2.友達
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「意識は戻りましたが…様子が変なんです…」
「あれ?」
意識が戻ったおれには今までの記憶はなかった。
ーーー
ー…
ーーなぜ自分はこんなところにいるのか…。そもそもオレとはいったい誰なのか…。
「記憶が…?戻らないのか…!!」
「……はい。自分の名前すら……」
何一つ分からないこの状況にサボは心細さと恐怖を感じていた。
「持ち物に『サボ』って書いてあるが…これがお前の名前か?」
「サボ…!?知らねェ…」
「ゴア王国の貴族であることは間違いない」
「だったら送り届けましょう。親を探します」
その言葉を聞いた途端に体に震えが走り、気付けば叫んでいた。
「いやだ!!!戻りたくない…!!このままどっかに連れてってくれよ!!」
サボのあまりにも必死な形相に周囲の大人達は困惑してしまった。
「…どうしますか?ドラゴンさん」
「……うむ」
ゴア王国をよく知るドラゴンには彼のこの様子に思い当たる節があった。そうでなくとも、あんな故郷へ送る気など起きなかった。
それに先程から扉の僅かな隙間からこっそり中を覗き見る、不安そうな少女の為にも答えは一つしかない。
「ー…いいだろう。お前をこの船に迎え入れよう」
「あっ、ありがとうございます!!」
「ヴァナータ!本当にこのボーイを船に乗せるつもり!?」
信じられないと言わんばかりに身を乗り出してきたイワンコフにも動じずにドラゴンは頷いた。
「ああ。アイツと年頃も近いだろう」
「…まあ、そうね。この船に子どもはあの子一人っしかいナッシブルからルビーは凄く喜ぶでしょうね!ヒーハー!!!」
「そこにいるのは知っている。お前も入って来い」
おずおずと扉を開いて中に入ってきたルビーを見た瞬間サボの表情がパッと明るくなったのをドラゴンは見逃さなかった。
「バレてたんだ…」
「修行が足りんな。ーー聞いていた通り、この船に乗ることになった仲間だ。記憶がないらしいが、お前ときっと歳も近いだろう。仲良くしてやれ」
ルビーはチェッと膨れたが、すぐに気持ちを切り替えてサボに笑顔で向き直った。
「私はルビー。よろしくね!」
「あ…、よ、よろしく」
手を差し出すルビーにサボも慌てて手を差し出す。互いの手が触れ合った途端に心臓の音が早くなった気がした。
「キミの名前は?」
「えっと、サボっていうらしいんだ…。記憶にないけど」
「サボ…。うん、素敵な響きだねーーキミにピッタリ!」
気を遣われているのかと変な勘繰りをしてしまいそうな台詞だが、彼女の屈託のない真っ直ぐな笑顔からはそれが本心だと感じられ、こそばゆさを感じてしまう。
「あ、ありがとう…」
彼女のおかげでこの名前が好きになれそうだと思った。
「ねえ、ヴァナータってば本当に何も覚えてなァいの?」
「……ああ。家族、友達…自分がどんなヤツだったのかさえ…っ」
せっかく浮上しかけていた気持ちはイワンコフの何気ない一言によりまた沈んでしまった。
サボは必死に思い出そうと試みるも、何一つ脳裏に浮かばず、虚無感に襲われた。文字通り空っぽの自分に絶望し、鼻の奥がツンと痛くなったが、奥歯を食いしばって込み上げてくるものを我慢した。
そして、硬く握りしめた拳を振るわせるサボの様子に気付いたルビーは、そっと彼の手を取って両手で優しく包み込んだ。
「サボ、我慢しないで。一人で抱え込もうとしないで…サボは一人じゃない…、こんなにも仲間がいるよ」
「な、かま…」
「そう。ここにいるみんなはもうサボの仲間、家族だよ。記憶がないなら、新しく作ればいいよ!」
サボはドンっと胸を張るルビーの予想外の言葉に思わずきょとんとしてしまった。ーーそのお陰で涙は奥に引っ込んだが。
「悲しみや寂しさなんて忘れちゃうくらい、楽しいことを私が教えてあげる!だから、ここで沢山の記憶を二人で新しく作っていこうよ!」
その前を見据える真っ直ぐな瞳に、自信に満ち溢れた輝かしい笑みに、優しくも力強いあたたかな手に、彼女と一緒ならおれは大丈夫だ…ーー不思議とそう思えたのだった。
「…おれと、一緒にいてくれるのか…?」
「もちろんだよ!だって、私達もう仲間でしょ?…それと、サボさえ良かったら…その、友達にもなってくれると嬉しいけど…」
「…ッ、こんなおれと…友達になってくれるのか?」
「ーーうん!私はサボの隣から絶対に離れないよ!」
ーーその瞬間、脳裏に二つの小さな影が揺らめいた気がしたが、すぐに消えてしまった。
今のサボにはそれよりもルビーの言葉の方が重要だった。
「…そうか。おれはもう、一人になることに怯えなくていいんだな」
思わずポツリと呟いた言葉に握られていた手の力が強まる。
「うん。私がいる。でも、無理に蓋をしなくてもいいんだよ。友達なんだから、サボの苦しみも分かち合いたい。ちゃんと受け止めるから、すっきりするまで吐き出して、それから一緒に前に進もう?」
彼女の言葉には妙な説得力があり、縋り付きたくなる頼もしさがある。今まで感じていた不安が嘘みたいに吹き飛び、それから心の奥に仕舞い込もうとした筈の感情が溢れ出しそうになってしまった。
「…心細い中、一人でよく耐えたね。サボは強いよ」
背中に優しく回った腕に促される。ぐっと沸き上がる涙をもう止めようとは思わなかった。
「ゔわぁぁあぁぁん″!!!」
平気なフリをして強がって見せていても、サボだってまだ幼い子どもだ。堰を切ったように溢れた涙に周囲の大人達はようやくそのことに気付いたのだった。
ルビーに抱き付きながら思いっきり泣くサボの姿を見て涙ぐむ者も出てきた。その中でも際立って号泣していたのはイワンコフである。
「〜…何よッ!ヴァナタ達ってば感動させるじゃナッシブルよ〜!!」
イワンコフは涙と鼻水に塗れた顔を拭うことなく駆け出すと、二人まとめて力強く抱きしめた。
「…うわっ!」
「もう!どうしてサボよりもイワンの方が泣いてるのよ」
酷い形相のイワンコフの姿にギョッとしたサボだったが目の前でケラケラ笑うルビーの顔を見ていたら自然と涙は引っ込み、つられるように口角が上がっていった。
「あ、サボが笑った!」
「……ありがとうな、ルビー」
ーーおれはルビーのお陰でドン底から抜け出し未来に向かって歩き出すことが出来る。
「これからよろしくねサボ!」
「おれの方こそよろしく頼むよ」
差し出された右手を握り返しながら、このあたたかな小さな手を絶対に離すもんかーーと胸に誓ったのだった。
ーー今度こそ大切なモノを手放しはしない。
どうしてそう思ったのか。握りしめる手の力を無意識に強めていたことにサボ自身気付くことはなかった。