特殊設定
様々な液体で汚れた身体をさっと洗い流すだけの簡単なシャワーを浴び、髪先から滴り落ちる雫をタオルで拭きながら狛枝は廊下をペタぺタと歩いていた。明かりをつけないでも周囲が見渡せることから今が昼間だということはわかるものの、昨夜の行為から一体何時間が経過したのか狛枝には分からなかった。
半刻か、下手すれば丸一日経っているかもしれない。時間感覚なんて考えられなくなるほど、彼の身体を貪っていたのだ。くぅと鳴った腹の音にそういえば暫く何も胃に入れてないことを思い出した狛枝は向かう先をキッチンへ変えようとしたが、寝室の前を通り過ぎようとしたところでその足はピタリと止まった。
「ふ、ぅ、う、う…っ…」
中から聞こえてくる苦しげな呻き声と時折鼻をすする音に狛枝は胸がぎゅうと苦しくなるのを感じた。
「日向クン」
寝室のドアを開け彼の名を呼ぶと遠目からでもわかるほど彼の体はびくりと震えた。狛枝が声を発した後、部屋が急に静まり返ったのは彼が嗚咽を呼吸ごと抑え込んでいるからだろう。
「日向クン」
狛枝はもう一度彼の名を呼び、反応が返ってこないのを確認した後、ゆっくりとベッドへ近付く。
「ねぇ…お腹痛いんでしょ?」
狛枝の体重が掛かりベッドはギィと悲鳴をあげる。手を伸ばせば日向の身体に手が届くまで距離が縮まったところで狛枝は彼の身体がブルブルと震えていることに気付いた。僅かに漏れる声と力が込められぐしゃぐしゃになったシーツ、小刻みに震え続けている身体は彼が感情を無理やり抑え込んでいる証拠であり狛枝はそれを解す為優しく、優しく語りかける。
「…後処理、してないもんね」
視線を彼の下半身、正確には臀部に落とし狛枝は目を細め言う。彼の身体を唯一隠しているこの布を取り払ったら、きっと彼の尻の窄まりには何時間か前に出した狛枝の精液が未だにこびりついているのだろう。
「ねぇ、日向クン…こっち向いてよ」
未だ狛枝に背を向けている日向に狛枝は再度呼びかける。しかし日向は黙ったままだ。
「日向クン」
きっと今の日向は何を言っても自分から狛枝の方へ顔を向けてはくれないだろう。そう判断した狛枝は半ば無理やり日向の肩を掴み、ぐいと自分の方へ引っ張った。日向の身体は驚くほど簡単に狛枝の方へ傾き、狛枝は漸く日向の顔を見ることが叶った。
「…日向、クン」
日向の顔は酷い有様だった。その顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃに濡れ、目元は可哀想なくらい赤く腫れ上がってしまっている。指先に触れた頬は吃驚するほど冷たく、一体どれ程の涙が彼の頬を伝ったのだろうと、狛枝は想像し胸を痛めた。
「……こまえだ…っ…」
掠れ酷くか細い声で、日向は狛枝の名を呼んだ。
「…なぁに?」
優しい声音を意識したつもりだ。とにかく彼を宥めたい、その一心で狛枝は短い彼の茶髪を撫ぜた。
「っ…れ…ぅ、うぅ…!」
懸命に狛枝に何かを伝えようとする日向は、しかしその口から漏れるのは嗚咽ばかりであった。
「ゆっくりで、いいから」
微笑みながらそう伝えると、日向はとうとう決壊したダムのように瞳から涙を溢れさせ泣きじゃくった。
「こぁ、えっ…!ぉ、れっ…!また…っ…ダメだっ…た…!」
瞳から次々と溢れる大粒の雫を日向は乱暴に拭い咳き込みながら溜め込んだ思いを吐露する。
「おれっ…!またっ…あかちゃん…できなかった…!」
日向は片腕で目元を隠しながら、もう片方の腕を自らの下腹部に伸ばし震える手でその薄い腹を撫でる。狛枝はそんな日向の様子を悲しげな瞳でただただ見つめていた。
いつからだろう、日向が狛枝の子を宿すことにこれほどまで執着するようになったのは。
狛枝が日向と男女のように愛し合う仲になってから数え切れないほど身体を重ね、愛を囁き合った。しかし所詮自分たちは同性で男同士であり結婚も出来なければ子供を授かれるわけでもない。愛を形に残すことができないのだ。しかしそれは狛枝にとって悩みにすらならない些細なことであった。狛枝にとって日向だけが全てであり、彼が自分の側にいること以上に望むことなどない、だから狛枝は結婚や子供が不可能でも満足していた。
しかし、日向は違った。日向は狛枝と結ばれていると実感できる確かな形を欲しがったのだ。
いつの日だったか、日向は狛枝に、捨てないでくれ、と懇願してきたことがあった。才能のない自分は無価値で、だからいつか狛枝に飽きられて捨てられるかもしれない、それが堪らなく怖いと、震える声で胸に縋り付いてきた日向の姿を狛枝は今でも鮮明に覚えている。才能がないのは今更の話であり、才能の有無を関係無く狛枝は日向を望んでいたのだ、それが伝わっていなかったことに少しばかりショックを受けたものの、狛枝は怯える日向に自分は絶対に日向を捨てないと伝え、それまで以上に愛を注ぎ込んだ。
今思えば、日向があんなことを言ったのは狛枝の思いが伝わっていなかったのではなく、才能がないというコンプレックスが日向に過度なストレスを与えていたからだったのかもしれないと狛枝は推測する。
心の不安を愛されているという実感で満たしたい、そんな日向の欲求がどんどん膨らみ続けた結果、日向は狛枝の子を孕みたいと願うようになってしまったのだ。
「おれっ…才能もない…っせに…こどもの一人さえ、作れないっ…なんて…!」
ひ、ひ、としゃくりを上げながら泣き続ける日向の、子宮が存在しないその腹を狛枝はそっと撫でる。
狛枝の子を妊娠したいと願うようになった日向は、行為の度に狛枝に中出しを強請った。日向の中に放出された精液は本来の役目を果たさず、無意味に日向の体内に吸収されていき、日向に腹痛を与える。腹痛に襲われる度、日向はまるで流産したかのように、また駄目だったと言い、涙を流すのだ。
「こまえだ………ごめん……」
小さく掠れた声で放たれた謝罪の言葉が狛枝の胸に突き刺さる。どこまでも自分の責任だと追い詰め、苦しむ日向が、狛枝との愛を実感したくて常識まで捨ててしまった日向が、憐れで、そして堪らなく、狂おしいほど愛おしかった。
「日向クン…キミは何一つ悪くないよ……だから、謝らないで…」
赤く腫れ、冷えてしまった日向の目元に熱を与えるかのように口付けを落とし、狛枝は囁いた。
「今度こそ、大丈夫だよ…ボクも頑張るから…ね、だからもう泣かないで…」
あやすように日向の身体を抱き締めると、日向もまた狛枝の背中に手を伸ばし狛枝の体温を確認するかのように強く抱き締め返した。
「こまえだ…お願い……俺のこと、孕ませて……」
「…キミが望むなら、いくらだって叶えてあげる」
耳元で聞こえた日向の希望の為、今日も狛枝は日向の中に愛を注ぎ込む。たとえそれが不可能だとしても、日向が希望する限り狛枝はそれを叶えようとするだろう。
狛枝凪斗は、日向創と、日向創の希望を愛しているのだから。
半刻か、下手すれば丸一日経っているかもしれない。時間感覚なんて考えられなくなるほど、彼の身体を貪っていたのだ。くぅと鳴った腹の音にそういえば暫く何も胃に入れてないことを思い出した狛枝は向かう先をキッチンへ変えようとしたが、寝室の前を通り過ぎようとしたところでその足はピタリと止まった。
「ふ、ぅ、う、う…っ…」
中から聞こえてくる苦しげな呻き声と時折鼻をすする音に狛枝は胸がぎゅうと苦しくなるのを感じた。
「日向クン」
寝室のドアを開け彼の名を呼ぶと遠目からでもわかるほど彼の体はびくりと震えた。狛枝が声を発した後、部屋が急に静まり返ったのは彼が嗚咽を呼吸ごと抑え込んでいるからだろう。
「日向クン」
狛枝はもう一度彼の名を呼び、反応が返ってこないのを確認した後、ゆっくりとベッドへ近付く。
「ねぇ…お腹痛いんでしょ?」
狛枝の体重が掛かりベッドはギィと悲鳴をあげる。手を伸ばせば日向の身体に手が届くまで距離が縮まったところで狛枝は彼の身体がブルブルと震えていることに気付いた。僅かに漏れる声と力が込められぐしゃぐしゃになったシーツ、小刻みに震え続けている身体は彼が感情を無理やり抑え込んでいる証拠であり狛枝はそれを解す為優しく、優しく語りかける。
「…後処理、してないもんね」
視線を彼の下半身、正確には臀部に落とし狛枝は目を細め言う。彼の身体を唯一隠しているこの布を取り払ったら、きっと彼の尻の窄まりには何時間か前に出した狛枝の精液が未だにこびりついているのだろう。
「ねぇ、日向クン…こっち向いてよ」
未だ狛枝に背を向けている日向に狛枝は再度呼びかける。しかし日向は黙ったままだ。
「日向クン」
きっと今の日向は何を言っても自分から狛枝の方へ顔を向けてはくれないだろう。そう判断した狛枝は半ば無理やり日向の肩を掴み、ぐいと自分の方へ引っ張った。日向の身体は驚くほど簡単に狛枝の方へ傾き、狛枝は漸く日向の顔を見ることが叶った。
「…日向、クン」
日向の顔は酷い有様だった。その顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃに濡れ、目元は可哀想なくらい赤く腫れ上がってしまっている。指先に触れた頬は吃驚するほど冷たく、一体どれ程の涙が彼の頬を伝ったのだろうと、狛枝は想像し胸を痛めた。
「……こまえだ…っ…」
掠れ酷くか細い声で、日向は狛枝の名を呼んだ。
「…なぁに?」
優しい声音を意識したつもりだ。とにかく彼を宥めたい、その一心で狛枝は短い彼の茶髪を撫ぜた。
「っ…れ…ぅ、うぅ…!」
懸命に狛枝に何かを伝えようとする日向は、しかしその口から漏れるのは嗚咽ばかりであった。
「ゆっくりで、いいから」
微笑みながらそう伝えると、日向はとうとう決壊したダムのように瞳から涙を溢れさせ泣きじゃくった。
「こぁ、えっ…!ぉ、れっ…!また…っ…ダメだっ…た…!」
瞳から次々と溢れる大粒の雫を日向は乱暴に拭い咳き込みながら溜め込んだ思いを吐露する。
「おれっ…!またっ…あかちゃん…できなかった…!」
日向は片腕で目元を隠しながら、もう片方の腕を自らの下腹部に伸ばし震える手でその薄い腹を撫でる。狛枝はそんな日向の様子を悲しげな瞳でただただ見つめていた。
いつからだろう、日向が狛枝の子を宿すことにこれほどまで執着するようになったのは。
狛枝が日向と男女のように愛し合う仲になってから数え切れないほど身体を重ね、愛を囁き合った。しかし所詮自分たちは同性で男同士であり結婚も出来なければ子供を授かれるわけでもない。愛を形に残すことができないのだ。しかしそれは狛枝にとって悩みにすらならない些細なことであった。狛枝にとって日向だけが全てであり、彼が自分の側にいること以上に望むことなどない、だから狛枝は結婚や子供が不可能でも満足していた。
しかし、日向は違った。日向は狛枝と結ばれていると実感できる確かな形を欲しがったのだ。
いつの日だったか、日向は狛枝に、捨てないでくれ、と懇願してきたことがあった。才能のない自分は無価値で、だからいつか狛枝に飽きられて捨てられるかもしれない、それが堪らなく怖いと、震える声で胸に縋り付いてきた日向の姿を狛枝は今でも鮮明に覚えている。才能がないのは今更の話であり、才能の有無を関係無く狛枝は日向を望んでいたのだ、それが伝わっていなかったことに少しばかりショックを受けたものの、狛枝は怯える日向に自分は絶対に日向を捨てないと伝え、それまで以上に愛を注ぎ込んだ。
今思えば、日向があんなことを言ったのは狛枝の思いが伝わっていなかったのではなく、才能がないというコンプレックスが日向に過度なストレスを与えていたからだったのかもしれないと狛枝は推測する。
心の不安を愛されているという実感で満たしたい、そんな日向の欲求がどんどん膨らみ続けた結果、日向は狛枝の子を孕みたいと願うようになってしまったのだ。
「おれっ…才能もない…っせに…こどもの一人さえ、作れないっ…なんて…!」
ひ、ひ、としゃくりを上げながら泣き続ける日向の、子宮が存在しないその腹を狛枝はそっと撫でる。
狛枝の子を妊娠したいと願うようになった日向は、行為の度に狛枝に中出しを強請った。日向の中に放出された精液は本来の役目を果たさず、無意味に日向の体内に吸収されていき、日向に腹痛を与える。腹痛に襲われる度、日向はまるで流産したかのように、また駄目だったと言い、涙を流すのだ。
「こまえだ………ごめん……」
小さく掠れた声で放たれた謝罪の言葉が狛枝の胸に突き刺さる。どこまでも自分の責任だと追い詰め、苦しむ日向が、狛枝との愛を実感したくて常識まで捨ててしまった日向が、憐れで、そして堪らなく、狂おしいほど愛おしかった。
「日向クン…キミは何一つ悪くないよ……だから、謝らないで…」
赤く腫れ、冷えてしまった日向の目元に熱を与えるかのように口付けを落とし、狛枝は囁いた。
「今度こそ、大丈夫だよ…ボクも頑張るから…ね、だからもう泣かないで…」
あやすように日向の身体を抱き締めると、日向もまた狛枝の背中に手を伸ばし狛枝の体温を確認するかのように強く抱き締め返した。
「こまえだ…お願い……俺のこと、孕ませて……」
「…キミが望むなら、いくらだって叶えてあげる」
耳元で聞こえた日向の希望の為、今日も狛枝は日向の中に愛を注ぎ込む。たとえそれが不可能だとしても、日向が希望する限り狛枝はそれを叶えようとするだろう。
狛枝凪斗は、日向創と、日向創の希望を愛しているのだから。
4/4ページ