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ED後

- 2017 こまたん -
ピリリリ、と控えめなアラーム音がボクの意識を浮上させる。手を伸ばし音源を見つけると煩わしいそれを止め、それから、薄目であるものを探した。お目当てのものはすぐに見つかりボクはそれを手繰り寄せると、それに顔を埋めた。ふわりと柔らかく、おまけに胸にスゥと溶け込む香りがボクを包み込む。手繰り寄せた物の正体は、つい数十分前までボクの隣で眠っていた彼の枕だ。彼の匂いがたっぷりと染み込んだ枕は、安眠効果抜群で、ボクはこれを抱えて二度寝するのが大好き……。
「こぉら!!また俺の枕使って!!お前起きる気あるのか!!」
意識を手放す寸前のところで、ボク専用の安眠枕がべりっと引っぺがされる。 せっかく気持ちよく二度寝できそうだったのに……心の中で呟き、眠たい目をこすりながら視線を上に向けると、そこにはスーツをきっちりと着替え終えた日向クンが睨みながらボクを見下ろしていた。
「……んんん、日向クン、それ返して……」
「返すわけあるか!お前また寝るつもりだろ!それにこれは俺のだ!!」
ちょいちょい、と片手で枕を要求してみるも、当然のごとく断られてしまう。断られ、行き場をなくしたボクの腕はそのまま力尽きたかのようにぽふ、とベッドの上へ沈み込む。そのまま、くぅ、と寝息を立てると、暫くしてから日向クンがはぁー……と盛大な溜息を吐いた。
「あーもう、ほら起こしてやるから掴まれよ」
耳に届いたそのセリフに、ボクは目を瞑ったまま両手を広げ待っていると、彼がボクの体を抱き締めそしてそのままグイと引っ張った。
「ん……あれ……おい、こーまーえーだー?」
日向クンに抱き締められたのをいいことに、そのまま彼にひっつき離れないでいると、彼はまた溜息を吐いた。
「……まったく、今から介護が必要でどうするんだよ」



「……あれ?」
午前中の業務に区切りがつき、お昼休憩をしている時だった。食後のコーヒーにと自販機で購入したコーヒーは無糖のものを選んだはずだったのだが、出てきたのはミルクと砂糖が入ったコーヒー。
本日一回目の不運に、参ったなとボクは手の中にある缶コーヒーを見つめ頭をかく。新しい缶コーヒーを買い直すのはいいとして、これはどう処理しようか。ボクは甘いコーヒーは苦手だし、捨てるのも勿体ない気がする。
「お、狛枝何してんだよ」
缶コーヒーを手の中でクルクルと回してると、彼の声が聞こえた。
「あ、ちょうどいいところに日向クン」
「なんだそのついでみたいなかんじの言い方は」
ボクの言い方にムッと眉を寄せる日向クンに、ごめんごめんとカラカラ笑いながら謝り、ボクは缶コーヒーを彼に手渡す。
「なんだこれ」
「間違えて買っちゃったみたいでさ。よかったらこれ飲んでくれると助かるんだけど」
そう言うと彼はボクと缶コーヒーを交互に見つめ、受け取る……と思いきや、一度ボクにそれを押し返すと、ちょっと待ってろとボクの後ろにある自販機の前に行った。
「ん」
がこん、と音がし出てきた物を、日向クンはボクに手渡す。手渡されたのは無糖缶コーヒー。ちょうどボクが買おうとしていたやつだ。
「はい、交換」
ボクの手の中にあった缶コーヒーを今度こそ受け取って日向くんは、に、と笑った。
「これありがとうな、午後のお供にするよ」
そう言ってひらひらと手を振りながらその場を去っていく日向クン。
あれで本人自覚ないから、困るんだよね……。照れ隠しに開けた缶コーヒーを勢いよく飲み込んだら、それは思いの外熱くてボクの舌はちょっと火傷した。



「狛枝、そろそろ終わるか?」
「ん、んぅぅ……もう少し」
画面と睨み合いっこしながらボクは呟いた。本日二度目の不運は、キーボードの故障とアプリの強制終了のダブルパンチだった。既にPC業務を終えてた日向クンからPCを借り、ボクは再び、同じ書類を作成している。内容を殆ど覚えていたことが唯一の救いだ。
「……終わった」
ようやく書類を作成し終え、ボクは長く息を吐きながら背もたれにもたれかかる。集中して画面を見つめていたからなのか、少しだけ頭が痛い気がする。目頭を親指で刺激していると、真上から日向クンが話しかけてきた。
「お疲れ様、終わったなら早く帰ろうぜ」
そう言って帰り支度の催促をする彼をジッと見つめボクは思案する。あんなに頑張ったのだから、少しぐらいご褒美があってもいいんじゃなかろうか。幸運なことに周りにはボクら二人以外誰もいないし。
「ねぇ日向クン、ボク疲れたからさ、ご褒美ほしいな」
に、と口を三日月の形にさせ、目を閉じてボクはそう言ってみる。
「……仕方ないな」
聞こえてきたそのセリフにボクは胸を高鳴らせながら、唇に当たる柔らかな感触を待ったのだが、彼の唇はボクの口に落とされることなく、代わりにボクの額にそれは押し付けられた。
「……えぇ?そこなの?」
口を尖らせ不満を告げると、彼は視線を彷徨わせたのち、ぽそりとこう言った。
「……その、そっちは夜、な……」
仄かに頬を染めた彼は、早く準備しろと言わんばかりにボクの鞄をボクに突き出し背を向けた。
「……あは、楽しみにしてるからね?」
家に帰る楽しみが一つ増え、ボクは上機嫌で帰り支度を始めた。



日向クンと二人で夕飯を囲み、先にお風呂を済ませたボクは、寝る気にもなれずベッドの上で寝返りを繰り返していた。ふと時計を確認すると、そろそろ日付が変わりそうな時刻で、ボクはそわそわしながら彼を待った。
「……狛枝?寝ちゃったか?」
かちゃりと控えめな音を立てて寝室に入ってきた日向クンは、背を向けていたボクが既に寝てしまっていたように見えたらしい。そろりと近づいてくる彼の気配が近くなったところで、ボクはくるりと振り返る。
「寝てないよ」
「ああ、よかった」
距離を詰めてくる彼を、両手を広げて迎え入れる。そのままぴったりと体を重ね、彼の唇まであと数センチ。その数センチを縮めてくれたのは、日向クンの方だった。
「……狛枝、誕生日おめでとう」
口先を僅かに離し、日向クンはその言葉を口にしてからもう一度ボクに口付けを落とす。
「ん……ありがとう」
お返しに、ボクからもキスを送ると彼は照れ臭そうに眉を下げ、笑った。
「なぁ、今年プレゼントまだなんだけどさ……何か欲しいものないか?」
「プレゼントね……」
少しだけ考えてから、キミの手料理が食べたいなと言うと、日向クンはそれ毎日食べてるだろ、と苦笑しながら零した。
「うん、そうだね」
その毎日が、ボクにとってかけがえのない贈り物なんだよ。口には出さないその言葉を胸の中でそっと撫で、ボクは彼に笑いかけた。
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