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アイマネ

「カット!……うーん、一度休憩挟もうか」
場を仕切るカメラマンの声に、シャッターの音だけ木霊していた現場が一気に騒がしくなる。しかし緊張感だけは消えることなく残り続けており、俺は溜まりきった不安を吐き出すのがやっとだった。
被写体を務めていたそいつは、周囲に向け軽く頭を下げ、現場を出ていく。俺はそれを見送った後で小走りにカメラマンの元へ向かった。
「お疲れ様です」
しっかりと頭を下げ声をかけると、カメラマンがパッと明るい表情を浮かべる。
「お疲れ様……えーと、君は……」
「日向創です。本日モデルを務めている狛枝凪斗のマネージャーをしております」
つい数時間前もした自己紹介を繰り返すと、目の前の彼がああ!と頷く。
「狛枝くんのね!いやー彼やっぱりいいねぇ、綺麗だから撮ってて楽しいよ!」
差し出されたカメラの画面を覗き込むと、そこには何枚もの狛枝の写真が保存されていた。
ピ、ピ、と電子音と共に狛枝の一瞬を収めた絵が流れていく。思わず、カメラごと貸してくださいと口に出しそうになった。どの瞬間ももっとじっくり眺めたいと思う程、人を惹きつける魅力が詰まっていると思った。マネージャーの俺が言うのもなんだけど、本当に狛枝は綺麗な顔をしている。
このまま全部使って写真集にしてもいいくらい、どれもこれも良い写真だとは思うのだけれど、どうやらカメラマンである彼はイマイチ納得がいかないらしい。元々狛枝はモデル出身だから、写真撮影は慣れている筈なのだけれど、こんなにも時間が長引くのは初めてだった。
狛枝の体調(あと機嫌)も心配だったし、俺は意を決してそのことを目の前の彼に聞いてみることにした。
「あの……素人の俺が口出しすることじゃないかとは思うのですが、この写真のどこがダメなんでしょうか?俺にはどの写真も狛枝凪斗の魅力が詰まっているように見えますが……」
相手の機嫌を間違っても損ねないように、言葉を選びながら俺は恐る恐る問いかける。
「うーん確かにどれも良い写真なんだけどねぇ……僕が撮りたいのはこれじゃないんだよな」
「と、言いますと?」
カメラマンは今日撮った狛枝の写真を流し見しながら、語り出した。
「ほら、狛枝くんってミステリアスな色気が売りでしょ?だから僕はもっと違う狛枝くんの一面を撮りたくてさ」
「成る程……」
確かに狛枝は、その中性的な外見を活かした仕事が多かった。写真のモデルにしろドラマの役柄にしろ、いつも落ち着いていて、アダルティな姿を求められることが大半だ。思えば、狛枝が無邪気に笑ってる写真だとか、明るい性格のキャラだとかはあまり演じないかもしれない。本人は案外子供っぽい性格をしているというのに。
「それにさ、今回のテーマって『恋人に見せる姿』なんだよね。だからボクとしてはもう少し柔らかな表情が撮れたら嬉しいんだよね~」
「……わかりました、教えてくださりありがとうございます!」
カメラマンへお礼を述べ、俺は頭を下げるとくるりと踵を返す。そして小走りであいつの元へ向かった。
休憩時間に入ってから、もう十分が経過している。そろそろ構ってやらないと機嫌が悪くなっている頃だった。
いや、もう悪くなってるか。



「狛枝、いるか?……ってお前!またそれ飲んで!」
『狛枝凪斗様』と札が貼ってある控え室にノックをしてから入ると、ご自慢の長い足を組んで偉そうに椅子に座る狛枝と目があった。
薄い唇で啜っているのは、狛枝が愛飲しているブルーラム。俺も飲んだことあるけど、一口でなんていうか酷く退廃的な気分になって……まさに逆エナジードリンクという名称がふさわしい代物だ。あまり身体に良くないらしいし、控えろとは言っているのだが、狛枝はなかなかやめてくれなくて。せめて仕事中はやめろって言ったのに。
「いいでしょ、仕事はちゃんとやるし」
ぎろりと睨む狛枝の瞳は、ぐるぐると濁っていて、俺は慌てて缶をそいつから取り上げる。
「いやお前酷い顔してるからな!?あーもう!殆ど残ってないなこれ!」
持った感覚からして、あと二、三口分くらいしか入ってないだろう。返してよと手を伸ばす狛枝の手を払い、俺はそいつを勢いよく煽る。
「あ!」
「……う、うぅ……やっぱこれ、苦手だ……お前よくこんなの飲めるな……」
口に広がる独特な味に顔を顰め、空になった缶を狛枝の手に戻す。軽くなったそれをジッと見つめ、今度は俺に顔を向ける。それを何度も繰り返すうちに、狛枝の顔色が徐々に良くなってきた。と、いうより。
「……あれ?お前なんか顔赤くないか?嫌だな、風邪か?」
「ち、違うよ。大丈夫だからっ……」
ふいっ、とやつは俺から顔を背けたけど、白い髪からちらりと見える耳が桃に染まっているのがはっきりとわかる。けど、狛枝自身が大丈夫だというなら平気だろう。本当にやばい時は、こいつ無口になるし。
「ところで、ボクになんか用?もしかしてもう休憩終わり?」
「あぁそうだ、忘れるとこだった」
「ちゃんと頭動かしなよ」
こめかみに指を当て、嫌味を綴った後、続けて狛枝の口がもごもごと動く。
「……そんなんだからボクの気持ちにだって……」
「なんか言ったか?」
「何でもないよ……で、早く要件を言ってよ」
「あぁ、そうだな」
俺は先程カメラマンから聞いたことを狛枝に伝える。
「あのな、あのカメラマンさん、お前のいつもと違う姿を撮りたいらしいぞ」
「ふーん」
さも興味なさそうに相槌を打つ目の前の男に、つい真面目に聞けと引っ叩きそうになったが、これ以上機嫌を損ねても面倒くさいだけなのでぐっと我慢する。
「えーとな、具体的には、恋人といる時の姿が撮りたいって言ってたな。ほら、好きなやつといると表情って優しくなるだろ?きっとお前のそういう顔を撮りたいんだと思う」
「…………へぇ」
つまらなそうに爪を弄っていた動きがピタリと止まる。口角をあげ、にぃと笑う狛枝に、俺は内心あれ?と首を捻った。
今の会話のどこに、狛枝は興味を持ったのだろう。
「それなら、思ったより簡単にできそうだ」
「え!?」
狛枝の予想外の返事に、俺は思わず声をあげた。だって、狛枝は、今まで浮いた話どころか、同性異性問わず薄っすらと線引きしていたような男なんだ。てっきり、ボクに恋人ができるところなんて想像できないよ!とかなんとか、ぐちぐち言い出すと思ってたのに。
「そうと分かったら、さっさと終わらせちゃおうか」
すくっと立ち上がり、うーんと伸びをして狛枝が現場へ向かう。無気力からやる気が出るまでの流れが速すぎて、俺はその一連の流れを口を開けて見ることしかできなかったが、少し遅れて狛枝がやる気を出してくれた喜びがやってくる。マネージャーとしての務めを果たせたことが、純粋に嬉しいのだ。
「……よし!じゃあ俺も現場に──」
「あぁ、日向クン。一つ、お願い事があるんだ」







「カットォ!うーん、いいよ狛枝くん!とってもいい写真が撮れたよ!」
本日の撮影は終了、その声にボクは肩の力を抜き、ふ、と息を漏らす。
緊張が解ける現場の空気に頬も緩み、カメラマンや照明さんにお礼と共に頭を下げてると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。
「狛枝!お疲れ様、すごく良かったぞ!」
そう言いながら太陽のような笑みを浮かべてボクに話しかけるのは、ボクのマネージャーの日向クンだ。
キラキラと興奮気味に瞬く瞳を見れば、彼の言葉がお世辞ではないことくらいわかる。心の底から褒められているのが嬉しいけどちょっぴり恥ずかしくて、ボクははにかんで彼に返事を返す。
「ん……ありがと」
「本当、びっくりしたぞ。お前あんな顔できるんだな」
「ねぇ、ちょっと失礼じゃない?」
「はは、悪い悪い」
そんなやり取りをしながら、ボクらは控え室へ向かう。ボクの後ろを日向クンが付いて歩き、そして不意に口を開いた。
「なぁ、俺に役に立ったか?」
「うん、ボク的にはすごく助かったよ?」
控え室のドアを開け、リュックから二本目のブルーラムを取り出す。日向クンはまた顔を顰めたけれど、今度は止めには来なかった。
「だって俺、本当に何もしてないぞ?ただ、カメラマンの隣に立ってただけだし」
「だから、それだけで十分だったんだよ」
今日求められた顔は、恋人、つまり好きな人に向ける顔ということだ。それならボクの視界に入るところにボクの好きな人がいればいい、もっと言えば、日向クンを見ながら撮影に挑めばいいと思った。
いつも日向クンに向けてる視線を、そして日向クンを想いながらフラッシュを浴びたら、トントン拍子に事が進み、長引いていたのが嘘のように撮影は終了を迎えた。
「今日のボクは、間違いなくキミが引き出してくれたんだよ」
カメラのレンズではなく、日向クンの鶯色の瞳を見つめて。そしてボクの想いをありったけ込めて、日向クンに伝えると、彼は紅潮した頬で
「そうか!俺、ちゃんとお前のマネージャーとして仕事できたんだな!」
と、嬉しそうに笑った。
「…………はぁ。キミ、本当肝心なところがダメだよねぇ」
結構わかりやすく、好きだって伝えたつもりだったんだけど。
「えっ、今なんで俺のこと貶したんだよ!?」
「今日あったこと全部思い返してみれば?」
この。鈍感マネージャーめ。
伝わらない気持ちをブルーラムと共に飲み込み、ボクは盛大に溜息を吐いた。
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