しょうがないから
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
勝負は一瞬。
油断していたと言えばしていた。相手は女で、自分の胸程度しかない身長で体格も年齢も劣る。油断するなという方が難しい。
それが招いた結果がこれだ。
ワークス海賊団の船長の腹に一直線に切り裂かれ紅い花が咲いた。
「あ…?」
剣戟と喧騒が鳴り止まない小さくはない、アイラが言うところの悪趣味部屋で紛れた小さな声。
不思議と部屋の隅々まで行き渡っていたその声は、数で押して来ようとするチンピラに若干の不利をデュースが感じた時に聞こえた。
誰もが同じだったようでその声の方を見てみると、驚くことにワークス海賊団の船長が目を見開いて崩れ落ちているのである。
信じられない、と顔にそのまま書いてある男の前には冬を体現ーー銀髪の髪に青い目ーーの女が左手に真っ白い鞘を、右手に柄も刃もこれまた真っ白い刀を手にしていた。
自分が氷のような目で見下ろしてくる女にやられたと分かるのに一瞬理解が追いつかなかった。
「…不思議そうな顔ね。わたしはこれでも賞金稼ぎよ、腕に覚えはあるの」
「賞金稼ぎ…お前が…?」
自分は、とやけに強調したことに若干の違和感を覚えながら男が尋ねると肯定の返事が返ってくる。
「それが何か?」
そこでふと、男の脳裏にいつかに聞いた話が過ぎった。
アンタ、札付きかい?
なら悪いことは言わん
此処じゃ大人しくしときな
何で、って隣町に銀狼が来たらしい
そう、あの銀狼さ
銀髪に青い目をした冬のような見目の白い刀を持った女剣士
狙った獲物は逃さない、狩ると決めたら最後の一人まで狩り尽くす
文字通り狼のような賞金稼ぎさ
"東の海"を生きて出たいなら銀狼に目を付けられるような悪党にはならないことだ
じゃねぇと、お前さんインペルダウン行きだよ
ーーー地獄には行きたくないだろう?
「ハハ…ハハハハハハハ!!」
男の笑い声はフロアによく響いた。気付けば意識があるのは自分一人となっていたらしい。
「アイラ早いな」
「エースも十分早いでしょ」
刀を収めた銀狼…アイラの仲間らしいエースともう一人の男が合流し、自分を揃って見下ろした。
「こいつ、どうするんだ?」
「さて、どうしようかしら」
「考えてないのか」
「お金に困ってないのに貰ってもねぇ…」
「無欲だなァ、アイラは」
「金はあって困るモンじゃなくないか?」
「お金があり過ぎると身動き取れなくなるの、こっちは」
本当にどうするか、と真剣に考え込むアイラに向かってエースが「真面目すぎだろ」とケラケラ笑った。
賞金首を捕まえた賞金稼ぎのやることなど一つしかないはずだがこの女は金に困ってないからという理由だけでそれをすることを一瞬でも迷っているという。
……馬鹿な女だと思う。とんでもない甘ちゃん野郎だ。殺してしまえば後ぐされもなく何もかも解決だというのに。金なんていくらでも形に変えられるのだから。
一瞬男に目配せをした女は、男が自力で立ち上がれないことも抵抗する気もないことも分かっているからか傍にしゃがみこんで言った。
「…今回は、見逃してあげる。別に賞金狙いで来たわけではないし」
「良いのか?」
「大丈夫よ、彼馬鹿じゃないから。やることはゲスの極みだけど」
エースを見上げた彼女は「ただ、」と続けて暗い、ぞくりと寒気のする深海の瞳で無抵抗な男を見下ろしーー
「わたしは貴方達がどこで何してようが興味はない。でも、友人を傷付けるなら話は別よ。
もし、これでも懲りずに危害を加えるっていうのなら」
一度言葉を切って1度きりの忠告(と書いて脅しと読む)を口にした。
「ーーーわたしがどこまででも追い掛けて狩り尽くしてやる」
冷ややかなそれらに冗談などではなく、本気であることを理解した男は息を詰め、目を閉じた後に頷いた。
「…あぁ。もう奴らの目の前には絶対に現れない……約束しよう」
「それは良かった」
男の了承を聞き届けると、超絶分かりにくいーー微笑みのつもりなのか……?ーー口角を上げたアイラは立ち上がり、完全に男に背を向ける。
「帰りましょ」
ーーー
「…あれだけで良かったのか?」
エース達によってボコボコになったワークスの部下達を横目に帰路についていると、険しい顔をしたデュースが横で呑気に欠伸をするアイラに尋ねた。
あれ、とは無論ワークスに対する処遇である。明言はしなかったがあの男がミゼルに行った仕打ちは子供のそれではない。
運が悪ければ彼女は男に文字通り使い潰されていた。それを感じ取ったからこそアイラはここに乗り込んできたと思ったのだが、元凶に対して彼女がしたのはただの口約束だった。
人情味ある男とのモノならばともかく、女子供を見下し強ければ何もかもが許されると豪語している男の言葉など信用できる筈もない。
確かにアイラはワークスを完膚無きまでに(男は女よりも強いというプライド諸共)一閃で叩き潰したがそれで言うことを聞くのであれば誰も苦労していないのでは無いだろうか。
そういう意味も込めて聞いたのであるが、当の本人は「問題ない」の一言である。
「いや…問題しかないだろう、あれは」
「噛み付く相手は弁えるタイプだから大丈夫よ」
「けどな」
「まーまー。アイラが良いって言ってんだ、大丈夫だろ」
それより帰ったらミゼルん所に飯行こうぜ!と笑うエースにデュースは深い深い、ため息をついた。
「お前ら二人は楽天的過ぎる」
そう言えばエースとアイラは顔を見合わせ、軈(やが)てやれやれと肩をすくめた。
「超弩級の心配性に言われてもねぇ…」
「デュースはいい加減にしねぇとハゲるぞ」
「…お前らちょっとそこになおれ」