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女体化

「そういえばさ、お前この頃私のこと名前で呼んでたよな」
狛枝の部屋に飾ってある写真を指差し、日向が呟いた。
そこに写っているのは、もう十年近く前の日向と狛枝だ。成長というのは女の子の方が早いもので、写真の中の日向は狛枝より頭一つ分くらい大きい。
あの頃はこのまま彼女より小さかったらどうしようと散々悩んだが、高校生となった今や余裕で彼女を見下ろせるくらいには狛枝の身長は伸びていた。
幼い日の自分にそんな腹を下すまで牛乳を飲むことはないと教えてやりたい、そんなことをしみじみと思いつつ、狛枝はようやく日向に返事をすることにした。
「まぁ、親が名前で呼んでたからね。幼稚園でもみんな名前で呼び合ってたし」
「そうそう、幼稚園の時なんてさ、お前泣き虫だったからすぐ『はーちゃん~!』って私の後追いかけてきてたじゃないか」
ははっ……と乾いた声と共に狛枝はぎこちなく笑顔を作る。重ねてきた時が長いのは強みだが、同時にそれまでの恥ずかしい記憶も共有することになってしまうのはどうしてもいただけない。きっと彼女は狛枝のおねしょの数や親指からなかなか吸いだこが消えなかったことなど、どうでもいいことまでしっかり記憶しているに違いない。
「でも、小学五、六年の時だっけ……突然『日向さん』呼びになってさ、なんか凪斗が突然離れていっちゃったみたいで寂しかったなぁ」
そう言ってふと、日向の表情が曇った。
小学校高学年、それは狛枝が日向のことをただの幼馴染ではなく、一人の女の子として認識し始めた時期だった。
日向が他の男子にからかわれてると無性にイライラしたり、好きな人の話なんて話題に敏感になったり、他の女の子に告白されている場面をうっかり日向に目撃された時は意味もなく必死に弁解をしたり。そういう過程を経て、ようやく日向に恋心を抱いていると気付いたのはもう少し成長してからだったのだが。
「生憎、好きな子にそれまでと同じ接し方が出来るほど、ボクは器用じゃなかったからね」
自身の認めざるを得ない面倒くさい性格と日向がこういった色事にとことん鈍いせいで、狛枝が日向に想いを告げることが叶うのに四年と半年かかったものの、晴れて二人は幼馴染から恋人という新たな関係を築きあげ、そしてそれから早数ヶ月。
そう、今の狛枝と日向の関係は幼馴染兼恋人なわけなのだが……どうにも日向にはその自覚がないらしく、二人の距離はいつまで経っても幼馴染のそれのままである。狛枝の、新しくできた悩みの種でもあった。
「でも私はやっぱり、前みたいに名前で呼んでほしいな、苗字にさん付けってなんかよそよそしいだろ?」
そう言って日向は、グイッと狛枝の方に詰め寄る。その際狛枝の腕に柔らかいものがふにゅりと当たったが、日向は御構い無しだ。
「なぁ、凪斗ってば」
自覚が足りないのだ。狛枝と日向は男の子と女の子で、それでいて恋人だという自覚が。今だって狛枝の部屋に二人きり、両親は仕事で帰りが遅いということを日向は知っているのに。
本当に、幼馴染という距離は良くも悪くももどかしい。
「、ねぇっ」
ほんの少しでいいから、自分のことを男の子だと、日向を恋愛対象として見ている一人の男だという意識を持って欲しかった。だから。
「…………もう少しさぁ、ボクのこと意識してくれてもいいんじゃない?……創」
彼女の身体を腕の中に引っ張り込み、耳元で囁いた。
すっぽりと収まる日向の柔らかい身体、それとシャンプーの香りは次第に狛枝の心拍数を上げていく。勿論、狛枝の胸のあたりに顔を寄せている彼女にはそれがダイレクトに伝わってしまっている。
「……お、まえ……心臓の音、すごいことになってるぞ……」
「日向さんだって、耳熱いよ」
すり、と赤く染まった耳朶に唇を寄せると、腕の中の日向の身体が跳ねた。
そうして顔を上げた日向の表情は、幼馴染の顔ではなく女の子の顔をしていた。
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