7.クイーン
最後の文化祭は、ロミオとジュリエットの学園演劇をやることになった。
「青春の1ページなんて言わずに、10ページでも20ページでも書きなぐれ!めいっぱい羽目を外せ!先生お前たちを信じてる。責任は全て先生が持つ!」
HRの時間、我がクラスの担任教師の熱い激励に、素直にはい!と答えてしまう私。すっかり先生の魂を受け継いでしまった。あの日浜辺で、お前のそういうところが大好きだ、と言われたから余計にそうなってしまった。大好き、だなんて意味が違うの百もわかってるけど。
放課後、ロミオ役の琉夏くんと劇の台本の読み合わせをしていると先生に声を掛けられた。
「どうだ、全力でぶつかってるか?愛はあるか?」
「はい。文化祭、大好きです。」
「青春してるな。お前は素敵だっ。」
そう笑って去ってゆく背中に思う。先生こそ、…素敵だ。
「‘’このまま貴女を攫ってしまいたい……。‘’」
「……。」
「そっちの番だよ。」
「あ、ごめん。」
姿が見えなくなるまで見ていたら、琉夏くんに急かされてしまった。
「‘’そうして欲しいけど、今は我慢して下さい。‘’」
「‘’おやすみ、ジュリエット。‘’」
「‘’待って、恋人同士のお別れの言葉を思い出せない……。‘’」
「‘’それでは、思い出すまでここにいましょう。‘’」
「‘’じゃあ、思い出さない。……ああ、意地悪をしてずっと貴方を帰したくない。‘’」
目の前にいるのは琉夏くんだけど、感情に、一倍の熱が籠もった。
そんな調子で、本番は大成功に終わった。
「演技が迫真なんだもん、俺、泣きそうになっちゃった。」
琉夏くんからもお褒めの言葉を頂いた。
「バンビ!すっごく良かったよ!」
「まさに、麗しのジュリエット。」
カレンとみよも沢山褒めてくれた。最後だから気合い入れて練習頑張った甲斐があったな。
「これなら今年のローズクイーンは絶対バンビだって!」
「そんなの絶対ないって。」
私は手を顔の前で振る。はばたき学園の希望、なんて私にはおこがましいにも程がある。三人で廊下を歩いた先、掲示板に桃色の張り紙がしてあった。ローズクイーン決定のお知らせだ。
「決定したみたいだよ!」
カレンはいち早く駆けていき張り紙の前を陣取ると私とみよに振り返り満面の笑みを見せた。
「バンビ!!」
あんまり大きな声を出すものだからその場のみんながびっくりしていたし、私達もびっくりした。カレンのテンションはMAXだった。
「見て!」
私達は掲示板の前に行った。張り紙の中には、自分の名前が書かれてあった。
え?
「バンビ!バンビが選ばれてる!」
ローズクイーンに?
「あ〜アタシのバンビがみんなのバンビになっちゃう!そんなの嫌!」
「おめでとう、バンビ。」
私が?
なにかの間違いだ。そんなの有り得ない。もっと可愛い子はいるじゃないか、私なんて何が良いんだ。そんな思いが頭の中を巡る。
「ローズクイーンおめでとう。」
きゃあきゃあ騒ぐカレンをなだめていたらだんだん人だかりが出来てきた。焦っていたらそこへ琉夏くんがやってきた。
「ありがとう。まさかだよ。」
「いや、オマエは凄いよ。遂に獲ったんだな……でも、まだ大輪の花は咲かさないでね、なんちゃって。」
「もう。」
こんなに認められてるってことは、そういうことなのだろうか。一生懸命青春に取り組んでいたら、いつのまにか凄いところまできてしまったらしい……。
「ローズクイーンだなんて、すごいじゃないか。」
「…先生。」
カレンのせいで騒ぎが大きくなっているからか、大迫先生までもやってきた。
「三年前のちょっとぼんやりしたおまえとは見違えた。今のおまえは素敵だ。うん…本当に、素敵だ。」
先生が腕を組んで私をぼんやりと見ている。
「……あ、いや、先生思わず見とれたぁ!あはは、……はは。今日はおまえの三年間の集大成だ。先生、本当に嬉しいんだ。」
いつもの笑顔が少し照れくさそうでこっちまで照れくさくなった。
「さ、残るは卒業だ。……どうする?」
「残りの高校生活、全力でぶつかります…!」
「あははっ、よろしい。」
先生の笑顔を見ていると胸が温かくなる。私は先生の笑顔が見たくて今まで頑張ってきたのかも知れない。
先生、私、先生のおかげでここまでこれました。
私、先生の特別だって思っちゃだめですか?
文化祭が終わり十二月に入るとクリスマスがすぐに近づいてきた。はばたき学園には、24日の夜に自由参加の学園主催のクリスマスパーティーがある。私は三年間出席した。最初はドレスに着られていたけど、今はドレスをうまく着こなせていると思う。まだ未成年だけど、大人になったみたいで嬉しい。お酒はもちろん飲めないけど、スパークリングジュースを上品に飲むことは出来る。
「バンビ、素敵。」
会場に着くとみよが来てくれた。
「みよだって。」
「……ありがとう。」
そう言って俯いて顔を赤らめる姿は女の私でも可愛いと思う。
「今夜はみんな、バンビに釘付けになる。占いじゃなくて、本当に素敵だから。……行くね。」
そう言ってくれて嬉しかった。今日は頑張ってオシャレしたんだ。私は沢山の人と挨拶を交わしながらずっと会場の中を目で捜していた。先生の姿を捜していた。でも、いない。プレゼント交換が終わっても、有名バンドのボーカルがサプライズ登場しても、とうとう先生は現れなかった。去年まではいたのに。この特別な夜に、目一杯おしゃれした姿を一番先生に見て欲しかった。
どうしていなかったんだろう、考えつくことは悪いことばかりだった。例えば、特別な夜だから、先に予定があったからとか。つまり、特別な夜を過ごす特別な存在と今、傍にいるんじゃないか、とか。ローズクイーンだなんてただの学校の中の存在だ。痛感して、目の前が滲んだ。
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