本予備
「キミって普段コンタクトだったんだね」
顔の割にやや大きい枠の黒縁眼鏡。見慣れない眼鏡掛けたその姿に、狛枝の眼球が忙しなく動き新たに知った彼の情報を記憶する。
聞いたところによると、日向の視力は両方共に0.1ギリギリ有るか無いかであり、裸眼では日常生活に支障が出る程悪いらしい。普段は落ちた視力をコンタクトレンズでカバーしているのだが、今日はどうも眼球と相性が悪く大事を取って眼鏡を掛けてきたと日向は言った。
「あんまりジロジロ見るなよ。似合わない自覚はあるんだから」
眼鏡のつるを触りながら、日向が恥ずかしげにそっと睫毛を伏せる。
似合うか似合わないか。そんな問答は狛枝にはどうでもよかった。いつもとは違う日向の新鮮な姿に、狛枝の胸の内は既に好奇心でいっぱいだったからだ。
「似合わないって言うか……真面目に拍車がかかった感じだね!ガリ勉に見えなくも無いよ!」
極めて上機嫌に狛枝は言う。すると、そんな狛枝と対照的に日向はムッと顔を顰めた。もう何度も見た日向の不機嫌な表情も、眼鏡というアイテムが加わるだけでまた違った味が楽しめるな。なんて呑気なことを狛枝が考えているうちに、日向は眼鏡を外し丁寧な手つきでそれを眼鏡ケースにしまい込んでしまった。狛枝は慌てて彼に問いかける。
「あれ?外しちゃうの?眼鏡してないと見えないんじゃなかったっけ?」
「誰かさんが馬鹿にするからな。移動の時掛けとけばなんとかなるし」
「あは、ごめんごめん。馬鹿にするつもりはなかったんだよ」
両手を開き降参と言わんばかりに謝罪を口にすると、日向の表情から若干力が抜けたような気がした。怒り、というよりは呆れと見て取れる。いつもの戯れ合い同様、彼に受け入れられたことに狛枝は胸を撫で下ろし話題を変える。
「ところでさ、キミ裸眼の状態だとどのくらい見えないの?」
「あー……んー……結構、見えない」
日向はキョロキョロと辺りを見回すと、二人の座るベンチから少し離れたところにある時計を指差した。
「あの文字が見えない」
「ふぅん……今、一時半過ぎだよ」
「えっ」
「嘘。まだ一時にもなってないよ」
まだチャイムも鳴ってないでしょ?そう付け足すと、日向は悔しそうに眉間に皺を寄せた。ケラケラと狛枝は鈴の音のような笑い声を漏らし、日向はぷいとそっぽを向く。
「心臓跳ね上がっただろ。もう昼休み終わりかと思ったぞ……」
「ふふ、本当に見えないんだね。じゃあさ、今のキミはボクのこの醜悪な容姿もぼけて見えるのかな?」
「ん?あぁ、そうだな」
それは、よかったね。本来ならば狛枝の口から放たれる筈であった言葉は、飲み込んだ唾液と共に胃の中に落ちていった。
「……このくらい近くないと、お前の顔ちゃんと見えない」
凛々しく、強い輝きを持った日向の鶸色の瞳に狛枝が映る。それが、目と鼻の先で確認できた。
「あと、お前が醜悪な容姿だったら俺はどうなる………………」
日向の台詞が不自然に途切れた。次いで熟れた林檎のように頬が赤く染まる。鈍感な彼のことだ、きっと同様に頬を上気させ瞳を彷徨わせる狛枝に、ようやく事態に気づいたのだろう。
さて。逃げようとする彼を咄嗟に引き止めてしまった訳だが、このあとどうしようか?
顔の割にやや大きい枠の黒縁眼鏡。見慣れない眼鏡掛けたその姿に、狛枝の眼球が忙しなく動き新たに知った彼の情報を記憶する。
聞いたところによると、日向の視力は両方共に0.1ギリギリ有るか無いかであり、裸眼では日常生活に支障が出る程悪いらしい。普段は落ちた視力をコンタクトレンズでカバーしているのだが、今日はどうも眼球と相性が悪く大事を取って眼鏡を掛けてきたと日向は言った。
「あんまりジロジロ見るなよ。似合わない自覚はあるんだから」
眼鏡のつるを触りながら、日向が恥ずかしげにそっと睫毛を伏せる。
似合うか似合わないか。そんな問答は狛枝にはどうでもよかった。いつもとは違う日向の新鮮な姿に、狛枝の胸の内は既に好奇心でいっぱいだったからだ。
「似合わないって言うか……真面目に拍車がかかった感じだね!ガリ勉に見えなくも無いよ!」
極めて上機嫌に狛枝は言う。すると、そんな狛枝と対照的に日向はムッと顔を顰めた。もう何度も見た日向の不機嫌な表情も、眼鏡というアイテムが加わるだけでまた違った味が楽しめるな。なんて呑気なことを狛枝が考えているうちに、日向は眼鏡を外し丁寧な手つきでそれを眼鏡ケースにしまい込んでしまった。狛枝は慌てて彼に問いかける。
「あれ?外しちゃうの?眼鏡してないと見えないんじゃなかったっけ?」
「誰かさんが馬鹿にするからな。移動の時掛けとけばなんとかなるし」
「あは、ごめんごめん。馬鹿にするつもりはなかったんだよ」
両手を開き降参と言わんばかりに謝罪を口にすると、日向の表情から若干力が抜けたような気がした。怒り、というよりは呆れと見て取れる。いつもの戯れ合い同様、彼に受け入れられたことに狛枝は胸を撫で下ろし話題を変える。
「ところでさ、キミ裸眼の状態だとどのくらい見えないの?」
「あー……んー……結構、見えない」
日向はキョロキョロと辺りを見回すと、二人の座るベンチから少し離れたところにある時計を指差した。
「あの文字が見えない」
「ふぅん……今、一時半過ぎだよ」
「えっ」
「嘘。まだ一時にもなってないよ」
まだチャイムも鳴ってないでしょ?そう付け足すと、日向は悔しそうに眉間に皺を寄せた。ケラケラと狛枝は鈴の音のような笑い声を漏らし、日向はぷいとそっぽを向く。
「心臓跳ね上がっただろ。もう昼休み終わりかと思ったぞ……」
「ふふ、本当に見えないんだね。じゃあさ、今のキミはボクのこの醜悪な容姿もぼけて見えるのかな?」
「ん?あぁ、そうだな」
それは、よかったね。本来ならば狛枝の口から放たれる筈であった言葉は、飲み込んだ唾液と共に胃の中に落ちていった。
「……このくらい近くないと、お前の顔ちゃんと見えない」
凛々しく、強い輝きを持った日向の鶸色の瞳に狛枝が映る。それが、目と鼻の先で確認できた。
「あと、お前が醜悪な容姿だったら俺はどうなる………………」
日向の台詞が不自然に途切れた。次いで熟れた林檎のように頬が赤く染まる。鈍感な彼のことだ、きっと同様に頬を上気させ瞳を彷徨わせる狛枝に、ようやく事態に気づいたのだろう。
さて。逃げようとする彼を咄嗟に引き止めてしまった訳だが、このあとどうしようか?
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