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女体化

繋いでいた手から徐々に力が抜け、互いの体温になれた手のひらに冷たい空気が触れる。まだ離したくない、それが本心だったが、迫り来る電車の時間に狛枝はようやく、それでもやたらゆっくりと時間をかけて彼女の指先を解放した。
「じゃあね、日向さん。帰り道、気をつけて」
「……見送り、ありがとうな」
それまで狛枝が掴んでいた手が、ひらりと狛枝に別れを伝える。狛枝も同じ仕草を返すと、日向はにこりと微笑み狛枝に背を向け歩き出した。
彼女の姿が完全に見えなくなるのを見届けると、狛枝も足先を百八十度回転させ歩き出す。駅前から自宅まで、徒歩十分程の何でもない道のり。しかし、日向と並んで歩いている時は、まるで違う道を歩いているかのように感じるのだ。
楽しくて、長い時間が一瞬のように感じて。
今日一日だってそうだ。日向の来宅を待っている時は一分一秒が長く感じたのに、彼女が来てからは日が沈む時間さえ気付くのに遅れた。
それ程、日向と過ごす時間に夢中になっていたのだ。
レンタルDVDを見ながらこっそり手を重ねたことや、日向の手料理が並んだ夕食を二人で囲んだこと、もう少しだけ一緒にいたいと駄々を捏ね当初の予定より長く家にいて貰ったことなど、今日の思い出を振り返っているといつのまにか自宅前まで辿り着いていた。
狛枝しかいない部屋は、当然先程のような賑やかさはない。静まり返った空間に狛枝は物足りなさを感じる。日向と出会う以前からこのような感情に襲われることは偶にあったが、彼女と出会い付き合うようになってからはその頻度は確実に多くなっていった。日向と時間を共有する喜びを知ってしまった今、一人の時間は以前よりうんと寂しく感じるようになってしまったのだ。
「……あれ」
帰宅後何もする気になれず、ぼふんと勢いよくソファーの上に腰を下ろした時だ。ふわりと狛枝の鼻孔を擽る香りに、狛枝はすん、と鼻を鳴らす。
甘過ぎず、すっきりしていて、スッと胸の内に溶け込むような心地いい香り。
日向匂いだ。
半日ほど一緒にいただけで匂いとはこうも移るものなのか。
目を瞑り、狛枝は部屋に残った日向の痕跡を胸いっぱいにしまい込む。
吸い込んだ香りが狛枝の脳内にも広がり、それはやがてくっきりと日向の姿を形成する。
彼女の柔い身体を抱き締め髪を撫でた際、一段とこの香りが強くなった。
理性がゆっくりと蕩けていき、まるで花の蜜に誘われる蝶のように彼女を求めてその唇に───。
自身の体温が上昇しているのを自覚し、狛枝は篭った熱を吐き出す。
別れたのはつい先程の筈なのに、もう日向が恋しくなっていた。
色ボケにも程がある。呆れて頬杖をつくも、募る想いはどうしようもなかった。
次回は日向に泊まってとでも頼んでみようか。そんなことを考えながら、狛枝は日向の匂いが残るソファーに身を沈ませた。
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