大丈夫

「心が変わるってさ、どういうことなんだろうね」
「どういう意味で?」
「いや、私の好きな曲にね、心変わりはもう仕方ないから潔くフラれようって歌詞があるの。その心変わりってなんなんだろうって思って」
「うーん、なんだろ、なんか、言葉にすんのむずいな、えーと、たとえば、たとえば息を大きく吸って大きく吐いたみたいな感じなんじゃないかな」
「珍しくロマンチックだね、山下」
「私はいつでもロマンチック乙女なんです〜」
「そ、割とすんなり答えが出てきたけどそんなロマンチック乙女さんは心変わり、したことがあるのかい」
「ふふふ、恋愛とは奥深いものなんですよ」
「あ、そ。んで、明日はランド?シー?」
そこから先の記憶が私にはあまり残っていない。ただ楽しい会話だった気はするけれどでもそうじゃなかったのかもしれないっていまになって思う。
目の前の山下はただ力なく俯いていて、ああ。と思う。山下は決してLINE一通ですべて無かったことにするような人じゃなかった。それは私もこれだけの時間そばに居たのだから分かってる。きちんと話があると電話をかけてきて、家に来てほしいってちゃんと言ってくれてちゃんと「別れよう」と口にしてくれた。だから私は「分かった」と答えた。山下の家に置きっぱなしになっていた泊まるときに着るパジャマだけを受け取って私は部屋を出た。山下は相変わらず俯いたまま「ごめんね」と口にした。だから私は「ありがとうだよ」と答えた。そして両手の人差し指を自分の口角に当てて上に引き上げた。あなたは笑顔が似合う人だよ。最後にそれが伝わればいいと思った。泣かない私に少しほっとしたのか山下は最後に笑ってくれた。
外を歩けば日差しはやわらかい。あのギラギラと照りつけてくる太陽はもうどこかへ行ってしまったみたいだ。どこに行ったのかな。いまはもう違う星をギラギラに照らしているのかな。それとも最初からギラギラした太陽なんてものなくって、私たちが勝手に夏という概念に対して強い太陽の日差しって思い込んでるだけなのかな。肌をさらりと流れる風が冷たい。夏っていつも思うけれど終わるね。って一言も言わずに終わっていく。始まることも言わないくせに。山下の家のすぐ近く、駅と家を繋ぐ道の途中にあるケーキ屋の前を通り過ぎる。
「いちごのタルトだって、くぼちゃん」
「うわ、期間限定」
「弱いよね私たち、期間限定に」
「無駄にスタバに寄るもんね」
「そうだ、今日ケーキ買って帰ろうよ、いちごのタルトじゃなくても、チョコレートケーキでもショートケーキでも好きなもの選んじゃってそれで幸せになろう」
「規模でかい話だね、ケーキにかかってるプレッシャーすごいよいま」
「ふふ、ま、私はいちごのタルトなんですけどね」
「なんだよもう〜」
「へへ、くぼちゃん」
「ん?」
「幸せになろうね」
……へくしゅん!やっぱり風が冷たいな、羽織るものを一枚持ってきたらよかった。受け取ったパジャマはふわもこだからいっそのことどこかで着替えてしまおうか。そんなことないか。もうすぐ駅に着く道の途中の花屋さんの前を通り過ぎる。
「くぼちゃんはやっぱりガーベラだよね」
「そう?」
「いや、私が花の名前を知らないだけ。あと知ってるのチューリップくらい」
「なんじゃそりゃ」
「あ、でも待って。ガーベラって花言葉"希望"らしい。やっぱりくぼちゃんじゃん」
「まーたあんたは適当なこと言って〜」
「希望と書いてくぼと読む」
「怒られろ、国語辞典を作ってる人に」
「ねぇねぇ、くぼちゃん。私は?」
「え?」
「だから、私に似合う花、どれ?」
「え、あ、うーん……強いて言うなら……」
「うんうん!」
「勿忘草、とか」
「え、草じゃん」
「花だよ、ちゃんと花が咲くの。綺麗な色の。ほら見て」
「あ、本当だ。綺麗な花」
「草じゃんって。花屋さんにも怒られてください」
「なんでこの花が私なの?」
「忘れらんないじゃん。山下美月を知ってしまったら」
……くしゅん!風邪、引いたかもなぁ。駅に着いて電車を待つ。カラスが飛んでいる。カンカンカンカン、踏切の音がする。もうすぐ電車が来る。大丈夫になりたい。あなたが居ないことに。大丈夫にならないで。私が居ないことに。あぁ、ようやく泣けた。


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