転んでもただでは起きぬ
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「恵。どこか行くなら送って行くよ」
「……日和さん」
学長に許可をもらいとある場所へ外出しようとした俺を待ち構えていたかのように車に乗った日和さんが現れた。
どうしようか一瞬迷ったが断る理由もないので軽く会釈をして後部座席へと乗り込むと「横でもよかったのに」とわざと頬を膨らませる彼女に「後々あの人に嫌味を言われるのは勘弁です」と返す。
すると、「あの馬鹿が迷惑かけてごめんね。あとでよく言っておくから」と言って苦笑いを浮かべるこの人に怒られて嬉しそうにする五条先生が目に浮かぶ。つまり期待は出来ないってことだ。
会話は自然とそこで途絶え、車内にはロードノイズのみが響く。今は何も考えたくなくなるべく無心で外の景色を眺めていた。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
「ねえ」
ふと日和さんが口を開いた。チラッとルームミラーに目を向けるとこちらを見ていた彼女と目が合ったがすぐにその視線は前に戻された。
「行くんでしょ。亡くなった岡崎正君の家に」
「……はい」
既に行き先を知っていた日和さんに隠すことなく頷く。日和さんと会ったのはあの任務の日以来だが、勿論彼女にも報告はいっているだろう。
俺の脳裏にはなんとも言えない笑みを浮かべ倒れていく虎杖の姿がよぎるーー…。
「あ、ここだ」
僅かなブレーキ音と共に車が止まった。
「着いたよ」と静かに微笑んだ日和さんに背中を押されるように俺は無言で車内から降りたのだった。
ーーー…
彼の母親に謝罪をし遺品と呼ぶには粗末であろう物を渡し終えた俺は車へと戻って来た。
救えなかった人物と深い所縁のある者の涙は正直…堪える。
「おかえり」と待っていてくれた彼女に思わずホッとしてしまったと同時に約束を破ってしまったことも思い出してしまった。
「…すみませんでした。虎杖のことを任されたのに…」
「どうして恵が謝るのよ」
「…俺の力不足で虎杖を助けられませんでした。それだけでなく犠牲となった受刑者達の遺体すら回収出来ませんでした」
特級相手に足も手も出なかった不甲斐い己を思い出し歯を食いしばる。
「あれは本来なら悟か私が行くような任務だった。それなのに側にいてあげられなくて…助けてあげられなかったのは私。学生である貴方達に負担をかけてごめんなさい」
「…日和さんは呪術師としてどんな人達を助けたいですか」
口をついて出た言葉に日和さんはキョトンとした顔を見せた。
あどけない可愛さを含んでいるが、立派な大人であり一級術師であり尊敬出来る先輩であるこの人がどんな思いで呪術師になったのか…今の俺は知りたかった。
「…そうだね。全ての人達を助けたいなんて言ったら綺麗事だよね」
「それは…悪人でもですか」
「善人か悪人かは人によって見方が違う。その人物が恵にとっては悪人でも私に取っては善人な可能性もある…。どんな人でも必ず良い面と悪い面があるものよ」
『ーーあの子が死んで悲しむのは私だけですから』
悪人は根っからの悪人であり善人はずっと善人であり続けるのだと無意識な固定概念があった。
しかし、誰かが憎んでいるであろう受刑者である男を想って涙を流す人もいる。そんな現実を目の当たりにしたばかりの俺は何も言えなかった。
「…なーんてカッコつけたこと言ってるけど、どんな人を助けたいとかないの。みんなが笑っていられる何気ない日々を守る為に私は呪霊を払って、その結果人を助けてるってだけ」
急に振り向いてにこりと笑った日和さんに思わず目が点となる。
「私だったら岡崎正という人間を助けていたかな。正確に言えば遺体を持ち帰っていただけど」
「……なんで知りもしない受刑者を助けようと思うんですか?」
「だってそうしていれば優しい恵が妙な罪悪感を感じることもなかったでしょ。そうやって負の感情を持つ人が少しでも減れば呪霊も減ってそれにともない悲しむ人も減る。…それが巡り巡って私の大切な人達の笑顔にも繋がるかも知れない。結局は自分の為なのよね。正義感のある理由じゃなくて幻滅した?」
日和さんの儚げな笑みにどうしてか胸が痛くなった。
「…いえ。というか俺だって優しくなんてありませんよ。…俺は正義の味方になんてなれませんから」
「人を助けたい理由なんて結局は自分の勝手なの。それに正解も不正解もないと思う。だから今回恵が下した判断だって悪くない。少しでも後悔してるならそのぶん前に進めばいいわ。恵はまだまだ若いんだから」
「はい。おれは…もっと強くなりたい」
「ふふ。頼もしい」
「帰ったら稽古つけて下さい」
「いいよ」
高専へと戻る為に前を向いてエンジンを回してハンドルを掴んだ日和さんは「あっ」と言って首だけ傾けて振り返った。
「恵、生きててくれてありがとう」
……その言葉に胸が締め付けられた。