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誕生日のはなし

誕生日のはなし

プレゼントを贈るというのは存外難しいものだ。相手が何を貰って喜ぶのか、相手からの好感度を上げるものはなんだろうか。センスと趣味と、相手との駆け引きが行われる。上司や取引先など、ある程度プレゼントのテンプレのある相手ならば、銃兎もここまで悩むことはなかっただろう。贈る相手はmtcのチームメンバーの1人毒島メイソン理鶯、予測不可能な行動ばかりでつかみ所のない、だがとても愛しい人だ。理鶯の誕生日を祝うに相応しい品を選びたい、彼の心に残るようなものを。少なくとも左馬刻が贈るプレゼントには負けたくないと銃兎は対抗心を燃やしていた。
何を贈ろうかと、銃兎は百貨店を当て所なく彷徨いながら悩んでいた。ワイン、理鶯はキャンプ地ではあまり酒を飲まない。腕時計、装飾品は好まないしあの生活に耐えられるものは少ない。花、できることなら形に残るものがいいから却下。と一向に決まらなかった。理鶯に会えばなにか思いつくだろうかと思い、銃兎は見慣れた番号に電話をかけた。今日は運良く理鶯が直ぐに電話に出た。普段であれば、森の奥にいる理鶯のスマホには電波が入らず、なかなか連絡が取れない。彼に用があれば森の奥まで歩かなければならない。理鶯は調味料の買い出しに街まで出てきていたらしい、そちらへ向かうため銃兎は駐車場に足を向けた。

車を走らせて10分ほど、理鶯に告げられた建物の近くにある駐車場に車を止め、待ち合わせ場所へと向かう。191cmの高身長に地平線に沈む夕日色の髪をした白皙の美青年は、人混みの中でも圧倒的な存在感を発揮している。街に出るときは目立つから軍服はやめるよう言ってきたおかげか、カーキのミリタリーシャツに細身の黒いパンツを身にまとっていた。待ち合わせ相手が目立つおかげで探す手間が省けた。銃兎は遠巻きに理鶯を眺める人々をかき分け、側へとむかう。

「理鶯、お待たせしました」

「小官も今着いたばかりだ、待っていない」

銃兎の到着を確認すると、理鶯は僅かに微笑み訪れを歓迎した。
見目麗しい男が2人並び、さらに視線が向けられる。それを厭い銃兎は理鶯を連れ歩き出した。

「今日はどうしたんだ、なにか小官に用があったのだろう?」

「用はないんです、私が理鶯に会いたかっただけで。ダメでしたか?」

銃兎が上目遣いに見つめると、理鶯は少し驚いた後笑みを浮かべ

「恋人にそう言われて喜ばない男はいないだろう」

と答えた。銃兎はその返答に満足そうに笑って頷いた。

「調味料は買えましたか?」

「あぁ、必要なものは揃った。これで万全の状態だ。銃兎もいつでも食べに来てくれ」

「うっ、あー…はい!ぜひ、機会があれば!」

理鶯の誘いに、銃兎は目線をそらしながら返事をする。だがその機会はすぐに来るのだろう、銃兎は理鶯に誘われれば断る事など出来ない。たとえゲテモノが食べれなくても。これは惚れた弱みだ、それだけ理鶯を大事に思っている。

「会った時から思っていたんだが、今日の銃兎はいい香りだな」

理鶯が銃兎の首筋に顔を寄せる。

「香水でしょうか?これは私も気に入ってるんですよ」

「この香りは小官も好きだ」

理鶯が好きだと主張することは少ない。銃兎自身が好きなものを、理鶯が同じように好いてくれた事を嬉しく思った。

「これから少し寄りたいところがあるのですが、いいですか?」

「あぁ、構わない。ついていこう」

銃兎はようやく理鶯に贈るプレゼントが決まり、晴れやかな気分で足を進めた。

銃兎が理鶯を連れて向かった先は、横浜高島屋にあるシャネルだった。

「何か買うのか?」

「はい、買うものは決まっているのですぐに終わります」

銃兎は理鶯に微笑みを向け、2人の様子を伺っていた店員に声をかける。

「あぁ、すいません。アンテウスを出していただきたいのですが」

銃兎が求めていたのはシャネルの香水であるアンテウスだ。

「プレゼント用にして貰えますか?」

銃兎は上機嫌に会計を済ませ、ラッピングされるのを待つ。理鶯はその様子を、店のショーウィンドウ越しにみて微笑ましく思っていた。よほど大事な相手への贈りものなのだろう、銃兎にここまで思われる相手は幸せだろうと考えていた。
ラッピングの施された香水を片手に銃兎が理鶯の側へと寄ってくる。にっこりと綺麗な笑みを浮かべ手に入れたばかりの香水を理鶯へと差し出す。

「理鶯、happy birthday!少し早いですが、受け取ってください」

「…小官が受け取っていいのか?」

「理鶯の誕生日プレゼントですから、受け取って貰えないと困ります」

「そうか、とても嬉しい。ありがとう銃兎、大切にする」

理鶯は壊れ物を扱うようにそっと受け取り、銃兎へと礼を言う。
銃兎は理鶯の嬉しそうな顔に満足気に頷き、理鶯を連れて店を後にした。


銃兎から理鶯へプレゼントを贈ってから数日後のこと、銃兎はまた理鶯を呼び出していた。
待ち合わせ場所に立っていた理鶯は、その能面のごとき無表情を僅かに曇らせていた。銃兎と理鶯はまだそう長い時を重ねた訳ではない、それでも周りが思うよりずっと銃兎は彼を見つめていた。それゆえに僅かな表情の変化にも気づいていた。

「理鶯、なにかありましたか?」

銃兎の心配そうな声に、理鶯は困ったように眉を下げた。

「今日は街に出ると思って、銃兎に貰った香水をつけてきたが、これはいけないな…」

珍しく歯切れの悪い理鶯の言葉、それに自分の贈ったプレゼントにいけないとはなんだろうかと銃兎は訝しむ。
銃兎の表情に焦ったのか、理鶯は慌てて言葉を重ねる

「違うんだ、悪いわけではなくて。その、銃兎と同じ香りがして。…銃兎に抱きしめられている時を思い出して、とても落ち着かない」

普段の落ち着いた態度はどこへいったのか、視線を彷徨わせながら言葉を紡ぐ理鶯の姿に銃兎の落ち着きもなくなる。銃兎を思い出すと、そう理鶯がいったのだ。意識されているのだと、自分の存在がこの冷静沈着な男の心を乱したのだと。確かな優越感が銃兎にはあった。
理鶯が自ら私の香りをまとっている、理鶯が私のものだと主張しているようで、銃兎は独占欲がみたされていくのを感じた。

「理鶯、できればその香水、他の誰かに会うときもつけていってください」

「うん、了解した。銃兎が言うならそうしよう」

銃兎の欲も知らずに理鶯は従順に望みを受け入れる。
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