うたた寝
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「信頼されている、といえば
聞こえはいいのだが……」
ため息混じりにそう呟くのは
朱雀七星士の井宿。
何やら悩ましげな表情で
悩ましげな声色。
一体何が起きたというのでしょう?
此処は宮廷内のとある部屋。
午後の穏やかな時間、
静かな空間に若い男女が二人。
この男性とは井宿のこと。
もう一人の女性を
井宿はじっと見つめていた。
「よく寝てるのだ」
はぁ、と再びため息を漏らし
頭を抱えているようだが
どこか少し嬉しそうにも見える。
井宿は女性に手を伸ばし
その頭を撫でた。
「ななし……」
次に言葉が発された口から
ため息は出なかった。
愛しそうに女性……ななしを見つめ
その頭を撫で続けた。
此処は井宿の部屋。
彼は椅子に腰掛けている。
ななしと呼ばれた人物は
その井宿に見守られながら
すやすやと規則的な寝息を立てていた。
「ふ、気持ち良さそうなのだ」
想いを寄せる相手が、
あろうことか自分の寝台で眠っている。
無防備すぎるその姿に
井宿は自身を抑えるのに必死だった。
何故こんなことになったのか。
考えてはみるも、
自分に思い当たる非はないのだが……
昼食を終え自室へ戻った井宿を訪ね、
ななしは訊いた。
「井宿、今日も釣りするの?」
今日"も"というほど、
二人は一緒に行動することが多かった。
まだ15歳であるななしにとって
朱雀七星最年長の自分は
兄のような存在なのだと井宿は思っていた。
自分がななしに向ける想いは
妹に対する感情ではないのだけれど。
「だ。でも、その前に出掛けてくるのだ」
少し気になることがある、と言い
宮廷周辺を見回りに出た。
確かにななしは
井宿を待っていると言っていた。
それがまさか自分の部屋、
しかも寝台で眠っていることなど
誰が想像できただろうか。
ななし自身の部屋で起きて待っていろ
と言わなかった自分が悪いのか?
井宿は己の行動を思い返すも
やはりこれといった非はないように思う。
……とは言っても
ななしが自分の寝台で眠っている。
これは紛れもない事実なのだから、
この状況を打破することを考えなければ。
しかし此処は井宿の自室。
外に出たところで特に行くところもない。
釣りをする予定ではあったが
待たせていたななしを置いてまで
急ぐことでもない。
寧ろななしが居ないと
つまらないと感じてしまうだろう。
かと言って起こす訳にもいかないし、と
井宿は答えが出ず一人悩んだ。
ちらりとななしを見てみるが
先程と状況は変わらない。
「本当によく寝てるのだ」
長いまつ毛に艶々とした唇。
透き通った白い肌。
華奢な身体の線、規則正しい呼吸。
その全てが井宿の理性を刺激する。
「もう……限界なのだ」
すまない、そう小さく呟き
井宿はななしの額に口付けた。
***************
「……あれ?」
目を覚ましたななしの視界には
見慣れない景色が広がっていた。
「ここって……あ、そっか。
井宿の部屋で寝ちゃってたんだ」
起きた瞬間には理解できなかったけれど
ななしはすぐに思い出した。
見回りに出る井宿を見送ったあと
自室に戻ろうとしたのだが、
少しだけ……と寝台に転がったのだ。
年上でしっかり者の井宿。
外見だけではなく、
常に仲間を思い行動する姿や
その心身の強さは
とてつもなく格好いい。
そんな大人の井宿から見れば
自分はまだ子供だろう。
妹のように思われていればマシ。
それくらい彼との年齢差は大きい。
ななしはそう思っていた。
密かに想いを寄せる井宿のことを
感じられる井宿の部屋。
そこに居るだけで
胸は高鳴りななしを満たした。
一緒に居ると緊張するのに
それでも安心する。
そんな存在の井宿を想い
井宿の香りに包まれていると
いつしか眠りについていた。
「井宿まだ戻ってないのかな」
起き上がり、
井宿を探しに行こうとする。
「……!」
ただ横になっただけの筈の自分に
布団が掛けられている。
それはつまり
井宿が戻っているということ。
その優しさに対する喜びと
自身の行動を知られた恥ずかしさに
心臓が煩くなった。
ななしは布団をさっと畳み
慌てて出入口に向かった。
扉を開けた瞬間
視界に現れたのはこの部屋の主。
回廊の手摺に座り
柱に寄り掛かっている。
どうやら寝ているようだ。
私が寝台で寝てたせいで
井宿がこんなところに……と
ななしは眉を下げた。
「よく眠れたのだ?」
俯いていたななしに
井宿の優しい声が降った。
「あ…、井宿、ごめんなさい。
勝手に部屋で寝ちゃって」
そのせいでこんなところに、
とななしが謝罪すると
手摺からひょいと飛び降りた井宿が
ぽんぽんと頭を撫でた。
「オイラこそ
お待たせしてすまなかったのだ」
でも、と井宿は続けて言う。
「もうオイラの部屋では寝ないで欲しい」
その表情に怒りは感じられないが
どこか苦しそうに見える。
「ごめんなさい、嫌なことして……!
もう絶対にしないから」
だから、どうか嫌いにならないで――
必死で謝罪するななしの頬に手を添え
自身の方を向かせる井宿。
「嫌なわけではないのだ」
「……そっか」
ほ、と胸を撫で下ろし
安心した表情を浮かべるななしに
井宿は言葉を続けた。
「嫌なわけではないのだが、
とても困るというかなんというか」
自ら視線を合わせたのに
井宿は気まずそうに視線を逸らす。
「そうだよね、困るよね。
こんな手摺で寝ることになるなんて。
本当にごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて」
「……?」
今度は我慢できないかもしれないなんて
次は額だけじゃ済まないなんて
この純真な瞳に向かって言えない。
今は、まだ。
「まぁ……いいのだ。
ほら、釣りに行くのだろう?」
そう言って手を出すと
躊躇いもなく小さな手が乗せられ、
大好きなその笑顔で頷いた。
この笑顔を見ていられるなら
兄のような存在でいい。
今は、まだ。
そんな風に思いながら
井宿は力強く手を握った。
二人は想い合う事実を
どうやらまだ知らないようです。
兄妹のような存在?
本当は、既にお互いが
違うと思っているのですが……
二人が恋人となるのは
まだ少し先のお話。
それまではしばらく
温かく見守ることにしましょう。
→あとがき
聞こえはいいのだが……」
ため息混じりにそう呟くのは
朱雀七星士の井宿。
何やら悩ましげな表情で
悩ましげな声色。
一体何が起きたというのでしょう?
此処は宮廷内のとある部屋。
午後の穏やかな時間、
静かな空間に若い男女が二人。
この男性とは井宿のこと。
もう一人の女性を
井宿はじっと見つめていた。
「よく寝てるのだ」
はぁ、と再びため息を漏らし
頭を抱えているようだが
どこか少し嬉しそうにも見える。
井宿は女性に手を伸ばし
その頭を撫でた。
「ななし……」
次に言葉が発された口から
ため息は出なかった。
愛しそうに女性……ななしを見つめ
その頭を撫で続けた。
此処は井宿の部屋。
彼は椅子に腰掛けている。
ななしと呼ばれた人物は
その井宿に見守られながら
すやすやと規則的な寝息を立てていた。
「ふ、気持ち良さそうなのだ」
想いを寄せる相手が、
あろうことか自分の寝台で眠っている。
無防備すぎるその姿に
井宿は自身を抑えるのに必死だった。
何故こんなことになったのか。
考えてはみるも、
自分に思い当たる非はないのだが……
昼食を終え自室へ戻った井宿を訪ね、
ななしは訊いた。
「井宿、今日も釣りするの?」
今日"も"というほど、
二人は一緒に行動することが多かった。
まだ15歳であるななしにとって
朱雀七星最年長の自分は
兄のような存在なのだと井宿は思っていた。
自分がななしに向ける想いは
妹に対する感情ではないのだけれど。
「だ。でも、その前に出掛けてくるのだ」
少し気になることがある、と言い
宮廷周辺を見回りに出た。
確かにななしは
井宿を待っていると言っていた。
それがまさか自分の部屋、
しかも寝台で眠っていることなど
誰が想像できただろうか。
ななし自身の部屋で起きて待っていろ
と言わなかった自分が悪いのか?
井宿は己の行動を思い返すも
やはりこれといった非はないように思う。
……とは言っても
ななしが自分の寝台で眠っている。
これは紛れもない事実なのだから、
この状況を打破することを考えなければ。
しかし此処は井宿の自室。
外に出たところで特に行くところもない。
釣りをする予定ではあったが
待たせていたななしを置いてまで
急ぐことでもない。
寧ろななしが居ないと
つまらないと感じてしまうだろう。
かと言って起こす訳にもいかないし、と
井宿は答えが出ず一人悩んだ。
ちらりとななしを見てみるが
先程と状況は変わらない。
「本当によく寝てるのだ」
長いまつ毛に艶々とした唇。
透き通った白い肌。
華奢な身体の線、規則正しい呼吸。
その全てが井宿の理性を刺激する。
「もう……限界なのだ」
すまない、そう小さく呟き
井宿はななしの額に口付けた。
***************
「……あれ?」
目を覚ましたななしの視界には
見慣れない景色が広がっていた。
「ここって……あ、そっか。
井宿の部屋で寝ちゃってたんだ」
起きた瞬間には理解できなかったけれど
ななしはすぐに思い出した。
見回りに出る井宿を見送ったあと
自室に戻ろうとしたのだが、
少しだけ……と寝台に転がったのだ。
年上でしっかり者の井宿。
外見だけではなく、
常に仲間を思い行動する姿や
その心身の強さは
とてつもなく格好いい。
そんな大人の井宿から見れば
自分はまだ子供だろう。
妹のように思われていればマシ。
それくらい彼との年齢差は大きい。
ななしはそう思っていた。
密かに想いを寄せる井宿のことを
感じられる井宿の部屋。
そこに居るだけで
胸は高鳴りななしを満たした。
一緒に居ると緊張するのに
それでも安心する。
そんな存在の井宿を想い
井宿の香りに包まれていると
いつしか眠りについていた。
「井宿まだ戻ってないのかな」
起き上がり、
井宿を探しに行こうとする。
「……!」
ただ横になっただけの筈の自分に
布団が掛けられている。
それはつまり
井宿が戻っているということ。
その優しさに対する喜びと
自身の行動を知られた恥ずかしさに
心臓が煩くなった。
ななしは布団をさっと畳み
慌てて出入口に向かった。
扉を開けた瞬間
視界に現れたのはこの部屋の主。
回廊の手摺に座り
柱に寄り掛かっている。
どうやら寝ているようだ。
私が寝台で寝てたせいで
井宿がこんなところに……と
ななしは眉を下げた。
「よく眠れたのだ?」
俯いていたななしに
井宿の優しい声が降った。
「あ…、井宿、ごめんなさい。
勝手に部屋で寝ちゃって」
そのせいでこんなところに、
とななしが謝罪すると
手摺からひょいと飛び降りた井宿が
ぽんぽんと頭を撫でた。
「オイラこそ
お待たせしてすまなかったのだ」
でも、と井宿は続けて言う。
「もうオイラの部屋では寝ないで欲しい」
その表情に怒りは感じられないが
どこか苦しそうに見える。
「ごめんなさい、嫌なことして……!
もう絶対にしないから」
だから、どうか嫌いにならないで――
必死で謝罪するななしの頬に手を添え
自身の方を向かせる井宿。
「嫌なわけではないのだ」
「……そっか」
ほ、と胸を撫で下ろし
安心した表情を浮かべるななしに
井宿は言葉を続けた。
「嫌なわけではないのだが、
とても困るというかなんというか」
自ら視線を合わせたのに
井宿は気まずそうに視線を逸らす。
「そうだよね、困るよね。
こんな手摺で寝ることになるなんて。
本当にごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて」
「……?」
今度は我慢できないかもしれないなんて
次は額だけじゃ済まないなんて
この純真な瞳に向かって言えない。
今は、まだ。
「まぁ……いいのだ。
ほら、釣りに行くのだろう?」
そう言って手を出すと
躊躇いもなく小さな手が乗せられ、
大好きなその笑顔で頷いた。
この笑顔を見ていられるなら
兄のような存在でいい。
今は、まだ。
そんな風に思いながら
井宿は力強く手を握った。
二人は想い合う事実を
どうやらまだ知らないようです。
兄妹のような存在?
本当は、既にお互いが
違うと思っているのですが……
二人が恋人となるのは
まだ少し先のお話。
それまではしばらく
温かく見守ることにしましょう。
→あとがき
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