DC/風f降
街がピンクとブルーの液体に浸っている。
身を隠すために入り込んだ路地裏で、降谷の肩に上着が掛けられた。
「降谷さん」
振り返って顔を見ると、風見は安心しているような怒っているような、なんとも形容しがたい表情をしていた。
「せっかく無事に首の爆弾を解除したっていうのに、爆発させて墜落しかけてるヘリに飛び乗って大立ち回りなんて……無茶苦茶です。命がいくつあっても足りませんよ」
「でも生きてるだろ」
不敵に笑う降谷に風見は何も言えなくなる。職務上の上下関係などなかったとしても、降谷を律することなど風見にはきっと不可能なのだろう。
「約束、覚えてるか?」
降谷の言葉で、ガラスの箱の中でした会話が蘇った。
*
「頼んだよ、風見」
暗く閉ざされたシェルターの中、冷ややかな白い光。降谷と共に隔離用のガラスの部屋に入った風見は、爆弾解除に必要な道具を黙々とリュックから取り出していた。降谷は椅子に掛けたまま、ペンチやドライバーを床に並べる風見のつむじを眺めていた。
「もしかしたらこのまま死ぬかもしれないし、キスの一つでもしておくか」
風見の動きが一瞬止まる。それから小さくため息をついて、作業を再開した。
「……しません。縁起でもないこと言わんでください」
「別に君を信頼してないってわけじゃない」
そう、わかっている。言葉にしないだけでお互いにわかっていた。愛だの恋だの呼べるほど甘酸っぱいものじゃないが、なにか相手に特別な感情を持っているということ。持たれているということ。それでもいまの関係が心地よくてちょうどいいから、いま以上の関係を求めていたわけではない。そこまで含めて暗黙の了解があった。
が、死を目前にして「本当にそうか」と訊かれると、そうではなかったらしいと降谷は気がついた。
なので、二人の間の不文律を降谷は破った。
降谷がそれを望むなら、風見もそれに従うことにした。
「無事にここから出られたらいくらでも」
「言ったな。約束だぞ」
そうならない未来は見えていない、とでも言うように降谷は微笑んで、自分の首を風見の手に預けた。
*
風見は降谷を路地裏のさらに奥へと連れていく。このあたりにいた一般人は皆避難済みで、残る警察や消防の関係者は自分の仕事でいっぱいいっぱいのはずだ。それでも風見は念入りに、周囲に人目がないかを確認した。
「では、この辺りで」
「ムードもなにもないセリフだな」
風見は反論できず、押し黙っている。暗くて表情がよく見えないが、緊張しているのだろう。降谷が一歩踏み出して距離を詰める。風見はその肩に手を置いた。二人の顔が段々と近づいていく。
「あとでちゃんと病院行ってくださいよ」
「本当に色気がないな」
小言を言う風見の口を塞ぐように口付けた。一、ニ、三……十秒ののち一旦離して目が合うと、今度は風見から降谷に口付けた。ただ口と口が触れているというそれだけで、なぜか呼吸が下手になった。
唇をくっつけるだけのキスを二回したあと、風見は降谷をぎゅうと抱きしめた。
「生きててよかったです」
「僕も君にそう思ってる」
お互いに、相手の背に回した手に力が入る。服越しでも伝わってくる熱を感じていた。興奮と安堵がまざって、胸にこみあげる。
降谷は犬を褒めるように、風見の短い黒髪をなでた。
「君はこのあと捜査一課と連携して事態の収束に当たれ。僕は僕で事後処理がある」
キスをする距離で降谷零は上司の顔になる。
「はい」
風見の返事を聞いて降谷は離れた。
「風見が『いくらでも』って言ったこと、僕は忘れてないからな」
「……言いましたけど、あの、それは」
風見がしどろもどろになっているうちに、降谷は颯爽と去っていった。風見は諦めて切り替えて、現場に戻ることにした。まるで体の中でたくさんの生き物が飛び跳ねているようだったが、浮き足立つ心は今は封印しておく。
降谷は、風見にかけられた上着をそのまま借りてきてしまったことに気がついた。目ざといあの子は、これが風見のものだときっとすぐに見抜いてしまうだろう。
──まあ、それくらい構わないか。
上司が部下の上着を借りているからといって、二人がキスしたことまではわからないはずだ。
たとえこの街きっての名探偵でも。
身を隠すために入り込んだ路地裏で、降谷の肩に上着が掛けられた。
「降谷さん」
振り返って顔を見ると、風見は安心しているような怒っているような、なんとも形容しがたい表情をしていた。
「せっかく無事に首の爆弾を解除したっていうのに、爆発させて墜落しかけてるヘリに飛び乗って大立ち回りなんて……無茶苦茶です。命がいくつあっても足りませんよ」
「でも生きてるだろ」
不敵に笑う降谷に風見は何も言えなくなる。職務上の上下関係などなかったとしても、降谷を律することなど風見にはきっと不可能なのだろう。
「約束、覚えてるか?」
降谷の言葉で、ガラスの箱の中でした会話が蘇った。
*
「頼んだよ、風見」
暗く閉ざされたシェルターの中、冷ややかな白い光。降谷と共に隔離用のガラスの部屋に入った風見は、爆弾解除に必要な道具を黙々とリュックから取り出していた。降谷は椅子に掛けたまま、ペンチやドライバーを床に並べる風見のつむじを眺めていた。
「もしかしたらこのまま死ぬかもしれないし、キスの一つでもしておくか」
風見の動きが一瞬止まる。それから小さくため息をついて、作業を再開した。
「……しません。縁起でもないこと言わんでください」
「別に君を信頼してないってわけじゃない」
そう、わかっている。言葉にしないだけでお互いにわかっていた。愛だの恋だの呼べるほど甘酸っぱいものじゃないが、なにか相手に特別な感情を持っているということ。持たれているということ。それでもいまの関係が心地よくてちょうどいいから、いま以上の関係を求めていたわけではない。そこまで含めて暗黙の了解があった。
が、死を目前にして「本当にそうか」と訊かれると、そうではなかったらしいと降谷は気がついた。
なので、二人の間の不文律を降谷は破った。
降谷がそれを望むなら、風見もそれに従うことにした。
「無事にここから出られたらいくらでも」
「言ったな。約束だぞ」
そうならない未来は見えていない、とでも言うように降谷は微笑んで、自分の首を風見の手に預けた。
*
風見は降谷を路地裏のさらに奥へと連れていく。このあたりにいた一般人は皆避難済みで、残る警察や消防の関係者は自分の仕事でいっぱいいっぱいのはずだ。それでも風見は念入りに、周囲に人目がないかを確認した。
「では、この辺りで」
「ムードもなにもないセリフだな」
風見は反論できず、押し黙っている。暗くて表情がよく見えないが、緊張しているのだろう。降谷が一歩踏み出して距離を詰める。風見はその肩に手を置いた。二人の顔が段々と近づいていく。
「あとでちゃんと病院行ってくださいよ」
「本当に色気がないな」
小言を言う風見の口を塞ぐように口付けた。一、ニ、三……十秒ののち一旦離して目が合うと、今度は風見から降谷に口付けた。ただ口と口が触れているというそれだけで、なぜか呼吸が下手になった。
唇をくっつけるだけのキスを二回したあと、風見は降谷をぎゅうと抱きしめた。
「生きててよかったです」
「僕も君にそう思ってる」
お互いに、相手の背に回した手に力が入る。服越しでも伝わってくる熱を感じていた。興奮と安堵がまざって、胸にこみあげる。
降谷は犬を褒めるように、風見の短い黒髪をなでた。
「君はこのあと捜査一課と連携して事態の収束に当たれ。僕は僕で事後処理がある」
キスをする距離で降谷零は上司の顔になる。
「はい」
風見の返事を聞いて降谷は離れた。
「風見が『いくらでも』って言ったこと、僕は忘れてないからな」
「……言いましたけど、あの、それは」
風見がしどろもどろになっているうちに、降谷は颯爽と去っていった。風見は諦めて切り替えて、現場に戻ることにした。まるで体の中でたくさんの生き物が飛び跳ねているようだったが、浮き足立つ心は今は封印しておく。
降谷は、風見にかけられた上着をそのまま借りてきてしまったことに気がついた。目ざといあの子は、これが風見のものだときっとすぐに見抜いてしまうだろう。
──まあ、それくらい構わないか。
上司が部下の上着を借りているからといって、二人がキスしたことまではわからないはずだ。
たとえこの街きっての名探偵でも。
7/7ページ
