酒は憂いを払う玉箒
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珍しい。彼女が酔うなんて初めて見たかも知れない。
「硝子〜、おかわり追加ぁ〜」
「はいはい」
最初からハイペースで飲んでいたせいか居酒屋に入ってまだ30分も経っていないのに虚ろな目をして頬を赤く染めている。
そんな日和先輩に運ばれてきたグラスを渡すと「ありがとう〜」とへらっとした笑みを向けられた。
…酔っていることを差し引いても何だか弱々しい。彼女の笑みはもっと人の心を明るく照らしてくれるような元気さがあるのに。やっぱりおかしいと思い「先日の任務でなんかあった?」と気になっていた疑問を投げかけた。
「ん〜?呪術師の任務なんて大概なんかしらあるよ」
「…まあ、確かに。それじゃあの馬鹿になんかされた?」
「それって悟のこと〜?」
今度はケラケラ笑い出した先輩。その様子を見る限りあの男と何かあった訳じゃなそうだ。
よくも悪くもあの頃から何も進展しない二人。そもそも彼女は彼の思いを理解しているのだろうか。
「そう言えば、五条と日和先輩ってアイツが高専に入る前までは許婚同士だったんでしょ?なんで解消しちゃったの」
婚約を結んだままだったらとりあえず自分の物に出来る。気持ちはあとからどうにでも頑張ればいいんだからどんな手使ってでも繋ぎ止めてとけば良かったじゃん。アンタなら簡単に出来るんじゃないの?と高専時代彼に言ったことがある。
「ー…日和が隣にいてくれなくなる方が嫌だ」
いつも飄々と余裕のある笑みを浮かべている五条が歯を軋ませあんな複雑な表情を浮かべる様を見たのはあの時だけだった。
その意味もよく分からなかったが、流石の私も以降彼にその質問をすることが出来なくなったのだった。
「それはね〜悟の為だよぉ」
「はあ、アイツの?」
「そう。悟の幸せの為。五条家の未来の為」
酔っ払いの癖してその言葉だけは随分とハッキリ言うじゃない。
「私には悟と五条家が幸せになれる役割を果たせないからねぇ〜!」
「そんなこと無いと思うんだけど」
「あるよ〜。だって私女の子になりきれなかったから」
「…どういうこと?」
その問いに先輩はにこりと笑うだけで答えてはくれなかった。
そして話題は変わりだんだんと口数が減ってきたと思いきや日和先輩はテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
…結局長年の疑問の答えは未だ分からず終いだが、別にどうしても知りたいわけではないからいいか。
私は五条を応援しているわけでも日和先輩の味方なわけでもない。簡単そうに見えてかなり複雑そうな二人の行く末がどうなるのか少し興味があるだけ。
まあ…でも、出来ればそれなりに恩のある彼女には悲しい思いをして欲しくないとは思うけど。
「硝子」
「なんだ。やっと来たか。おっせぇよ」
振り返ると噂の男が立っていた。
どこにいるかも何をしているのかも分からない五条に“先輩が潰れた。いつもの場所に迎えに来い”とメールを入れたのだが、まさか本当に来れるとは。思わずニヤニヤと笑ってしまった。
「何だよ」
「べっつにー。相変わらずベタ惚れだな」
「悪いかよ」
それ本人にも言ってやったらいいのに。そうしたら少しは思いが伝わるかも知れないのに。そう言うと「余計なお世話だっつーの」と可愛げのない台詞が返ってきた。
「せっかく七海じゃなくてアンタを呼んでやったのにさ」
「それはどうも。七海が来てたらオマエの仕事が増えてたかも知れないよ」
「おー。怖い怖い!独占欲の強い男は嫌われるよ」
「それで。日和はなんか言ってた?」
「無視かよ。…なーんも。この人って他人の悩みにはすぐ首突っ込むクセして自分のことは何一つ言わないでしょ」
「よく分かってるじゃん」
「五条ほどじゃないけど一応付き合いは長いんでね」
「もっと周りを頼ればいいのにね」
いつの間にか先輩の横に座り赤い頬をペチペチと叩いているこの男はきっと彼女が落ち込んでいる原因を知っているんだろう。視線で促すと彼は案外あっさり口を開いた。
「この間の任務内容は知ってるだろ?」
「ああ。偽のシリコン製の腹を用意したのは私だからね」
「怨霊の宿主だった女が僕達が去った後すぐに自害した」
「…へえ。まあ不思議ではないね」
「多分日和はそれを“視て”いた。知った上であの女を領域内に入れて生かした。負の感情で正気を保っていた奴からそれを抜き取ったら何が残ると思う?」
「さあ」
「虚無感だよ。…かと言ってあの負の感情をそのまま放っておいても遅かれ早かれ呪霊が寄ってきて殺されていただろうね」
「つまりどちらにせよ死ぬ結末だったって訳でしょ」
「そう言うこと!」
それなら先輩の所為ではない。そもそも彼女はこのくらいの事でいちいち落ち込むような魂ではなかった筈だ。
感受性はあるが未熟な学生とは違い割り切るところは弁えられている。
私が言いたいことを察知したのか悟は「今回は任務内容が悪かった」と頭を掻いた。
「珍しく心に入り込んでしまったんだろうね。本人はそうは思ってないだろうけどさ。その証拠がコレだよ」
「何でそうなったか明確な理由も分かってんでしょ」
「勿論」
それを私に教える気はないらしい。「それならさっさと先輩を連れて帰ってアンタが元気にしてやんな」と言い放ち、グラスに残っていた薄くなったアルコールを飲み干す。
そ空になったグラスを置いて通りかかった店員に追加を頼んだ。
「今日は私の奢りだって伝えといて。次は先輩だからねって」
「了解。次は僕も始めから呼んでよ」
「ヤダ。私はアンタと飲みたくない」
「僕だって別に硝子と飲みたいわけじゃないよ」
起きない先輩を抱き上げて立ち上がると「でも連絡してくれて助かった。
また何かあったらよろしくね」と言って去っていく五条の背中を思わず見つめた。
「…アイツも丸くなったもんだな」
素直に礼を言うなんて昔じゃ考えられなかった。アイツがいたらなんて言うんだろうか…なんて、考えても意味の無いことはやめにしよう。