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未完

- 遅咲きの恋心 -
じめじめとした蒸し暑い日がここのところずっと続いている。もう少し経てば梅雨は過ぎ、そうしたら本格的な夏が始まる。去年の夏は受験勉強で手一杯で遊んだ記憶なんて無いに等しいが、今年は高校生になってから初めての夏。今年こそはたくさん遊んで、遊び尽くしてやる…!そんなことを考えながら俺、日向創は立ち寄った本屋で手に取った雑誌の夏休み特集!なんてページをじぃ、と見ていた。
「創クン、何見てるの?」
ふと、声が聞こえそちらに目をやるといつの間にか横にふわりとした白髪の青年、もとい俺の幼馴染みの狛枝凪斗が立っていた。
「ん、欲しい本見つかったのか?」
「あぁ、うん」
凪斗は今買ってきたであろう本をふりふりと振って見せてくれた。
「いや、暇だったから雑誌見てたんだけど…ほらこれ」
俺は見やすいように雑誌のページを凪斗の方へと向けると凪斗は興味深そうに覗き込んだ。
「夏休み特集…あぁそっか、もう夏も間近だもんね…確かに、この時期からこういったプラン立てとかないと慌てて予定立てることになりそうだもんね…」
「そうだよな…去年はさ、俺たち受験だったから遊べなかったけど今年は沢山遊べるな!」
「…そうだね」
凪斗は顎に手を当てて何かを考えるかのようなそぶりを見せてから頷いた。その姿に若干違和感を感じつつもそろそろ行こうかと言われ立ち読みを続けるわけにもいかなく読んでいた雑誌を元の棚に戻し本屋を後にした。



「そういえば凪斗のクラス、何やるんだ?」
「何って?」
「文化祭だよ」
俺たちの学校は文化祭が秋ではなく7月の初めの方に行われる。だからちょうど今学校では文化祭の準備で忙しい時期なのだ。
「あぁ……文化祭ね…。えぇと…うちのクラスはその、劇やるらしいよ…」
何故だか凪斗はそうぎこちなく答えた。
「へー劇か!お前何かやるのか?」
そう聞くと凪斗は大きく肩を揺らし目を逸らしながら、あー…うん、なんて曖昧に答えた。なんだか文化祭の話をし出してからこいつ、様子がおかしいぞ。
「え、と。なんかあったか?」
これは絶対に何かあったなと思いそう凪斗に問いかけると逸らしていた目を勢いよくこちらへ向けてそれから。
「創クゥゥゥゥンンン!!!!!」
「うわぁ!?」
なんて叫びながら俺にしがみついてきた。身長はほぼ変わらないが悔しいことに少しばかり俺よりでかい凪斗にこうして抱きしめられるとさすがに支え切るのも辛くて二、三歩後ずさりをして体制を整えた。
「え、どうしたんだよお前、文化祭でなんか嫌なことあったのか?」
「は、創クゥゥゥゥン……」
凪斗は尚俺の名前を叫びながら肩口にグリグリと頭を押し付けてくる。
「あーはいはい」
宥めるように背中をポンポンと叩くとようやく落ち着いたようで顔を上げた。
「ボク、ボク…劇で…」
「劇で?」
「……お、王子やる事になっちゃった……」
「お、王子!?え、何の?何の劇の!?」
「し、白雪姫……。ボク本当にやりたくなくて断ったんだよ!?でもどうしてもって…終いにはクラス満場一致でっ……!!」
そこまでいうと再び俺にしがみついて、もう嫌だとか、すっごい不運とかぐちぐち言いだした。劇の主役級のキャストに抜擢されるなんてすごい事だと思うけれど、こいつ昔から目立つ事嫌いだもんなぁ。よしよしと同情の意味を込めて頭を撫でてやる。
「んうぅ……せめてお姫様役の子がなぁ…」
「何だ、希望したい子でもいたのか?」
「キミだったらよかったのにって…」
「何でだよ!こんなガタイのいいお姫様がいてたまるかよ!」
そう言ったら凪斗は顔を上げてじとっ…と俺の顔を見つめてきた。
「何でって…普通劇の相手役の子が好きな子だったら嬉しくない?頑張ろうって思わない?」
「う……まぁ…それはそうかも、だけど…」
好きな子、と言われてぐわっと熱が頬に集まるのを感じた。
先日俺はこの目の前の幼馴染みに好きだと想いを告げられた。
凪斗は俺にとって親友であり、最も信頼し頼りにしている存在だった。そんなあいつに突然好きだと伝えられ、キスまでされて。さすがに驚いたけれど、不思議と嫌だとは全く思わなくて。
だからこそ俺は悩んだ。俺は凪斗のことをどう思っているのだろうと。
同性からの告白やキスが嫌じゃなかったのは、単に幼馴染のこいつだからだったのか、それとも俺も凪斗と同じ感情を凪斗に抱いているのか。
けれど俺は今まで凪斗のことをそんな目で見たことなんてなかった。それが、ここに来ていきなりそんな感情が芽生えるとか、あるのか?とか。
結局答えは出なくて、告白した後俺を避け出した凪斗に現状を伝え、返事を待ってもらっている状態なのだが…。
「ね、創クン」
名前を呼ばれハッと我にかえると、凪斗の瞳が間近で俺を見つめていた。
「あのさ、あんまり催促はしたくないんだけど…できれば、夏休み入る前に返事がほしいんだ」
凪斗の長い指が俺の指に絡められ、思わず肩が跳ね上がる。心臓がうるさくて仕方ない。
「……ボクとしては、キミと、いつもと違う夏休みを過ごせたらなぁって…」
きゅうと力の込められた指と凪斗の甘く掠れた声に頭がくらくらした。凪斗の顔はりんごみたいに真っ赤に染まっているが、俺だって負けないくらい真っ赤なのだろうなと、ふと思った。
「あ、…う…わ、わかった…夏休み、前には…返事返すよ……」
さっきの本屋で凪斗が夏休み特集の記事を見つめていたのは、俺と例年とは違った関係で過ごすことを考えていたからなのだろうと、その時初めて気が付いた。



「はーーー…」
今日何度目かわからない溜息を吐く。そうやって息を吸って吐いて空気の入れ替えをするのが心地いい。心の重くのしかかる悩みもこうやってると少しだけ、軽くなる気がする。…気がするだけ。
「おーい、日向ぁ……そこ塗り間違えてっぞー…」
「え、…わぁっ!?」
文化祭まで残りあと僅か。
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