このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

夫婦狛日

金曜日の夜。その日はほんの少しの期待と高揚感を抱えて、ボクは帰路につく。




「ただいまぁー」
扉を開けて第一声。中から漏れる暖かな空気と光にボクは顔を綻ばせる。
いそいそと脱ぎ捨てた革靴がコツリと音を立てて転がる。勿論ボクは裏返しになったりつま先を斜めに向けてしまったそいつらをキチンと揃えて端の方へ並べる。そうしなきゃあとで怒られちゃうからね。
窮屈なネクタイは少しだけ緩めて。本当は堅苦しいスーツ自体を脱ぎたかったけれど、今のボクにそんなことをしている暇なんて無かった。
軽い足取りで廊下を抜けて、ボクはキッチンに続く扉を開ける。
「おかえり」
飛び込んだキッチンで、彼は夕飯の支度をしていた。くつくつと湯気立つ味噌汁の味を確かめ、それからボクの方に視線を寄越し素っ気なく返事をする。
彼が愛用している紺地のエプロンに、灰色の野暮ったいジャージ。それを認識した瞬間、全身の血液が沸騰したような激しい興奮に襲われる。
「創……」
完成した味噌汁の火を止める彼の背後に立ち、ボクは伸ばした両腕を彼のお腹に絡め抱き締めた。鼻を寄せた頸から香る爽やかな石鹸の香り。期待が確信に変わり、ボクは熱を吐き出しながら囁く。
「……今日、着けてるんだね」
彼の腹に回している腕を少し緩め、そろりとジャージの中に手を差し入れる。瞬間、ぴしゃりと手を叩かれた。
「コラ」
「あはっ、ごめんね?でも……やっぱり着けてるんだ……ランジェリー♡」




ボクが金曜日の夜を楽しみにしている理由。それは、創がランジェリーを身につけてボクの帰りを待っていることがあるからだ。
以前、ボクとセックスレスになることを避けようとした創が、その一環としてランジェリーを購入したことがキッカケだった。
初めて創がランジェリーを身につけている姿を見た時は、興奮のあまり夕飯を食べることも忘れ彼を抱き潰してしまったのだけど、どうやら創はそれが嬉しかったらしい。以来、偶にだけれどこうしてランジェリーを身につけてセックスアピールをしてくれるようになったというわけだ。決まって金曜日の夜なのは、激しくなることを前提としているからである。
どんな色のものを着けているのか。キュートな物なのかそれともセクシーな物なのか。そもそも金曜日だからといって彼が必ずランジェリーを着けているとも限らないのだ。無作為という事象についてほぼ無縁だったボクにとって、それも堪らなくドキドキする要因の一つだったりする。




「ねぇ、今日はどんなの着けてるの?」
創のなだらかな曲線を描く腰を撫でながら尋ねると、創の肩が微かに揺れたのがわかった。今夜ボクとの情事を想像しながらシャワーを浴び、ボクのことを考えて選んだランジェリーを着けて創はボクのことを待っていたのだ。彼の身体は既に、熱を帯びているに違いない。だからきっと、今の些細な刺激にも反応してしまったのだろう。ボクの躾で出来上がった彼の身体は、本当に可愛らしい。
「……いつも言ってるだろ、夜まで秘密だって」
「んぅ、はぁい」
創がくるりとボクと対面になるように身体を反転させ、ボクの鼻をキュッと摘む。ジト目で睨みながらの、可愛らしい照れ隠し。そんなキュッと締まった表情を浮かべる創とは対照的に、ボクの顔はだらしなくにやける一方だ。
あぁ、それにしても楽しみだ。彼は今この灰色のジャージの下にどんなランジェリーを着けているのだろう。
三週前の金曜日はフリルをふんだんにあしらったシースルータイプのベビードールだった。フロントのところに切れ込みが入っていて隙間から覗くお腹に何とも唆られたし、薄紫という色合いが可愛らしさと大人っぽさの間を表現していた一品だった。
その前は花柄の刺繍が可愛らしい、白いレースのブラジャーとショーツ姿を見せてくれたっけ。ぱっと見では清純そうな印象を持ったけど、よくよく見るとバストとアンダーにスリットが入っている物凄く大胆なランジェリーだった。創の可愛いところが見え隠れしていることに気付いた時は、恥ずかしい話だけれどフル勃起してしまったんだよね。
今夜はどんなタイプのものが来るかな。可愛い系?セクシー系?それともコスプレ風味だったりして。
まだ見ぬ彼のあられもない姿を想像し、溢れる期待によだれを垂らし悦に浸っていたらとうとう「気持ち悪いぞ」と創に頭を引っ叩かれてしまった。




「お待たせ」
寝室を開けると、そこは仄かに薄暗かった。今この部屋を灯している明かりは、ベッドサイドに置かれたランプの橙色の光のみだからだ。ボクとしてはこの部屋全体を照らす昼白色の光の下でまじまじと彼のランジェリー姿を拝みたいのだけれど、いつも却下されてしまうのだ。LEDライトの白い光に照らされ、はっきりと見られるのが恥ずかしいらしい。
「ん」
ボクが帰って来る前にシャワーを浴びていた創は先に寝室に入っており、ベッドの上でうつ伏せに寝そべり携帯端末を弄っていた。ボクは素早くベッドに乗り上がると、彼の手から携帯端末を引き抜きサイドテーブルへ置く。それから空いた彼の手に自らの指を絡め、やや強引に彼の身体をひっくり返し彼の身体に跨った上で唇を重ねた。
恋人同士が戯れにするような軽いキスはすっ飛ばして。はじめのぽってりした唇に吸い付いて開いた隙間から舌を無理矢理ねじ込む。ぶつかる舌先に絡む粘液。繋いだ指先に創がグッと力を込めた。
「んっ……やけに、強引だな……」
「ごめん……余裕、ないんだ」
いつもならもっと時間をかけてキスを堪能したいのだけど、今日に限っては前戯が雑になってしまうことを許してほしい。はち切れそうなほど胸に溜まった劣情を表すかのように、創の喉に歯を立て舌でなぞると彼の口から微かな喘ぎ声が溢れた。
「下ろして、いい?」
上までしっかりと上がっているファスナーの金具をボクは指先で弄る。創は、何も言わないどころか頷きさえもしなかった。それを、了承と捉えた。
期待と緊張で心臓が音が創に聞こえそうなくらい大きな音で早鐘を打つ。手のひらはしっとりと汗をかいていた。
いつのまにか口に溜まった唾液をゴクリと飲み、気休め程度に胸に溜まった熱を吐き出して。ボクはほんの僅かな力でゆっくり、ゆっくりとラッピングを丁寧に開ける気持ちでファスナーを下ろした。
「……っ……う、わ……あ……」
ボクは目を見張った。口からは感嘆の声さえも満足に出せず、吐息と共に曖昧な言葉が漏れた。
灰色のジャージを割いて現れたのは、黒いレースのトップレスタイプのランジェリーだった。
アンダーバストのみを包む黒いレースの薄い生地。それが創のほんのり肉付いたバストを下から支えてより強調させている。その上ふっくらとした乳首が惜しげもなく晒されているのだから堪らない。
黒という色合いも最高だった。今まで見てきたものが白やピンクといった淡白な色合いのランジェリーだったから気付かなかったけど、黒みたいな強い色も彼の健康的な肌色に良く合うんだ。
アダルディーなテイストのランジェリーを前に、ボクの瞳は忙しなくくるくると動き回る。こんなの、目がいくら合っても足りないよ。
「な……凪斗……その、これ……変じゃないか?」
「へ?」
全く見当違いなことを言うものだからボクは思わず間抜けな声を出してしまったけれど、思い返せば今まで舐めるように彼の姿を見ていただけで何も言っていなかったことに気付いた。
「あぁ……ごめんね。言葉を失うほど見惚れてたんだ……すごく、似合ってる」
ボクの心情を包み隠さず零し、不安にさせてしまったお詫びを込めて頬っぺたにキスをすると、彼の顔が少し柔いだ気がした。
「ん……なぁ、凪斗」
「なぁに?」
「その、な……下も、見てほしいんだ……」
「えっ……!」
落ち着いてきた心臓がまた跳ね上がった。わざわざ見てほしいって言うなんて、彼は何を隠しているのだろう。
尽きないサプライズに思考を停止させているうちに創がそっとジャージの下に手を差し入れる。
「……うそ……」
するすると灰色の布が太もも辺りまで降ろされる。ボクの眼前に晒されたブラジャーとお揃いのショーツ。そして秘部を隠すショーツより上、彼の腰辺りに纏わりついているのは同様の黒いレースで出来たガーターベルトだった。細やかな刺繍が施された生地から伸びた黒のラインが、彼のしなやかな足を覆うストッキングをしっかりと留めている。
「凪斗……喜んでくれ……んむっ」
言葉を出すより、頭を動かすより早く身体が動いた。どくどくと勢いよく巡る血液。衝動に身を委ね、ボクはまるで捕食するかのように創の唇を、その感触を貪る。
「……ごめん創」
がむしゃらに絡ませた舌を引き抜くと、粘液が描く透明の糸が空でぷつんと切れた。
「今夜、寝かせてあげられないかもしれない」

7/8ページ
スキ