箱庭の番人
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八城千花は他人には見えない"それ"が自我も芽生えぬうちから見えていた。
異形をして人に害あるそれらは、人間から流れ出た負の感情【呪い】の集合体、呪霊というらしい。
呪霊によって怪死者、行方不明者は日本だけでも年間一万人を超える。
その惨状はピンキリであるが、たとえどんな状態でも身体がみつかるだけマシ、と言えば理解できるだろう。
千花はそんな世間からは煙たがれるおっかない呪霊のうちの一人?一体?に生まれてこの方ずっと憑かれているらしい。
自分のことなのに"らしい"という曖昧な表現なのは千花には憑かれている感覚はなく、普通の人には見えない家族という認識が為である。
なので。
「わたしって憑かれてたの…?知らなかった……」
「アレそこから?っていうかそこなの?」
いつものように人気のない山中にある祠にお供えに来ていた千花が突然現れた不審者を絵に描いたような呪術師だという男の話に驚くのは無理もないことなのである。
そして。
「余計なこと言いよってからに…!」
前前前世から大切に大切に、それこそ割れ物よりも化石よりも丁重に扱っている旦那様に余計なお世話を焼く天敵に妖狐が業を煮やすのも仕方のないことなのだ。
八城千花が呪術師と名乗る不審な男ーー五条悟に会ったのは学校終わりの夕暮れ時。
スーパーのタイムセール戦争から戦利品を勝ち取った帰りである。
千花には両親というものがいない。正確にはどこで何をしているのか定かではない。そもそも生きているのか死んでいるのかさえ分からない。
生活費自体は親戚からのなけなしの援助があるのでそれで生活しているので一応問題はない。
…生活費の援助とは聞こえはいいがようはこれは手切れ金のようなものだ。誰も自分には見えないものが見える不気味な子供を引き取りたくはない。死なない程度の金はやるから関わってくるなという意味のこもった金がそれなのだ。
かと言って顔も知らない親戚のために痛めるような殊勝な神経はしていないので千花は有難く使わせてもらっている。
そして、それで今朝切れた卵と豚肉を買った袋を手に提げて千花は意気揚々と家路についていたのである。
「千花千花、うちの可愛い旦那様」
「ん?どしたの?いーちゃん」
名を呼ばれ、振り返ると千花の影から出てきた呪霊が静かに立っていた。
狐面を被り、頬から上を隠した着物美人。狐耳と尻尾以外は普通に見えるが彼女も立派な呪霊である。
千花も詳しいことは知らないが特級呪霊という数少ないスゴイ妖狐なのだという。
名前は色に葉と書いて【いろは】という。千花が生まれてからずっとそばにいる呪霊で、千花にとって害ある呪霊は彼女が根こそぎ始末している。なので見たことはあっても今の所千花が呪霊被害にあったことはない。
呪霊どころか人間に対しても彼女は過保護でちょっとでも悪意を持って千花に近付こうものなら死にはしないが病院送りが常。そんな訳で学校でも孤立している千花だが、その辺りのことを気するほど繊細な神経の持ち主ではなかった。
「昨日、お稲荷さんお供えに行く言うてたん忘れてへん?」
「あ」
「相変わらずおっちょこちょいやねぇ。そんなとこもかわええけども」
しまった、と頭からすっぽ抜けていたそれを思い出した千花は急遽、目的を変更して冷蔵庫に眠っているいなり寿司のために台所目指して気持ち駆け足で帰る。
さして信心深い訳でもない千花が祠に通うようになったのは理由がある。
一月ほど前、アパートの裏山を歩き回っていると寂れた小さな祠を見つけたことが始まりだ。
狐の像が見守る祠。
何のご利益かは分からなかったが狐を祀っているようなので千花はその日から二、三日置きにお供え物をするようになった。理由は言わずもがな家族のような存在が狐であるからだ。
「うふふ。うちのために参拝してくれるやなんてうち愛されとるねぇ…」
「そうだねぇ」
うっとりと頬に両手を添える大和撫子にうんうん、といつものように頷いた千花は駆けていた速度を上げた。