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ED後

日向が帰ってきてすぐ狛枝は彼の様子がおかしいことに気付いた。見るからに体調が悪いだとか怪我を負っているだとかではない。帰ってきて狛枝に何もしてこない、ただそれだけである。
世間的には絶望の残党として活動していながら、実際はその身に宿した才能を使い世界の希望のため日々未来機関に貢献している日向。
赤と鶸色の瞳を光らせ絶望の残党を蹴散らす超人になった彼も、しかしやはり人間なのである。恋人である狛枝と生活する愛の巣に戻ってくるなり、こちらがデレデレになるくらいそれはもう可愛らしく甘えてくるのだ。彼曰くそれもカムクライズルの才能の一つらしい。
その日の気分によって「甘え上手の才能」と「甘え下手の才能」を使い狛枝に擦り付いてくる日向。彼をうんと甘やかし抱きしめ撫でてやることが世界を希望に繋がるならば、と言いつつ毎日お疲れの可愛い恋人をめいいっぱい愛でて癒してやりたいというのが本音である。
兎にも角にも狛枝は毎日日向が帰宅してから始まる二人のらーぶらーぶタイムを楽しみにしているのだが、今日は何故か帰宅しただいまと言ったきり狛枝の座るソファーに近づいてくるわけもなく、只々立ち尽くすばかりなのである。
おかえりとにこやかに言いつつ狛枝は日向の顔から彼の心情を探る。浮かべた笑みはいつもより無邪気だと感じた。それから視線を彷徨わせ少しそわそわした様子。極め付けは唇をむにっと摘んだ仕草だ。日向がキスしたい時にする癖である。
狛枝は確信した。日向は狛枝に甘えたがっている。ならば何故いつもみたく甘えてこないのだろうか。
「……日向クン、こっちおいで」
ふわりと微笑んで狛枝は手招きをする。
今の日向は「甘え上手の才能」は勿論「甘え下手の才能」も使っていない。むしろ才能を使えない、下手するとそれ以下の状態なのかもしれない。
人格を保ちながらありとあらゆる才能を使い続けるのは脳に相当な負担がかかる。何処かのタイミングで脳を休ませないといけないのだとしたら、きっとそれが今だったのだろう。
極力まで脳を使わない状態、だから今の日向は甘え方すら忘れてしまったのかもしれない。
だけど彼は本能で甘えたがっているのだ。ならば狛枝がすることは一つだろう。
素直に狛枝の元に歩み寄ってきた日向に向かって狛枝は大きく腕を広げてみるも、日向はキョトンとするばかりだ。
「ほら、日向クンおいでったら」
「っ、わ」
立ち尽くす彼の腕を強引に引き、身体をしっかりと胸に納めたところでぎゅうと抱きしめ背中を撫でる。そうして今度は耳と頬に指を滑らせ次いでキスを落とした。
「日向クン……今日もお疲れ様」
最後に唇にキスをしたところでそれまでぽかんとしてた日向の表情にようやく変化が現れた。
「……こ、こま、えだ……」
「なぁに?」
「……俺、これ、して欲しかった……」
きゅーっと目を瞑り辿々しく日向はやっとそう呟いた。
「……うん、知ってるよ」
少しだけ困ったようなそんな表情を浮かべ、きょろきょろうろうろと視線や指先を彷徨わせている日向の手を掴み、狛枝はそれを自身の首の方へ導いてやる。
日向の言動から察するにどうやら今の日向は自分の感情や欲求を理解することも表現することもできない状態らしい。全く、厄介な状態である。
以前の狛枝なら甘えられたり相手が甘えたいと思っている時にどう対処すればいいかわからず、きっと今の日向に対し彼と同じようにおろおろするばかりだったであろう。
しかし今の狛枝には相手の、殊更日向の甘やかし方は熟知している。なんて言ったって超高校級の甘え上手の才能仕込みの、甘やかし方なのだから。
「もう今は何も考えなくていいからさ……ボクも、離れてた分いっぱい日向クンとくっつきたいし」
「ぅ……あ、こ、狛枝……」
そこまで優しく語りかけてから、ようやく日向はおずおずと狛枝の肩口に頭を預けてきた。ぴったりと重なった身体を狛枝が腕で包み込んでやると、数秒後日向も控えめがちにそれを返してくれる。
「……こまえだぁ……」
すり、と熱い頬をくっつけながら日向がやっと甘やかな声を漏らし始める。
甘え上手の彼も甘え下手の彼もいいけれど、偶にはポンコツな彼もいいかもね、そんなことを考えながら狛枝はようやく始まった二人の甘い時間に身を委ねた。
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