青空に舞うまで
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「ジェイド先輩、私一般の大学へ進学することにしました」
TWLに捻じれ迷い込んで二年目のある日。それは珍しく客の入りが控えめで、ホールも厨房もそこそこゆったりと仕事が出来る静かなラウンジの日。二人で厨房の端にある洗い場でせっせと洗い物&拭き上げをしていた時でいつ言おうかと悩み続け結果、結局は洗い物中に報告という形になってしまったユウ。
「そうですか。それでしたらこれからが大変ですね」
水分を拭き取ったグラスを目視で洗い残しがないか確認する。ピカピカになったグラスにジェイドはひとつ頷きグラススタンドに引っ掛けた。チンと小さな音を立てたグラスをじっとジェイドはそれを眺め、グラスに反転して映っている洗い物中のユウを見つめる。小さな体に課された帰ることが出来なくなったという現実。先の見えない未来に悲観することなく彼女は懸命にこの世界を自分の力で生きていこうとしている。
「はい。受験勉強をしないといけませんのでシフトに入る回数が減ると思います」
「学生の本分は勉強ですからね。そこは遠慮されずに励んでください」
手を泡まみれにしたまま首だけジェイドの方に向けて微笑んだ。ジェイドはユウが本当に強い女性だと思った。一人で放り込まれた世界なのに様々な事件に関与しながらもその時自分に出来る精一杯のことを全力で走った。それはジェイドが絡んでいた事件もある。ユウは可愛い後輩で愛しい存在である。そのことをユウは知らない。人の感情には敏感なのに自分に向けられる好意というのは鈍かった。さぁ、その愛しい存在のユウがこの先の未来の為に頑張ろうとしているならばジェイドに何が出来るだろうか。
「僕は貴女を陰ながら応援、サポートさせて頂きます」
好きだ、愛しているという言葉はユウにとって今は邪魔なのはジェイドも承知している。それならばユウの受験を応援しよう。そうしてジェイドは家庭教師をこなしつつ、彼女のメンタルを支えていくことに空いた時間を全て捧げることにした。
「魔法薬剤師とはまた随分難関な道を選びましたね」
魔法薬学はジェイドの得意分野。魔法薬剤師を目指すというだけあってユウの飲み込みも早かった。魔法薬剤という名が付くがこの職業は魔法を必ずしも必要とする職業ではない。薬品を扱うのは魔法士以外でも可能なのはこの学園で授業を受けていて分かることだ。そして堅実で安定した職業。学園長の傍で雑用員として残るよりはプライベートにマドルを割くことが出来る。ジェイドにしてみれば必死に働かなくても自分がユウを養うのにと思う節があったが目の前で必死にペンを走らせているユウに言えるほどジェイドは人の心を捨てていない。
「その花はどうしたんですか?すっごく綺麗」
ユウが受験勉強に励むようになって数日後。小綺麗にしているがやや殺風景のオンボロ寮の談話室のテーブルに一輪の花が生けられた。
「こちらはブルーローズです」
「青いバラ?珍しいですね」
「はい。花言葉は<夢かなう>です。受験をしている貴女にぴったりだと思い調達しました。ユウさんの勉強が捗るようにまじないもかけています」
「じゃぁ、ますます私も頑張らなくっちゃ!ジェイド先輩は卒業後どうされるんですか?」
「僕は進学せずに彼らと起業します。だから僕のことは気になさらなくても大丈夫ですからご安心ください」
「そうなんですね。ありがとうございます!」
よく勉強を見てもらっていてユウは少しばかりその事が気がかりだった。後輩でありバイト仲間のよしみで時間を割いて貰っていると思っていたユウはジェイドのその言葉を聞いて安心した。ジェイドの教え方は丁寧でとても分かりやすく、誰とは言わないが分からないことがあっても見下したり笑い飛ばしたりすることはなかった。
そうは言ったもののジェイドとて魔法薬剤師になるための受験勉強というものをしたことがないで、こっそり図書館で勉強したりクルーウェル先生に質問に行ったりとユウを教える空き時間の空き時間にそれをしていた。魔法薬学なら自分よりクルーウェル先生に聞いてもらうのが手っ取り早いがユウには頼ってほしかったので男の意地でそれだけは言わない。
そして進学せずに起業するといっても今はまだジェイドも勉強不足。経営者のサポートを担うジェイドには更なる学びが必要。後々にジェイドは数年後あの頃が一番勉強していたと苦笑いしたとか。
「今日もブルーローズを持って来てくださったのですね!」
「はい。ユウさんの夢を叶えましょうね」
水差しの花は丁寧に世話をしていてもいつかは枯れてしまう。そうするとジェイドはすぐに新しいブルーローズを調達して同じように生けた。
赤ほど主張していなくて黄ほど軽やかさもなく、白ほど儚さもない青はとても目にも優しくオンボロ寮の雰囲気にぴったりだった。
そうして暫くしてユウは四年生になり、魔法が使えない監督生なので学園に一人残りひたすら勉強に励んだ。卒業してしまったジェイドとはたまに会ったり、リモートで勉強を教えてもらったりしていた。リモート画面に映る社会人のスーツ姿のジェイドを見るととてもかっこ良くて、仕事だって今は特に忙しいだろうにこんな自分に時間を使ってもらっているのだからとジェイドと話す度に気合を入れ直すことが出来ていた。
例のブルーローズも変わらずオンボロ寮に生けられている。定期的にジェイドからオンボロ寮に送られてくるのだ。
「オンボロ寮にブルーローズがあるのが当たり前になっていますね」
「ユウさんの受験の成功の願いを込めていますので、合格発表の日まで続けます」
「あぁ・・・もう来週かと思うと食べたものが出そう・・・」
「今までやってきた貴女なら絶対大丈夫です。近くで見てきた僕が言うのだから間違いありません」
力強くそう言ってもらえるとユウは少し安心したように画面越しに笑う。
勝負の日はもう間もなく。
「ジェイド先輩ありがとうございます!私、頑張ります!」
スマホ越しのユウの笑顔にジェイドは今すぐにでも駆け付け抱きしめて安心させてやりたかった。実のところユウよりジェイドの方がユウの受験に気が気ではなかった。こうやって話していても足はビンボー揺すりをしてしまうし、電話を切った後も意味もなく部屋の中を行ったり来たり。ユニーク魔法を使って大学関係者から答案を聞き出そうかと思ったり、はたから見ている片割れはたいそう面白がっていた。
それから数日後。ユウだけではなくジェイドにとっても決戦の日。
それなのにジェイドはどうしても外せない仕事が入ってしまい、ユウの合否を一緒に確認出来なかった。賢者の島にいるユウは交通機関が不便ということもあり、合否は大学のサイトで確認出来るサービスを利用する。グリムはユウの代わりに四年生として研修に行っていて、オンボロ寮は一人。シンと静まった一人だけの寮内に外にいる鳥の囀りだけが聞こえる。間もなく合否発表の時間。時計の針がそれを差した時、ユウはすぐにスマホをタップした。
続く
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