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その他パロ

彼はボクにとってヒーローであり、最も信頼できる友人であり、何よりも大切で愛しい存在なんだ。


窓から吹く心地良い春風を頬で感じながらその人を今か今かと待つ午後の日常。
「凪斗、帰るぞー」
やがてガラガラとドアを開ける音がして次に世界で一番大好きな声が聞こえた。
「創クン!!うん!!」

ボク、狛枝凪斗と日向創クンは所謂幼馴染というやつだ。出会ったのは幼稚園の頃。外に出ると転んだり虫に刺されたり、兎に角ボクは運が悪くて、いつも部屋の中で過ごしてた。そんなボクに初めて声をかけてくれたのが創クンだった。
『おまえ、外であそばないのか?』
『……ボク、すぐ転んだりするし…あんまり好きじゃない』
でもずっと羨ましかったんだ。外で遊ぶ同い年の友達の姿が。ボクもみんなと一緒にっていつも思ってた。
『じゃあおれがころばないように手ェつないでてやるからさ!あそぼ!』
差し出された手をボクは素直にすぐには掴めなかった。
『……ボクと一緒にいると、キミ、きっとけがしちゃうよ…』
この前擦りむいたばかりの膝をさする。蘇るじんじんとした痛みと一緒に、何故か心臓のあたりも痛かった。
『あーーー!!!!!』
突然目の前で大声を出されたと思ったら、今度はいきなりボクの手を掴んで、
『そんな顔しないでさ、もっと笑えよ!おまえのことおれが守ってやるからさ!!!』
なんて、太陽のように笑いながら掴んだボクの手を握りしめてくれたんだ。伝わる彼の体温が温かくて嬉しくて、思わず泣いちゃったんだよね。
それがボクの中にある一番古い創クンの記憶であり、早すぎた初恋の瞬間だった。


「おーい、凪斗…?」
「え、…あ、何?創クン」
「いや、遠くの方に行ってたからさ」
「あぁごめん…ちょっと昔の事を思い出していて」
帰り道、いつも通り創クンと肩を並べながら帰宅。ボクが一日で最も幸福を感じる時間でもある。
「創クンと初めて会った時のことを思い出してたんだ」
「あぁ、あの時の事か…ははっびっくりしたよなーお前、いきなり泣き出すんだもん、そんなに嫌だったのか!って俺、ちょっとショック受けたんだよな」
「だって!泣くほど嬉しかったんだもん…」
「そうそう、その後泣きながら俺の手握りしめて一緒に外で遊んだんだよな」
「うん、こんな感じで」
スルリと創クンの左手をボクの右手で包む。あの頃より大きくなったけど温かさと柔らかさはあの時と同じだ。
「わっ、お前手ェ冷たいな、本当あの頃と変わらない」
嫌がる様子もなく創クンはボクの手を握り返してくれた。そんなところも含めて。
「ボク、あの頃からずっとキミが好きだよ」
一瞬、周りの空気が止まる。
ううん、きっとそう感じているのはボクだけだ。
「あはは!俺もお前の事好きだよ」
彼は一瞬、キョトンとして、すぐに人懐こい笑みを浮かべた。
「はは……」
(恋愛的な意味で、なんだけどな)
もう何回目なのだろう、このやり取りをするのは。創クンを好きになってから十年以上経った。今みたく好意を告げる事は今まで何回もしてきたが一度たりも本当の意味で伝わった事はなかった。
(確かに曖昧かもしれないけどさ)
本当はわかっているのだ。本気で想いを告げたいのなら、それをきちんと言葉に出して伝えないといけないと。
「凪斗?家、着いたぞ」
「あ……」
いつの間にか家に着いてしまったようだ。本当に幸せな時間とはあっという間だと思う。繋いでた手が離され、ボクは途端に寂しくなる。
「あぁもう、そんな顔すんなよな!」
どうやら顔に出てしまっていたようだ。先程僕の手に包まれてた彼の手が、今度は僕の頭の上に伸ばされわしわしと豪快に撫で回された。
「わっわっ、は、創クン…!」
「いつも笑ってろって言っただろ?何も一生の別れじゃないんだしさ」
「創クン…!う、うん!」
「じゃあ凪斗、また明日な」
最後に頭をポンポンとされ、創クンとバイバイをした。名残惜しいけど明日もまた会える、また一緒に帰れる。そう創クンに言ってもらえた事がとても嬉しかった。

創クンと別れ、自宅に入り早々ベッドに飛び込む。ぼふっと音がし柔らかい布団がボクの体を包み込んでくれた。
「はぁ……」
撫でてもらった頭に手をやると何だかそこだけが異様に熱い気がした。
「創クン…」
目を閉じて先程の事を思い出す。温かい創クンの手を。
創クンに頭を撫でられるのはとても好きだ。寧ろこういう事が許されるのは幼馴染の特権だと思う。だから。だからもし、ボクが創クンに想いを告げることでこの関係が壊れてしまうと思うと。もう一緒に帰ったり、こうして頭を撫でられる事も無くなってしまうかと思うと。嫌われてしまうんじゃないかと思うと。絶対にこの想いは告げられなかった。告げてはいけないものだと思って、一生ボクだけの胸の内に秘めておこうと思ってた。だけど、溢れ出る創クンへの想いは押さえ切ることができず、こうして曖昧に気持ちを伝え、逃げ道を作ってきたのだった。
「ボク、相当女々しいなぁ…」
色々な事を考えるのが疲れてきた。
良い感じに瞼も重く、ボクはそのまま夢の世界へと身を任せてしまった。



「しっかし、おめーら本当仲良いよなー」
翌日の昼休み、何時ものように創クンと創クンのクラスの友達の左右田クン昼食を摂ってる最中だった。
「んーまぁ幼馴染だしな?」
「いやいやいや、おめーら割とおかしいからな?今朝だって一緒に学校来てたろ?」
「家近いしな」
「おめーら仲よすぎて噂になってるんだぜ?」
「噂?」
「おめーらがデキてるんじゃねーかっつーこと!」
左右田クンがそう声を潜めて言ったその言葉に口に含んでる卵焼きを吐き出しそうになる。
「あはは、なんだよそれ」
創クンは笑い飛ばしてるけどボクは内心ヒヤヒヤして堪らない。
「はは、そんな訳ないでしょ?さすがにそういう関係ではないって…」
自分で言っててちょっと悲しくなってくる。
「単純に仲良いだけだもんな、なぁ凪斗!」
創クンにそう言われて悲しみは2倍に。
「そうだねー……ははは…」
「でもマジで狛枝、日向にべったりだよな…これでモテるんだもんなー…やっぱ所詮顔なのか顔なのか」
「でも、小さい頃から凪斗、女子から人気はあったけど未だに彼女できたことないよな。」
「あはは…」
当たり前だ、ボクは今も昔も絶賛片想いだし、今更創クン以外の人を好きになるなんて絶対できない。ボクにとって創クンは世界そのものなのだ。
「そろそろ日向離れしねーと、おめー彼女もできねーぜ!多分!!」
「は、創クン離れ……?」
なんて恐ろしいことを言うんだろう。創クンから離されたら間違いなくボクは生きていけない。そもそも生きる意味がなくなってしまう。
「うーん…確かに一理あるかもな…」
「は、創クン!!?」
頭をフライパンで数十回くらい殴られたような、とにかく衝撃的かつショックな言葉だった。
「いや、彼女とかの前にさ…交友関係とか、お前クラスで仲良い子居るのか?」
「……居るよ…多分…」
本当は創クン以外興味も無いから必要なこと以上はクラスの子とは話さない。友達と言える人だって大体創クン経由で知り合った人たちだ。
「そんな不安そうな顔するなよ、お前人見知りするだけだから慣れればすぐに仲良い子沢山できるって!顔もいいんだから俺より先に彼女できるかもな」
違うよ、創クン。人見知りなわけじゃ無いんだ、ただキミと一緒にいる時間を一分一秒でも長く確保したいだけで普通にコミュニケーションはとれるよ。ていうか今”俺より先に彼女ができるかも”って言った!?
「お、おい狛枝……おめーめちゃくちゃ怖え顔してんぜ…ひ、日向ぁ!どうにかしろよ!!」
左右田クンがそんなことを言ったがそれどころじゃ無い。
(創クンに彼女……)
今まで創クンとそういう類の話をしてこなかったわけではない。でもそれは自分の理想を語る、何組の子がかわいい、などありふれた一つの話題のような内容だった。
(そうか、もう彼女とかできても何ら不思議でもない歳なんだ…)
もし、彼に彼女ができたら。きっと、きっとボクと過ごしてくれる時間は今までの半分、下手したらそれ以下になってしまうかもしれない。そんなの、耐えられるはずがない。
「おい、凪斗大丈夫か?心配すんなって!関係を切るわけじゃないんだからさ」
眉を八の字曲げて微笑みながら頭を撫でてくれる創クン。ボクはあとどのくらいこの幼馴染という立場を利用して彼を独占できるのだろう。




創クン離れの話題が出てから数週間後、ボクは創クン離れをした…筈もなく今日も彼と登下校をしている。創クンと笑いあって色々な話をする短くも充実した時間。しかし今日の下校はいつもより少しだけ長い。
「はーテストまであと一週間かぁ…」
中間テストまであと一週間。つまり今はテスト期間な訳である。
「うーん…理社の暗記系はどうにかなるんだけど問題は数学だよなぁ……」
眉間に皺を寄せ唸る創クン。彼は決して勉強が苦手なわけではない。かといって得意ってわけでもない。だけれど成績は常に上位。理由は単に創クンが努力しているからだ。そんなところもボクが創クンを好きな理由の一つである。
「公式さえ頭に叩き込めば大丈夫だよ。ボクに教えられるとこは教えるからさ」
「毎回ごめんな、でも凪斗の説明いつもわかりやすいんだよな…今日もよろしく頼む」
「うん、一緒に頑張ろ!」
そう、今日の放課後は創クンの家で勉強会。自宅には寄らず直で創クンの家にお邪魔するので創クンの家までの分、いつもより下校時間が長いということだ。
…まぁ、今日はこれからもっと長い時間一緒に居られるんだけどね。
「ただいまー」
「お邪魔します、創クン、今日おばさんは?」
「あー仕事あるから夜遅いって」
「そっか…」
創クンと二人きりという事に少しだけ緊張を覚える。いつも行動するのは二人きりだが家で二人きりになるのとでは訳が違うのだ。
「飲み物用意するから先に部屋行っててくれ」
「うん、わかった」
ボクが手伝うと高確率でこぼしたり割ったりしてしまうので大人しく創クンの部屋を目指す。彼の部屋は階段を上がってちょうど目の前にあるところだ。
「お邪魔します…」
ドアに手をかけそろり、と中に入る。もう何十回も来ているはずなのになかなか慣れない。
「凪斗どうかしたか?ほら、早く座れよ」
そうこうしてるうちにお茶とお菓子を持って創クンが部屋に入ってきた。
「う、うん」
「いや正座じゃなくて足くらい崩せよ…お前いい加減俺の部屋慣れろよな…」
「あはは…」
仕方ないじゃないか、好きな子の部屋だもの。緊張するのは許して欲しい。
「ま、早速やろうぜ!」
「わからないとこあったらいつでも聞いてね」
数学の教科書を開いて問題を解き始める。静かな部屋にカリカリとシャーペンの音だけが響く。
何問か解き終えてふと顔を上げると真剣な眼差しでノートにペンを走らせる創クンが目に入る。綺麗だな、なんて思ってたら彼が顔を上げたので目が合ってしまった。
「あ、ちょうどよかった、ここの問題なんだけどな…」
「あぁ、うん…」
よかった、見つめてなのはバレてなかったらしい。


「はー大体解き終わったし少し休憩するか」
「そうだね、創クン、言ってたほど酷くないじゃない。これならテスト全然大丈夫だね」
「凪斗の教え方がいいからなー本当助かる!」
創クンが持ってきてくれたお茶とお菓子をつまみつつ次のテストの話とか勉強方法とか色んな事を話す。いつも通りの日常。
だけれど、創クンが取り出した一枚の紙が原因で歯車が狂う。
「あのさ、凪斗」
「どうしたの?創クン」
創クンの顔から何か大切な話なのだろうと気づく。先程の楽しげな雰囲気とは違う、少し重たい空気に緊張が走る。
「これさ、今日クラスの女の子からお前にって」
創クンがバックから取り出した淡いピンク色の封筒。そこにはボクの名前とおそらく差出人の女の子の名前。
「……何これ」
いや、聞かなくてもわかっている。
「えっと、多分ラブレターだと思う……」
こういった手紙は何度かもらった事がある。大体は読まずに捨ててしまうけど、必ず後日当人から呼び出され返事が欲しいと言われる。その度に『ボクには好きな人がいる』と言って断ってきた。この事はきっと創クンも知らないだろう。
「あ、ありがとう……」
創クンからピンクの封筒を貰い受ける。あぁこの手紙が彼からだったらどんなにいい事だろうか。
「そ、それでな、凪斗…その、凪斗暫く俺と一緒にいない方がいいんじゃないのかな…って」
「……………え?」
耳を疑った。身体中に嫌な汗が流れ口の中は乾いて唾液がうまく飲み込めない。
「は、創クン…どういうこと…?俺と一緒にいない方いいって……そ、そんなこと…」
「…俺とずっと一緒にいる事でお前の可能性を潰してるんじゃないかって」
「そ、そんな事ないよ!!」
思わず声を荒げ、机を勢いよく叩いてしまった。ガチャンッと音がしてコップの中のお茶が少し溢れた。普段ここまで大きな声を出す事がないので驚いた創クンがそばに寄って来て僕の背中を撫でた。
「凪斗、落ち着けって!」
「創クン…」
「とりあえず俺の話を聞け、な?」
「…うん」
ボクの背中を撫でたまま、一呼吸置いて創クンは話し出した。
「えっとな…クラスの女子が話してるのをたまたま聞いたんだけどな…『お前が俺にべったりだからお前に近づく事ができないって…』…」
「それは…」
確かにボクは創クンにべったりだ、周知の事実でもある。きっと周りはボクが人見知りだから幼馴染の創クンに懐いてるだけだ、とそう思っているのだろう。勿論それもあるかもしれないが、ボクとしてはただ、好きな人のそばに居たいという極めて単純な理由で創クンのそばを離れないだけだ。叶わない恋だとわかってるからこそ、いつか訪れるその時まで、その時まで創クンの隣にいたい。ただそれだけなのに。
「それ聞いてから俺、考えたんだ…もしかしたら俺が凪斗を縛り付けてるんじゃないかって」
「それは違っ…」
「でも!…事実そうだろ!…嫌なんだよ…俺がいるせいで凪斗の可能性を奪うのが……」
創クンが苦しそうな顔をしてる。何で、どうして。
「きっとお前は俺が地方の大学に行くって言ったら付いてこようとするよな?高校の時もそうだ、お前ならもっと上に行けただろうに……」
頭がくらくらする、うまく息ができない。創クンの言っている言葉の意味が理解できない。やめて、もう言わないで。
「おかしいと思ってたんだ…凪斗は優しいし顔もいいし、でも彼女ができないの…多分、俺…がずっとお前を縛り付けてたから…だよな?」
その言葉が僕の理性を崩壊させた。
「っいい加減にして!!」
創クンの両腕を掴み、そのまま身体もろとも床に押さえ付ける。力ではどうしても創クンには勝てないので馬乗りになり動きを封じ込めた。
「っい!…な、何すんだよ、なぎ…」
「キミは全然わかってないよ、…まぁボクがそうしていたからしょうがないけどさ…」
「な、ぎと…?」
困惑した彼の瞳には飢えた獣のようなボクが映っている。
「ボクに彼女ができない理由がキミがボクを縛り付けてるから?全然違うよ、だって告白されても全部断ってきたもの、何十回も」
押さえつけてる手に力が入る。一度溢れ出したら止まらず、今までずっと抑えてたどろどろした感情を全て曝け出し彼にぶつける。
「ボクに彼女ができない理由はね…好きな人がいるからだよ。……創クン、キミが好きなんだ。」
「…え……?」
好き、とそう口に出せば創クンの瞳が揺らぎ、肩がビクついた。
「ずっと、ずっとキミが好きだった…ずっとこうしたかった」
「っ、なぎ…!」
創クンがボクの名前を言い切らないうちに彼の口を塞ぐ。少しカサついてる、だけれど驚くほど柔らかく気持ちがいい。創クン、創クン、創クン……。
「っやめろ凪斗!!」
彼に突き飛ばされ離れた口から放たれた言葉にハッと我に帰る。
「…………あっ……。」
頬を赤く染め、目には薄っすらと涙を浮かべ口に手を当ててる創クンが視界に入る。
「ごめっ…ボク、こんな…つもりじゃ……」
まっすぐ彼の顔が見れない。視界も頭も何もかもがぐらぐら揺れて気持ちが悪い。とにかくこの場から逃げ出したかった。
「凪斗!!!」
無我夢中で鞄に散らばってた筆記用具を詰め込み創クンの部屋を出る。創クンがボクを呼ぶ声が聞こえる。だけれど、もうそこには戻れなかった。


創クンの家から全速力で自宅に駆け込み、玄関の扉を開け中に入り鍵をかける。
「……はぁっ、はぁ…。」
乱れた息を整えるために酸素を求め荒い呼吸を繰り返す。落ち着いたら今度は力が抜けてそのまま玄関の床にへばりついてしまった。
「あ、ははは…言っちゃった…」
言ってしまった、やってしまった。十年以上、心の奥底に閉まっていたものをとうとう彼にぶつけてしまった。込み上げてくるものは言ってしまったことに対する後悔と、拒絶された時の恐怖。いや、拒絶された時ではない、いくら彼が優しくてもボクの想いを受け入れてくれるはずがない。拒絶される事は明白だった。
大切に、大切に積み重ねてきたものを壊してしまったのは他でもない自分。
「ほんともう…最悪…だよ…」
創クン、ごめんね、あんな事してごめんね、好きになってごめんね、もうしないから、キミに触れないから、だからボクをキミの隣にいさせて。ボクの存在を拒絶しないで。
「創クン…創クン……」
彼に届くはずのない想いはボクの瞳からどんどん流れ落ちていった。


翌日、ボクは学校を休んだ。頭痛が酷いと担任には告げたがそれは大した理由ではなく、本当の理由は創クンに会いたくなかったからだった。
あんな事をした後だ、彼とどう接したらいいのかわからなかったし、もし彼が軽蔑した目でボクを見たら…そんなのボクに耐えられるはずがない。創クンの事を考えるとその度に泣きそうになったからボクはただただ一日が過ぎるのをひたすら寝て待った。寝ればいくらかは気分が晴れるかと思ったが目覚めた時の気分は変わらず沈んだままだった。ボクが寝ている間に創クンから二件の着信と五件のメールが入っており、内容を確認するとどれもボクを心配するものばかりだっだ。
「…本当に、キミは優しい人だね」
短く”ごめんね。”と、そう打ち込み、送信ボタンを押した後、ボクは携帯の電源ごと切ってそれからベッドの隅の方に放り投げた。創クンの優しさを受けても向き合おうともせず逃げてばかりいる自分が心底嫌になった。

さすがに続けて仮病紛いな事は出来ないので、次の日は学校に行く事にした。でも正直まだ創クンにまっすぐ向き合える気はしない。創クンには”用事があるから先に行くね”と連絡を入れ、いつもより一時間早く家を出た。学校でもなるたけ彼と会わないようにした。こういう時ばっかり働く自分の運に複雑な気持ちになっちゃうね。

創クンと接触しなかった二日間はとんでもなく退屈で長いように感じた。彼がいないだけでこんなにも世界が違うんだと改めて思った。
そんなことを考えながら一人歩く帰り道。あぁいつもなら彼がそばにいるのに、笑いかけてくれるのに。隣に目をやるのがつい癖でその度に胸がキュウと締め付けられた。
自宅に戻り自室で一息つく。ずっと、これからこの生活が続くのかと思うと気が狂いそうだ。創クンと話がしたい。もうあんな風に仲良くできなくても、せめて、せめて一人の友人として彼のそばに…。
「創クン…」
突然ドアが勢いよく開いたのはそう呟いた時とほぼ同時だった。
「凪斗!!」
たった二日ぶりだというのにもう久しく聞いてないように聞こえた。ボクの大好きな彼の声。
「え………創クン…?」
ついに幻聴でも聞こえてきたのかと思ったがゆっくりと振り返るとボクの目に映ったのは間違いなく創クンで。
「な、何で……」
「何でって、お前玄関のドア鍵掛け忘れてたぞ。まぁお陰で窓から侵入せずに済んだけどな」
彼はそう言ってニカリと笑ったがボクにしてみれば笑い事ではない。
「掛かってたら窓から入ってくるつもりだったの!?危ないでしょ!!」
「だけどそうでもしなきゃお前、俺に会わないだろ」
それまで笑っていた彼の顔からふ、と笑みが消える。
「露骨に俺のこと避けやがって。」
「あ……」
真っ直ぐ見つめてくる彼の目が見れなくて目を逸らし思わず俯いてしまう。
「は、創クン…ボクは…」
何て言えばいいのだろう、何を伝えたらいいのだろう。頭の中はこんがらがって発する声は震えるばかり。
「凪斗、お願いだから目を合わせてくれよ……」
震えるボクの肩を両手で掴み、懇願した彼の声があまりにも悲痛で。顔を上げると彼の顔は歪んでいて、あぁ、ボクは彼にこんな顔をさせてしまったんだと罪悪感でいっぱいになった。
「っ、創クン…ごめんね…ごめんね…本当にごめんね…キミにそんな顔をさせて…本当にボクは最低で愚かな人間だ……」
手のひらに爪が食い込むほど拳を強く握る。そうでもしないと今にも涙が溢れてきそうだった。
「…なぁ凪斗、それは何に対する謝罪なんだ?」
不意に彼が口を開きそう問うてきた。
「え…?何って…ボクが、キミに好意を持って、キミを不快にさせたことじゃないの…?」
ビクつきながらそう言うと暫くの沈黙の後、はぁーーーっ、と創クンが長い溜息を吐いた。
「やっぱりお前何もわかってない…俺に言えたことじゃないかもしれないけど。」
創クンは呆れたような、怒ってるような、そして悲しみも入り混じった、そんなような顔でそう言った。
「あのな、凪斗」
創クンはボクの肩を掴んでいた手を離し、今度は手を優しく包み込んでくれた。やっぱり彼の手は温かくて心地よくて、その感覚にひどく安心感を覚えた。
「俺は…お前に避けられたのが何よりも悲しかったんだ」
ぎゅう、と創クンの手に力が入る。
「連絡入れても、話したくても、お前素っ気ないし、学校にも休むし、来たと思ったら俺のこと避けるし…」
「それは……」
「多分お前のことだからあんな事したから嫌われたかも、なんて思ってたんだろ?」
「!、なん、で…」
「何年一緒にいると思ってるんだよ、そのくらい簡単に予想がつくんだよ」
ふわりと笑う彼。その笑顔はボクの心にある不安とか蟠りを解かしてくれるようだった。
「俺が…十年以上も一緒に居たお前のこと嫌うはずがないだろ?…それを信じてもらえなかったのもすごく、悲しかった」
笑顔が消え、表情が曇り俯く彼に気持ちが抑えきれなくなった。
「創クンっ!!」
彼に飛びつき、その勢いで彼の身体諸共床に倒れこむ。ボクの胸の中に捕らえた彼をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「ごめんね、ごめんね…!やっぱりボクは最低なゴミ虫だよ……キ、キミのことを信頼できなかったなんて、キミに悲しい思いさせて……!」
「凪斗……」
「違うんだ、キミのことが信じられなかったわけじゃないんだ……」
「凪斗……?」
本当は、彼が本心からボクを嫌うことなんてないと思っていた。ボクがたとえ想いを告げても、キスをしても、きっと彼ならちゃんと向き合って話をしようとしてくれるとわかっていた。彼は優しいから。そんな優しい彼だからボクは彼が好きになったのだから。
ボクが彼をここまで避けていた本当の理由。
「……告白の返事を聞くのが、怖かったんだ……」
そう、彼なら向き合って、きちんと話をしてくれるからこそ、告白の返事もきっと真面目に考えてくれるのだろうと思っていた。でも答えはきっとNOで、そう彼に告げられたらボクはこの十年来の片想いに終わりをつげなくてはならなくなる。それがどうしても嫌でボクの臆病な心は彼を頑なに避け続けようとしたのだ。
「ごめんね、ボクが弱かったばかりにキミをこんなに傷つけてしまった……本当に、ごめんね……」
心の内を全部話したら、今度は涙が止まらなくなった。ボロボロと雫は落ちていき雫は創クンのシャツの肩口に染み込んでいった。
「……そっか、凪斗も色々考えてたんだな……全部話してくれてありがとうな」
そう言って彼が左手でボクの背中をさすり、右手で頭を撫でてくれた。
「はじめ、クン……」
彼の手が温かくて優しくて、ますます涙は溢れていった。
「それでな、凪斗……その、告白…の返事、なんだけどな……」
身体を少しだけ離して創クンの顔と向き合う、彼の顔は少しだけ赤く染まっていた。
「うん……」
やはり少しだけ心が痛むがもう大丈夫だ。覚悟はもう、できている。
「俺、やっぱり凪斗のことそういう目で見てこなかったから…実はまだ正直ぐるぐるしてる」
「うん……」
「あ、あのな、でも、」
創クンはあーとかうーとか言った後目を逸らしつつこう言った。
「その……キス、は最初びっくりしたけど…なんていうか、嫌、じゃなかった……」
彼の顔は更に赤く染まりついには顔を手で覆い隠してしまった。
「………………………は?」
「それよりも、俺はお前に避けられたのが何よりも嫌だったし!!……だからその、も、もう少しだけ時間、くれないか……?」
手の隙間から目を覗かせおずおずとそう問うてくる創クン。その姿がとても可愛らしくて、愛しくて。
「そんなの、待つに決まってるじゃない…。少しだけなら、期待してもいいってことでしょ?」
「う…ん、まぁ、そんな、とこだ…」
創クンはもう羞恥に耐えきれなかったらしい、もう離せよ、と身動ぎをしている。
どうやらボクがこの片想いに終わりを告げるのはまだ早いらしい。
「だけど、創クン。」
彼の手を取りそっと口付け。
「なるべく、早くしてほしいな…そうじゃないと。」

我慢できなくなってしまいそうだから。
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