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『まもなく電車が参ります』
機械じみたアナウンスが流れ、その数秒後時刻通りに電車がやってくる。電車の中は既に人でいっぱいだったけれど、通勤ラッシュの時間帯なのだから仕方ない。私は妙に力みながら電車に乗り込むと、溢れる人の波に何とか掻き分け必死に手を伸ばして座席の上にあるつり革をやっとの思いで掴んだ。よかった、今日はなかなかいい場所が取れたみたい。
自己紹介が遅れたが、私はどこにでもいる普通のOLだ。社会人二年目。毎日のデスクワークに肩凝りや眼精疲労に悩まされてはいるけれど、ようやく仕事にやり甲斐を感じ始め充実した日々を送っている。唯一の不満といえば、自宅から会社まで長い間満員電車に揺られなければならないと言ったところかしら。
電車が動き出し手持ち無沙汰になった私は、スマホでSNSを一通りチェックし始めた。それが終わった後で今度はゲームアプリを開いてみる。しかし、それにもすぐ飽きてしまい私はただ意味もなくホーム画面を見つめた。何て言うか、疲れ過ぎて何をする気にもなれないのだ。
そうしてるうちに電車は次の駅に着き、またまばらに人が乗り降りをする。再びゆったりと動き出す電車に、私はふあぁと大きなあくびをした。
眠いなぁと心の中で呟いたところで、私は目の前にいるサラリーマンも同じようにあくびをしていた事に気付く。もしかして私のがうつったりしたのだろうか。
焦げ茶色の短く切り揃えられた髪が健康的で爽やかな風貌の青年だった。頭のてっぺんにぴょんっと一房毛が飛び出てる以外は大した特徴もない、世間一般でいうフツメンに値するような顔立ち。その左隣にいるサラリーマンが偉く整った顔立ちをしていたから、より一層私の目の前にいる彼が平凡に見える。
目の前の彼も、私と同様今日一日激しい勤務だったみたいだ。しぱしぱと頻繁に瞬きを繰り返し、目を擦り寝ないよう頑張っていた(降りる駅が近いのかな?)けれど、迫り来る睡魔には勝てなかったらしい。ゆったりと瞼を開いては閉じ、開いては閉じ、そしてついに彼は完全に目を瞑ってしまった。
こっくり、こっくりと船を漕ぎ出してしまったサラリーマンの彼。その身体は徐々に右側へ傾いていく。思わず私は心の中で呟いてしまった。『寄りかかるならそっちの脂ギッシュなおじさんじゃなくて、左側にいるイケメンにした方がいいわよ!』と。
だって、イケメンとおじさんならどう考えたってイケメンの方がいいじゃない。私が女子だからそう思うだけかもしれないけど、私の性別を差し引いたってそっちの方がいいって思うわ。多分、男から見てもこの美貌は惹かれるものがあるでしょ。茶髪の彼の隣で優雅にスマホをいじる白髪イケメンは、それ程までに端正な顔つきをしていたのだ。
そうやって私がくだらないことを考えているうちに、とうとう茶髪の彼は右隣のおじさんの肩にその頭を預けてしまった。肩が少し重くなってしまったおじさんは、困惑とちょっぴり迷惑を混ぜた顔で茶髪の彼に視線を送っている。
あーあ。絶対白髪イケメンの方がいい匂いするのに。そう思った矢先だった。
「すみません」
穏やかな顔で眠る茶髪の彼の頭に、白い手が伸ばされる。白い手は茶髪の彼の頭を優しく抱えると、ぐっと抱き寄せ彼の身体の重心を反対側にさせた。依然ぽかんと口を開き目を瞑る彼は、いつのまにか白髪イケメンの肩に寄りかかって寝ていた。
私は一瞬の出来事につい目を見張ってしまう。
えっ、何が起きたの?どうして白髪イケメンは茶髪の彼を自分の方に寄せたの?あとどうして彼の頭に手をやったままなの?茶髪の彼の髪を撫でる、その優しい手つきはなんなの〜!?
混乱と経験したことのない高揚感に包まれている間に、また電車が駅に着いた。ぞろぞろと乗降する人に、流れる車内アナウンス。溢れる音の数々に茶髪の彼の瞼がピクンと動いた。
「ん……こま、えだ……?」
ゆるりとまだ眠たげな眼で、茶髪の彼は白髪イケメンを見上げる。
「まだ着かないから寝てていいよ」
微睡む彼に、白髪イケメンは老若男女を虜にするのではないかというくらい、それはもう蕩けるような優しげな笑みを浮かべ茶髪の彼の頭を撫でた。ていうか二人して顔近くない?
「ん…………」
茶髪の彼は緩々と首を縦に振ると、再び白髪イケメンの肩に頭を預けた。心なしか……いや、明らかにさっきより安心しきった穏やかな顔をしている。
私はもう、目の前の彼らに夢中だった。あぁもう、白髪イケメン、なんて顔して茶髪の彼を見てるの……!?何その愛おしそうな顔は!……ちょっと待って、今白髪イケメン茶髪の彼の髪にキスしなかった!?



結局私は彼らが降りるまでずっと彼らの観察をしていた。茶髪の彼が隣のおじさんの方に行かないよう、電車が止まるたび白髪イケメンが力強く支えてたり、時折眠る彼に慈しみを込めた視線を送っていたり。降りる駅に到着した時、ちょーっとヤラシイ手つきで茶髪の彼の首筋をなぞって耳元で囁いてた時はあまりの興奮に発狂しかけてしまった。あと、そのあと耳を押さえながら飛び起きた茶髪の彼の真っ赤な顔、ご馳走様です。
夢中になって観察していたせいで、私はうっかり自分の降りる駅を通過してしまったのだが、得たものの大きさに比べると瑣末なことだ。
今日、帰ったらあの二人に似たアレな本がないか探してみよう。
新たな扉を開いてしまった私は、軽い足取りで自宅へと向かったのだった。










「今日帰りの電車で日向クンの目の前にいた女の人さぁ……ずっとボク達のこと見てたね」
「ふぅん……ていうか俺たちじゃなくてお前だろ」
「いや、あれは間違いなくボク達だったよ……うっかりキミの髪にキスしちゃったのがまずかったかな」
「お前そんなことしてたのか!?馬鹿!」
「だってボクの事頼ってくれてるみたいで嬉しかったんだもん!あの時の日向クンいつもより幼く見えたし!」
「俺もう暫くあの時間帯使わない!」
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