小さな口は僕のもの
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銀色に煙った悲しみを覆う学園。
「さよなら、アズール先輩。愛してました」
「・・・ユウさん?」
ユウは花柄の傘の柄を握りしめ、アズールが何かを言う前に駆け出した。
痛めつけるように降る雫はずり落ちた傘とアズールの艶やかな髪を濃く染める。
好かれてるわけではなくとも、それなりに懐かれていた自覚はある。だからアズールもユウを特別に接していた。
学年が違えどもユウとは腐れ縁のようにずっと繋がりはあると思っていた。憎まれ口を叩き、皮肉を言うこともあったし、ラウンジの新メニューの為に呼び出すこともある。
少し接し方を間違えただけかもしれない。
何か気に触ったなら謝罪しよう。謝罪なら支配人としての経験でうまく出来る。
何も臆することはない。
それでもアズールは重い不安と突然の告白とで感情のバランスが複雑に絡んだ。
後に追いかけると学園内にユウの姿はなく、もぬけの殻となったオンボロ寮の鏡が淡く光っていて無慈悲な現実をアズールに突き付けた。
*
ガタン・・・ガタン・・・
朝日が登り始めた始発の都内の電車。
静かに振動が伝わる窓に頭を預け、眠たい眼に瞼を伏せる。
「あれから・・・随分と経ったわね」
目に焼き付く程毎日見ている風景。早々とコマ送りに景色は流れ、あの日々を度々思い出す。
世間のニュースになっていると思えば、失踪事件にもなっていない。
ほんの数時間しか経っておらず胸を撫で下ろしたものだ。
そして今ではすっかり世間様の役に立つ社会人になり、こうして電車に揺られながら通勤している。
「夢のような出来事で夢じゃない」
少女だった頃の恋心。
記憶が消えることなく、心の奥で大事に抱えている。報われない恋もこの世界にはたくさんある。
ユウもそのうちの1人だと自分に言い聞かす。
「それでも、会いたいと思うのは自由よね」
ガタン・・・ガタン・・・。
車内アナウンスで次の駅名と乗り換えの案内が流れる。いつものことなのでアナウンスには耳を傾けない。
軽快なメロディーと共に扉が開くと横に座っていた人は下車をしたようで、すぐに隣に人が座る。
「おっと・・・失礼しました」
「いえ・・・」
広くない座席なのだから、体が当たってしまうことは度々あるもの。
それでも見知らぬ者に触れられるのはいい気がしない。ちらりと隣の人の足元を見やると、よく磨かれた高級そうな革靴が車内の電灯で反射している。
そして既視感のある靴下。
以前フロイドがタコちゃんの柄なんだぁと見せてくれた靴下と似ている。
色味も宛ら奇抜な部類の靴下。
ドッドッと大きく心臓を鳴らし、視線を上げていくと流行りの飲食店が掲載されているクーポン付き雑誌。白く細い見覚えのある指。
ここまで来ると眠たい眼はどこかへ消える。
「この世界はたくさんの食べ物の文化があるんですね。・・・ユウさん、お久しぶりです」
雑誌を閉じるとにっこりとアズールは笑いかける。
「ア、ア、ア・・・!」
目をまん丸と開き、言いたい名前が出掛けたところでアズールはシィィ・・・とユウの唇に指で触れる。目だけで周りを見渡すと乗客はユウを見ていて、カァァっと赤くなる。
落ち着いてくださいと指が離れ、ユウは叫んでしまわないように自分の手で口を押さえた。
驚かないなんて無理。聞きたいこと疑問に思うことがあり過ぎて頭がパンクする。
ユウ自身が歳を重ねたのと同じようにアズールも歳を重ね、さらに大人びていて美しくなっていた。
「ユウさん、降りますよ」
「え、あ・・・待ってくださいっ!」
手を握りアズールはユウを連れて電車を降りると電車はいつもと同じように扉が閉まり、何事も無かったように走り去って行く。
ユウと同じように降りた乗客は早足で駅のホームから消えていき、人はまばらになった。
仕事がある、大事な会議がある・・・そんな風にいつもなら思ってしまう程ユウは立派な社会人をしている。
でも、今は大人から少女の感情に戻る。
「アズール・・・先輩・・・信じられない」
「何を言うのです。あなたの目の前にいるでしょう?幻でもなく幽霊でもありませんよ」
両手でユウの手を握る。少し体温が低いのに温かい手。今でも経営者をしているのか中指にはペンダコが出来ている。伏せた目から長い睫毛が美しさを際立たせていた。
「ユウさんが聞きたいことはたくさんあるでしょう。随分時間がかかってしまいましたが、ようやく・・・やっと、ユウさんに会うことが出来ました」
どうぞ、こちらへ・・・と人目がないことを確認するとマジカルペンで壁の一部を鏡に変える。
久しぶりに見る魔法の鏡。アズールに腰を支えられ足先が触れると、鏡は波模様を作る。
アズールを見ると静かに頷きユウは目を瞑って飛び込んだ。
*
「賢者の島の海岸・・・?」
「はい。懐かしいでしょう?あなたがいなくなった学園は静かで平和過ぎて退屈なものでしたよ」
ツイステッドワンダーランドに戻ってきた。
ユウは遠くに携える学園に感情が高ぶる。二度と戻れないと覚悟したあの日。
好きだったアズールに告白だけして逃げるように帰った。
人生初めての告白を思い出して、今更ながらじわじわと恥ずかしくなってアズールの方を向けなくなる。
「不躾なことを聞きますがユウさんは・・・あの時僕のことを好きと言いましたが・・・本音でしたか?」
「人の告白を冗談扱いにしないでください」
「・・・今はもう他に男が?」
ふるふると勢いよく首を横に振る。
今でもユウはアズールが好きだ。
何年経っても思いは褪せない。
「それを聞いて安心しました」
ふわりと後ろからユウを抱きしめ吐息がかかる程の距離で耳元で囁く。
それは優しい声色で、ユウは少女の時よりもくらくらと焦がれ深海よりも深くなっていく気がした。
「あの時の返事をしても?」
「・・・は、はい」
「では、失礼しますよっ」
「うぐっっ!」
アズールはユウの頬を片手で掴み、グイッと自分の顔に近づける。変な顔になってしまってるのにアズールは変わらずクールで、そして少し怒っているようだった。
「この口ですね。この小さな口が僕にサヨナラを告げたわけですか・・・」
「う・・・っ」
「許されることではありませんね。この僕の前で言い逃げをするなんていい度胸です」
「うぅーっ!!」
「あなたの小さな口から別れの言葉なんて聞きたくない。僕を称賛してそして好きだと言い続けてほしい」
掴んでいた手を離し、今度は頬を優しく撫でる。僅かに声を震わせているアズールがどんな思いで世界を繋ぎ、ユウを探していたのか。想像の次元を超える努力の積み重ねの結果だ。
「アズール先輩・・・ごめんなさい。私に会いに来てくれてありがとうございます。・・・今もずっと・・・いいえ、前よりも大好きです」
「・・・えぇ、知ってます。僕もあなたが大好きです。この小さな口も全部、僕のものだ」
あの日の雨は海へと還り、二人の祝福を込めて静かに波音を立てる。
離れていた時間を埋めるように熱に浸った唇が離れることはなく、いつまでも熱を交わしていた。
Fin
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