その他パロ
小さい頃から身体が弱かった。心臓病だった。人生の中で一番居住が長かったのは多分病院のベッド。少し良くなって病院の外へ出ても、すぐに悪化してしまう。学校もろくに行けないから友達もいない。ツマラナイ人生。だけど一つだけ、幸運だったことがある。ボクの隣には日向クンがいた。
初めて彼と出会ったのは、もう随分前のことだ。その日、日向クンは初めての入院で、一人が寂しかったらしい。仕切りの向こうから啜り泣く声が聞こえて、つい中を覗き込んだ。日向クンはお月様みたいな綺麗な瞳に涙をいっぱい浮かべていた。
『どうしたの?』
『お父さんもお母さんもいない。さびしい』
『ボクも』
初めて交わした会話は、確かそんな感じだった。しんみりとした雰囲気でボクらは寄り添って一緒のベッドで眠った。いつも広い筈のベッドが、少しだけ狭くて、温かくて。
思い返せば、あれがボクの初めての『幸福』だった。
日向クンもボクと同じで、身体のどこかが悪いらしかった。入退院を繰り返す生活で、偶にしか通えないから学校に友達はいない。そんなボクらが仲良くなるのは必然だった。どちらかが退院すれば、どちらかがお見舞いに来る。入院のタイミングが被れば、同じ病室、隣のベッドで夜更まで笑い合う。
辛い時も苦しい時も日向クンと共に過ごして、ボクは次第に彼に特別な感情を抱くようになった。友情を通り越した、感情だった。
ボクは、彼のことを深く愛していた。日向クンが、ボクの感情だった。愛だった。ボクの世界の全てだった。
十八歳になったボクは、以前に増して入院生活が多くなっていた。二十歳まで生きられないと言われていたから、別段ショックではなかった。ただ、その時が来たんだなと思っただけ。ボクはもう、長くない。今更死にたくないと喚くような事はないけれど、心残りはあった。日向クンのことだ。
彼への恋心を自覚したその時から、この恋は墓場まで持っていこうと決めていた。けれど、死期が近くなってきたからだろうか。最近、よく夢を見るようになった。日向クンと恋人になる夢だ。夢の中でボクら二人、ボクの愛に日向クンが微笑んで彼も愛を紡ぐ。寄り添って、触れ合って。烏滸がましい程、幸せな夢だ。夢から醒めて、苦しくなる。彼を想う心は、時に発作の時よりボクに苦痛を与える。
一度でいい。ボクのありったけの想いを口に出したかった。彼に、肯定して欲しかった。彼の柔らかい箇所全てに触れて、体温を知りたかった。愛したかった。愛されたかった。
「狛枝ってさ、好きな人…とかいないのか?」
それはよく晴れた日の昼下がりの事だった。ここのところめっきり体調が優れないボクのために、日向クンはお見舞いに来てくれていた。日向クンの方は調子が良さそうで、暫く病院では会えていなかったから嬉しかった。
近況を報告しあい、他愛のない会話で笑い合って。そんな矢先だった。それまでの和やかな空気が一変して、どことなく緊張感が漂う。宝石のような鶸色の瞳がボクをまっすぐ射抜き、心地よい痛みが胸に走った。
「好きな、人?」
「うん」
キミが、好きだ──。ボクを覗き込む瞳があんまりにも綺麗で、想いが喉まで迫り上がった。はくはくと唇を震わせ、吐息を吐く。
この想いは、永遠の秘密だ。ああ、でも。今になって、一時でもいいから、彼を望んでしまう。一度だけの我儘を、許してほしいだなんて思ってしまう。
好意を返してくれなんて望まない。ただ、ボクが、狛枝凪斗が、日向創を何よりも愛していたことを覚えていてほしい。ボクが生きた証を覚えていてほしい。それだけだ。
「……っ、日向、クン……ボクね……ボクは……」
「俺さ、お前には幸せになってほしいんだよ」
「え……?」
凛として、けれどどこか優しげな声にボクの声が掻き消される。
「好きな人と結ばれて、その人と結婚して子供に囲まれてさ……そういう、ありきたりな、でもうんと幸せな人生を過ごしてほしいんだ」
日向クンは慈愛たっぷりの表情で、ボクを見ていた。ボクの未来を見ていた。
今のボクを透かして未来を見る彼に、ボクの心はズタズタに引き裂かれる。
キミは、何を見ているの?ボクの隣にはキミ以外いないのに。やめてよ、勝手にボクの幸せを想像しないでよ。ボクは、キミが、キミのことが……!
「俺さ、」
「もうやめてよ!!」
病室に、ボクの悲痛な叫び声が響いた。
「結婚して、子供を作ってって……そんなの、ボクの望む幸せじゃないよ!ボクの……ボク、の、幸せ……っ、は……!」
声を荒げて想いを吐露して、気付けば涙がボロボロと溢れていた。切なさに締め付けられる胸が、次第に別の痛みを主張し始める。呼吸が苦しい。発作だ。こんな時に限って。
「っ、狛枝!狛枝ぁ!待ってろ、今先生を……!」
血相を変えて病室を出ようとする日向クンの腕を必死になって掴む。
だめだ、いま、いわなきゃ。
「ひなた、クン……」
「狛枝……?」
日向クンの頬を壊物を扱うかのように両手でソッと包む。ボクを映す瞳は、うっすらと浮かぶ涙で煌めいていて、とても綺麗だった。
世界はボクとキミの二人きり。とても静かで、酷く心地がいい。今までで、一番幸せな時だった。
「……ボク、キミがすきだよ。あいしてるよ」
一瞬だけ、大切に触れた唇は柔らかくてあったかかった。
一世一代の告白は、酷くか細くて情けなかったけれど、それでも満足している。
「ひなた、クン…………」
好きだけじゃ、愛してるだけじゃ足りないんだ。キミがいたからボクは笑っていられた。幸せを、知れた。ありがとう、大好きだよ。
気持ちは溢れて仕方ないのに、うまく言葉が出てこない。
あぁ、まだ伝えたい気持ち、たくさんあるのに。もう、ボクの心臓の音しか聞こえないや。
「狛枝!しっかりしろ!……っ、俺だって、お前が……!」
ボクは、笑みを浮かべた。
ああ、日向クン。キミも、ボクと同じ気持ちだったなんて。
──視界が霞み、意識が遠のく。
唐突に、ゆるりと覚めた意識。視界に映ったのは、見慣れた白の天井だった。ボクの、病室だ。ぱちり、ぱちりと瞬きを繰り返して、首を傾ける。
──先生っ、凪斗君が……!
歓喜の声を上げたのは、小さい頃からボクを見てくれていた年配の看護師さんだ。パタパタと足音が遠のき、やがて増えて戻ってくる。
「凪斗君、目が覚めたんだね。気分はどうだい?」
主治医の先生の言葉に、ボクはゆっくりと頷いた。意識はまだふわふわしているけれど、痛みとか苦しみとかは感じなかった。それどころか、なんだかとても温かくて、心地よさを感じる。そう、まるで彼と一緒にいるような。
「……ひなたクンは?」
ボクは、乾いた口を懸命に動かして、愛しい彼の名を綴った。先生は、一瞬だけ息を呑んで、こう言った。
「目覚めたばかりで意識を持つのも大変だろう?もう少し体力が回復したら、これからのことを話そう」
先生の言葉に、瞼がグッと重くなる。ボクはコクリと頷いて目を閉じた。
──とくん、とくん。心臓が穏やかに凪いで音を奏でる。そばに、彼がいるような気がした。
日向クンが亡くなったと知らされたのは、それから三日後のことだった。ボクが倒れた次の日に、後を追うように病状が悪化して、回復することはなかったと聞かされた。ボクが倒れてから五日後の出来事だった。
日向クンは脳の病気で、いつ、何が起こってもおかしくない状況だったらしい。どこが悪いかは知っていたけれど、そんなにも悪い状況だったなんてボクは知らなかった。日向クンが、ボクにだけは言わないでくれと周知していたらしい。
事実を告げられてまもなく、看護師さんからあるものを渡された。日向クンからボクに宛てられた手紙と、一枚のドナーカード。
ドナーカードには『ひなたはじめ』の名前。そして、提供可能な臓器には心臓以外にバツがつけられていた。
──狛枝へ
これをお前が読んでるってことは、俺は多分もういないんだと思う。お前には言ってなかったけど、俺の病気、結構やばいんだ。お前のより酷くて、治る見込みもないんだ。
だから、時間があるうちに色々残しておこうと思う。後悔しないようにな。お前にとっては迷惑かもしれないけど
俺、ずっとお前のことが好きだった。友達としても、恋愛としてもだ。
だから、俺はお前に生きて欲しい。幸せで穏やかな人生を歩んでいって欲しい。俺にできることはないかもしれないけど、けど、もしかしたらって思うんだ。お前、運いいしな!
……なんか、上手くまとめられてない気がするけど、とにかく狛枝に笑っていて欲しい。俺がいなくても悲しまないで欲しい。俺は、ずっとお前のそばにいるからな。
今まで、一緒に生きてくれて、ありがとう。
──日向創
手紙に綴られた黒い文字が、じわりと滲む。視界がぼやけて、文字が、読めなくなって、ボクはとうとう声を上げて泣いた。
彼の死を聞かされた時は微塵も出なかった涙が、止めど無く溢れた。子供みたいにわんわん泣いた。顔面がぐちゃぐちゃになっても泣き続けた。
日向クン、日向クン。キミは狡いよ。ボクにこんな感情を残して居なくなるなんて。キミの居ない世界なんてボクにとっては価値がないのと同然なのに
ボクはこの世界を捨てることができなくなってしまった。キミがくれた贈り物は、なんで温かくて、残酷なのだろう。
空に浮かぶ太陽が落ちて、夜の帳が下りる。ボクのものになったキミは、酷く穏やかに音を立てていた。
朗らかな日照りに包まれる中、ボクは軽やかな足取りで帰路に立っていた。手提げの中で揺れているのは、先程購入した草餅だ。以前はあまり甘いものは得意じゃなかったけど、近頃は事あるごとに甘味を口にしている。特に、草餅は今やボクの好物となっていた。
日向クン、日向クン。ねぇ、聞こえるかい?ボク、最近草餅が好きになったんだよ。その代わり、桜餅がちょっと苦手になっちゃった。桜柄のものに惹かれるし、以前より人付き合いも得意になった気がするよ。
ねぇ、日向クン。
ボクは、今日もキミの音で生きているよ。
初めて彼と出会ったのは、もう随分前のことだ。その日、日向クンは初めての入院で、一人が寂しかったらしい。仕切りの向こうから啜り泣く声が聞こえて、つい中を覗き込んだ。日向クンはお月様みたいな綺麗な瞳に涙をいっぱい浮かべていた。
『どうしたの?』
『お父さんもお母さんもいない。さびしい』
『ボクも』
初めて交わした会話は、確かそんな感じだった。しんみりとした雰囲気でボクらは寄り添って一緒のベッドで眠った。いつも広い筈のベッドが、少しだけ狭くて、温かくて。
思い返せば、あれがボクの初めての『幸福』だった。
日向クンもボクと同じで、身体のどこかが悪いらしかった。入退院を繰り返す生活で、偶にしか通えないから学校に友達はいない。そんなボクらが仲良くなるのは必然だった。どちらかが退院すれば、どちらかがお見舞いに来る。入院のタイミングが被れば、同じ病室、隣のベッドで夜更まで笑い合う。
辛い時も苦しい時も日向クンと共に過ごして、ボクは次第に彼に特別な感情を抱くようになった。友情を通り越した、感情だった。
ボクは、彼のことを深く愛していた。日向クンが、ボクの感情だった。愛だった。ボクの世界の全てだった。
十八歳になったボクは、以前に増して入院生活が多くなっていた。二十歳まで生きられないと言われていたから、別段ショックではなかった。ただ、その時が来たんだなと思っただけ。ボクはもう、長くない。今更死にたくないと喚くような事はないけれど、心残りはあった。日向クンのことだ。
彼への恋心を自覚したその時から、この恋は墓場まで持っていこうと決めていた。けれど、死期が近くなってきたからだろうか。最近、よく夢を見るようになった。日向クンと恋人になる夢だ。夢の中でボクら二人、ボクの愛に日向クンが微笑んで彼も愛を紡ぐ。寄り添って、触れ合って。烏滸がましい程、幸せな夢だ。夢から醒めて、苦しくなる。彼を想う心は、時に発作の時よりボクに苦痛を与える。
一度でいい。ボクのありったけの想いを口に出したかった。彼に、肯定して欲しかった。彼の柔らかい箇所全てに触れて、体温を知りたかった。愛したかった。愛されたかった。
「狛枝ってさ、好きな人…とかいないのか?」
それはよく晴れた日の昼下がりの事だった。ここのところめっきり体調が優れないボクのために、日向クンはお見舞いに来てくれていた。日向クンの方は調子が良さそうで、暫く病院では会えていなかったから嬉しかった。
近況を報告しあい、他愛のない会話で笑い合って。そんな矢先だった。それまでの和やかな空気が一変して、どことなく緊張感が漂う。宝石のような鶸色の瞳がボクをまっすぐ射抜き、心地よい痛みが胸に走った。
「好きな、人?」
「うん」
キミが、好きだ──。ボクを覗き込む瞳があんまりにも綺麗で、想いが喉まで迫り上がった。はくはくと唇を震わせ、吐息を吐く。
この想いは、永遠の秘密だ。ああ、でも。今になって、一時でもいいから、彼を望んでしまう。一度だけの我儘を、許してほしいだなんて思ってしまう。
好意を返してくれなんて望まない。ただ、ボクが、狛枝凪斗が、日向創を何よりも愛していたことを覚えていてほしい。ボクが生きた証を覚えていてほしい。それだけだ。
「……っ、日向、クン……ボクね……ボクは……」
「俺さ、お前には幸せになってほしいんだよ」
「え……?」
凛として、けれどどこか優しげな声にボクの声が掻き消される。
「好きな人と結ばれて、その人と結婚して子供に囲まれてさ……そういう、ありきたりな、でもうんと幸せな人生を過ごしてほしいんだ」
日向クンは慈愛たっぷりの表情で、ボクを見ていた。ボクの未来を見ていた。
今のボクを透かして未来を見る彼に、ボクの心はズタズタに引き裂かれる。
キミは、何を見ているの?ボクの隣にはキミ以外いないのに。やめてよ、勝手にボクの幸せを想像しないでよ。ボクは、キミが、キミのことが……!
「俺さ、」
「もうやめてよ!!」
病室に、ボクの悲痛な叫び声が響いた。
「結婚して、子供を作ってって……そんなの、ボクの望む幸せじゃないよ!ボクの……ボク、の、幸せ……っ、は……!」
声を荒げて想いを吐露して、気付けば涙がボロボロと溢れていた。切なさに締め付けられる胸が、次第に別の痛みを主張し始める。呼吸が苦しい。発作だ。こんな時に限って。
「っ、狛枝!狛枝ぁ!待ってろ、今先生を……!」
血相を変えて病室を出ようとする日向クンの腕を必死になって掴む。
だめだ、いま、いわなきゃ。
「ひなた、クン……」
「狛枝……?」
日向クンの頬を壊物を扱うかのように両手でソッと包む。ボクを映す瞳は、うっすらと浮かぶ涙で煌めいていて、とても綺麗だった。
世界はボクとキミの二人きり。とても静かで、酷く心地がいい。今までで、一番幸せな時だった。
「……ボク、キミがすきだよ。あいしてるよ」
一瞬だけ、大切に触れた唇は柔らかくてあったかかった。
一世一代の告白は、酷くか細くて情けなかったけれど、それでも満足している。
「ひなた、クン…………」
好きだけじゃ、愛してるだけじゃ足りないんだ。キミがいたからボクは笑っていられた。幸せを、知れた。ありがとう、大好きだよ。
気持ちは溢れて仕方ないのに、うまく言葉が出てこない。
あぁ、まだ伝えたい気持ち、たくさんあるのに。もう、ボクの心臓の音しか聞こえないや。
「狛枝!しっかりしろ!……っ、俺だって、お前が……!」
ボクは、笑みを浮かべた。
ああ、日向クン。キミも、ボクと同じ気持ちだったなんて。
──視界が霞み、意識が遠のく。
唐突に、ゆるりと覚めた意識。視界に映ったのは、見慣れた白の天井だった。ボクの、病室だ。ぱちり、ぱちりと瞬きを繰り返して、首を傾ける。
──先生っ、凪斗君が……!
歓喜の声を上げたのは、小さい頃からボクを見てくれていた年配の看護師さんだ。パタパタと足音が遠のき、やがて増えて戻ってくる。
「凪斗君、目が覚めたんだね。気分はどうだい?」
主治医の先生の言葉に、ボクはゆっくりと頷いた。意識はまだふわふわしているけれど、痛みとか苦しみとかは感じなかった。それどころか、なんだかとても温かくて、心地よさを感じる。そう、まるで彼と一緒にいるような。
「……ひなたクンは?」
ボクは、乾いた口を懸命に動かして、愛しい彼の名を綴った。先生は、一瞬だけ息を呑んで、こう言った。
「目覚めたばかりで意識を持つのも大変だろう?もう少し体力が回復したら、これからのことを話そう」
先生の言葉に、瞼がグッと重くなる。ボクはコクリと頷いて目を閉じた。
──とくん、とくん。心臓が穏やかに凪いで音を奏でる。そばに、彼がいるような気がした。
日向クンが亡くなったと知らされたのは、それから三日後のことだった。ボクが倒れた次の日に、後を追うように病状が悪化して、回復することはなかったと聞かされた。ボクが倒れてから五日後の出来事だった。
日向クンは脳の病気で、いつ、何が起こってもおかしくない状況だったらしい。どこが悪いかは知っていたけれど、そんなにも悪い状況だったなんてボクは知らなかった。日向クンが、ボクにだけは言わないでくれと周知していたらしい。
事実を告げられてまもなく、看護師さんからあるものを渡された。日向クンからボクに宛てられた手紙と、一枚のドナーカード。
ドナーカードには『ひなたはじめ』の名前。そして、提供可能な臓器には心臓以外にバツがつけられていた。
──狛枝へ
これをお前が読んでるってことは、俺は多分もういないんだと思う。お前には言ってなかったけど、俺の病気、結構やばいんだ。お前のより酷くて、治る見込みもないんだ。
だから、時間があるうちに色々残しておこうと思う。後悔しないようにな。お前にとっては迷惑かもしれないけど
俺、ずっとお前のことが好きだった。友達としても、恋愛としてもだ。
だから、俺はお前に生きて欲しい。幸せで穏やかな人生を歩んでいって欲しい。俺にできることはないかもしれないけど、けど、もしかしたらって思うんだ。お前、運いいしな!
……なんか、上手くまとめられてない気がするけど、とにかく狛枝に笑っていて欲しい。俺がいなくても悲しまないで欲しい。俺は、ずっとお前のそばにいるからな。
今まで、一緒に生きてくれて、ありがとう。
──日向創
手紙に綴られた黒い文字が、じわりと滲む。視界がぼやけて、文字が、読めなくなって、ボクはとうとう声を上げて泣いた。
彼の死を聞かされた時は微塵も出なかった涙が、止めど無く溢れた。子供みたいにわんわん泣いた。顔面がぐちゃぐちゃになっても泣き続けた。
日向クン、日向クン。キミは狡いよ。ボクにこんな感情を残して居なくなるなんて。キミの居ない世界なんてボクにとっては価値がないのと同然なのに
ボクはこの世界を捨てることができなくなってしまった。キミがくれた贈り物は、なんで温かくて、残酷なのだろう。
空に浮かぶ太陽が落ちて、夜の帳が下りる。ボクのものになったキミは、酷く穏やかに音を立てていた。
朗らかな日照りに包まれる中、ボクは軽やかな足取りで帰路に立っていた。手提げの中で揺れているのは、先程購入した草餅だ。以前はあまり甘いものは得意じゃなかったけど、近頃は事あるごとに甘味を口にしている。特に、草餅は今やボクの好物となっていた。
日向クン、日向クン。ねぇ、聞こえるかい?ボク、最近草餅が好きになったんだよ。その代わり、桜餅がちょっと苦手になっちゃった。桜柄のものに惹かれるし、以前より人付き合いも得意になった気がするよ。
ねぇ、日向クン。
ボクは、今日もキミの音で生きているよ。