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※本予備

身体を汚す汗と唾液とこびりついた白を洗い流し、シャワールームから出てきた日向を待っていたのは、黒の革具だった。
「おかえり。……あぁ、それ?」
乱れたベッドの上に無造作に置かれているそれを前にぽかんと口を開け、瞬きを繰り返す日向の背後で声がする。声の主───狛枝は、立ち尽くす日向の隣に並ぶとベッドの上に転がる黒へ手を伸ばし、柔く目を細めながらそれを広げてみせた。
「この間買ったんだ。キミの為にね」
空に伸びる複雑に絡まった細い黒の帯。ベッドの上へ雑に置かれている時は分からなかったが、それは所謂拘束具と呼ばれる物に間違いなかった。
「……おれ、の……?」
僅かに目を剥き、日向は掠れ声で呟く。無理もない。人の言葉を話したのは、数十時間ぶりだったのだから。
「あは、駄目じゃないか。犬がお喋りしちゃ」
「んぐっ……!」
極めて穏やかな声と共に、狛枝が自らの指を日向の口の中へ突っ込んだ。口内へ入り込んだ二本の指が、日向の舌を挟んで引っ張る。うまく飲み込めず、溜まる一方の唾液が口の端から滴り落ちた。
日向がそれを忘れかけていたのは、習慣のせいであった。行為が終わりシャワーを浴びる時が、日向創に戻る合図。だから日向は、忘れかけていたのだ。
今の自分が、狛枝凪斗の愛玩動物であることを。
「…………ぁ……わぅ」
口内を占める苦しさに涙を滲ませながら、それでもとろりと表情をだらしなく綻ばせ、日向は吠えた。主人へ、狛枝に支配されている悦びに打ち震えながら。
「……いいこ。さ、こっちおいで。付けてあげるから」
日向の口から指を引き抜き、唾液で妖しく艶めく唇にキスを一つ送り狛枝が日向の手を引く。そうして連れられたのは、姿見の前であった。ほんの少し、気まずい気持ちになってしまうのは、昨夜のことを思い出すから。この鏡の前で、主人のもので串刺しにされながら雌犬の如く腰を振っていた自分の痴態を。
「シャツ、一回脱がすね。ふふ、一人できちんと着れたのに……ごめんね?」
日向の背後から手を伸ばし、狛枝が日向のシャツのボタンを一つずつ丁寧に外していく。ぱさり。日向の身体から剥がされたシャツが滑り、床へ落下した。
「さっきまでキミが付けてた首輪あるだろ?ボクがプレゼントしたあの真っ赤な首輪。キミによく似合っててボクも気に入ってるんだけど、大きいから外に付けていけないんだよねぇ……」
言いながら、狛枝はまず日向の首に黒の革を回した。かちゃりと金属音と共に首輪がキュッと締まる。僅かに感じる圧迫感。それが、心地よかった。
「だから、ボク考えたんだ。他人にバレず、キミにリードをつける方法をさ……」
首輪から伸びる黒の帯が両脇へ、胸の中央へ、その下へと日向の身体に絡みついていく。日向の肌に食い込む黒の革。その上に柔い肉が乗り、日向の男にしては豊満な胸を更に強調させた。
「さ、出来たよ。ふふ、どうかな?これならシャツを着ればバレないだろ?」
そうして、あっという間に日向の身体は狛枝の手によって支配された。鏡にはペットにおめかしを施し満足げな表情を浮かべる狛枝と、熱に浮かされ惚けた日向が映っている。
「あぁ……本当によく似合っているよ……」
うっとりと囁きながら、狛枝が日向の胸元に食い込む黒の革を撫でる。不埒な指先は革に圧迫され盛りあがった肉をもなぞり、日向は堪らず、喘いだ。
「ふふ、嬉しい?」
声を弾ませ、鏡ごしに日向を見つめながら狛枝が問いかける。
嬉しいに決まっていた。
狛枝のペットとしてその全てを支配され、愛される。今までそれは、狛枝の部屋ででしか味わえない幸福であった。
だが、これがあれば、日向はいつでも狛枝のペットであることを認識できるのだ。いつだって、主人に飼われる悦びに浸り、安堵することができるのだ。
あぁ、なんと幸福なことなのだろう。それこそ、絶頂してしまうくらい、日向の全身は多幸感で溢れていた。
だけど、それを言うわけにはいかない。
だって、日向は狛枝の犬なのだ。犬が人と同じ言語を使って感情を伝えてはいけない。
「……あぉんっ」
だから日向は、鳴いた。
心中に渦巻く悦びを、愛するご主人様に伝えるため。
だらしなく舌を見せ、精一杯可愛らしく媚びながら。
「……あはっ、あははははっ!!」
部屋に響く愉快な笑い声。背後から伸びてきた手が日向の顎を掴み強制的に横を向く。瞬間、口の中にぬろりと柔らかいものが侵入してきた。
「んっ……んぅ……ぁふ……っ」
遠慮なく伸ばされた舌が、口内を這い回る。送り込まれる唾液が、自らの物と混ざり喉の奥へ消えていく感覚に、ぞくんと背が震えた。
「……ん、ごめんね。キミがあんまりにも可愛かったからさ」
ぽってりと赤く色付いた唇を最後に軽く吸い上げ、狛枝が囁く。
キスのせいか、それとも身体を締め付ける拘束具のせいか、日向は暫くぽーっと突っ立っていた。そんな日向に狛枝は甲斐甲斐しくシャツを着せてやり、濡れた唇を親指で優しく拭ってやる。
太陽は、すっかりと登っていた。また、平凡で退屈な一日が始まろうとしている。
だけど、シャツの下に潜む狛枝の所有物である証がある限り、この愛しい非日常は続くのだ。
「また、放課後に会おうね。……ボクの可愛い日向クン」
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