爪の痕
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「貴女はあいかわらず鈍くさいところがありますね」
「あはは、お恥ずかしい」
白く剥がれた靴を履いてアズールとユウは並んで歩いていた。あの場所にしゃがみこんでいた理由を言えばアズールは少し呆れたようだった。
アズールは本来は歩くのが早い。忙しい彼ならではだが、今隣にいるアズールはあの頃みたいにユウの歩幅に合わせて歩いている。
口では棘を刺すけども行動は優しいままで、アズールもあいかわらずなのだ。
「10年ぶり・・・でしょうか」
「そうですね。先輩方の活躍は色んな方面で耳にしていました」
急ぐ理由なんてないから話を続けた。
当たり前のように社会へ出ても頭角を現し、今ではアズールの立ち上げたブランドを知らないものはいない。マジカメや雑誌を見るたびに遠い人のような気がして本当に自分と付き合っていたのかさえ疑わしいほど、実は長い夢を見ていたのではと錯覚する。
それでもこの立ち位置からのアズールの横顔は何度も見てきたし、彼の愛用しているコロンの変わらない香りに楽しかった日々を思い出す。
*****
その日もユウとアズールは仲睦まじく寄り添って歩いていた。
「アズール先輩の香り、すっごくいい香りですね」
「ユウさん・・・分かって言っています?いや、貴女だから分かってないと思いますけど、コロンは付けている者の香りと同化して初めて意味があるものなんです」
「つまりは私はアズール先輩自身の香りが好きと?」
「そういう事です。ほんと恥ずかしいこと言わないでください」
「本当に好きな香りなんですよ?こっちでは知りませんが、女の子って父親に似た匂いの男性を好きになるそうですよ」
「ユウさんのお父様と匂いが似ているならこんな光栄なことはありませんね!」
「そこは喜ぶところなんですか?」
「貴女を無償の愛で育てたお父様と同じだなんて嬉しいに決まっているじゃないですか!・・・何らかの原因でこの世界にユウさんは来てしまいましたが、僕は貴女の家族同様・・・いえ、それ以上に貴女を愛しますよ」
アズールの方がよっぽど恥ずかしいことを言っているはずなのに、その言葉には雑味がなくてとても深い愛情を感じられた。
照れるとメガネのブリッジを触る癖をユウは知っていたのでふふっと綺麗に笑う。
人目がつかなくなると二人はそのまま触れるだけのキスをして触れた先からお互いの愛情を伝えあった。
*****
「・・・先輩の香り好きだったなぁ」
「え?」
「あ、いえ・・・久しぶりにお話出来て少し昔を思い出しただけです」
「昔・・・ねぇ」
懐かしい思い出に胸はぎゅっと掴まれて、苦しくなった。
何故?
自分に言い聞かせてたどり着いた答えをあの時にしたはず。きちんと話をしてお別れをした。だから前を向けると思っていた。
彼には素敵で頼れる女性を見つけてほしいと。
たくさん愛したから、愛されたからそれで充分この先も過ごしているはずだと。
そう思っていたのに、何年経ってもアズールと過ごした日々が恋しくて寂しくて何度も夜に泣いた。
あの時の判断は間違っていたのか?
彼の為を思うなら間違っていなかったはずだと。
この恋心には上書きが必要だと新しい恋にチャレンジしてみたこともあった。それでもあの頃みたいに鮮度のいい幸せという栄養を心に届けてやれることはなかった。
「アズール先輩、少し背が伸びました?」
「えぇ、あいつらはアレから更に伸びてしまったので差は埋められませんでしたよ」
あいつらとはきっとリーチ兄弟のことで、今でも一緒にいるあの二人が少し羨ましかった。
「ユウさんは綺麗になりましたね」
「ありがとうございます。まぁ、私にもいろいろあるのです」
まぁ、10年ですからね。とアズールは前を向いたまま喋る。
ユウも前を向いているけどもたまにチラリと横目でアズールを見ていた。
それにしてもどうして今更アズールとこんな場所で会ったのだろう。
たまたまにしてもユウは嬉しかったし、あの頃の関係に戻るチャンスをカミサマが与えてくれたのだとしたら、今日は良い日になる。
このままの関係だったとしてもどこかで繋がっているならそれだけでいい。
大人には大人の付き合い方がある。
ユウから振っておいてヨリを戻しませんか。なんてのは、都合がいい。
10年間という空白の時間をあの時の二人のようにゆっくりと取り戻すのも二人らしくていい。
その為には連絡先の交換。
「あ、あの!アズール先輩っ」
「おっと、すみません。電話ですので少し失礼しますね」
横やりが入ってしまいユウの言おうとしていた言葉が空気となって吐き出された。
アズールはポケットからスマホを取り出すと指でスワイプする。
(あっ)
思わず自分の皮膚を強く抓った。
赤くなった痛いそれは現実にいることを否定しない。
(アズール先輩、指輪、してる)
左薬指に光る美しい指輪に華奢ながらも存在感を知らしめる。
正直ユウは戸惑いを隠せなかった。
会えなかった10年間はたくさんの恋をアズールだってしてきたのは容易に想像する。
きっとアズールのことだからフェイクなのだろうとユウは心を落ち着かせる。そうでなければ可笑しい。まだこの年なのだからあのアズールが身を固めるなんて考えられない。
「ユウさん、失礼しました。少し仕事の話でした」
通話を切るとアズールは再びポケットにスマホを仕舞う。ユウの目線はアズールの指輪から離れることが出来なくて、その視線に気づいたアズールはあぁ、コレですか?と軽く手をユウの前で翳す。
きっと女除けのフェイクです。と、言うのだろう。
そしてユウアズール先輩らしいですねと安堵の心で笑うのだ。
「僕、婚約しました」
指輪を見ていたはずなのに焦点があわない。ぼんやりとしていて何処を見ているのか自分でも分からなくなる。
婚約?結婚?この漢字二文字が永遠と背景に映し出されていた。
そんなユウをよそにアズールは言葉を続ける。
「10年前、貴女に振られた時は本当に心から悲しくて落ち込みました。だけど、貴女のいう僕に合う女性というのをこの数年考えました」
「私が言った、アズール先輩に合う女性」
確かにユウはあの時言った。
は心を置き去りにして頭だけ大人ぶっていた。アズールの為にそれが一番だと。
その素敵な人をアズールは見つけたという。
あの時自分に言い聞かせて、きちんと話をして別れたことを飲み込んで生きてきたのだと。
ユウは自分の腕に爪を立てる。
泣いてはいけない。
「アズール先輩・・・好きなんですね」
その婚約者が。なんて言わない。
「えぇ、凄く・・・好きです」
そう言ってアズールはメガネのブリッジに触れた。
ユウは懐かしい、昔のアズールを見たのだ。
あの照れた時の仕草はユウを想ってではない。
「アズール先輩、お幸せに」
「ありがとうございます。貴女も幸せになってください」
目の前の信号が点滅しかかるとアズールは急ぐ用事が出来たので、と小走りで横断歩道を走って行った。
ふわりと揺れたアズールの髪から思い出のコロンの香りがユウを置いていく。
「アズール先輩・・・アズール先輩っ」
遠くなっていく背中に声をかけることなんて出来ない。彼は後ろを振り向かないのだ。
歩行者信号が赤に切り替わり発進した車のせいでアズールが見えなくなった。
何度も呼んだアズールの名はエンジン音で掻き消され、信号が青になっても足が前に進まない。
「私だって前を向ける。先輩が幸せになってって言った」
アズール先輩を幸せにしたのは私。
だから私も幸せにならなくちゃいけない。
そう言い聞かせて、また腕に爪を立てた。
FIN
「あはは、お恥ずかしい」
白く剥がれた靴を履いてアズールとユウは並んで歩いていた。あの場所にしゃがみこんでいた理由を言えばアズールは少し呆れたようだった。
アズールは本来は歩くのが早い。忙しい彼ならではだが、今隣にいるアズールはあの頃みたいにユウの歩幅に合わせて歩いている。
口では棘を刺すけども行動は優しいままで、アズールもあいかわらずなのだ。
「10年ぶり・・・でしょうか」
「そうですね。先輩方の活躍は色んな方面で耳にしていました」
急ぐ理由なんてないから話を続けた。
当たり前のように社会へ出ても頭角を現し、今ではアズールの立ち上げたブランドを知らないものはいない。マジカメや雑誌を見るたびに遠い人のような気がして本当に自分と付き合っていたのかさえ疑わしいほど、実は長い夢を見ていたのではと錯覚する。
それでもこの立ち位置からのアズールの横顔は何度も見てきたし、彼の愛用しているコロンの変わらない香りに楽しかった日々を思い出す。
*****
その日もユウとアズールは仲睦まじく寄り添って歩いていた。
「アズール先輩の香り、すっごくいい香りですね」
「ユウさん・・・分かって言っています?いや、貴女だから分かってないと思いますけど、コロンは付けている者の香りと同化して初めて意味があるものなんです」
「つまりは私はアズール先輩自身の香りが好きと?」
「そういう事です。ほんと恥ずかしいこと言わないでください」
「本当に好きな香りなんですよ?こっちでは知りませんが、女の子って父親に似た匂いの男性を好きになるそうですよ」
「ユウさんのお父様と匂いが似ているならこんな光栄なことはありませんね!」
「そこは喜ぶところなんですか?」
「貴女を無償の愛で育てたお父様と同じだなんて嬉しいに決まっているじゃないですか!・・・何らかの原因でこの世界にユウさんは来てしまいましたが、僕は貴女の家族同様・・・いえ、それ以上に貴女を愛しますよ」
アズールの方がよっぽど恥ずかしいことを言っているはずなのに、その言葉には雑味がなくてとても深い愛情を感じられた。
照れるとメガネのブリッジを触る癖をユウは知っていたのでふふっと綺麗に笑う。
人目がつかなくなると二人はそのまま触れるだけのキスをして触れた先からお互いの愛情を伝えあった。
*****
「・・・先輩の香り好きだったなぁ」
「え?」
「あ、いえ・・・久しぶりにお話出来て少し昔を思い出しただけです」
「昔・・・ねぇ」
懐かしい思い出に胸はぎゅっと掴まれて、苦しくなった。
何故?
自分に言い聞かせてたどり着いた答えをあの時にしたはず。きちんと話をしてお別れをした。だから前を向けると思っていた。
彼には素敵で頼れる女性を見つけてほしいと。
たくさん愛したから、愛されたからそれで充分この先も過ごしているはずだと。
そう思っていたのに、何年経ってもアズールと過ごした日々が恋しくて寂しくて何度も夜に泣いた。
あの時の判断は間違っていたのか?
彼の為を思うなら間違っていなかったはずだと。
この恋心には上書きが必要だと新しい恋にチャレンジしてみたこともあった。それでもあの頃みたいに鮮度のいい幸せという栄養を心に届けてやれることはなかった。
「アズール先輩、少し背が伸びました?」
「えぇ、あいつらはアレから更に伸びてしまったので差は埋められませんでしたよ」
あいつらとはきっとリーチ兄弟のことで、今でも一緒にいるあの二人が少し羨ましかった。
「ユウさんは綺麗になりましたね」
「ありがとうございます。まぁ、私にもいろいろあるのです」
まぁ、10年ですからね。とアズールは前を向いたまま喋る。
ユウも前を向いているけどもたまにチラリと横目でアズールを見ていた。
それにしてもどうして今更アズールとこんな場所で会ったのだろう。
たまたまにしてもユウは嬉しかったし、あの頃の関係に戻るチャンスをカミサマが与えてくれたのだとしたら、今日は良い日になる。
このままの関係だったとしてもどこかで繋がっているならそれだけでいい。
大人には大人の付き合い方がある。
ユウから振っておいてヨリを戻しませんか。なんてのは、都合がいい。
10年間という空白の時間をあの時の二人のようにゆっくりと取り戻すのも二人らしくていい。
その為には連絡先の交換。
「あ、あの!アズール先輩っ」
「おっと、すみません。電話ですので少し失礼しますね」
横やりが入ってしまいユウの言おうとしていた言葉が空気となって吐き出された。
アズールはポケットからスマホを取り出すと指でスワイプする。
(あっ)
思わず自分の皮膚を強く抓った。
赤くなった痛いそれは現実にいることを否定しない。
(アズール先輩、指輪、してる)
左薬指に光る美しい指輪に華奢ながらも存在感を知らしめる。
正直ユウは戸惑いを隠せなかった。
会えなかった10年間はたくさんの恋をアズールだってしてきたのは容易に想像する。
きっとアズールのことだからフェイクなのだろうとユウは心を落ち着かせる。そうでなければ可笑しい。まだこの年なのだからあのアズールが身を固めるなんて考えられない。
「ユウさん、失礼しました。少し仕事の話でした」
通話を切るとアズールは再びポケットにスマホを仕舞う。ユウの目線はアズールの指輪から離れることが出来なくて、その視線に気づいたアズールはあぁ、コレですか?と軽く手をユウの前で翳す。
きっと女除けのフェイクです。と、言うのだろう。
そしてユウアズール先輩らしいですねと安堵の心で笑うのだ。
「僕、婚約しました」
指輪を見ていたはずなのに焦点があわない。ぼんやりとしていて何処を見ているのか自分でも分からなくなる。
婚約?結婚?この漢字二文字が永遠と背景に映し出されていた。
そんなユウをよそにアズールは言葉を続ける。
「10年前、貴女に振られた時は本当に心から悲しくて落ち込みました。だけど、貴女のいう僕に合う女性というのをこの数年考えました」
「私が言った、アズール先輩に合う女性」
確かにユウはあの時言った。
は心を置き去りにして頭だけ大人ぶっていた。アズールの為にそれが一番だと。
その素敵な人をアズールは見つけたという。
あの時自分に言い聞かせて、きちんと話をして別れたことを飲み込んで生きてきたのだと。
ユウは自分の腕に爪を立てる。
泣いてはいけない。
「アズール先輩・・・好きなんですね」
その婚約者が。なんて言わない。
「えぇ、凄く・・・好きです」
そう言ってアズールはメガネのブリッジに触れた。
ユウは懐かしい、昔のアズールを見たのだ。
あの照れた時の仕草はユウを想ってではない。
「アズール先輩、お幸せに」
「ありがとうございます。貴女も幸せになってください」
目の前の信号が点滅しかかるとアズールは急ぐ用事が出来たので、と小走りで横断歩道を走って行った。
ふわりと揺れたアズールの髪から思い出のコロンの香りがユウを置いていく。
「アズール先輩・・・アズール先輩っ」
遠くなっていく背中に声をかけることなんて出来ない。彼は後ろを振り向かないのだ。
歩行者信号が赤に切り替わり発進した車のせいでアズールが見えなくなった。
何度も呼んだアズールの名はエンジン音で掻き消され、信号が青になっても足が前に進まない。
「私だって前を向ける。先輩が幸せになってって言った」
アズール先輩を幸せにしたのは私。
だから私も幸せにならなくちゃいけない。
そう言い聞かせて、また腕に爪を立てた。
FIN
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