欲しいのは、
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「ごめん」
それは、意外な対応だった。
「ありがとう、君の気持ちは嬉しいのだ」
「……受け取ってももらえませんか?」
たとえ応えてもらえなくても
せめて受け取ってもらえたなら。
差し出す手は、震えている。
「ごめん」
それでもやっぱり答えは同じで。
差し出されたその手に
彼の手が伸びることはなかった。
優しい彼のことだから、
受け取らないなんてことはないだろうと
どこかで思っていたのだけど。
「わかりました。
こちらこそ、ごめんなさい」
彼の意思は固く、
受け取ってもらうことを断念する。
持っていた小さな箱を抱き抱え、
急ぐように教室を後にした。
足音が聞こえなくなった頃
ふぅ、と小さなため息が聞こえた。
さて。行くなら今かな。
「先輩モテますねー!」
ガラッと音を立ててドアを開け、
わざと"先輩"と話し掛けた。
「わっ、ななし!?
まさか見てたのだ!?」
驚いた先輩……芳准は
こちらを見て慌てた様子で聞いてくる。
「うん、ごめん。
入ろうと思ったらお取り込み中でさ。
覗くつもりはなかったんだよ?」
本当かと疑うような目をしている芳准。
私にそんな趣味ないんですけど。
「あ、でもなんで受け取らなかったの?」
純粋な疑問を投げかけてみたら。
あれ、視線が痛いぞ……
覗くつもりだっただろって思われたかな。
「……受け取れないのだ。
その気持ちに応えられないのに」
「……そっか」
ああ、その真面目な答え。
芳准らしいよね。
「それで、ななしはどうしてここに?
まさかチョコでも渡しに来たのだ?」
芳准は悪戯っぽく笑う。
学年が1つ上である芳准の教室に
私が来るのは珍しいから。
彼は冗談で言っているのだけど、
わかっていてもどきりとしてしまうのは
私も芳准のことを好きだからである。
チョコは用意してあるけど
今のを見てしまうと渡せないよね……
「残念でした。
誰かさんが携帯の電源切ってるから
おつかいで来たんですー」
勘の鋭い芳准に気づかれないよう
いつものように振る舞う。
「携帯……電池切れなのだ」
彼はポケットから携帯電話を出し
ひらひらと振って見せた。
「もう。何度電話しても繋がらないからって
おばさんから電話があったんだよー!」
「そうだったのだ?すまないのだ」
そう謝られたものの、
そのおかげで会う口実ができたのだから
本当は感謝しているんだけどね。
私と芳准の母親は仲の良い友達で
結婚後も出産後も親交があったらしい。
小さい頃はよく家を行き来していたし
遊んでもらった記憶もある。
行き来できる距離ではあっても
学校は違っていたから、
お互い大きくなるにつれて
なかなか会うことができなくなった。
この高校に入って
初めて同じ学校に通うようになって
芳准とまた会えるようになって。
もう一度、恋に落ちた。
あの頃のままの優しさ、
あの頃よりも更に紳士的な物腰、
あの頃には見えなかった
ちょっぴり意地悪な部分も……
今の芳准を、好きになったんだ。
「今日、おばさん遅くなるみたいだよ。
先にご飯済ませといてねって」
「ふむ、了解なのだ」
ありがとうと感謝の言葉をもらい、
私の用事は終わってしまった。
「うん、じゃあ用も済んだことだし。
私は帰りますね、先輩」
本当はもっと一緒にいたいけど、
誰かに見られたりして変な噂になったら
芳准に迷惑がかかるし。
もしかしたら誰か本命の人から
このあとチョコをもらうのかもしれない。
そこには遭遇したくない。
急いで教室から出ようとした。
けれど、芳准が私の腕を掴んだから
歩みを止めざるを得なかった。
「な、何?」
「ななしは……
チョコ、誰かに渡したのだ?」
私は芳准の顔を見ているのに
引き留めた本人はそっぽを向いている。
「ううん、渡してないけど」
本当はあなたに渡したくて
この鞄に入ってはいますけどね。
「……そうか」
そう言うと芳准は掴んでいた手を離した。
彼が触れていた部分が熱を帯びている。
「あれ?もしかして私から貰いたかった?」
ドキドキする心臓が煩いから、
そんなわけないのだって笑ってほしくて
冗談っぽく言ったんだけど。
「そうだって言ったら……くれるのだ?」
芳准が真っ直ぐ私を見て言うものだから、
心臓はますます煩くなっていく。
「もう、私に貰うくらいなら
さっきの子の受け取ってあげなよねー」
そうだ、チョコが欲しいのなら
さっきの子から貰えばよかったんだ。
なんで私に……
「あの子の気持ちには応えられないって
さっき言ったのだが……」
「いや、そうだけどさ」
「オイラはチョコが欲しいんじゃない。
ななしから欲しいと言ってるのだ」
「何それ……」
そんなこと言われたら勘違いするじゃない。
期待させるようなこと言わないでよ。
今度は私が顔を逸らしたけれど
芳准のあたたかい手に頬を包まれて
正面を向かされてしまう。
「オイラはななしがすきだ。
だから、君からのチョコが欲しい。
他の人からは要らないのだ」
「何それ……」
嬉しくて涙が溢れそうになって、
うまく言葉が出てこない。
「返事、聞かせて欲しいのだが」
そう笑う芳准はどこか自信なさげで、
それでも優しい笑顔で。
「私も、芳准がすき。
本当はね、ちゃんと用意してあるの。
……受け取ってくれる?」
私は鞄からチョコを取り出し、
芳准に差し出す。
「勿論なのだ」
笑顔で答えた芳准は
私からチョコを受け取ると、
そのまま優しく抱き締めた。
欲しいのはチョコじゃなくて、
君の気持ちだったんだ。
→あとがき
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