このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

アイランド

 この島に訪れてから度々襲われる目眩の原因を、初めは照りつける太陽のせいだと思っていた。

「わぷっ!」
突然、視界が滲んで息苦しさを感じた。浮遊感の中必死に踠いて、ざぶりと音を立てて顔が空気に触れる。
 呼吸を繰り返し息を整える。落ち着いてきた頃、喉と鼻の奥にツンとした痛みを感じた。なんてことはない、狛枝は溺れかけたのだ。
 あぁそうか。ボクは今ウサミに課せられた課題を達成する為に素材を集めていて、海にいるんだっけ。物事を考えられるくらいには冷静さを取り戻した頭で思い出す。海にいるのに気を抜くなんて、自業自得だ。張り付いたうっとおしい前髪を掻き分けて、狛枝は天を仰いだ。
 ──烏滸がましくも、落胆と退屈さを感じながら採集を行なっていた最中。ザブザブと波音が際立つ中でも、彼の声は鮮明に狛枝の鼓膜へ届いた。どうやら、ヘルプで海の採集に来たらしい。砂浜にいた左右田と会話していたのを、必死に聞き耳を立てて得た情報だった。
 遠くで聞こえた声に、耳がじわりと熱を孕み頬がむず痒くなった。ト、ト、と心臓が騒めいて眉を潜める。気が付けば、振り返って彼の姿を目で追っていた。息苦しさが顕著になって、どうしてだか切なさをも感じる。ほんの一瞬でいい、あの鶸色の瞳が自分を映してくれたのならば。
 望んだ瞬間、物理的に息苦しさを感じた。あまりにも厚かましい望みは、狛枝の諸共波が攫ったのだ。けれど、逆上せた頭を正すにはちょうど良かったかもしれない。
 何はともあれ、不運に見舞われたのだ。水底を弄れば、真珠の二つや三つ出てくるかもしれない。そう思い水分を吸った砂に指を突き立てた時だ。
「狛枝っ、大丈夫か?」
凛と爽やかな声が聞こえて、心臓がどくんと脈打つ。ガバリを顔を上げると、あぁ、信じられないことに、目の前には日向創がいた。眉を八の字に曲げて、狛枝を覗き込んでいる。
「……っあ、日向、クン、」
口を開いたら高鳴る心臓がそのまま飛び出してしまいそうで、狛枝はまごつきながらなんとか聞き取れるであろう声量で返事する。
「お前、ずぶ濡れじゃないか!また波にさらわれたのか?」
「あははっ、ご明察。ぼんやりしてて波が来てたの気付かなくてさ……」
「ぼんやりって……まさか体調悪いんじゃないだろうな?この暑さだし、熱中症とか……」
「平気だよ、ありがとう」
依然逸る心音に、身体は陶酔感で満ち溢れる。
 呆れと慈しみの混じった優しい顔に、懸念を浮かべた真摯な顔と太陽のように煌めいた温かい笑顔。
 強さと優しさを孕んだ声は、脳に心地良く響き狛枝の世界は彼一色に染まる。
「そうか?でも、気を付けろよ……ほら」
差し出された手に恐々と自らのを伸ばし、彼の肌に触れて。混ざる体温にこのまま時が止まればいいのになんて淡い希望を抱いた。
 胸の奥でキラキラと輝く何かが、弾んで音を奏でる。

 狛枝凪斗は、日向創に恋をしていた。
 
1/4ページ
スキ