Smile Again
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「あ、子分やっと帰ってきたんだゾー」
「遅くなってごめんね。学校終わってから保健室にお見舞いに行ってたの」
照明の場所も相まってユウの頬は若干こけているようだった。
フロイドに絞められる覚悟で言ったものの、絞められると思っていたフロイドは何も言わず黙ったままオンボロ寮から去って行った。瞳孔が開いていたフロイドは正直恐ろしかった。それ以上に去り際に見た悔しそうに唇を噛み、飲み込んで、悲しいだけでは言い表せない表情をしていた。
痛い思いをしたのは保健室にいる彼なのにまるで自分が傷ついたような。
そしてユウは自分がフロイドを傷つけてしまったような気持ちだった。
「・・・悪いのはあの人に暴力を振るったフロイド先輩なのに。それにしてもどうしてあの場所にいたんだろ。また、仕事の帰りだったのかな」
仕事ならまだ多少は理解出来たかもしれない。
「子分、違うゾ。あのそっくり兄弟のフロイドは間違った事してないんだゾ」
よいしょとソファに座る私の膝の上に座ってくると向かい合わせに柔らかな肉球でユウの両頬を挟む。
「違うって何?」
「オレ様知ってる!いつも玄関のところに置いてあった花は・・・フロイドだゾ。今朝のボコられてた男じゃないってことなんだゾ!」
ふにふにと頬を何度も押してくるグリム。いつもならそのまま猫吸いとばかりに抱えてもふもふのお腹を拝借するところだが、グリムの思ってもみない発言に癒しタイムをすることさえ頭から吹き飛んだ。
「嘘・・・。フロイド先輩が花を・・・?じょ、冗談でしょ?」
「子分、ちょっと待ってるんだゾ」
とたとたとグリムは二足歩行でどこかへ行ってしまう。一人取り残されたユウはそういえばフロイドを避けだして少し経った後に花が置かれるようになったことを思い出す。気まぐれな妖精が置いていくことがあったとしても妖精族の王でもないユウにあんな頻度で持ってくることはそもそもありえない。気まぐれさで言えばフロイドも負けていないとはいえ、彼が花を届ける理由はユウも思い当たる節があった。
「あのカフェでの会話・・・・。私、女の人が持ってる花が素敵だなって思って・・・それでフロイド先輩に花が好きだと言ったんだっけ」
そのたった一言を覚えていて、ただユウに喜んでもらいたくてやっていただけだとしたらなんて一途で臆病で愛に溢れた人魚なのだろう。
フロイドがユウを傷つける事なんてない。だからグリムも花から不穏な魔力を感じることはなかった。純粋な気持ちの、ただの花。
「子分、これなんだゾ。近くの葉っぱの所に落ちてたから拾ってきたんだゾ」
「————!!」
グリムが両手で持ち大事そうに抱えてきたのは、花びらが一枚一枚がターコイズブルーで色鮮やかな一輪の花。これまで置いてあった花の中で一番心が動かされ、美しくユウは涙が零れた。
「フロイド先輩の・・・髪の色っ!」
「今までの花には魔力が感じられなかったけど、この花は魔力を感じるんだゾ。花なんてオレ様興味ないけど、あったかい海みたいでオレ様も心地いいゾ」
はい。と渡され、本当にあたたかさを感じるターコイズブルー。
「ほんとに・・・ずっとフロイド先輩が・・・?」
「オレ様はデキる魔法士だから今まで黙ってやってたけど匂いはずーっとしてたんだゾ!。それにな、子分・・・今朝の男、あまりいい魔力を感じられなかった。フロイドは、子分を守ったんだゾ!」
「・・・どうしよう。私、酷いことしちゃった」
自分がしたことを悔いても遅い。フロイドに対して避けてきたのは自分からだというのは自覚していて、きっとフロイドは喧嘩したわけじゃないけども前みたいな関係に戻りたかったのかもしれない。
「あのフロイドがここまでお前に尽くした意味はオレ様でも分かるんだゾ?」
「うん、うん。そうだね。私、・・・謝りに行く。私もちゃんとしなくちゃ!」
暴力的で怖くて、だけどフロイドは優しかった。
「フロイド先輩いますか!!」
その日のラウンジ閉店後、ユウは勇ましいほどの扉の開け方をすると開口一番にフロイドの名前を出した。閉店後の清掃に精を出していたオクタヴィネルの生徒たちはそれぞれ顔を見合わせ、そしてユウを見るなり一人が奥へと向かって行った。きっとフロイドを呼びに行ってくれたのだろうと、作業を中断させてしまった罪悪感はあるが今回だけは許してほしい。少しすると一定のリズムを刻んだ靴の音がこちらに近づいてきた。
ユウの元に来てくれたのは、フロイドではなくジェイドだった。
お目当ての人物ではなかったユウはちらりと呼びに行ってくれた寮生を見ると、ごめんと両手を合わせている。どういうことだろうかとジェイドを目を合わすために首を上向けた。
「ユウさん、こちらまで出向いてくださりありがとうございます。フロイドと会う前に僕と少し話しませんか?あぁ、話すといっても本当にただのお話ですからご安心ください」
お話というワードにぎょっとするユウにジェイドはわざとらしく目を丸くしてそれを否定した。ジェイドなりのユウへの仕返しなのだろうかと思うと、フロイド以上に危うい性格をしているとジェイドへの対応は気を付けようと思った。
「ふふっ、そんなに怯えなくても。大事な片割れが大事にしてるユウさんを虐めたりしませんよ」
「その一言一言が怖いんですけどね。フロイド先輩に会いに来たんですけど・・・って先にジェイド先輩とお話しないと会えない仕組みのようですね」
「そういうことです」
お茶を用意しますね。と、ラウンジのカウンターへと案内されると慣れた様子でスツールに腰掛ける。いつもラウンジに来た時はフロイドが接客してくれていたし、カウンターに肘ついて顎を乗せて、小エビちゃんの話つまんなーいと言いながらもうんうんといつも楽しそうに他愛のない話を聞いてくれた。
そんなことを思い出すと、もっとフロイドに会いたくなった。
ことりと置かれた紅茶の表面にはユウ自身の顔が映り、店内の薄暗さからでも分かるほど焦がれている。
「今日、フロイドの笑顔を一切見ていません」
「へ?」
「フロイドは気分屋ですが、機嫌が悪くなっても暫くすると自分で気分を戻しています。しかし寮に戻ってきたフロイドは表情が抜け落ち、そして腕に怪我をしていました」
「け、怪我!?そ、そんな・・・フロイド先輩と今朝会った時はそんな素振り微塵も見せてなかったのに」
「彼の怪我はおそらく仕事中のことでしょうから、その件に関しては僕とアズールが対処するのでともかく・・・フロイドが笑わないんです」
「笑わない・・・?えっと、その前に怪我の状態は・・・」
「おや、一度に情報を与え過ぎましたね。怪我は今は人魚に戻って療養しておりますので安心してください。フロイドは何かを閉ざすように、僕たちにも笑わなくなりました。彼の好物のたこ焼きや、新作スニーカーの発表を教えても・・・彼の心は動かなかった」
「そんな。なんで・・・あっ・・・」
心当たりはある。いや、それしか思い当たらない。
「私・・・嫌いって言っちゃいました」
「そうだと思いました。フロイドがあんなになる理由はそれぐらいしか思いつきません。僕の口からいうのも何ですが、フロイドがオンボロ寮の前に花を置いていたのはご存じですか?」
小さくこくんと頷く。グリムが言っていたことは本当で、ジェイドもそのことを知っていた。何も知らなかったのは自分だけだったのが悔しくて、膝の上に乗せている手をぎゅっと握る。
「ユウさんならフロイドを笑顔に出来ます。だってフロイドと同じ気持ちなのでしょう?」
「・・・はい。私は、フロイド先輩が・・・」
じっとジェイドの目を見て言おうとすると、ジェイドは人差し指をユウの前に近づける。
「その先の台詞は本人に先に聞かせてあげてください。そんな可愛らしい目で言われると僕でも勘違いしますよ?」
「か、揶揄わないでください!・・・先輩、前みたいな水中で呼吸が出来る薬頂いてもいいですか?」
「おや。それはまた対価が必要ですね」
「対価は・・・フロイド先輩を笑顔にすることでどうですか・・・?」
フロイドが自分の手でユウを笑顔にしたいと思ったのと同じようにユウもまた自分の手でフロイドを笑顔にしてやりたいと思う。ジェイドはにっこりと笑うとポケットから魔法薬を取り出した。ユウならそう言ってくれると確信していたから既に用意していたのだ。
苦そうに魔法薬を飲むユウを見ながら、この二人にはずっと面白いことをしてほしいとジェイドは願う。水槽の岩場でちょこんとはみ出しているウツボの尻尾を見ながらそんな風に思った。
「何もかもつまんねぇ・・・、小エビちゃんの馬鹿ちん。花はオレだし、たいして仲良くない雄を庇うなよ・・・、はぁ・・・嫌いかぁ。ははっ、腕の痛みよりダメージあるわぁ」
救いなのはユウが傷つくことを免れたこと。
嫌いだと言いながら泣いていたユウの顔が忘れられず、瞼と閉じるとそればかり思い浮かべる。花を贈って笑っていた時よりも印象が強くて何のためにやってきたのかわからなくなりそうだった。
「フロイド先輩」
そうやって名前で呼んでくれることはもうないのだろうか。
「フロイド先輩!」
ちょっと強めに呼ばれるのも嫌いじゃなかった。
「フロイド先輩、聞いてください・・・無視しないで・・・」
「え、小エビちゃん!?ホンモノ!?」
そっと触れられた尾びれにフロイドはぬるりと体を捻らせる。ゆらゆらと髪が海水に揺られ、海の中でも光を宿している瞳がきらきらとしていた。
フロイドに気づいて貰えた緩みでユウは波に流されそうになり、フロイドはユウの腕を掴んで引き寄せる。
「こんな水槽の深い所まで来て・・・危ないじゃん。水槽とはいえほぼ海なんだから」
「ごめんなさい。あの・・・腕、大丈夫ですか?」
「あー、ジェイドに聞いたわけね。まぁ、この姿の方が治り早いからだいじょーぶ」
どっちの腕を怪我したのかわからないユウはフロイドの両腕をくまなく目視した。フロイドの言うように外傷は直っているようだった。
「それで?怪我の事聞いたからお見舞いにきてくれたわけ?小エビちゃんやさしーね。オレは大丈夫だから、帰っていいよ。あんまオレの近くにいたくないだろうし、水槽の上まで送ってあげる」
そのまま手を引いて泳ごうとするフロイドにユウはぎゅっと腕にしがみついて、ふるふると首を振る。嫌なわけがない。苦い魔法薬を飲んで、深い水槽に一人で潜るなんて怖いことをしてまでお見舞いに来るほどお人好しじゃない。
「は、花!たくさんありがとうございます!私フロイド先輩が贈ってくれてたなんて思ってなくて、てっきりあの人だと思ってしまって、それで・・・えっと、酷いことを言ってしまって・・・ごめんなさい」
「もう全部知ってんだ。うん、オレが小エビちゃんに笑って欲しくてやってた。カニちゃんやサバちゃんは小エビちゃんを笑わせてるのに、オレは怖がらせてしまってさ。オレが喋りかけても表情堅かったし・・・、あの渡し方なら怖がられずに笑ってくれるって思ったんだぁ」
しがみついているユウの髪を鋭利な爪で傷つけないようにゆっくり指を通す。波に揺れているのに艶のある髪は絡まることなくフロイドの指を受け入れる。
「お仕事の内容は怖いときあるけど、フロイド先輩はやっぱり優しいです。ちょっとギクシャクしちゃったけど、一緒にカフェに行ったり街にお出かけしたり、もっとフロイド先輩と楽しいことしたいです」
恥ずかしくて泣きそうで、本当は目を逸らしてしまいたいのに逸らしちゃいけないような気がしてユウはフロイドのオッドアイに自分の姿を映す。
「こ、小エビちゃ・・・、それって・・・」
「フロイド先輩が・・・好きですっ」
照れとは伝染してしまうようで、その熱は水槽の中なのに茹りそう。
フロイドはユウを傷つけないようにそっと尾びれを巻き付け、大事に大事に腕の中に仕舞いこんだ。
「・・・オレもずっと前から好きだったよ。小エビちゃんの笑った顔が好き」
「先輩・・・私も先輩が笑った顔が好きです」
額同士をくっつけ手を握り合い二人はとくに面白いわけじゃないのに笑いが込み上げてきて、ぶくぶくと泡を生んだ。笑ってほしい。それは簡単なことでユウが、フロイドが笑顔になれば互いに笑顔になれる。
「爺さーん!今日花買いに来たー!」
行きつけ花屋の老店主は久しぶりに聞くその声に、花の手入れをしていた手を止めて顔をあげる。
「ほう!」
数日ぶりに来たフロイド。
前と違うのは今日フロイドが来店したのはお日様が一番高い時間帯。
そして———仲良く手を繋いでいる二人。
ニコニコと二人は顔を見合わせて、そしてフロイドは老店主に言った。
「えへへー!紹介するね、オレの彼女の小エビちゃん!」
FIN
「遅くなってごめんね。学校終わってから保健室にお見舞いに行ってたの」
照明の場所も相まってユウの頬は若干こけているようだった。
フロイドに絞められる覚悟で言ったものの、絞められると思っていたフロイドは何も言わず黙ったままオンボロ寮から去って行った。瞳孔が開いていたフロイドは正直恐ろしかった。それ以上に去り際に見た悔しそうに唇を噛み、飲み込んで、悲しいだけでは言い表せない表情をしていた。
痛い思いをしたのは保健室にいる彼なのにまるで自分が傷ついたような。
そしてユウは自分がフロイドを傷つけてしまったような気持ちだった。
「・・・悪いのはあの人に暴力を振るったフロイド先輩なのに。それにしてもどうしてあの場所にいたんだろ。また、仕事の帰りだったのかな」
仕事ならまだ多少は理解出来たかもしれない。
「子分、違うゾ。あのそっくり兄弟のフロイドは間違った事してないんだゾ」
よいしょとソファに座る私の膝の上に座ってくると向かい合わせに柔らかな肉球でユウの両頬を挟む。
「違うって何?」
「オレ様知ってる!いつも玄関のところに置いてあった花は・・・フロイドだゾ。今朝のボコられてた男じゃないってことなんだゾ!」
ふにふにと頬を何度も押してくるグリム。いつもならそのまま猫吸いとばかりに抱えてもふもふのお腹を拝借するところだが、グリムの思ってもみない発言に癒しタイムをすることさえ頭から吹き飛んだ。
「嘘・・・。フロイド先輩が花を・・・?じょ、冗談でしょ?」
「子分、ちょっと待ってるんだゾ」
とたとたとグリムは二足歩行でどこかへ行ってしまう。一人取り残されたユウはそういえばフロイドを避けだして少し経った後に花が置かれるようになったことを思い出す。気まぐれな妖精が置いていくことがあったとしても妖精族の王でもないユウにあんな頻度で持ってくることはそもそもありえない。気まぐれさで言えばフロイドも負けていないとはいえ、彼が花を届ける理由はユウも思い当たる節があった。
「あのカフェでの会話・・・・。私、女の人が持ってる花が素敵だなって思って・・・それでフロイド先輩に花が好きだと言ったんだっけ」
そのたった一言を覚えていて、ただユウに喜んでもらいたくてやっていただけだとしたらなんて一途で臆病で愛に溢れた人魚なのだろう。
フロイドがユウを傷つける事なんてない。だからグリムも花から不穏な魔力を感じることはなかった。純粋な気持ちの、ただの花。
「子分、これなんだゾ。近くの葉っぱの所に落ちてたから拾ってきたんだゾ」
「————!!」
グリムが両手で持ち大事そうに抱えてきたのは、花びらが一枚一枚がターコイズブルーで色鮮やかな一輪の花。これまで置いてあった花の中で一番心が動かされ、美しくユウは涙が零れた。
「フロイド先輩の・・・髪の色っ!」
「今までの花には魔力が感じられなかったけど、この花は魔力を感じるんだゾ。花なんてオレ様興味ないけど、あったかい海みたいでオレ様も心地いいゾ」
はい。と渡され、本当にあたたかさを感じるターコイズブルー。
「ほんとに・・・ずっとフロイド先輩が・・・?」
「オレ様はデキる魔法士だから今まで黙ってやってたけど匂いはずーっとしてたんだゾ!。それにな、子分・・・今朝の男、あまりいい魔力を感じられなかった。フロイドは、子分を守ったんだゾ!」
「・・・どうしよう。私、酷いことしちゃった」
自分がしたことを悔いても遅い。フロイドに対して避けてきたのは自分からだというのは自覚していて、きっとフロイドは喧嘩したわけじゃないけども前みたいな関係に戻りたかったのかもしれない。
「あのフロイドがここまでお前に尽くした意味はオレ様でも分かるんだゾ?」
「うん、うん。そうだね。私、・・・謝りに行く。私もちゃんとしなくちゃ!」
暴力的で怖くて、だけどフロイドは優しかった。
「フロイド先輩いますか!!」
その日のラウンジ閉店後、ユウは勇ましいほどの扉の開け方をすると開口一番にフロイドの名前を出した。閉店後の清掃に精を出していたオクタヴィネルの生徒たちはそれぞれ顔を見合わせ、そしてユウを見るなり一人が奥へと向かって行った。きっとフロイドを呼びに行ってくれたのだろうと、作業を中断させてしまった罪悪感はあるが今回だけは許してほしい。少しすると一定のリズムを刻んだ靴の音がこちらに近づいてきた。
ユウの元に来てくれたのは、フロイドではなくジェイドだった。
お目当ての人物ではなかったユウはちらりと呼びに行ってくれた寮生を見ると、ごめんと両手を合わせている。どういうことだろうかとジェイドを目を合わすために首を上向けた。
「ユウさん、こちらまで出向いてくださりありがとうございます。フロイドと会う前に僕と少し話しませんか?あぁ、話すといっても本当にただのお話ですからご安心ください」
お話というワードにぎょっとするユウにジェイドはわざとらしく目を丸くしてそれを否定した。ジェイドなりのユウへの仕返しなのだろうかと思うと、フロイド以上に危うい性格をしているとジェイドへの対応は気を付けようと思った。
「ふふっ、そんなに怯えなくても。大事な片割れが大事にしてるユウさんを虐めたりしませんよ」
「その一言一言が怖いんですけどね。フロイド先輩に会いに来たんですけど・・・って先にジェイド先輩とお話しないと会えない仕組みのようですね」
「そういうことです」
お茶を用意しますね。と、ラウンジのカウンターへと案内されると慣れた様子でスツールに腰掛ける。いつもラウンジに来た時はフロイドが接客してくれていたし、カウンターに肘ついて顎を乗せて、小エビちゃんの話つまんなーいと言いながらもうんうんといつも楽しそうに他愛のない話を聞いてくれた。
そんなことを思い出すと、もっとフロイドに会いたくなった。
ことりと置かれた紅茶の表面にはユウ自身の顔が映り、店内の薄暗さからでも分かるほど焦がれている。
「今日、フロイドの笑顔を一切見ていません」
「へ?」
「フロイドは気分屋ですが、機嫌が悪くなっても暫くすると自分で気分を戻しています。しかし寮に戻ってきたフロイドは表情が抜け落ち、そして腕に怪我をしていました」
「け、怪我!?そ、そんな・・・フロイド先輩と今朝会った時はそんな素振り微塵も見せてなかったのに」
「彼の怪我はおそらく仕事中のことでしょうから、その件に関しては僕とアズールが対処するのでともかく・・・フロイドが笑わないんです」
「笑わない・・・?えっと、その前に怪我の状態は・・・」
「おや、一度に情報を与え過ぎましたね。怪我は今は人魚に戻って療養しておりますので安心してください。フロイドは何かを閉ざすように、僕たちにも笑わなくなりました。彼の好物のたこ焼きや、新作スニーカーの発表を教えても・・・彼の心は動かなかった」
「そんな。なんで・・・あっ・・・」
心当たりはある。いや、それしか思い当たらない。
「私・・・嫌いって言っちゃいました」
「そうだと思いました。フロイドがあんなになる理由はそれぐらいしか思いつきません。僕の口からいうのも何ですが、フロイドがオンボロ寮の前に花を置いていたのはご存じですか?」
小さくこくんと頷く。グリムが言っていたことは本当で、ジェイドもそのことを知っていた。何も知らなかったのは自分だけだったのが悔しくて、膝の上に乗せている手をぎゅっと握る。
「ユウさんならフロイドを笑顔に出来ます。だってフロイドと同じ気持ちなのでしょう?」
「・・・はい。私は、フロイド先輩が・・・」
じっとジェイドの目を見て言おうとすると、ジェイドは人差し指をユウの前に近づける。
「その先の台詞は本人に先に聞かせてあげてください。そんな可愛らしい目で言われると僕でも勘違いしますよ?」
「か、揶揄わないでください!・・・先輩、前みたいな水中で呼吸が出来る薬頂いてもいいですか?」
「おや。それはまた対価が必要ですね」
「対価は・・・フロイド先輩を笑顔にすることでどうですか・・・?」
フロイドが自分の手でユウを笑顔にしたいと思ったのと同じようにユウもまた自分の手でフロイドを笑顔にしてやりたいと思う。ジェイドはにっこりと笑うとポケットから魔法薬を取り出した。ユウならそう言ってくれると確信していたから既に用意していたのだ。
苦そうに魔法薬を飲むユウを見ながら、この二人にはずっと面白いことをしてほしいとジェイドは願う。水槽の岩場でちょこんとはみ出しているウツボの尻尾を見ながらそんな風に思った。
「何もかもつまんねぇ・・・、小エビちゃんの馬鹿ちん。花はオレだし、たいして仲良くない雄を庇うなよ・・・、はぁ・・・嫌いかぁ。ははっ、腕の痛みよりダメージあるわぁ」
救いなのはユウが傷つくことを免れたこと。
嫌いだと言いながら泣いていたユウの顔が忘れられず、瞼と閉じるとそればかり思い浮かべる。花を贈って笑っていた時よりも印象が強くて何のためにやってきたのかわからなくなりそうだった。
「フロイド先輩」
そうやって名前で呼んでくれることはもうないのだろうか。
「フロイド先輩!」
ちょっと強めに呼ばれるのも嫌いじゃなかった。
「フロイド先輩、聞いてください・・・無視しないで・・・」
「え、小エビちゃん!?ホンモノ!?」
そっと触れられた尾びれにフロイドはぬるりと体を捻らせる。ゆらゆらと髪が海水に揺られ、海の中でも光を宿している瞳がきらきらとしていた。
フロイドに気づいて貰えた緩みでユウは波に流されそうになり、フロイドはユウの腕を掴んで引き寄せる。
「こんな水槽の深い所まで来て・・・危ないじゃん。水槽とはいえほぼ海なんだから」
「ごめんなさい。あの・・・腕、大丈夫ですか?」
「あー、ジェイドに聞いたわけね。まぁ、この姿の方が治り早いからだいじょーぶ」
どっちの腕を怪我したのかわからないユウはフロイドの両腕をくまなく目視した。フロイドの言うように外傷は直っているようだった。
「それで?怪我の事聞いたからお見舞いにきてくれたわけ?小エビちゃんやさしーね。オレは大丈夫だから、帰っていいよ。あんまオレの近くにいたくないだろうし、水槽の上まで送ってあげる」
そのまま手を引いて泳ごうとするフロイドにユウはぎゅっと腕にしがみついて、ふるふると首を振る。嫌なわけがない。苦い魔法薬を飲んで、深い水槽に一人で潜るなんて怖いことをしてまでお見舞いに来るほどお人好しじゃない。
「は、花!たくさんありがとうございます!私フロイド先輩が贈ってくれてたなんて思ってなくて、てっきりあの人だと思ってしまって、それで・・・えっと、酷いことを言ってしまって・・・ごめんなさい」
「もう全部知ってんだ。うん、オレが小エビちゃんに笑って欲しくてやってた。カニちゃんやサバちゃんは小エビちゃんを笑わせてるのに、オレは怖がらせてしまってさ。オレが喋りかけても表情堅かったし・・・、あの渡し方なら怖がられずに笑ってくれるって思ったんだぁ」
しがみついているユウの髪を鋭利な爪で傷つけないようにゆっくり指を通す。波に揺れているのに艶のある髪は絡まることなくフロイドの指を受け入れる。
「お仕事の内容は怖いときあるけど、フロイド先輩はやっぱり優しいです。ちょっとギクシャクしちゃったけど、一緒にカフェに行ったり街にお出かけしたり、もっとフロイド先輩と楽しいことしたいです」
恥ずかしくて泣きそうで、本当は目を逸らしてしまいたいのに逸らしちゃいけないような気がしてユウはフロイドのオッドアイに自分の姿を映す。
「こ、小エビちゃ・・・、それって・・・」
「フロイド先輩が・・・好きですっ」
照れとは伝染してしまうようで、その熱は水槽の中なのに茹りそう。
フロイドはユウを傷つけないようにそっと尾びれを巻き付け、大事に大事に腕の中に仕舞いこんだ。
「・・・オレもずっと前から好きだったよ。小エビちゃんの笑った顔が好き」
「先輩・・・私も先輩が笑った顔が好きです」
額同士をくっつけ手を握り合い二人はとくに面白いわけじゃないのに笑いが込み上げてきて、ぶくぶくと泡を生んだ。笑ってほしい。それは簡単なことでユウが、フロイドが笑顔になれば互いに笑顔になれる。
「爺さーん!今日花買いに来たー!」
行きつけ花屋の老店主は久しぶりに聞くその声に、花の手入れをしていた手を止めて顔をあげる。
「ほう!」
数日ぶりに来たフロイド。
前と違うのは今日フロイドが来店したのはお日様が一番高い時間帯。
そして———仲良く手を繋いでいる二人。
ニコニコと二人は顔を見合わせて、そしてフロイドは老店主に言った。
「えへへー!紹介するね、オレの彼女の小エビちゃん!」
FIN