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2.問と解


 私は今までわからないものはつまんないって投げ出して、楽しいところへ逃げていた。そこから怠けて動かないで、やらなきゃいけないことが疎かになっていた。
 いた、というのは最近、私の中に革命が起きたらしいからだ。なんと、つまらないって思っていた勉強が好きになってきたのである。驚き。はっきりとした理由はわからないけど、多分期末の補習の時がきっかけだろう。現国教師の言葉が耳に残る。

『全力でぶつかってみろ。』

 先生の言葉は私に魔法をかけたのか、あれから勉強に向き合うようになった。わからない、をわからないままにしないで自分なりに考えたり、聞いたりするようにした。わからないもやもやが腑に落ちた時、目の前がすごく明るくなる。それを繰り返しているとちょこちょこ出される小テストの点も良くなってきた。なんだか学校に行くのが前より楽しい。きっと価値観が変わるってこういうことなんだ。





 うーん、やっぱりここ、わからないな。よし、質問しに行こう。
 勉強に行き詰まった私は休み時間教室を抜け出し職員室へと歩きだした。しかし、一年の教室は校舎の隅にあって職員室への道のりが途轍もない。しかも、暑いし。汗を流しながら辿り着いた扉の前で足並みを揃え、こんこんとノックをした。

「失礼します。」

 職員室の中を見渡して目当ての人物を探した。ちいさいひと、……見つけた。その人物の机へそろそろと歩んでいく。

「先生。」

「お、どうした。」

「ここなんですけど、どうしてもわからなくて。」

「んー?」

 私は自分の教科書を我がクラスの担任教師大迫先生に見せた。先生はそれを受け取ると、ああ。と漏らす。私は椅子に座って私の教科書に目を落としている先生の頭と横顔を見下ろす。職員室という場所は、生徒はあんまり入っちゃいけないって思い込みがあるから落ち着かない。来ておいてそわそわしてる私に気づかず、先生は律儀に説明してくれている。

「……という事だ。理解したか?」

「は、はいっ、わかりました。これでばっちり、です!」

「おぉい調子いいぞ?」

「あはは……。」

 私が苦笑いすると先生は微笑みを浮かべた。

「最近、授業中寝てないな。質問にも来るし感心感心。……勉強、楽しくなってきたか?」

「はい、勉強が好きになってきました。」

「そりゃ良かったぁ。そうだ、お前にこの本を貸してやろう。机の中から出てきた。」

先生はそう言って教科書と一緒に一冊の本を私に手渡した。

「先生が高校の時に読んだんだ。今のお前にもきっと力になってくれる。」



‘’君たちよどう生きるか‘’
 タイトルにはそう書かれていた。私は、家に帰って早速読んでみた。一気に読めた。本の中は高校時代の先生が書いたであろう、癖字でたくさん赤い書き込みがしてあって、最後のページには、‘’俺は教師になる!青春の全てをぶつけてやる!‘’
 私は本を手にしながら微笑んでいた。先生は今、夢を叶えたんだ。良かった……見守ってきていた気持ちになった。なんだか昔の先生を少し知れて、ただの担任の先生じゃなくなった気がした。遠い職員室の扉が少しだけ近づいた気がした。
 よーし。私も青春の全てをぶつける!……ん?でも待てよ、青春ってなんだろう……?私は何をどこへぶつけたらいいんだろう?考え出したらもやもやしてきた。





 夏休みが始まって嬉しかったのも束の間、なにもしていないのに始業式がすぐに来た。秋といえば文化祭。学校の中にたこ焼き屋さんが出来たり、体育館で演劇をやったり、まさかの芸能人が来たり。始めての文化祭にわくわくする。私達のクラスはイングリッシュカフェをやることになった。私が店内の飾り付けを作っていると様子を見に来た先生が私に話しかけた。

「お、張り切ってるな。」

「はい。始めての文化祭ですから。」

「みんなで力を合わせて一つのことを成し遂げる。うん、青春だぁ。よし、先生にも手伝わせろ!」

そっか、これが青春なのか……。先生にそう言われるとそう思えた。

「テープあるか?」

「あっ、はい……どうぞ。」

先生はシャツの袖を捲って靴を脱いで机の上に立つと、窓枠に私が作った飾りを取り付けてくれた。

「すごーい大迫ちゃん!」

「こっちも手伝ってー!」

「よーし待ってろ、順番だ!」
 
 クラスのみんながまるで先生を取り合っている。先生は呼ばれる度一生懸命に取り組んでいた。その姿は生徒より生徒っぽい。あ、それで先生とは話しやすいのかも。私もクラスのみんなも。始めて会ったときから「大迫ちゃん!」って先生なのにちゃん付けしてる。私はしないけど。

 いよいよやってきた文化祭当日。流夏くんは案内係、コウくんは警備係、みよは占い係、カレンは中等部にモテモテ係とそれぞれ忙しく動き回っている。我がクラスも忙しくなった、我が担任教師が後輩を連れてやってきたからだ。大学のラグビー部の後輩という彼らプラス一名でほとんど食べつくされてしまった……。

「……うまかった、ごちそうさん!文化祭の即席メニューとは思えないぞ。」

「先生、ケチャップがついてま……」

「おう、すまんすまん。」

 勢いよくホットドッグを食べていたものだから、先生の口許が汚れていた。がぶりとかぶりついて、ほっぺたをいっぱいにして、食べる姿は食べざかりの少年、というより小動物?この小さな体のどこに入ったっていうんだろう?……たくさん食べても太らない体質ってやつかな。羨ましい。先生は親指で唇の端を拭い、私の目を見た。

「……まだついてるか?」

「あっ。いえ。」

 いけない。考えていたら先生の顔をぼーっと見つめてしまっていた。

「大迫ちゃん!もう売るものなくなっちゃったじゃん!」

「これで売上は上がっただろう?はははっ。」

 クラスの子にそう笑うと出ていってしまった。これは先生の作戦だったのか。一気に忙しかったけど、一気に暇になってしまった。私は後片付けをしながら、リスかハムスターかな……と考えていた。
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