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ED後

「夢を見たんだ」

深夜一時過ぎにドアを叩く音。ぼぅっとする頭で扉を開けた向こう側、ドアの前に立つ人物を見て狛枝は眉間に皺を寄せた。
それが自分の上司である苗木や、元とはいえ超高校級の才能を持つ同期達であればもう少しまともな顔を保てていたと思う。
しかし、そこに居たのが酷い顔をした日向であったから、狛枝は深夜に起こされたことに対する不満を顔に出した。
「こんな夜中に何の用」
寝起き、それに不機嫌丸出しの低い声で尋ねれば、蚊の鳴くような声で冒頭の台詞が返ってきた。
ただの夢ではなくて、恐らく悪夢。彼の様子を見ればそれくらいわかるが、夢を見たくらいで人に、よりによって自分みたいな人物に頼ってきたのは意外だった。
「狛枝」
不意に日向の指がそっと狛枝の肩に伸ばされ、反対の肩に日向の額があたった。布一枚を通して感じる日向の温度はやたら熱い。寝汗を掻いたのだろう。指先は僅かに震えていた。
そんな日向の様子を見て思い出したのは、遠い過去の記憶だった。
両親を亡くした頃、よく夢を見た。飛行機事故の夢だ。
空から落ちる感覚に、人々の悲鳴、血で染まる父に冷たくなった母。
自らの悲鳴で目覚めることもあれば、息苦しさや頬を伝う感覚に意識が浮上することもあった。
目覚めるのは決まって夜中で、真っ暗い部屋の中幼い狛枝は一人で震えていた。
眠るのが怖かった。一度目を瞑れば、脳裏が赤く染まる。眠くてたまらないのに、悪夢を見るのが怖くて、そうしてようやく寝付けたのは既に日が昇る時間帯になっていたということもしばしばだった。
今の日向の姿が過去の自分と重なる。そう思うと彼の手を払いのけることはできなかったし、何より自分に縋る日向を見て、胸が不思議と満たされていくのを感じた。
「え、ぁ」
日向の腰を抱き寄せ、狛枝は扉を閉める。隙間から覗く暗い電灯の光が徐々に細くなっていき、やがて闇に溶けていった。
視界が閉ざされた中で日向の戸惑う声が聞こえた。そんな日向の声を狛枝は聞こえないフリをして、彼の手を引きずんずんと部屋を進んでいく。
そうして行き着いた先は、先程まで狛枝が眠っていたシングルベッドの前だった。
優しく、日向をシーツの海に突き落とし、狛枝もまたその上に身を託す。
「何……」
「あれ、怖くて眠れないからボクのとこに来たんじゃないの?」
「そ、そんなこと……!俺はただお前の……っ……」
ボクの、何?
中途半端に言葉を零した日向に、ついその先を聞きそうになったが寸前のとこで狛枝は口を噤む。言いたくないことなら、深く言及することは避けるべきと思ったからだ。
それに、日向が口を閉ざしたことで抵抗も弱くなった。
静寂の中、呼気だけが空気を震わせ、狛枝はそっと日向の髪を撫でる。
「怖い夢を見た時は、そばに誰かが居てくれればいいんだ」
幼い頃悪夢に魘される度に望んだ願いを、狛枝はまるで他人事のように口にするのだった。






静かに響く呼吸音。触れた肌からは確かに温かさを感じ、そっと狛枝の胸に耳を寄せると心音はトクトクと穏やかな音を立てていた。
──生きている。
噛みしめるかのように日向はその言葉を心中で呟いた。

荒れ狂う火の海。その中心に凄惨な表情を浮かべ生を絶った狛枝がいた。
飛び起きて、震える身体を自ら抱き締めて。あれほど夢で良かったと感じたことはなかった。
どっと吹き出した汗を手の甲で拭って。あぁ、でももし正夢になってしまったらどうしよう。何か悪いことの前兆かもしれない。そう思うと心臓の騒めきは治らなかったし、身体の震えも止まらなかった。
迷惑だとは思ったけれど、居ても立っても居られなかったのだ。
自室を飛び出し三軒先の狛枝の部屋を叩いて。まさか添い寝をされることになるなんて、思ってもみなかったけど。
しかし、結果的には良かったのかもしれない。狛枝の静かな心音に合わせ、日向の心臓も同じ律動を奏で始めていた。
(もう……お前に置いていかれるのは嫌なんだ)
一度離れかけた頭を、再び狛枝の胸に預け日向はそっと目を閉じた。
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