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年の差

カラリと小気味のいい音を奏でた扉、くるりと見渡した店内ではジャズの音楽に包まれながら思い思いに酒を楽しむ人がちらほらと。その物静かな雰囲気はなんとも狛枝好みだったし、隣にはつい先日酒を飲めるようになった年下の恋人。まだアルコールは入っていないというのに浮かれた気分になってしまうのも仕方のないことだろう。
「狛枝さん、ここ、すごくおしゃれなお店ですね」
カウンター席に二人並んで腰を下ろし、店内をそわそわとした様子で見回す日向が可愛くて、狛枝はつい口元を緩める。
「ずっと気になっていたとこなんだ、思った通りの雰囲気だし……キミと二人でこれてよかった」
そう言って日向にメニューを差し出すも彼はすぐに受け取ってはくれなかった。日向クン、と声をかけメニューで彼を突くと、ようやく日向はハッとした様子で受け取ったメニューに視線を移した。
ほんのり、日向の耳が色付いたのを見逃す狛枝ではない。わざと日向の方へグッと身を寄せ共にメニューを覗き込めば、メニューを握る日向の手に力が込められたのがわかった。
「あ、あっと……俺まだお酒詳しくなくて……よかったら狛枝さんが選んでくれると助かります……」
「あぁそっか、飲めるようになったばっかりだもんね……」
日向の反応を見るため彼に身を寄せたようなもので、そう言われようやく狛枝はメニューに書かれた文字を読んだ。並ぶ見知った名前を上から順に追っていき、全てに目を通したところで狛枝は僅かに眉をひそめた。
「ん……そうだねぇ、じゃあこれ頼もっか」





「狛枝さん、あの……ご馳走様でした……全部払っていただいて……」
「ああ、気にしないで、お金なんてキミと過ごしてる時くらいしか使わないんだからさ」
カラリとここを訪れた時響いた音を再び響かせ、狛枝は日向と共に店を出る。火照った体に夜風が気持ちよかった。
出されたカクテルも料理もとても美味しく、とてもいい店だった。更に静かな店の雰囲気を壊すまいと、日向は会話する時狛枝の耳元に口を寄せながら話してくれて、とても楽しいひと時だったと狛枝は横に並ぶ日向を見て笑みを浮かべる。
お返しにと自分も日向の耳元で言葉を漏らせば面白いくらいに彼の身体が跳ねて、つい息を含ませた喋り方をしてしまったと思い返していると、不意に狛枝の肩が重くなった。
「……日向クン?どうしたの?」
密かに跳ねた心臓に気付かないフリをして、自身の肩に頭を預けた日向にそう問いかける。
狛枝の言葉に日向がゆっくりと顔を上げる。見つめる瞳はどこか濡れていて、頬はほんのりと桃色に染まっていた。
「……おれ、なんか身体熱くて……その、ふらふら、します……」
ゆったり言葉を零しながら日向が弱々しく狛枝の腕に自らのものを絡める。日向の台詞に一瞬だけ言葉を失ったあと、狛枝はようやく日向の肩を抱き口を開いた。
「もしかして、酔っちゃったのかな?日向クン、沢山飲んでたもんね」
「はい……狛枝さんといるのが楽しくて、つい……」
少しだけ力を入れて日向の肩を抱き寄せれば、日向は素直に狛枝の方へ身体を密着させる。
「……じゃあ、酔いが覚めるまでどこか横になれるところに行く?」
一言一言、はっきり、ゆっくりと日向に伝えると日向は湿った吐息を漏らしながら頷いた。
「ん……ボクにもっと体重かけていいから、ね……ゆっくり歩いてこ」
そう言って狛枝は日向の肩を抱きながらゆっくりと足先をホテルの方へ向ける。
日向はずっと俯いたままで、だから狛枝は日向にこの真っ赤になった顔を見せずに済み、内心安堵していた。
初めて訪れた先ほどの店、メニューに並ぶアルコールドリンクはどれもこれも度数の高いものだった。
だから狛枝は、日向の為にノンアルコールカクテルを選び、頼んだのだ。今日、日向が口にしたものにアルコールは含まれていない。だとすると、酔ったというのは……。
「ね、日向クン、今日日向クンが飲んだお酒ね……“バージンジンジャーミモザ”って言うんだよ……ね、後で調べてみてね」
日向は僅かに頭を動かしただけだったが、きっとその脳には今狛枝が発したカクテルの名がしっかりと刻み込まれているだろう。
彼が真実を知った時、一体どういう反応をするのか、想像して口を三日月の形を曲げながら狛枝と日向は夜に溶けていった。
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