で悪魔の実最強の種と呼ばれる自然系の能力者になったエースには殴る蹴るなどの物理的な攻撃は微風(そよかぜ)程度の意味しか持たない。それを寸の所で思い出し、デュースの振り上げた拳は行き場を失いパタリと落ちた。
それに、エースが目の前で炎などになってみれば大騒ぎになるのは必然。そうなれば飯屋どころの話ではなくなる。それは、絶対に避けたい。
「お姉さん、おれたち死ぬ程腹減ってんだ」
「なら死ぬ程お食べ。金を落としてくれるんならあたし達はどんだけ食べようと一向に構わないよ」
「ホントか!?」
「おいおい…」
ウィンクする中々の美人ウェイターは多分冗談で言ったんだろうが、残念ながらデュースの隣の男はこの手の話に関しては滅法弱い。その証拠にキラキラと目を輝かせている。
……食事代だけで金が無くなることも頭に入れておいた方がよさそうだ。頭の中で組んでいた予定を全てキャンセルしておいた。
エースは、基本的に人間不信な気がある。自分から話しかける分にはないのだが、その逆の時は親の仇でも見ているのかと疑う程の目力と警戒心である。
その癖して、食べる一点に関してはいつもの猫も降参するレベルの警戒心はどこ行った!?と見ている人間が目を疑うほど純粋に信じる。
今は無名だからまだいいが、名が売れてくれば毒殺されるなんてこともあるやもしれないのを分かっているのだろうか。
海賊王の息子が毒殺など笑い話にもなりゃしない。
……おれがしっかりせねば。
デュースはミゼルに案内されるままテーブル席に座りながら心に誓いーーもうすぐ確実に来る苦労にため息をついた。
苦労を分かち合える人間が切実に仲間にほしいと思うのは、仕方無きことである。
本当に手が掛かる。でも、嫌ではないのはエースの才能がなせるわざだろうか。
「このお兄さん…大丈夫かい?医者呼ぼうか?」
「あぁ、迷惑掛けてすまない。寝てるだけだから大丈夫だ」
「……、食べながら寝るなんて器用なお兄さんだねェ…」
「ははは………」
美人ウェイターからの気の毒そうな視線となけなしのフォローが胸に痛い。
デュースが"それ"を知ったのはシクシスを出た直後に到着した町でのことだ。海軍が町の治安を守るお手本のようなその町の飯屋でそれは発覚した。
シクシスではお互い満腹になるまで食べるということがなく、気付くことは無かったのだが……スペード海賊団船長は特技としては超迷惑な、悪癖としては一流の癖を持っていた。
食べていると前触れもなく突っ伏して寝るのである。
勿論、デュースは最初椅子から転げ落ちるほど驚いた。死んだのではないかと涙を流して心を痛めた。
しかし。
『んあ?悪ィ、寝てた』
『………』
顔を飯まみれにしたエースに寝起きのお顔でそう仰られたデュースは悟り顔で、容赦無く船長をぶん殴った。おれは何も悪くない。
きっと海軍本部の元帥様だって許してくれるはずだ。コイツの所業はそれ程罪深い。そう言い訳しておいた。
それから飯時になれば毎回起こるそれに最初はビビっていたデュースだが、日を重ねる毎に慣れていき、今では何事もなかったかのようにスルーし、逆にフォローする域にまで達した。慣れとは怖いものである。
「ハッ、寝てた」
「本当に寝てたのかい…苦労するねェ、アンタも」
「まぁな…けど、おれが好きでやってることだからな」
「そうかい。
オレンジ帽子のお兄さん、あんまり迷惑掛けんじゃないよ?イイ男なんだから愛想尽かされちゃ勿体無い」
「お、おぉ?わかった」
「それじゃ、あたしは仕事に戻るさね」
そう言ってウェイターは別の客のテーブルに笑顔で駆け寄っていった。
どうやらただ事ではなさそうなエースの様子に態々業務を中断して様子を見てくれていたらしい。
只でさえ従業員が少ないのにとてつもなく申し訳ない。会計する時に再度詫びを入れておこうと思った。