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本予備

「狛枝、放課後ちょっと付き合ってくれないか……?」
それは初めて出来た恋人から、初めてデートに誘われた瞬間だった。きっと向こうはデートという認識ではなかっただろう。いや、この際それでもよかった。
出会って一年と数ヶ月、好意に気付くまで半年間何かと辛く当たり続け、気付いた後もなかなか素直になれず、つい一ヶ月ほど前にようやく手に入れることが叶った恋人。
そんな彼から初めて誘われたのだ。理由も、場所だって何でもよかった。そう、それが狛枝の苦手とする甘い物を食べに行く、という内容でも。



「狛枝、付き合ってくれてありがとうな。ここ、気になってたんだけどやっぱ男一人で行くのは恥ずかしくてさ……」
日向に連れられた先は、学校の最寄り駅から三つほど先にあるクレープ屋だった。こじんまりとしたその店の周りには、見渡す限り女性ばかりで、確かに男一人で行くには些か勇気がいるだろうと狛枝は一人納得する。
スイーツを食べに行きたいと聞いた時は、ゴテゴテに甘いパフェやパンケーキを想像しそれだけでお腹いっぱいになっていた狛枝はホッと胸を撫で下ろす。
クレープならそんなに甘くないものも、所謂ご飯系と呼ばれるものもある筈だ。
予想通りメニュー表にはバターのみ使用したものからこってり生クリームやフルーツを使用したもの、ソーセージを巻いたものなどあらゆる種類を兼ね揃えていた。
その中から狛枝はテリヤキチキンを選び、あとは日向の選択を待つのみなのだが。
「うーん……ストロベリー生クリームカスタード……あずき抹茶バニラアイスのせ……バナナチョコ生クリーム……」
ブツブツと険しい顔でメニュー表を睨み続ける日向。もうああして五分ほど経過しているのだが、一向に決まる様子はない。
そんな日向の横顔をしっかりと携帯に納め、狛枝は彼の隣へ並ぶ。
「まだ決まらないの?」
「あっ、ごめん……どれも美味しそうでさ……」
これだから予備学科は、と喉まで出かけた台詞を寸前で飲み込む。好きな子に振り向いて欲しくてわざと嫌な言葉を言う、そんな小学生の男子みたいな真似はもうしないと決めたのだった。
「ううん……やっぱ抹茶……あー、でもストロベリー……」
日向と過ごす時間が増えていくのは嬉しい限りなのだが、こうしてるうちにクレープを待っている列はどんどん増えていっている。そろそろ決めて貰わないといつまで経ってもクレープには辿り着けないのだが、日向は未だ真剣にメニュー表とにらめっこしていた。
「ストロベリー……抹茶、チョコバナナ…………キャ、キャラメル生クリーム……」
「…………もういいから、その中から二つ選んで」




「……やっぱあずき抹茶美味しいなぁ……なぁ、そっちのストロベリー生クリームカスタードはどうだ?」
「……うん、美味しいよ」
甘すぎるけどね、その言葉を生クリームとカスタード共に飲み込み狛枝は日向に返事する。
片方ボクが頼んであげるから、そしたら二つの味が食べられるでしょ?
言った後で少しだけ後悔を覚えたものの、パッと輝く日向の顔に後悔はすぐ頭から消え去った。
日向はあずき抹茶を、狛枝はストロベリー生クリームカスタードのクレープをそれぞれ頬張る。
生クリームとカスタードが絶えず狛枝の口の中に甘ったるさを残す。たまに入るストロベリーのすっぱさが唯一の救いのように思えた。
やっぱりテリヤキチキンにすればよかった……ふとそんなことを考えていると、ずいっと目の前にあずき抹茶クレープが現れる。
「狛枝、ほら!俺もそれ食いたい!」
言うが早いか日向の手がクレープを持つ狛枝の手に伸び、ストロベリークレープが日向の口の中へ。
「んー、やっぱこっちも美味しいな……狛枝?食わないのか?」
名を呼ばれ迷わず狛枝は差し出されたクレープにかぶりつく。
だって、間接キスとあーんのダブルパンチなのだ。苦手だとか言っている場合じゃないだろう。
「狛枝、今日はほんとありがとうな……その、お前さえ良ければまたこうやって、放課後寄り道とかしような」
「……そうだね」
今度来るときは、缶コーヒー必須だな、そう思いながら狛枝は最後の一口を胃にしまい込んだ。
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