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アイランド

毎日続く炎天下の中での採集により、日向の体は休息を欲していた。今すぐにでも意識を手放し心地よい眠りの世界へと飛び込みたいのだが、身体を纏う煩わしい熱と、自分に跨り見下ろしているこの男のせいで、それはほぼ不可能に近い。
「……っん……っはぁ……」
一体どうしてこのようなことになってしまったのだろうか。



夜の十時が過ぎてまもなく、コテージのドアを叩く音がした。今まさに布団に潜り込み就寝しようとしていた日向は思わず溜息を漏らす。こんな夜遅くに自分のコテージを訪れる奴なんて、一人しかいない。ちらりとドアの方へ目を向けると、もう一度ノックの音。ドアの向こうにいるやつは、俺を起こすつもりでやっているのだろう。向こうが引く気はないと悟った日向は渋々ベッドを抜けドアノブを捻った。
「何の用だよ、狛枝」
顰め面で狛枝を迎えた日向は、すぐに狛枝の様子がおかしいことに気付く。いつもみたいな人懐こい笑顔はそこにはなく、敢えていうのであれば、無。
「おい……どうしたんだよ……」
ぞくりと悪寒が日向の背を駆けた。
怖い。表情からは読み取れない、漠然とした恐怖が日向を襲う。無意識のうちに後ずさり、しかし日向が一歩下がるたび狛枝がまた一歩距離を詰め、二人の間が開くことは無い。あっという間に日向の足に何か固いものがぶつかるのを感じ、それがベッドだと気付いた時、日向は狛枝を見上げる状態にあった。
「こま……えだ……何か、言ってくれよ……」
こうしてベッドに横たわり、狛枝を見上げるのは情事以外では経験の無いことだった。おそらく、狛枝が今からしようとしていることもそれだろう。しかし、いつも日向を見つめる、あの優しい目つきはどこにもなく、狛枝はただただ日向をジッと見下ろすばかりで一言も言葉を発しない。
「、なぁ……こまえだ……」
震えた声で狛枝の名を口にすると同時に、するりと冷たい何かが日向の腹を撫でた。
「ひっ……!い、やだ…!」
冷たい、狛枝の手が日向の肌を滑っていく。胸をの方へ移動させながら狛枝はもう片方の手で衣服をも上げていく。狛枝の意図がわからないまま行為をするのは嫌だった。みるみるうち露わにされてく肌に日向は身をたじろぎ抵抗した。
「ねぇ」
狛枝の低く暗い声音に日向は身を硬ばらせる。肩を掴みシーツへ押し付ける力は、普段の狛枝からは想像もつかないほど強く、日向の抵抗は呆気なく止められてしまった。
「…………じっとしてて」
静かに放たれた一言に最早日向の口からは言葉さえも出なかった。日向の身動きが止まったその隙に、狛枝は何処からか取り出した細長い布であっという間に日向の腕を縛り上げてしまった。
抵抗の術を奪われ、いや、正確には抵抗する気すら奪われた日向は揺れる視界の中、自分を見下ろす狛枝を見つめていた。
こんな風に怒る狛枝を見るのは日向にとって初めてのことだった。そもそも狛枝が怒っているのを見たことがないのだ。そんな狛枝がこれ程までに怒りを露わにしてるのだ。自分は一体何をしてしまったのだろう、日向はその要因を懸命に考えるがまるで心当たりはない。謝りたい、ちゃんと理由を聞いて狛枝の行動の訳を知りたい。
「こまえだ…っ…あっ!?」
名前の後に続くはずだった言葉は日向の口から発せられることなく、代わりにそこから短い悲鳴が漏れた。突如走った鋭い痛みは間隔を置き一つ、また一つと日向の身体に落とされる。
「こま…なんで…」
日向の胸に顔を埋め、その肌に噛み付いていた狛枝は日向の不安げな声に顔を上げる。
「…なんで?」
日向の問いに暫し、顎に手を当て考える素振りをした後、狛枝は今度は日向の首元に口を寄せた。
あ、と思った時には、日向の肌は狛枝に吸われ数秒後、ぽ、っという軽い音と共に鈍い痛みと熱がじわじわと広がっていった。
「だって他に思いつかなかったのだもの」
喉仏に噛みつきながら吐かれた言葉は日向の身体によく響き、日向は思わず身震いをする。
「日向クンがじっとしててくれたら、酷いことはしないからさ」
だから、ね?囁きと共に再び甘く鈍い痛みが日向の身体を襲った。狛枝の歯が日向の肉に軽く突き刺さり、じんわり広がる鈍痛は這わされた舌によって感覚を研ぎ澄ませていくようで、段々と上がっていく息に日向は気付いていない振りをした。
今自分の体には、いったい幾つの狛枝の痕が咲いているのだろう、ぼんやりと空を見つめ、そんなことを思っていると、それまでと違う感覚が日向の身体に与えられ、日向は思わず嬌声を上げた。
「日向クン…ボクに噛み付かれるの、気持ちよかったんだ…?」
散々狛枝に刺激を与え続けられた身体はいつの間にか内側に熱を孕み、その証拠に日向の下半身は緩くその存在を主張しつつあった。布越しに狛枝の指がそれを撫でると、再び日向の口から甘ったるい吐息が漏れる。
日向クンて、ちょっとMなんだね、軽い笑いと共に聞こえた狛枝の台詞に日向は自分の顔に熱が集まっていくのを感じ、その羞恥でぎゅうと目を瞑った。
「可愛い」
頬に落とされた柔らかい感触にそっと目を開けると欲望でドロドロに溶けた瞳の狛枝と目があった。
「本当は最後までするつもりなかったんだけど…キミをこのままにして置けないし……何より、ボクが欲しくなっちゃった」
ゆっくりと細められた瞳に、日向は無意識に喉を上下させた。




「ほんっっっと!!何なんだよお前!!!」
あの後身体を暴かれ散々泣かされた挙句中に出された日向は、直後日向に抱きつきながら、にへら、とだらしなく笑った狛枝にようやく緊張の糸が切れ、同時に湧き上がる安堵と怒りにまとめあげられた腕をそのまま狛枝の頭上に振り落とした。
「いてっ」
「取り敢えずこの腕解け!話はそれからだ!」
日向の渾身の一撃に頭をさすりながら狛枝は日向の拘束を解く。ようやく自由になった身体を軽く動かしたその時、日向は目に入った自身の身体の惨事に目を疑った。
「お、お前!なんだこれ!!幾ら何でもやり過ぎだろ!?」
首から腹のあたりまで日向の身体に散らばる無数の鬱血痕と歯型。わなわなと震えながら惨事を起こした張本人を睨み付けると、当の本人はなんの悪びれもなく日向ににっこり微笑んだ。
「あは、ごめんね?」
「全っ然悪いと思ってないだろ!!…あぁもう、明日海採集なのにどうしてくれるんだよ…!」
「あっ!それならボクが喜んで代わるよ!」
溜息をつき落胆する日向と対称的に狛枝は日向の言葉を聞いて瞳を輝かせた。それを見逃す日向ではない。
「……お前、もしかして海採集行ってほしくなかったから、こんなことしたのか?」
「うーん、半分正解、半分間違い、かな?」
にっこり笑みを浮かべた狛枝は日向に身体を寄せ、先程自らが付けた痕を一つずつ指でなぞり、ぴくりと震えた日向の肌に目を細めた。
「キミの身体をね、誰にも見せたくなかったんだ」
指でなぞったその箇所を、続けて唇で触れながら狛枝は言う。
「本当は身体とかそういう話以前に、キミのことを誰にも見せたくない。キミを視界に入れることができるのはボクだけでありたい。…けれど、そうはいかないでしょ?」
キミは人気者だから。日向を見上げた狛枝の顔は少しだけ悲しそうで、日向はそんな狛枝を黙って見つめていた。
「けど、キミの身体を周囲に晒すことは阻止できるかなって」
狛枝の考えを聞き終えた日向は、暫くの沈黙の後長い溜息を吐き、それから両の手で勢いよく狛枝の頬を掴んだ。
「ん、んぅ!?ひ、日向クン…!?」
ビリビリと伝わる手のひらの感覚は、きっと狛枝の頬が感じているものと同じだろう。突然の衝撃で目を白黒させてる狛枝をじっと見つめ、息を吸い込み日向は言葉を放った。
「お前はなぁ、やることいちいち極端なんだよ!…あんな怖い顔して…!俺はてっきりお前のこと怒らせたんだと思って、内心めちゃくちゃ不安だったんだぞ!!」
「……ごめん…」
シュンと項垂れる狛枝に日向は今日何度目かわからない溜息を吐いた。
自分の気持ちを言葉で伝えるのが下手くそで、極端な行動を取ってしまった狛枝。日向の身体は酷いことになったし、心身ともに疲れる羽目にはなったものの、狛枝が不器用ながらも自分の気持ちを日向に伝えようとしていたということが、日向が嬉しいと感じたのも事実だった。
「だから、今度からはちゃんと言葉で言ってくれ…恋人の…お前の願い事とかは、その、極力叶えてやりたいしな…」
手のひらで包んでた狛枝の顔が歪む。その顔を隠すかのように、狛枝は日向の胸に顔を埋め緩々と頭を擦り付けた。
「…日向クン、今日、ここで寝てもいい…?」
遠慮がちに、それでも言葉で告げられた恋人の願いに、日向は快くベッドに招き入れた。






翌日、日向の代わりに海採集に向かった狛枝が、波にさらわれ頭に海産物をどっさりつけて帰ってきたのはまた別の話。
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