小ネタ
巨大なライオンに、下半身から食べられそうになる夢を見た。
部屋の天井。水音が耳を掠る。
身体を捩って布団を避けると、足の間に身を埋めたオレンジ色のライオンの頭が上下していた。朝の血液でギンギンになった俺の分身を喉奥まで入れて夢中でしゃぶっている。
枕もとの時計は朝六時十五分。寝たのは確か二時頃だった気がする。元気だなぁ、いや俺もか、なんて思いつつ、れおくんの頭をそっと撫でる。
「おはよぉ~」
「何してんの……」
朝に良く似合う笑顔。可愛い唇に、似つかわない白濁が垂れるのを見て、血の気が引くような気分になった。れおくんが握るソレは血管が浮いてバキバキに膨張していた。あんな夢見てなんでギンギンなの俺。もしかして呑み込まれ願望でもある?
「……まだ六時なんだけど」
「こっちのセリフだよ。すっごいな。遅くまでしてたのに、もう、こんな……んむ」
「ただの朝勃ちじゃん……あんた、もっと寝なよ、倒れるよ」
「そうしたいけど、こんなの見ちゃったらさぁ。むり、たまんない」
れおくんの口の中は、早朝と思ない程に熱かった。いつからそうしていたのか、まだ寒さも残る朝焼けに薄ら汗すらかいていた。
「ん、はぁ、すっごいかたい。最高ぉ……ちんぽも顔も良い、ずるい……」
完全に我を失っているれおくんを見ながら、あ~これ今日ダメな日だ、と悟る。目がハートになってるし、わけわかんないこと言い始めてる。どこでスイッチ入っちゃったんだろう、とよくわからない生き物を観察する。昨日後半はあんなにいやいや泣いてたのに。逆にやりすぎ?変な扉開いちゃった?
この数ヶ月で、れおくんは口淫が飛躍的に上手くなった。それを恨めしく思ったり、嬉しくも思ったり。以前は八重歯にあたって痛かったのに、最近は喉の奥を使って咥えることまで覚えた。口が小さくて全部含めないれおくんが、何にもわからない純真無垢な様相でペロペロと小さい口で舐めてくれるのも好きだったけれど、飲み込まれるように包まれるのもとても気持ちいい。
れおくんのあったかい口に包まれると、ぬるま湯に浸かっているような快感が襲う。愛おしい人から与えられる極上の悦楽に抵抗できるわけもなく、ぐったりとベッドに身を沈めた。小さい口いっぱいに俺のを苦しそうに含んで、一生懸命しゃぶるその様子が可愛くて、愛おしくて、いやらしくてたまらない。
「ん、待って。出ちゃいそう、離して」
「らひてひひお」
「何言ってるかわかんない、いやわかるけどさ。……こっちおいでよ」
「ん、なんでぇ? 出していいよ」
「しないの? したくて育ててたんでしょ」
「するぅ」
甘えたような顔で許しを得ようとする貪欲なれおくん。可愛い、という最近の俺から無限に出てくる言葉を口の中で噛み締めつつ、身体の上に彼の存在を受け入れて腰を抱き寄せる。
熱の塊とくっつくと、満たされる感覚に包まれる。頬に触れて軽く唇を啄んでから、耳に顔を寄せてキスを落とす。「えっちだね」と囁くとくすぐったそうに身を捩る彼が愛おしい。
れおくんと改めて身体の関係を持ってから、半年ほどになる。
れおくんをフィレンツェに連れ帰った日、たっぷりと時間をかけて愛し合った。出会って数年、一度失ってから二年。俺の覚悟が決まるまでずっと変わらず愛を注いでくれたれおくんを大事にしたかったし、痛い思いも辛い思いも絶対にさせたくなかった。
その甲斐もあってか、れおくんとの久しぶりのセックスは上々の出来で(少なくとも俺はそう思っている)、より親密になって良い形で眠りについた。
ところが良かったのはそこまでだ。翌朝目を覚ました瞬間から、れおくんとめちゃくちゃにセックスしたいという欲求に全身が支配されていた。どうやらそれはれおくんも同様で、目を覚ましておはよう、と言いあった直後、朝の気怠い空気の中で、欲望の赴くまま何も考えず、ろくな準備さえせず身体を合わせた。思えばそれが不正解だったのかもしれない。前日の行為で柔らかくなっていたれおくんのそこは、ギンギンに勃起した剛直を奥まで一気に飲み込んで、そのままあられもない声を上げて果ててしまった。それまで一度も聞かなかった声と、その様子があまりに煽情的で、そのまま俺はれおくんを組み敷いて、朝から激しく行為に及んだ。
よりを戻して二回目のセックスで、猛獣のように絡み合い、お互いを散々貪り合った。そうして俺たちは、丁寧に準備をしてムードをつくるより、感情的に欲望のままにすることの方が合っていると気づいてしまった。
あれから半年。ほとんど毎日セックスをしている。
それも一度や二度ではすまない。夜寝る前に一度、朝起きて一度。仕事に出る前にもう一度することもあるし、帰ってきてご飯も食べずにすることもあるし、車の中や、トイレで行為に及ぶことさえある。仕事場でも身体を合わせることもあった。
やめなくてはと思う反面、終わった後は多幸感でいっぱいで、ずっと繋がっていたかった。場所を選べなくなってきていることも、健康や時間の使い方に関して見ても、そろそろやめなきゃ、と思う。でもやめられない。れおくんに触れるたび、二人きりになるたび、見つめ合うたび求めて、求めているのを感じて、無遠慮に衝動的にしてしまう。
今日、れおくんが仕事で日本に戻る。
二人きりの楽しくて衝動的で苦しい日々に小休止。俺には急ぎの仕事はなかったけれど、敢えてついていかないことにしていた。今、この状況を打破するためには、俺たちに必要なのは物理的な距離だ。この期を逃すわけにはいかなかった。
再会した時、リバウンドみたいに抱きつぶしちゃいそうな気もしているけど、少し離れたらきっと頭も冷える。俺は自分達が欲に逆らえない獣じゃないことを信じたかった。
「性欲旺盛なあんたが、一週間も我慢できるかなぁ?」
煽るようにそう口にすると、れおくんが睨むように顔を上げた。
「ん、ちゅう」
「いやだ」
「フェラしたから?」
「寝起きだから」
「おれ気にしないけどなぁ~?」
さすがに寝起きでキスするのは恥ずかしい。せめてうがいしたい。
何舐めたところで、れおくんの口が汚いってことはないけど、と言うと、柔和に微笑んだれおくんが、熱っぽい頬を首筋に擦り付けてくる。愛を吸い込むように抱きしめて、歯磨きするよ、とようやくベッドから這い出す。
セックスがこんなに気持ち良いなんて知らなかった。
覚えたてはハマりやすいとか、時間をかけすぎるとハマりやすいとか、なんだかそんな話は聞いたことがあるけど、そういう問題じゃない気もしている。こんな風にずっと気持ち良くて毎日我慢できないなんてことあるはずないし。恋人のいる友人にそれとなく尋ねたこともあるけど、俺たちの状態はあまり普通ではない。
相手がれおくんだからだろうか。俺はれおくんが初めてだし、れおくんも多分初めてだろうし、参考になる比較対象もいない。そもそもハマる、だなんてそんな一時的なものではなくて、これは所謂、「相性」というものではないだろうか。つまり俺たちは理性が効かないくらい、身体の相性がすこぶる良い。れおくんに触れると触れた部分から融けだすかと思うほど気持ち良くて、肌を合わせると永遠にくっついていたくなって、結合しただけで何度でも達してしまいそうになる。きっとそれはれおくんも一緒で、求めるタイミングも欲している回数も同じだった。
性格も生活リズムも信じられないほど合わなかったのに、セックスをするようになってからだんだん揃ってきた。愛し合うことで、魂の温度をすり合わせてるのかもしれない。
洗面台の前に立って、歯ブラシに手を伸ばす。先に時間をかけて歯磨きを終えた後、俺の腰にしがみついてくっつき虫状態になっているれおくんに、オレンジ色のブラシを手渡す。
大きく口を開けたれおくんの口腔内に、ブラシが入っていくのを目で追う。
それまで俺は淡白な質で、今までも必要最低限の処理しかしてこなかったし、職業柄常に三大欲求と戦っているようなものだから、欲に溺れるという感覚が今までなかった。れおくんと関係を持ち始めても、それは変わらないと思っていた。作曲に精神を全振りして生きてるあいつは俺以上に淡白そうだったし、エッチなことは何もわかりません、みたいな顔をしてるし、まだまだ子どもだと思ってたし。実際は名前の通りライオンというか、実に貪欲で野性的だったけど。そんなれおくんと飽くこともなく交わっていたら、ついでに俺は自分の中にも猛獣がいることに気づいた。今はこの獣が、愛おしいれおくんを食い散らかしてしまわないように制御しなければならない。
「終わった!」
歯列を一通り撫でただけで歯磨きを終えようとしているれおくんの腕を掴んで抱き留める。歯ブラシを取り返して、顎を掴んで口を開けさせる。
「ちゃんと磨いてないでしょ。ちょっと口開けて」
「んごっ?!」
「はい、あ~んして」
「ん、あっ」
ライオンの口が開く。エロ。こいつ口の中えろいよなぁ。さっきまで俺のものをくわえこんでいた口や、苦しそうに目を潤ませる様子を見ていると得も言われぬ気分になってくる。れおくんの鮮烈に真っ赤な口内を歯ブラシでぐちゃぐちゃにかき混ぜる感覚に、ぞくぞくと背筋が震えた。俺が入っていた喉の部分を指ですすっと撫で上げると、鼻から抜けるような甘えた声を出す。
「れおくんは子どもだなぁ。仕方ないから俺が磨いてあげるねぇ」
れおくんのとがった八重歯や奥歯をしゃこしゃこ磨きながら、彼がこの歯で食べ物を咀嚼しこの舌で言葉を発しているのだと思うと、奇跡的に作られたその構造が不思議に思えてくる。れおくんの口のなかのものは何もかも小さい。歯も、舌も、上顎の骨も喉奥で揺れる咽頭も何もかも小さい。抑えている喉も細くて狭い。この口で、限界ぎりぎりに自分自身を受け入れているのか、と思うと愛おしくてたまらなくなってくる。粘膜からじんわりしみてくる涎が、薄い唇から零れ落ちる。
「あっ、あぐっ」
白い歯磨き粉に塗れる舌を歯ブラシで持ち上げる。ねっとりと唾液が絡んでぐちゅぐちゅと歯磨き粉とまじりあう音がいやらしい。苦しそうな声を漏らすれおくんを解放すると、慌ててベーシンに口の中身を吐き出した。水を豪快に出して手ですくって、ぐちゅぐちゅと口を濯いでいる姿を後ろから観察する。
「おまえなぁっ」
振り返って抗議の声をあげるれおくんは、余裕なく焦っていて可愛い。後ろから抱きしめてすぐにその唇を割り開く。開いたところからいっきに深く舌を突っ込む。んん、とくぐもった微かな抵抗。歯磨き直後の清廉な味。れおくんの八重歯が微かに舌の根に当たる。ぴかぴかに磨いてあげたれおくんの可愛い口内を味わう。骨ばった上顎を舐め上げて、歯の裏をなぞる。追いかけるように絡みついてくる舌を容赦なく吸い上げる。息をつくタイミングを失ったれおくんが俺の胸をばしばしと叩くのを無視して、口内を食べつくすように深いキスを送り込む。息継ぎのたびに歯がぶつかり合う音がカチカチと鳴り、嬌声を含んだ息遣いが間合いにすべりおちる。深く浅く、緩急つけて不規則な動きを繰り返していると、れおくんの喉奥が甘い声を出す。舌を奥の方まで伸ばして先端で音を立てるようにかき混ぜた途端、れおくんの身体が大きく震えて、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。
ライオンの唇が離れていく。
「腰抜けちゃった?」
「はっ、はっ、えろっ……」
「ちゅーしたかったんでしょ?」
れおくんが雑に着た俺の部屋着から伸びる、細くて白い足。解かれた髪は肩まで伸びていて、大きめのスウェットから見える生々しいデコルテ。顔つきが元々可愛いから、この姿だけ見ると女の子に見える。だからといって、そういう部分に興奮はしないけど。れおくんは男で、そこも含めて好きで可愛くて愛してる。
よくわからないタイミングでスイッチが入って、自分から仕掛けてくるのもかわいい。それでいていつも惨敗するのもかわいい。精力絶倫の俺に、凝りもせず早朝に仕掛けてくるところもかわいい。れおくんは、かわいい。
「ほら、お部屋戻ろ。まだ時間あるから」
首を振るれおくん。寝ぐせがついた髪の音が立つ。
「ここでするよぉ?」
また首を振る。腰を支えて抱き起こそうとすると、それも断られる。代わりに、床に膝を立てたれおくんが俺の両太ももに手をおいて、下半身に顔を寄せてくる。萎えを知らないそこを唇で触って、上目遣いをしてくる。そうして喉を晒して、そこに指をさす。
れおくんの中の獣は、時々俺の獣にめちゃくちゃにされたがっているんだとときに錯覚する。
「セナの、たべさせて」
もしかしたら、錯覚だと思こんでいたいのかも。
れおくんが俺の理性がないときに、いいよ、といって内側を晒すのが怖いから。俺はもう、れおくんを傷つけたくないのに、傷つけたい気持ちを完全には消せないことが怖かったりする。
その首筋にむしゃぶりついて、その甘い皮膚から分泌されたばかりの汗を舐る。れおくんの全部は俺のものなのに、一緒にいればいるほど、深い場所を触れば触るほど、その存在がすべて手に入らないことを思い知らされる。その事実が寂しくて愛おしくて狂いそうになる。本当は俺を今すぐ欲しいれおくんが、本能的にいやだと抵抗する甘い声で俺の隆起は硬く起つ。昨日もあれほど愛し合ったのに、たまらないほど、全然足りない。
「れおくん、そろそろ時間……」
精液を出し尽くしたそこを、れおくんの口内が覆っている。昨日だってもう一生起たないと思うほど出したのに、れおくんに触れて愛おしいと思うだけで、射精せずとも硬くなってしまうそこ。そんな存在に夢中でしゃぶりつくれおくんは、ミルクを舐める無欲な猫みたいにも、欲に塗れた猛獣にも見える。愛おしくてたまらない。でももう、離れる時間がすぐそこまで来ている。
「ん〜、もうちょっと」
「シャワー浴びる時間もない。もう、着替えて出なきゃ間に合わないよ」
「うん……」
「ご飯も食べてないし。飛行機乗る前になにか食べなよ」
「せなのせいえき、いっぱい飲んだからだいじょうぶ……」
ずっと何言ってんだこいつ。ドン引きする心は持ちつつ、かわいいとも思う。精子はタンパク質でできてるし、身体に悪いものではないらしいけど。胃の奥に自分の精液を流し込むことを食事だなんて言われたら、なんとなく腸が跳ねるような落ち着かない気分になる。愛おしいし、かわいくてたまらないけど、自分の中のよくない部分が鎌首を擡げる。
「せなも一緒にきて」
「無理でしょ。チケットとってないし」
「くうこうまでいけば、なんとかなる」
「俺はそんなにあんたのお世話ばっかりしてられないの。どうせこれが恋しいだけでしょ」
「だってもうセナと離れたくない」
薄い水の膜で光る瞳でそんなこと言われたら、この部屋から二度と出したくなくなってしまう。俺は獣じゃない、と言い聞かせて、れおくんを部屋に引きずって行って服を着せる。前日に準備しておいた荷物を押し付けて、玄関にまで連れ出す。この間約十分、我ながら用意周到だ。
ドアを開ける直前、まだ汗が髪に張り付くれおくんが、セナ、と切ない声を出した。
「最後にちゅうして」
「あのねぇ」
「おねがい、セナ。思い出にするから」
「いちいち大袈裟なんだよ。たかが一週間離れるだけで」
「でももう会えないかもしれないし。飛行機が落ちちゃったり、おまえの帰りのバスがハイジャックされちゃったりするかもだし」
れおくんが困ったような顔で俺を見上げる。なんでこんなこと言うのかなぁ。れおくんはわかってない。俺がどんなにこいつを手放したくないか。俺は自分自身を鎮めるために、れおくんのぐちゃぐちゃになったままの髪を撫でつけて束ねる。日よけの帽子をかぶせて、額にキスをする。
「じゃあまた会えるように、おまじない」
潤んだ瞳に、身体を抱きあって唇を寄せ合う。こいつの懸念が杞憂になりますように。また会えますように。れおくんが自分の元に戻ってきますように。俺は啄むようなキスに愛をこめながら、自分と同じ匂いの熱を感じるように何度も抱きしめる。そのとき、腕の中でれおくんが、あっ、と声を出した。
どうしたの、と声をかけてその先をのぞき込むと、太いパンツの裾から見えるれおくんの骨ばった足首に、白濁が伝ってくるぶしを濡らしていた。
「せなの、漏れちゃった……」
「……飛行機の時間、夕方にして」
「えっ」
「やっぱり、俺も一緒に行く」
迂闊なこいつを、一人で外に出してはいけない。同時に、本当はもっとれおくんを抱きしめていたいことに気づく。その身体に腕を回すと、れおくんは少しだけ驚いたような笑顔を見せて、嬉しそうにキスを返してくる。
もっとあんたと、この時間をちゃんと過ごしたい。
この融解点での期間が、もっと長く続いたらいいのに。
なぁんて。
部屋の天井。水音が耳を掠る。
身体を捩って布団を避けると、足の間に身を埋めたオレンジ色のライオンの頭が上下していた。朝の血液でギンギンになった俺の分身を喉奥まで入れて夢中でしゃぶっている。
枕もとの時計は朝六時十五分。寝たのは確か二時頃だった気がする。元気だなぁ、いや俺もか、なんて思いつつ、れおくんの頭をそっと撫でる。
「おはよぉ~」
「何してんの……」
朝に良く似合う笑顔。可愛い唇に、似つかわない白濁が垂れるのを見て、血の気が引くような気分になった。れおくんが握るソレは血管が浮いてバキバキに膨張していた。あんな夢見てなんでギンギンなの俺。もしかして呑み込まれ願望でもある?
「……まだ六時なんだけど」
「こっちのセリフだよ。すっごいな。遅くまでしてたのに、もう、こんな……んむ」
「ただの朝勃ちじゃん……あんた、もっと寝なよ、倒れるよ」
「そうしたいけど、こんなの見ちゃったらさぁ。むり、たまんない」
れおくんの口の中は、早朝と思ない程に熱かった。いつからそうしていたのか、まだ寒さも残る朝焼けに薄ら汗すらかいていた。
「ん、はぁ、すっごいかたい。最高ぉ……ちんぽも顔も良い、ずるい……」
完全に我を失っているれおくんを見ながら、あ~これ今日ダメな日だ、と悟る。目がハートになってるし、わけわかんないこと言い始めてる。どこでスイッチ入っちゃったんだろう、とよくわからない生き物を観察する。昨日後半はあんなにいやいや泣いてたのに。逆にやりすぎ?変な扉開いちゃった?
この数ヶ月で、れおくんは口淫が飛躍的に上手くなった。それを恨めしく思ったり、嬉しくも思ったり。以前は八重歯にあたって痛かったのに、最近は喉の奥を使って咥えることまで覚えた。口が小さくて全部含めないれおくんが、何にもわからない純真無垢な様相でペロペロと小さい口で舐めてくれるのも好きだったけれど、飲み込まれるように包まれるのもとても気持ちいい。
れおくんのあったかい口に包まれると、ぬるま湯に浸かっているような快感が襲う。愛おしい人から与えられる極上の悦楽に抵抗できるわけもなく、ぐったりとベッドに身を沈めた。小さい口いっぱいに俺のを苦しそうに含んで、一生懸命しゃぶるその様子が可愛くて、愛おしくて、いやらしくてたまらない。
「ん、待って。出ちゃいそう、離して」
「らひてひひお」
「何言ってるかわかんない、いやわかるけどさ。……こっちおいでよ」
「ん、なんでぇ? 出していいよ」
「しないの? したくて育ててたんでしょ」
「するぅ」
甘えたような顔で許しを得ようとする貪欲なれおくん。可愛い、という最近の俺から無限に出てくる言葉を口の中で噛み締めつつ、身体の上に彼の存在を受け入れて腰を抱き寄せる。
熱の塊とくっつくと、満たされる感覚に包まれる。頬に触れて軽く唇を啄んでから、耳に顔を寄せてキスを落とす。「えっちだね」と囁くとくすぐったそうに身を捩る彼が愛おしい。
れおくんと改めて身体の関係を持ってから、半年ほどになる。
れおくんをフィレンツェに連れ帰った日、たっぷりと時間をかけて愛し合った。出会って数年、一度失ってから二年。俺の覚悟が決まるまでずっと変わらず愛を注いでくれたれおくんを大事にしたかったし、痛い思いも辛い思いも絶対にさせたくなかった。
その甲斐もあってか、れおくんとの久しぶりのセックスは上々の出来で(少なくとも俺はそう思っている)、より親密になって良い形で眠りについた。
ところが良かったのはそこまでだ。翌朝目を覚ました瞬間から、れおくんとめちゃくちゃにセックスしたいという欲求に全身が支配されていた。どうやらそれはれおくんも同様で、目を覚ましておはよう、と言いあった直後、朝の気怠い空気の中で、欲望の赴くまま何も考えず、ろくな準備さえせず身体を合わせた。思えばそれが不正解だったのかもしれない。前日の行為で柔らかくなっていたれおくんのそこは、ギンギンに勃起した剛直を奥まで一気に飲み込んで、そのままあられもない声を上げて果ててしまった。それまで一度も聞かなかった声と、その様子があまりに煽情的で、そのまま俺はれおくんを組み敷いて、朝から激しく行為に及んだ。
よりを戻して二回目のセックスで、猛獣のように絡み合い、お互いを散々貪り合った。そうして俺たちは、丁寧に準備をしてムードをつくるより、感情的に欲望のままにすることの方が合っていると気づいてしまった。
あれから半年。ほとんど毎日セックスをしている。
それも一度や二度ではすまない。夜寝る前に一度、朝起きて一度。仕事に出る前にもう一度することもあるし、帰ってきてご飯も食べずにすることもあるし、車の中や、トイレで行為に及ぶことさえある。仕事場でも身体を合わせることもあった。
やめなくてはと思う反面、終わった後は多幸感でいっぱいで、ずっと繋がっていたかった。場所を選べなくなってきていることも、健康や時間の使い方に関して見ても、そろそろやめなきゃ、と思う。でもやめられない。れおくんに触れるたび、二人きりになるたび、見つめ合うたび求めて、求めているのを感じて、無遠慮に衝動的にしてしまう。
今日、れおくんが仕事で日本に戻る。
二人きりの楽しくて衝動的で苦しい日々に小休止。俺には急ぎの仕事はなかったけれど、敢えてついていかないことにしていた。今、この状況を打破するためには、俺たちに必要なのは物理的な距離だ。この期を逃すわけにはいかなかった。
再会した時、リバウンドみたいに抱きつぶしちゃいそうな気もしているけど、少し離れたらきっと頭も冷える。俺は自分達が欲に逆らえない獣じゃないことを信じたかった。
「性欲旺盛なあんたが、一週間も我慢できるかなぁ?」
煽るようにそう口にすると、れおくんが睨むように顔を上げた。
「ん、ちゅう」
「いやだ」
「フェラしたから?」
「寝起きだから」
「おれ気にしないけどなぁ~?」
さすがに寝起きでキスするのは恥ずかしい。せめてうがいしたい。
何舐めたところで、れおくんの口が汚いってことはないけど、と言うと、柔和に微笑んだれおくんが、熱っぽい頬を首筋に擦り付けてくる。愛を吸い込むように抱きしめて、歯磨きするよ、とようやくベッドから這い出す。
セックスがこんなに気持ち良いなんて知らなかった。
覚えたてはハマりやすいとか、時間をかけすぎるとハマりやすいとか、なんだかそんな話は聞いたことがあるけど、そういう問題じゃない気もしている。こんな風にずっと気持ち良くて毎日我慢できないなんてことあるはずないし。恋人のいる友人にそれとなく尋ねたこともあるけど、俺たちの状態はあまり普通ではない。
相手がれおくんだからだろうか。俺はれおくんが初めてだし、れおくんも多分初めてだろうし、参考になる比較対象もいない。そもそもハマる、だなんてそんな一時的なものではなくて、これは所謂、「相性」というものではないだろうか。つまり俺たちは理性が効かないくらい、身体の相性がすこぶる良い。れおくんに触れると触れた部分から融けだすかと思うほど気持ち良くて、肌を合わせると永遠にくっついていたくなって、結合しただけで何度でも達してしまいそうになる。きっとそれはれおくんも一緒で、求めるタイミングも欲している回数も同じだった。
性格も生活リズムも信じられないほど合わなかったのに、セックスをするようになってからだんだん揃ってきた。愛し合うことで、魂の温度をすり合わせてるのかもしれない。
洗面台の前に立って、歯ブラシに手を伸ばす。先に時間をかけて歯磨きを終えた後、俺の腰にしがみついてくっつき虫状態になっているれおくんに、オレンジ色のブラシを手渡す。
大きく口を開けたれおくんの口腔内に、ブラシが入っていくのを目で追う。
それまで俺は淡白な質で、今までも必要最低限の処理しかしてこなかったし、職業柄常に三大欲求と戦っているようなものだから、欲に溺れるという感覚が今までなかった。れおくんと関係を持ち始めても、それは変わらないと思っていた。作曲に精神を全振りして生きてるあいつは俺以上に淡白そうだったし、エッチなことは何もわかりません、みたいな顔をしてるし、まだまだ子どもだと思ってたし。実際は名前の通りライオンというか、実に貪欲で野性的だったけど。そんなれおくんと飽くこともなく交わっていたら、ついでに俺は自分の中にも猛獣がいることに気づいた。今はこの獣が、愛おしいれおくんを食い散らかしてしまわないように制御しなければならない。
「終わった!」
歯列を一通り撫でただけで歯磨きを終えようとしているれおくんの腕を掴んで抱き留める。歯ブラシを取り返して、顎を掴んで口を開けさせる。
「ちゃんと磨いてないでしょ。ちょっと口開けて」
「んごっ?!」
「はい、あ~んして」
「ん、あっ」
ライオンの口が開く。エロ。こいつ口の中えろいよなぁ。さっきまで俺のものをくわえこんでいた口や、苦しそうに目を潤ませる様子を見ていると得も言われぬ気分になってくる。れおくんの鮮烈に真っ赤な口内を歯ブラシでぐちゃぐちゃにかき混ぜる感覚に、ぞくぞくと背筋が震えた。俺が入っていた喉の部分を指ですすっと撫で上げると、鼻から抜けるような甘えた声を出す。
「れおくんは子どもだなぁ。仕方ないから俺が磨いてあげるねぇ」
れおくんのとがった八重歯や奥歯をしゃこしゃこ磨きながら、彼がこの歯で食べ物を咀嚼しこの舌で言葉を発しているのだと思うと、奇跡的に作られたその構造が不思議に思えてくる。れおくんの口のなかのものは何もかも小さい。歯も、舌も、上顎の骨も喉奥で揺れる咽頭も何もかも小さい。抑えている喉も細くて狭い。この口で、限界ぎりぎりに自分自身を受け入れているのか、と思うと愛おしくてたまらなくなってくる。粘膜からじんわりしみてくる涎が、薄い唇から零れ落ちる。
「あっ、あぐっ」
白い歯磨き粉に塗れる舌を歯ブラシで持ち上げる。ねっとりと唾液が絡んでぐちゅぐちゅと歯磨き粉とまじりあう音がいやらしい。苦しそうな声を漏らすれおくんを解放すると、慌ててベーシンに口の中身を吐き出した。水を豪快に出して手ですくって、ぐちゅぐちゅと口を濯いでいる姿を後ろから観察する。
「おまえなぁっ」
振り返って抗議の声をあげるれおくんは、余裕なく焦っていて可愛い。後ろから抱きしめてすぐにその唇を割り開く。開いたところからいっきに深く舌を突っ込む。んん、とくぐもった微かな抵抗。歯磨き直後の清廉な味。れおくんの八重歯が微かに舌の根に当たる。ぴかぴかに磨いてあげたれおくんの可愛い口内を味わう。骨ばった上顎を舐め上げて、歯の裏をなぞる。追いかけるように絡みついてくる舌を容赦なく吸い上げる。息をつくタイミングを失ったれおくんが俺の胸をばしばしと叩くのを無視して、口内を食べつくすように深いキスを送り込む。息継ぎのたびに歯がぶつかり合う音がカチカチと鳴り、嬌声を含んだ息遣いが間合いにすべりおちる。深く浅く、緩急つけて不規則な動きを繰り返していると、れおくんの喉奥が甘い声を出す。舌を奥の方まで伸ばして先端で音を立てるようにかき混ぜた途端、れおくんの身体が大きく震えて、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。
ライオンの唇が離れていく。
「腰抜けちゃった?」
「はっ、はっ、えろっ……」
「ちゅーしたかったんでしょ?」
れおくんが雑に着た俺の部屋着から伸びる、細くて白い足。解かれた髪は肩まで伸びていて、大きめのスウェットから見える生々しいデコルテ。顔つきが元々可愛いから、この姿だけ見ると女の子に見える。だからといって、そういう部分に興奮はしないけど。れおくんは男で、そこも含めて好きで可愛くて愛してる。
よくわからないタイミングでスイッチが入って、自分から仕掛けてくるのもかわいい。それでいていつも惨敗するのもかわいい。精力絶倫の俺に、凝りもせず早朝に仕掛けてくるところもかわいい。れおくんは、かわいい。
「ほら、お部屋戻ろ。まだ時間あるから」
首を振るれおくん。寝ぐせがついた髪の音が立つ。
「ここでするよぉ?」
また首を振る。腰を支えて抱き起こそうとすると、それも断られる。代わりに、床に膝を立てたれおくんが俺の両太ももに手をおいて、下半身に顔を寄せてくる。萎えを知らないそこを唇で触って、上目遣いをしてくる。そうして喉を晒して、そこに指をさす。
れおくんの中の獣は、時々俺の獣にめちゃくちゃにされたがっているんだとときに錯覚する。
「セナの、たべさせて」
もしかしたら、錯覚だと思こんでいたいのかも。
れおくんが俺の理性がないときに、いいよ、といって内側を晒すのが怖いから。俺はもう、れおくんを傷つけたくないのに、傷つけたい気持ちを完全には消せないことが怖かったりする。
その首筋にむしゃぶりついて、その甘い皮膚から分泌されたばかりの汗を舐る。れおくんの全部は俺のものなのに、一緒にいればいるほど、深い場所を触れば触るほど、その存在がすべて手に入らないことを思い知らされる。その事実が寂しくて愛おしくて狂いそうになる。本当は俺を今すぐ欲しいれおくんが、本能的にいやだと抵抗する甘い声で俺の隆起は硬く起つ。昨日もあれほど愛し合ったのに、たまらないほど、全然足りない。
「れおくん、そろそろ時間……」
精液を出し尽くしたそこを、れおくんの口内が覆っている。昨日だってもう一生起たないと思うほど出したのに、れおくんに触れて愛おしいと思うだけで、射精せずとも硬くなってしまうそこ。そんな存在に夢中でしゃぶりつくれおくんは、ミルクを舐める無欲な猫みたいにも、欲に塗れた猛獣にも見える。愛おしくてたまらない。でももう、離れる時間がすぐそこまで来ている。
「ん〜、もうちょっと」
「シャワー浴びる時間もない。もう、着替えて出なきゃ間に合わないよ」
「うん……」
「ご飯も食べてないし。飛行機乗る前になにか食べなよ」
「せなのせいえき、いっぱい飲んだからだいじょうぶ……」
ずっと何言ってんだこいつ。ドン引きする心は持ちつつ、かわいいとも思う。精子はタンパク質でできてるし、身体に悪いものではないらしいけど。胃の奥に自分の精液を流し込むことを食事だなんて言われたら、なんとなく腸が跳ねるような落ち着かない気分になる。愛おしいし、かわいくてたまらないけど、自分の中のよくない部分が鎌首を擡げる。
「せなも一緒にきて」
「無理でしょ。チケットとってないし」
「くうこうまでいけば、なんとかなる」
「俺はそんなにあんたのお世話ばっかりしてられないの。どうせこれが恋しいだけでしょ」
「だってもうセナと離れたくない」
薄い水の膜で光る瞳でそんなこと言われたら、この部屋から二度と出したくなくなってしまう。俺は獣じゃない、と言い聞かせて、れおくんを部屋に引きずって行って服を着せる。前日に準備しておいた荷物を押し付けて、玄関にまで連れ出す。この間約十分、我ながら用意周到だ。
ドアを開ける直前、まだ汗が髪に張り付くれおくんが、セナ、と切ない声を出した。
「最後にちゅうして」
「あのねぇ」
「おねがい、セナ。思い出にするから」
「いちいち大袈裟なんだよ。たかが一週間離れるだけで」
「でももう会えないかもしれないし。飛行機が落ちちゃったり、おまえの帰りのバスがハイジャックされちゃったりするかもだし」
れおくんが困ったような顔で俺を見上げる。なんでこんなこと言うのかなぁ。れおくんはわかってない。俺がどんなにこいつを手放したくないか。俺は自分自身を鎮めるために、れおくんのぐちゃぐちゃになったままの髪を撫でつけて束ねる。日よけの帽子をかぶせて、額にキスをする。
「じゃあまた会えるように、おまじない」
潤んだ瞳に、身体を抱きあって唇を寄せ合う。こいつの懸念が杞憂になりますように。また会えますように。れおくんが自分の元に戻ってきますように。俺は啄むようなキスに愛をこめながら、自分と同じ匂いの熱を感じるように何度も抱きしめる。そのとき、腕の中でれおくんが、あっ、と声を出した。
どうしたの、と声をかけてその先をのぞき込むと、太いパンツの裾から見えるれおくんの骨ばった足首に、白濁が伝ってくるぶしを濡らしていた。
「せなの、漏れちゃった……」
「……飛行機の時間、夕方にして」
「えっ」
「やっぱり、俺も一緒に行く」
迂闊なこいつを、一人で外に出してはいけない。同時に、本当はもっとれおくんを抱きしめていたいことに気づく。その身体に腕を回すと、れおくんは少しだけ驚いたような笑顔を見せて、嬉しそうにキスを返してくる。
もっとあんたと、この時間をちゃんと過ごしたい。
この融解点での期間が、もっと長く続いたらいいのに。
なぁんて。
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