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『フロイド先輩 happy birthday』
十一月五日。
フロイドの元に一枚のバースデーカードが届いた。
美しい景色の絵葉書だ。
「…小エビちゃん、今輝石の国にいるの?」
美しい街並みに洗練された歴史ある建築物。重厚感ある石積みの街並みは白を基調としていてシンプルな外観が多い。その中にある可愛らしい白いパラソルにピンクのテーブルクロスが掛けられていて、小さな小皿に黄色のグミが数粒。
その原料はまさしく輝石の国の名産品であるジュエルパインだった。
「くそー…、また入れ違いかぁ」
長いため息を吐きながら天を仰ぎ絵葉書をおでこに乗せる。ふわりと絵葉書からはほんのりユウの香りがしたような気がする。
フロイドは今出張で薔薇の王国に滞在していた。何故ならそれはユウが薔薇の王国にいると思ったから。去年のフロイドに届いたバースデーカードにアップルホビングをしている口がユウの姿が映っていた。その背景に絵本のような街並みがありレンガ調の住宅地。少し田舎を彷彿させるけども可愛らしい雰囲気の街は薔薇の王国にある見知った場所だった。
「手強いなー、小エビちゃんは…。あ、これ美味い」
現在フロイドは薔薇の国でも都心部にある街の象徴ともとれる大きな時計台の真下にあるカフェにいる。ここ一帯が紅茶や珈琲が有名で軒並みあるカフェを転々としてきたがふらりと立ち寄ったこの店は当たりだった。
路面を走る赤い魔導式路面車をぼんやりと見ながらふと数年前のユウを思い出す。
「旅…? 小エビちゃんが?」
「はい! 私、この世界の事何も知らないので世界を知りたいんです!」
そう言って最後の式典服に袖を通し、フロイドから受けっとった花束を抱えながらユウは揚々とする。きっと小さなエビは行く当てもない彷徨うエビになるのだとフロイドは共生生活をすべく迎えに来たはずなのに、そんな事を言い出すユウに開いた口が塞がらない。
よわよわな小エビ一人でどこに行こうと言うのか。フロイドは言葉を続ける。
「弱っちい小エビちゃん一人じゃ絶対無理じゃん。旅行ならオレと行けばいいし、行きたいところがあるなら今からでも行こう!」
腕を掴み最後の鏡舎を去ろうとするがユウはそこから動かない。後ろを振り返るとユウはにっこりと笑っているのに申し訳なさそうな、そんな混じった顔をしていた。
「…私一人でやり遂げたいんです。お金の心配なら大丈夫ですよ」
「小エビちゃんが節約して貯金してたのは知ってる。オレ、小エビちゃんが卒業するのずっと待ってたんだよ? それなのに小エビちゃんをオレはまた待つの?」
「ごめんなさい。ちゃんと居場所が分かるように連絡はしますから。私、この世界を知りたい」
ユウが頑固なところがあるのはフロイドは出会った時から知っている。元の世界に戻れないと知ってからユウが図書館で読む本が異世界の本、転移魔法関係からTWLの国の歴史や風景の資料を読み漁っていたことをフロイドはユウのマブたちから聞いていた。
フロイドは可哀そうな小エビだから一緒に居てやろうなんて思う程慈悲深くない。
ただ、愛しい小エビだからだ。
「フロイド先輩、私を待っていてくれますか?」
楽しくないこと、気分が乗らないことはしない。待つことも嫌いだから滞納者への罰も一日の猶予も与えなかった。それぐらい何かに耐えるというのはつまらなくて退屈。
「いいよぉ。オレ、ずーっと小エビちゃんを待ってる」
こんな言葉があっさり出たことがフロイド自身が一番内心驚いていた。
「あれから三年かぁ」
ユウから届いたバースデーカードも三枚目になった。
ちなみに一枚目は熱砂の国。学生の頃訪れたときの絹の街をもう一度行きたくなったのだろう。たまたまマジカメニュースを見ている時カリムとユウが歩いていたのを画面越しで観た時は飲んでいた紅茶を拭きだしたものだ。タイトルが「カリム様の恋人か!?」というメディアが好きそうなゴシップタイトルをでかでかとテロップにしていた。すぐさまフロイドはジャミルに連絡を取った。
「ウミヘビ君、あれ何!? 小エビちゃんはラッコちゃんのじゃなくてオレのなんだけど!!」
受話すると同時に鼓膜が破れそうな勢いにジャミルは通話口から最初から耳を離していたのは流石であった。
そんなことはジャミルもカリムも学生の頃からフロイドとユウの関係を知っている。たまたま専用車で異動している時にカリムがユウを見つけて、いつもみたいに強引に車に乗せたというものでそこにいたメディアがそうでっち上げた。
ユウはスマホを卒業と同時にそれも放棄したせいで、心配しているという一言さえ伝えれない。あっちからは絵葉書が送れるのにこちらからは何も送れないというのは歯痒い。アズールの会社宛てに送れば自動的にフロイドに届くのでユウも考えたものだ。
二年目は薔薇の国。これはフロイドの勘が当たった。
何せユウがよく遊びに行っていたハーツラビュルの面々が多く住んでいる国。
しかし、薔薇の国はTWLの中でも国土が広い。魔力ゼロの小さな小エビを探すのは海の中に漂う小さな小魚一匹探すのと同じぐらい気力がいるもの。
近くに居れば匂いで分かるものの、さすがに獣人族とまではいかない。そうこうしている内に二年目が過ぎて、今朝届いた絵葉書だ。
ちなみに部活の後輩でもあるハートのスートの後輩はユウに口止めされていただけなのに、フロイドに情報提供しなかったせいで絞められていたことは数年後にユウは知る。
「もう…、追いかけ回すのは好きだけど、追いかけるの別に好きじゃねぇのよ? この小エビ分かってんのかなぁ。分かってねぇんだろうなぁ…」
それも惚れた者の弱み。
とっくに薔薇の国を発ったこの場所にはもう用がない。またアズールに移動願を出すのみ。
アズールに連絡を入れようとスマホを開くとニュース速報。
『ヴィル・シェーンハイト! 帰省中に恋人と逢瀬か!?』
またか! とフロイドはスマホを握りつぶした。
新しいスマホになって一年目とユウがいなくなって四年目。
今回の絵葉書は珊瑚の海から近い港町。深海の色とは違いカラフルな住宅が目立つその町にフロイドは幼いころよく海から眺めていたから覚えている。
カラフル過ぎて色変え魔法してもバレないだろうと覚えたての魔法でよくジェイドとこっそり遊んでいた。
それがバレないわけもなく、悪戯好きの人魚がいるとちょっとした有名にもなった。
「小エビちゃん、オレのことまだ忘れてなくて良かった」
さすがに一人でフロイドの故郷に行きはしないだろう。あの場所は弱肉強食。
それを理解しているユウに学生の頃あの場所に行かせて良かったと当時のイソギンチャク事件を思い出していた。というのはフロイドの勘違いであの場所がユウのトラウマになっていることを今のフロイドは知らない。
その後海に入る時色々苦労するがそれはまた別の話。
きっと今からこの街に行ってももうユウはいない。
ちなみにフロイドは今、歓喜の港にいる。
今でも物品のやりとりをしているサムからの情報で飛んでいけば案の定。
「あー久しぶりにドラムやりたくなってきたかも」
この土地はジャズミュージックが有名。ハッピーなジャズにフロイドは足でリズムを刻みうずく体のまま飛び入り。それも許されるのもまた歓喜の港ならでは。ジャジーでクラフトビールを片手に陽気に。
だって今日はフロイドの誕生日。ドラムを叩いているフロイドが見たいとごねるユウの姿はこれも後日の話。
そしてフロイド一人で過ごす誕生日もきっとあと少し。
フロイドは五年目の誕生日が訪れる数か月前にとある人物に連絡していた。
「トド先輩、小エビちゃんが来たらお願い」
トド先輩ことレオナは夕焼けの草原に仕方なく戻って公務にあたっている。
現在夕焼けの草原では一部内戦が起きていた。レオナや彼の兄である王の指示が早かったため大きな戦争を免れたが女性でも強いこの国の女性とは違い、魔力どころか力もよわよわな小エビを案じてフロイドは電話越しでレオナに頼んだ。他の雄に自分の雌を頼むのは苦渋の決断だったが、郷に入っては郷に従え。ここではフロイドよりもレオナのほうが強い。
この数年間でユウがまだ訪れていない国はここだけ。嘆きの島は観光として通常は行き来することは不可能。茨の谷は妖精族の許可がないと入れない。スマホを放棄しているユウがマレウス達に気軽に連絡を取ることは難しい。それこそ茨の谷へ行けばユウを気に入っている王がいる為戻って来れることはなさそうであり、この時だけはスマホを放棄したユウを褒めてやろうと思った。
のちにツノ太郎はそんな事しないよとウフフと笑う小エビにフロイドが絞めたのは言うまでもない。
フロイドがレオナに連絡して数か月後のフロイドの誕生日では今までとは違う煌びやかな絵葉書が届いた。特別に王宮で保護してもらっているようで、チェカの遊び相手になっているというレオナの報告を聞いて胸を撫でおろした。
「ふーん。内戦も終わるとか早っ。トド先輩やるじゃん」
今年の誕生日はスマホを壊さずに済んだおかげでアズールにどやされなかったのでフロイドはにっこりしていた。
「さて…いよいよ、来年かな。あの小エビぃ…オレを六年待たせるとか生意気じゃね? オレの気苦労を思えば、少しぐらい怒って泣かせても許されるよな? ねぇ、ジェイド、アズール」
「おやおや。ふふっ、さぁどうでしょうね? ここ数年兄弟で祝うこともなかったですしたまには僕とアズールの三人で祝いましょうか」
「今年も会えなかったとげっそりするお前の顔を見るのはもうこりごりだ」
「ごめぇん。オレ、小エビちゃんだけは諦めきれないからさ。マジ好きなんだよねぇ」
照れ隠しにあむっとケーキを真っ先に食べるフロイドにアズールとジェイドは顔を見合わせて、これはユウにいずれ尻に敷かれるな…と悟った。
六年目の誕生日当日。
「懐かしいなぁ…ここ」
フロイドは賢者の島に来ていた。
寮を行き来していた鏡舎をくぐり、六年前の全てがここから始まったのを思い出す。
迎えに行ったはずのユウからは突然の告白をされるし、二人で帰ってくると思っていた双子の片割れと親友からは笑われるしあの時は散々だった。
校舎を出れば見えるのはオンボロ寮。そもそもあの寮はユウ以外に使う者がおらず、今ではゴーストしかいないただのオンボロ寮。
昔と同じように木々を伝って、登ってあの寮へ向かう。六年経っても身体能力は変わっていないのだ。
「…・開いてる」
元々鍵があってないような扉。
幽霊屋敷のような軋む音を上げながらゆっくりとそれは開かれる。
今から始まるのはホラー映画なんかじゃない。
もっとドラマチックでそれでいて二人しか知らない物語の終わりと新たな始まり。
「フロイド先輩、お誕生日おめでとうございます」
ずっとずっと綺麗になったユウは旅をして憑物が落ちたような晴れやかな表情をしている。
世界中を旅して、旧友に会い、自分の居所を探した。
そしてその結果が今ここにある。
「やっと…小エビちゃんの声でおめでとうを聞けた」
引き寄せるように腕を引き、その体を包み込む。六年ぶりの香りを思いっきり吸って存在を確かめているとその小さな体はくすくすと笑っていた。
「笑ってる場合じゃねぇって…」
久しぶり会えば鼻先でも摘まんで文句の一つでも言ってやろうと思っていた。深い深い人魚の愛を試すように長い間放置され、待ち合わせをしたわけじゃないのに運命的にこの場所で再会することが出来たなんて奇跡に近い。
ユウは世界中を旅をして、それを追うようにまたフロイドもユウが見た景色を見てきた。それはつまりユウの為ならなりふり構わず世界中を飛び回れるということ。
それだけフロイドは、
「小エビちゃん、愛してるよ。オレと一緒になろう! 六年も待ったんだからもう離してやんねぇ。小エビちゃんが見てきた世界の話を聞かせて。そして今度こそ二人で世界旅行をしよう!」
「はい、私も先輩を愛しています! …あれ? 先輩、泣いてます?」
「…、泣いてねぇ」
ユウがフロイドの顔を覗き込もうとすると、フロイドはきつく抱きしめ自分の顔を見せないようにした。そっとユウが腕をフロイドの背中に手を回す。
「…小エビちゃん、今夜は二人で…・日が変わってもずっとおめでとうを言って」
「え!? …は、はい!」
「あはっ、小エビちゃんあっちくなったぁ! あーやべ、最高の誕生日じゃん」
「ひゃっ!」
ひょいっとユウを横抱きにしてフロイドはいつもの調子でオンボロ寮の二回へ上がって行く。思わずフロイドにしがみついたユウにフロイドはにっこりと頬ずりしながら軽やかな足取りを止めない。歩けば埃が舞うが気にしない。
「オレん家帰るまで我慢出来ねぇから今からオレと二人でパーティ―しよ!」
「え!? ここ、随分と使われていないようですけど!?」
「オレ、優秀な魔法士なの忘れたぁ?」
あ、そうですよね。とユウは六年間会えなかった分の埋め合わせをさせてと翌朝までじっくりとたっぷりと刻まれることになった。
十一月五日
Happy birthday Floyd
十一月五日。
フロイドの元に一枚のバースデーカードが届いた。
美しい景色の絵葉書だ。
「…小エビちゃん、今輝石の国にいるの?」
美しい街並みに洗練された歴史ある建築物。重厚感ある石積みの街並みは白を基調としていてシンプルな外観が多い。その中にある可愛らしい白いパラソルにピンクのテーブルクロスが掛けられていて、小さな小皿に黄色のグミが数粒。
その原料はまさしく輝石の国の名産品であるジュエルパインだった。
「くそー…、また入れ違いかぁ」
長いため息を吐きながら天を仰ぎ絵葉書をおでこに乗せる。ふわりと絵葉書からはほんのりユウの香りがしたような気がする。
フロイドは今出張で薔薇の王国に滞在していた。何故ならそれはユウが薔薇の王国にいると思ったから。去年のフロイドに届いたバースデーカードにアップルホビングをしている口がユウの姿が映っていた。その背景に絵本のような街並みがありレンガ調の住宅地。少し田舎を彷彿させるけども可愛らしい雰囲気の街は薔薇の王国にある見知った場所だった。
「手強いなー、小エビちゃんは…。あ、これ美味い」
現在フロイドは薔薇の国でも都心部にある街の象徴ともとれる大きな時計台の真下にあるカフェにいる。ここ一帯が紅茶や珈琲が有名で軒並みあるカフェを転々としてきたがふらりと立ち寄ったこの店は当たりだった。
路面を走る赤い魔導式路面車をぼんやりと見ながらふと数年前のユウを思い出す。
「旅…? 小エビちゃんが?」
「はい! 私、この世界の事何も知らないので世界を知りたいんです!」
そう言って最後の式典服に袖を通し、フロイドから受けっとった花束を抱えながらユウは揚々とする。きっと小さなエビは行く当てもない彷徨うエビになるのだとフロイドは共生生活をすべく迎えに来たはずなのに、そんな事を言い出すユウに開いた口が塞がらない。
よわよわな小エビ一人でどこに行こうと言うのか。フロイドは言葉を続ける。
「弱っちい小エビちゃん一人じゃ絶対無理じゃん。旅行ならオレと行けばいいし、行きたいところがあるなら今からでも行こう!」
腕を掴み最後の鏡舎を去ろうとするがユウはそこから動かない。後ろを振り返るとユウはにっこりと笑っているのに申し訳なさそうな、そんな混じった顔をしていた。
「…私一人でやり遂げたいんです。お金の心配なら大丈夫ですよ」
「小エビちゃんが節約して貯金してたのは知ってる。オレ、小エビちゃんが卒業するのずっと待ってたんだよ? それなのに小エビちゃんをオレはまた待つの?」
「ごめんなさい。ちゃんと居場所が分かるように連絡はしますから。私、この世界を知りたい」
ユウが頑固なところがあるのはフロイドは出会った時から知っている。元の世界に戻れないと知ってからユウが図書館で読む本が異世界の本、転移魔法関係からTWLの国の歴史や風景の資料を読み漁っていたことをフロイドはユウのマブたちから聞いていた。
フロイドは可哀そうな小エビだから一緒に居てやろうなんて思う程慈悲深くない。
ただ、愛しい小エビだからだ。
「フロイド先輩、私を待っていてくれますか?」
楽しくないこと、気分が乗らないことはしない。待つことも嫌いだから滞納者への罰も一日の猶予も与えなかった。それぐらい何かに耐えるというのはつまらなくて退屈。
「いいよぉ。オレ、ずーっと小エビちゃんを待ってる」
こんな言葉があっさり出たことがフロイド自身が一番内心驚いていた。
「あれから三年かぁ」
ユウから届いたバースデーカードも三枚目になった。
ちなみに一枚目は熱砂の国。学生の頃訪れたときの絹の街をもう一度行きたくなったのだろう。たまたまマジカメニュースを見ている時カリムとユウが歩いていたのを画面越しで観た時は飲んでいた紅茶を拭きだしたものだ。タイトルが「カリム様の恋人か!?」というメディアが好きそうなゴシップタイトルをでかでかとテロップにしていた。すぐさまフロイドはジャミルに連絡を取った。
「ウミヘビ君、あれ何!? 小エビちゃんはラッコちゃんのじゃなくてオレのなんだけど!!」
受話すると同時に鼓膜が破れそうな勢いにジャミルは通話口から最初から耳を離していたのは流石であった。
そんなことはジャミルもカリムも学生の頃からフロイドとユウの関係を知っている。たまたま専用車で異動している時にカリムがユウを見つけて、いつもみたいに強引に車に乗せたというものでそこにいたメディアがそうでっち上げた。
ユウはスマホを卒業と同時にそれも放棄したせいで、心配しているという一言さえ伝えれない。あっちからは絵葉書が送れるのにこちらからは何も送れないというのは歯痒い。アズールの会社宛てに送れば自動的にフロイドに届くのでユウも考えたものだ。
二年目は薔薇の国。これはフロイドの勘が当たった。
何せユウがよく遊びに行っていたハーツラビュルの面々が多く住んでいる国。
しかし、薔薇の国はTWLの中でも国土が広い。魔力ゼロの小さな小エビを探すのは海の中に漂う小さな小魚一匹探すのと同じぐらい気力がいるもの。
近くに居れば匂いで分かるものの、さすがに獣人族とまではいかない。そうこうしている内に二年目が過ぎて、今朝届いた絵葉書だ。
ちなみに部活の後輩でもあるハートのスートの後輩はユウに口止めされていただけなのに、フロイドに情報提供しなかったせいで絞められていたことは数年後にユウは知る。
「もう…、追いかけ回すのは好きだけど、追いかけるの別に好きじゃねぇのよ? この小エビ分かってんのかなぁ。分かってねぇんだろうなぁ…」
それも惚れた者の弱み。
とっくに薔薇の国を発ったこの場所にはもう用がない。またアズールに移動願を出すのみ。
アズールに連絡を入れようとスマホを開くとニュース速報。
『ヴィル・シェーンハイト! 帰省中に恋人と逢瀬か!?』
またか! とフロイドはスマホを握りつぶした。
新しいスマホになって一年目とユウがいなくなって四年目。
今回の絵葉書は珊瑚の海から近い港町。深海の色とは違いカラフルな住宅が目立つその町にフロイドは幼いころよく海から眺めていたから覚えている。
カラフル過ぎて色変え魔法してもバレないだろうと覚えたての魔法でよくジェイドとこっそり遊んでいた。
それがバレないわけもなく、悪戯好きの人魚がいるとちょっとした有名にもなった。
「小エビちゃん、オレのことまだ忘れてなくて良かった」
さすがに一人でフロイドの故郷に行きはしないだろう。あの場所は弱肉強食。
それを理解しているユウに学生の頃あの場所に行かせて良かったと当時のイソギンチャク事件を思い出していた。というのはフロイドの勘違いであの場所がユウのトラウマになっていることを今のフロイドは知らない。
その後海に入る時色々苦労するがそれはまた別の話。
きっと今からこの街に行ってももうユウはいない。
ちなみにフロイドは今、歓喜の港にいる。
今でも物品のやりとりをしているサムからの情報で飛んでいけば案の定。
「あー久しぶりにドラムやりたくなってきたかも」
この土地はジャズミュージックが有名。ハッピーなジャズにフロイドは足でリズムを刻みうずく体のまま飛び入り。それも許されるのもまた歓喜の港ならでは。ジャジーでクラフトビールを片手に陽気に。
だって今日はフロイドの誕生日。ドラムを叩いているフロイドが見たいとごねるユウの姿はこれも後日の話。
そしてフロイド一人で過ごす誕生日もきっとあと少し。
フロイドは五年目の誕生日が訪れる数か月前にとある人物に連絡していた。
「トド先輩、小エビちゃんが来たらお願い」
トド先輩ことレオナは夕焼けの草原に仕方なく戻って公務にあたっている。
現在夕焼けの草原では一部内戦が起きていた。レオナや彼の兄である王の指示が早かったため大きな戦争を免れたが女性でも強いこの国の女性とは違い、魔力どころか力もよわよわな小エビを案じてフロイドは電話越しでレオナに頼んだ。他の雄に自分の雌を頼むのは苦渋の決断だったが、郷に入っては郷に従え。ここではフロイドよりもレオナのほうが強い。
この数年間でユウがまだ訪れていない国はここだけ。嘆きの島は観光として通常は行き来することは不可能。茨の谷は妖精族の許可がないと入れない。スマホを放棄しているユウがマレウス達に気軽に連絡を取ることは難しい。それこそ茨の谷へ行けばユウを気に入っている王がいる為戻って来れることはなさそうであり、この時だけはスマホを放棄したユウを褒めてやろうと思った。
のちにツノ太郎はそんな事しないよとウフフと笑う小エビにフロイドが絞めたのは言うまでもない。
フロイドがレオナに連絡して数か月後のフロイドの誕生日では今までとは違う煌びやかな絵葉書が届いた。特別に王宮で保護してもらっているようで、チェカの遊び相手になっているというレオナの報告を聞いて胸を撫でおろした。
「ふーん。内戦も終わるとか早っ。トド先輩やるじゃん」
今年の誕生日はスマホを壊さずに済んだおかげでアズールにどやされなかったのでフロイドはにっこりしていた。
「さて…いよいよ、来年かな。あの小エビぃ…オレを六年待たせるとか生意気じゃね? オレの気苦労を思えば、少しぐらい怒って泣かせても許されるよな? ねぇ、ジェイド、アズール」
「おやおや。ふふっ、さぁどうでしょうね? ここ数年兄弟で祝うこともなかったですしたまには僕とアズールの三人で祝いましょうか」
「今年も会えなかったとげっそりするお前の顔を見るのはもうこりごりだ」
「ごめぇん。オレ、小エビちゃんだけは諦めきれないからさ。マジ好きなんだよねぇ」
照れ隠しにあむっとケーキを真っ先に食べるフロイドにアズールとジェイドは顔を見合わせて、これはユウにいずれ尻に敷かれるな…と悟った。
六年目の誕生日当日。
「懐かしいなぁ…ここ」
フロイドは賢者の島に来ていた。
寮を行き来していた鏡舎をくぐり、六年前の全てがここから始まったのを思い出す。
迎えに行ったはずのユウからは突然の告白をされるし、二人で帰ってくると思っていた双子の片割れと親友からは笑われるしあの時は散々だった。
校舎を出れば見えるのはオンボロ寮。そもそもあの寮はユウ以外に使う者がおらず、今ではゴーストしかいないただのオンボロ寮。
昔と同じように木々を伝って、登ってあの寮へ向かう。六年経っても身体能力は変わっていないのだ。
「…・開いてる」
元々鍵があってないような扉。
幽霊屋敷のような軋む音を上げながらゆっくりとそれは開かれる。
今から始まるのはホラー映画なんかじゃない。
もっとドラマチックでそれでいて二人しか知らない物語の終わりと新たな始まり。
「フロイド先輩、お誕生日おめでとうございます」
ずっとずっと綺麗になったユウは旅をして憑物が落ちたような晴れやかな表情をしている。
世界中を旅して、旧友に会い、自分の居所を探した。
そしてその結果が今ここにある。
「やっと…小エビちゃんの声でおめでとうを聞けた」
引き寄せるように腕を引き、その体を包み込む。六年ぶりの香りを思いっきり吸って存在を確かめているとその小さな体はくすくすと笑っていた。
「笑ってる場合じゃねぇって…」
久しぶり会えば鼻先でも摘まんで文句の一つでも言ってやろうと思っていた。深い深い人魚の愛を試すように長い間放置され、待ち合わせをしたわけじゃないのに運命的にこの場所で再会することが出来たなんて奇跡に近い。
ユウは世界中を旅をして、それを追うようにまたフロイドもユウが見た景色を見てきた。それはつまりユウの為ならなりふり構わず世界中を飛び回れるということ。
それだけフロイドは、
「小エビちゃん、愛してるよ。オレと一緒になろう! 六年も待ったんだからもう離してやんねぇ。小エビちゃんが見てきた世界の話を聞かせて。そして今度こそ二人で世界旅行をしよう!」
「はい、私も先輩を愛しています! …あれ? 先輩、泣いてます?」
「…、泣いてねぇ」
ユウがフロイドの顔を覗き込もうとすると、フロイドはきつく抱きしめ自分の顔を見せないようにした。そっとユウが腕をフロイドの背中に手を回す。
「…小エビちゃん、今夜は二人で…・日が変わってもずっとおめでとうを言って」
「え!? …は、はい!」
「あはっ、小エビちゃんあっちくなったぁ! あーやべ、最高の誕生日じゃん」
「ひゃっ!」
ひょいっとユウを横抱きにしてフロイドはいつもの調子でオンボロ寮の二回へ上がって行く。思わずフロイドにしがみついたユウにフロイドはにっこりと頬ずりしながら軽やかな足取りを止めない。歩けば埃が舞うが気にしない。
「オレん家帰るまで我慢出来ねぇから今からオレと二人でパーティ―しよ!」
「え!? ここ、随分と使われていないようですけど!?」
「オレ、優秀な魔法士なの忘れたぁ?」
あ、そうですよね。とユウは六年間会えなかった分の埋め合わせをさせてと翌朝までじっくりとたっぷりと刻まれることになった。
十一月五日
Happy birthday Floyd
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