このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

溢れるほど愛を捧ぐ

溢れるほどの愛を捧ぐ

「理鶯は嫉妬とか、することはありますか?」
酒に酔った勢いで、普段から考えていたが一度も聞けなかったことを聞いてしまった。聞いてから少しの後悔、きっとこの涼やかな男は醜い嫉妬などしないのだろう。俺ばかりが理鶯を独占したいと恋い焦がれているのだ。付き合っているはずなのに、いつまでも追いかけている気がする。ぐるぐると余計なことまで考え出した、俺の思考を止めたのは理鶯の言葉だった。

「小官も人間だ、嫉妬ぐらいする」

嫉妬をするのか、意外だった。そんなそぶり見たこともない。

「理鶯は嫉妬なんてしないのかと」

理鶯は俺の言葉に気まずげに目線をそらし、琥珀の液体で満たされたタンブラーを煽ったあと、静かに口を開いた。

「する。あぁ、そうだな例えば…お前は左馬刻には口調が荒い。あれが素だろう?小官にはしない。罵倒も悪ふざけもな」

苦しげに眉根を寄せた表情に、その言葉に動揺する。俺と左馬刻の関係に理鶯が嫉妬しているなんて、考えもしなかった。理鶯と俺と左馬刻と、三人で交際をしている。交際というより、俺と左馬刻が理鶯を共有していると言ったほうが正しいのかもしれない。理鶯によってバランスが取れている、理鶯はなくてはならない存在なのに、それなのに左馬刻に嫉妬をしているなんて。

「理鶯、左馬刻とはただの腐れ縁というか、悪友、というか…」

衝撃と喜びで言葉もでない俺に、理鶯は自嘲気味に言葉を重ねる

「あぁ、しっている。…まったく、浅ましくて嫌になる。酒を飲み過ぎてしまったようだな。小官はもう休む。銃兎も水を飲んでおくといい」

席を立った理鶯の表情はよく見えなかった。
酔いなんてもうとっくにさめている。


珍しく理鶯と二人きりで酒を飲んでいた、気になっていて、でも聞く勇気はなかった事を口に出して見た。

「りおーは嫉妬とかすんのか」

理鶯が少し困った顔をしてこちらをみる。

「またその質問か、なんだそれは流行りなのか?」

「あ?」

また?他の誰がこんな質問をするというのか、俺らの知らない交友関係があるのか。こういうところだ、なにも知らないんだ理鶯のことを。軍人時代のことも知らない、渋谷の帝統とも知り合いだったこともこいつの口から聞かせてはもらえなかった。聞いたら答えてもらえるのだろうが、求めているのはそういうことではない。腹の奥で嫉妬と支配欲が燻り出す。こんなに好きで、同じ思いだとこいつも言ったのに、どうしても全ては手に入らない。いつまでも理鶯に恋い焦がれている。

「…小官も嫉妬することはある」

伏せた睫毛が影を落とす。こいつは凛々しく美しい。なにごとにも感情を露わにしない。嫉妬するなんて想像もつかない。

「本当かよ」

「あぁ、本当だ」

俺の問いに、肯定を示す。必要なことをはっきりと告げるところが好ましい。

「左馬刻は、小官より先に銃兎を呼ぶ。銃兎相手だと遠慮がない」

銃兎に嫉妬をしているのか、こいつが。銃兎も俺もお前に恋い焦がれて、こころ乱されているのに。

「理鶯、それは」

俺の言葉を聞きたくないとでもいうように顔をそらし、遮るように口を開く。

「見苦しい感情だ、あまり知られたくない。…小官も知りたくなかった」

苦しげな横顔が目に焼き付いて、後のことはよく覚えていない。


銃兎の家で三人で酒を飲んでいる、これはよくあることだ。先日のことがあってから小官は二人に会うことが少し怖かった。醜い嫉妬を知られて、幻滅されてはいないかと、面倒な男だと思われてはいないだろうかと。
小官が二人に出会うより前に、二人は出会っていて、その時にはもう踏み込めないほどの信頼があった。二人と自分の間に壁や線引きを勝手に作っただけだと、理解している。だが踏み出す勇気がでない。
アルコール度数の高い酒を煽って、酔った勢いを言い訳に、普段は言えないわがままを言ってしまってもいいだろうか。

「二人は嫉妬をすることがあるか?」

緊張や恐怖をごまかすために酒を飲んでいたが、すこし飲み過ぎたようだ。くらりとする、二人の前でこんなに飲むのは初めてだろう。酒のせいか、慣れないことをする気恥ずかしさか頰が熱い。二人の顔をまともに見れず、グラスに注がれた琥珀の水面に視線をそそぐ。
グラスを握り締める手の甲を銃兎が指先で撫でる、その行為の甘やかさに安心して指先から力を抜き、面をあげ銃兎の瞳を見つめる。いつも小官に向ける笑みは柔らかく、甘さをはらんでいる。だが今日は特に甘い、むせかえるような甘く溶ける微笑み。その表情から銃兎からの愛を浴びせられているようで、ただただ恥ずかしい。何を不安に、不満に思っていたのか、聞くまでもなく愛されている。
「えぇ、ありますよ。貴方に恋をしてからずっと、嫉妬ばかりしています」
もういい、十分すぎるほどだ。耳を塞いでしまいたくなるほど、それは許されない。銃兎の声は耳から侵していく、甘い毒のようだ。

「誰にも見せないで、私だけのものにしてしまいたい。左馬刻にだって本当は渡したくなんかない」

「…悪かった」

「謝らないでください、貴方が嫉妬してると知れて本当に嬉しかった。愛してますよ、理鶯」

顔が熱い、耐えられない、こんなことになるなんて思わなかった。羞恥と困惑、それ以上に強い喜び、愛されている。銃兎に愛でられているのと反対の、溢れそうな気持ちを耐えるために握りしめた拳を左馬刻が撫で解いていく。指先を絡ませられ、赤い瞳に小官がうつる。

「左馬刻…」

「お前に関しては、余裕がなくなる。嫉妬もする、かっこ悪りぃけどな」

出会ってそう長い時を過ごした訳ではないが、かっこ悪かったことなど一度だってない。絡められた指先に力を込める。

「すまない。2人に愛されているとわかっているが、それでも一番を求めてしまった。こんな気持ちは知りたくなかったな」

情けない心境を明かしていく。銃兎が微笑んで小官の不安を消していく。

「あなたが不安に思うなら、何度でも言いますよ。1番は理鶯です、貴方だけを愛してる」

続けて左馬刻も口を開く。

「こんなに恋い焦がれたのはお前だけだ」

「あぁ、理解した。小官の全てをお前たちに捧げよう。だから、お前たちの全てを小官に与えてくれないか」

左馬刻が笑う。

「んなもん、とっくのとうにてめぇにくれてやった」

凪いだ静かな海の瞳が揺れるのを初めてみた。もっとよく見たいと思ったが、理鶯が俯きそれは叶わなかった。困ったように眉を寄せて目線をそらす、困惑だけじゃなく確かに喜びも滲んでいて惑う、理鶯の初めてみた表情に、それをみて確かに喜んでいる自分の気持ちに。あぁ、どうしようか、愛おしくてたまらない。溢れる気持ちを抑えきれず、二人して理鶯の手を引き腕の中へと閉じ込めた。俺たちに抱きしめられて戸惑い顔も愛おしい、ぎこちなく背中にうでを回してくる。お前が俺たちの揺るがぬ特別なのだと、少しずつでも教え込んで行こう。
溢れるほどの愛を捧ぐ。
1/1ページ
    スキ