禍を転じて福と為す
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気の抜けるような着信音で目が覚めた。あの日の夢を見るなんて、あまり良い予感はしない。あの思い出自体は良いのだが、彼が夢に現れる時は大概そのあと面倒事に巻き込まれるんだ。
ーー確か、ここ2年くらい会っていない彼は元気にしているかな。
ボーッとする頭でそんなことを思っていると再び着信音が急き立てるように鳴り響いた。
「う〜…、はいはーい。私でーす…」
ゆっくり腕を伸ばして通話ボタンを押す。どれだけ時が経とうと忘れるはずのない、暫くぶりの懐かしい声が耳に届いた。
「日和、久しいな。元気だったか」
「夜蛾さん…昨日の夜までは元気でしたが、今の私は寝不足でまだ寝ていたいですぅ」
「そうか。そんな中悪いが、お前に頼みがある」
「えー…、それは個人的な?」
「上からだ」
えー、やだなぁ。と思わず呟いてしまうのも仕方がない。上層部からの“命令”なんて絡でもないに決まっている。
「お前の親父さんも了承済みだ。特級呪物の封印が緩んできている。このままでは呪いが転じ各所に影響が出かねない」
「……まさか、その特級呪物の一つにアレも含まれてたり?」
「そのまさかだ。だからお前の力が必要なんだ」
「……どうせ、初めから私に拒否権なんてありませんよ。で、どうしたらいいんですか?」
「お前は昔から物分かりが早くて助かるよ。今すぐに高専に来てくれ」
かつての恩師は詳しい事は到着次第話すと言って一方的に電話を切ったのだった。
「あそこに行くのは久しぶりだな…」
目元に垂れていた髪の毛を掻きあげ、パスポートは何処だっけとサイドテーブルの引き出しを開ける。お目当ての物はすぐに見つかり、小さなカバンの中に放り込んで洗面所へと向かい、短時間で一通りの身支度を済ませ、玄関を出た。
玄関の鍵はポストに入れる。貴重品以外の全ての荷物はこの部屋に残っているが、きっと戻って来ないだろうからあとで身内に回収しておいてもらおう。
「よし。行きますか、日本に!」
必要な物はあっちでまた揃えればいい。久しぶりに新宿とか行きたいなー。
ーーーー
ーーー
ー…
出来れば高専に行く前にちょっとでも東京観光出来たらいいなー…なんて考えは甘かったようだ。
まさか羽田に到着後、そのまま仙台に行かされるなんて…。夜蛾さんは人使いが荒くなった。
ブツブツ文句を言いながら新幹線を降りて駅構内を歩いていると、突如目の前が真っ暗になり思わず驚いてしまった。
「うきゃあ!!」
「だーれだ」
自慢じゃないけど気配を察知するのが得意な私の背後に立てる人物なんてそういないし、こんな幼稚な悪戯をする奴なんて…一人しか知らない。
「悟っ!!」
「せいかーい!」
目元を覆っていた手のひらがパッと離されたので勢い良く振り向くと、案の定…五条悟が笑っていた。と言っても目元は黒い布で覆われているのでにんまり上がっている口角で笑っていると判断した。
「それ心臓に悪いからやめてっていつも言ってるでしょ!」
「日和が毎回飽きもせず良い反応してくれるのが悪いんだよ。面白みがなければ僕だってやらないよ」
「その相変わらず意味わからない屁理屈やめてよね。…はあ、ホントに心臓止まったらどうするのよ」
「それは困るね。僕個人としても、これからお前がやるべき事に対してもね」
「…両面宿儺の指の封印が弱まっているんだってね」
「弱まるどころかもう意味を果たしてないよ」
「一刻も早く回収しないとじゃない」
「あー、それはもう遅い」
「え?」
「ある学校に“魔除け”として置かれていたんだけど今は行方不明。多分パンピーの生徒が見つけ出しちゃったんじゃない?」
「なっ!そんな危機的状態なのにアンタはなんでそうも悠長にしていられるの!?信じらんない!!あの指を何だと思ってるの!!」
空いた口が塞がらない。どうりで夜蛾さんが私も仙台に遣した訳だ。この男だけでは心許ないはずだよ。
「だって既に起きてしまったことを今更騒ぎ立てたって仕方ないだろ。問題はそれをどう処理するか。先に恵が現場に行ってるし、日和も来てくれた訳だから大丈夫っしょ」
「恵がいるの?なら尚更急がないと!早く会いたいし!」
「…ダメ。まだ喜久水庵に寄ってないから」
「なにそれ」
「仙台名物の大福。超うまいんだよね。ってなわけでちょっと買ってくる」
「こらこら、待て待て!」
手をひらつかせて何処かへ行こうとする悟の服の裾を掴むが体格差と力の差からズルズル引き摺られ周りの人達から奇妙な目で見られている。
一応対抗してみたが、相手は色んな意味で最強の男。大人しく言うことを聞いてくれる筈なんてなく、結局店の前まで引き摺られ彼の買い物が終わるのを待つしかなかった。
「そんなに眉間にシワ寄せてちゃ可愛い顔が台無しだよ」
「…誰のせいだと思ってんのよ。それにもう可愛いなんて言われる歳じゃないから」
「日和はいくつになっても可愛いままだから安心して」
「…それって褒めてるの?それとも幼稚だって言いたいの?」
「好きなように取ってくれればいいよ」
相変わらず五条悟という男は飄々として掴みどころのない男だ。
久しぶりに可愛いなんて言われて照れてしまいそうだったが真に受けるのは辞めておこう。散々それで揶揄われてきたことを忘れてはいけない。
つい悟につられて気を緩めてしまったが、重要な任務の途中であることを思い出した私は表情を引き締めた。
そうして、なかなか動こうとしない彼の腕をぐいぐい引っ張り、やっと問題のある学校へと着いた時には… 時既に遅し。想像以上に極めて深刻な事態となっていた。
なんと怪我を負った恵と一緒にいた謎の少年が両面宿儺の指を食べてしまったらしい。信じられない現実に思わず唖然と拍子抜けする私の横で悟は謎の少年に近づいた。
「ははっ本当だ。混じってるよ」
ウケると笑う男の背中を思わずバシッと叩く。
「笑ってる場合じゃないよ!早く“吸収”しないと!」
「それはきっと無理だよ。完全に受肉しているからこの子も死ぬ」
「っ…!」
「体に異常は?」
「特に…」
「宿儺と代われるかい?」
首を傾げた少年だったが先程食べた呪いが宿儺だと分かった途端可能だと頷いたことに驚いた。どうしてこうも平然としていられるのだろうか…。この子本当に只の高校生?と訝しんでしまいそうなくらい肝が据わっている。
悟は少年に宿儺を10秒出すように言うと恵に向けて喜久福が入った紙袋を投げ渡した。するとショックを受けたような顔をする恵に良心が痛んだのでこっそり両手を合わせておいた。
ーーそこからの展開はあっという間だった。
本当に出てきた両面宿儺を最も簡単そうにいなす悟は本当に最強の名が相応しいと思う。彼の無限下のお陰で私と恵にも被害が及ばない。
そして10秒後宿儺と入れ替わった少年を気絶させた悟に対して彼を死なせたくないと恵は言った。恵と彼の間に何があったのか少し気になったが成り行きを見守る。
「…私情?」
「私情です。なんとかしてください」
「いいの悟。両面宿儺の封印をするにはある意味もってこいのチャンスだよ。呪術規定に背けば上から何て言われるか…」
「ねえ。日和はいつからそんなつまらない人間に成り下がっちゃったの?」
スッと目を細めたであろう悟と暫く見つめ合う。
「…なーんてね。恵を助けてくれた彼をこのまま見殺しになんて出来るわけないよ」
「日和さん…」
「私もどちらかと言うと上の方針には納得出来ないような部分もあるし。言い方は悪いけど今回は封印するより有効的な使い道がありそうだしね」
「流石!それでこそ僕が好きな日和だよ」
「はいはい」
「それじゃあ…」
「かわいい生徒の頼みだ。任せなさい」
ビシッと親指を立てる悟を見てホッとしたような表情を浮かべる恵の肩を優しく叩く。
「大丈夫。彼は死なないよ」
直近の彼の死は“視え”なかった。これから大変なことにはなりそうだけど。
ああ。やっぱり悟絡みの任務に関わるととんでもないことが起きる。一体彼にはどんな未来が待っているのだろう。