コ ー プ ス・リ バ イ バ ー
n a m e
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「ーーぃ"…ッ!」
「ーー及川、大丈夫か!?」
トスをあげる際に珍しくボールで爪を割って仕舞い、及川の表情が酷く歪む。あれ、そんなミスなんて自分でも珍しいな…と感じながらも周囲に声を掛けて一旦休憩にして貰い止血や怪我の手当を行った。
「うわっ、マジで痛そ…パックリいっちゃったねぇ…」
「(…大切な物が穢された様に思えて強い胸騒ぎがする…)」
及川にとって自身の指は、コートを制し強くある為の大きな武器であり特に大切な一部である。故に、割れた爪からツゥっ…と流れる血を眺めるのだが、何故か指先よりも心に響く痛みが無性に落ち着かず濁りが生じて騒がしい。
例えば、純粋なる透き通る海に対して余計な汚い油が混じった様なーー
ーーー
ーー
ー
「…ん…ぁ…ふぁっ…」
二口は慣れた動きで一旦、ずりゅ、と舌を口内から出しては、互いの舌先は名残惜しそうに、でろぉっ…と透明の糸を繋ぐ。勿論、それはなまえの涙で揺れる視界でも映され恥ずかしさの余りポロッと一粒涙を零したと思えば、其れを合図に、二口の片方の親指をなまえの小さな口の端にグッと入れて無理やり開かさせ再度、角度を変え遠慮無く舌を捩じ込み口内を掻き回し、ぢゅぅぅぅっ、と音をたてて唾液と共に小さな舌を吸う。
「…ふ、んんぅっ…!」
なまえにとっては想像すらつかない未知である行為であり、ぴくぴくっと身体が反応するが、こんなに恥ずかしい事をこんな場所で急にされて今すぐにやめて欲しくて、むぎゅぅっと密着する身体の中ではあるが、出来る限り、とんとんっ…!と二口の胸元を叩く。
「あーあ、俺に好き勝手されてすっかり女の顔じゃん…?俺は…謝らないからな…」
はぁっ…と息を乱す二口は自身の手の甲でグイッ、と口を拭いなまえから目線を逸らし手を握った儘、水族館を後にしては近くの公園までなまえを連れ出す。二口と出会った頃は未だ春の暖かさが体を癒してくれていたが、今はもう外に出れば金木犀の終わりかけの真実の香りと少し肌寒くなる様な季節になって…そして今日は彼の大切な誕生日。ーー引かれる手と二口の背中を眺めて一緒に作ってきた思い出を振り返りながら、なまえの大きな瞳は涙を再度浮かべた。
「…何で…キスしたの…?」
「ーーなまえが可愛くて…傍に居ると無性にしたくて仕方なかった。今日だけじゃない、ずっと…っ」
「…私はっ…はじめてだったのっ…」
だからと言って急にするなんて酷い。御付き合いもしてない人同士があんな恥ずかしい事するの…?其れになまえにとっては大切なファーストキスであった。ぐるぐると混濁した感情がなまえを襲い、飴玉の様な甘い瞳にたくさんの涙を溜めて堪えきれなかった大粒は、ぽろぽろぽろ…ッ、と桃色の頬を濡らし、二口の心をも大きく抉る。
「なまえーー頼むから泣くなよ…」
「~~しらないっ!ばか!ばか!…ひっく…どうせ誰にでも簡単にするくせにっ…ーーっ!?」
ぽろぽろ、と泣きながら二口の胸をとんとんっ!と叩き、ある言葉をぶつけてくるなまえに対して二口はその言葉に対して鋭く目の色を変え、なまえの細い片方の腕をギュ、と掴んで真剣な表情をしては「なまえと出会った時からもう誰ともしてない。ーーもう、なまえにしかしない」と断言するのだ。
「~~しらないそんなの…っ、私にもしないでっ…」
なまえは、二口から告白された様な感覚になり、真っ赤に頬を染めながら密着しようとする二口を押し返すが、容易に溢れる涙を唇で掬われる。今しないでって言ったのに、なんて言えば、頬だしなまえが泣き止まないから、甘しょっぱ…なんて返され、背く様に俯きむぅっと頬を膨らませた。
「ーー可愛いよ、誰よりも可愛い。」
「…ゃ…嘘つき…っ」
「嘘じゃねぇよ」
駄目だ、一度我慢が決壊したら止まらなくなる。俯くなまえの頬に手を当てて指に触れる髪の毛を耳元まで寄せ上げて、顔を向かせて小さな唇目掛けて再度味わうつもりが、ぱさり、と柔らかい何かに顔面ごと覆われて遮られた。
「……お誕生日おめでとう…っ、ひ…ぐすっ…怒ってるんだからねっ…」
「ーー前が見えねぇんだけど」
「~~しらないっ」
唇が触れ合う距離まで後わずか、な所でなまえからの誕生日プレゼントであるスポーツタオルと断固拒否が同時にやって来た。ええ…人生でこんな誕生日迎える奴居る?ーーまぁ、貴重だな。生涯、忘れない誕生日になった。
◇◇◇
「なまえ、目が腫れてるけどどうしたの?」
及川の言葉にびく、と身体が跳ねる。まさかキスされてピーピー泣いた、なんて間違っても恥ずかしくて言えない。其れに、及川には、この間の生理の際にも友人(二口)と喧嘩したと云う理由もある事から、情緒不安定になって泣いて迷惑掛けた記憶は未だ新しい。
「なんでもないよ…擦っちゃっただけ…」
なまえがネットで調べた事によれば、初キスなんて自分の年齢では高確率で皆済ましていると書いてあった。小学生でさえも済まして居たり仲良しな女の子の友人同士、中にはキスフレ、という言葉まであった。なまえはその記事を読んで驚愕したが世間的には当たり前なのかもしれない…。そう云えば今思えば、友人達はなまえの前ではそういう話は気を使ってくれたりしていた様に思う。ならば尚更、自分が何時までも騒いでいたら若しかしたら逆に恥ずかしいのでは無いのだろうか…?という訳で、もう気にしてはいけない、と云う考えに至った。脳内に登場する二口の舌出し生意気顔を頭に思い浮かべれば、何だか妙な対抗心まで産まれてきた。
「そう?ーー俺には可愛い子うさぎちゃんが泣き腫らしてる様に見えたんだけど…」
流石は及川である。なまえの事、そして備わる洞察力に長けるのもあり、それでも何も言わずに優しく撫でて思う存分に甘やかしてくれる。「…俺は何時でもなまえの味方だよ」と目線を合わせて優しく抱き締めれば、なまえは、すぅっ…と大好きな彼の香りを身体の中に入れて、その腕の中で安心感を覚える。なまえは及川のその様な優しい所が大好きだった。
「徹くん…!指を怪我したの?」
「え、あぁ…昨日、練習中にね」
「ちゃんと消毒した?徹くんの手は私にとっても大切だから…」
「ーーじゃあ、帰ったらなまえが消毒してくれる?今日は部活休みだから俺とずっと一緒に居てよ」
「うんっ!一緒に居る…徹くんと一緒に居たい。ちゃんと消毒して…あっ、あとね、一緒に見てもらいたいストレッチや柔軟があるの。詳しくは後でまた言うね?」
「うん、わかった。ーーあのさ、なまえには俺が必要だよね…?」
「?…そうだよ?徹くん、だいすき」
愛おしそうに触れる指先の怪我に気付き、及川の指を小さな両手できゅっ、と握りながら腫れた目で及川を見つめれば、結局は自分の目を腫らした理由の事より他人を優先するなまえに対して、ついウルウルッ…と涙目になった及川は再度なまえを引き寄せた。なまえからのたったひと言である「だいすき」を貰っただけで何だって出来る気がするーー
「(はぁ…俺の方こそなまえが居ないときっと駄目なんだろうな…)」
将来の事を考えれば、ズキリ、と頭が痛い。今年だってあと僅かなのだ。そうすれば自身らは3年に上がる。…謂わば、高校生最後の年になる。なまえの髪の毛をするするっ、と撫でながら考えていた。
ーーなまえは、朝もシャワー入るんだよね…お風呂上がりの良い香りがふわふわする。ならハイ次はベッド行こ…ーーんん?ちょっと待って。あ、そうだ俺は朝の支度をし終わってなまえを迎えに来ただけだった。そして今から学校である。我々は健全なる高校生である。トドメは外で岩ちゃんが待ってるーー!
「ーーそろそろ学校に行こうか」
「うんっ、行こ行こー」
及川は、なまえの手を優しく取りながら、なまえの鞄にキラキラ…と揺れる綺麗なキーホルダーに目を落とすのだ。
「及川先輩~♡」
「おはようございます~!今日は先輩の為にクッキーを作ってきました♡」
「先輩、今日も素敵です!ずっとずっと大好きです♡」
「私も大好き♡キャッ、言っちゃった!」
「わー、嬉しいなー。皆ありがとう」
大好き、ねぇ…と、心内で言葉の罪深さを改めて認識する及川は更にモテる様になった。ある要因としては男子バレー部での要になる立ち位置や飛躍的な活躍、そして彼女を作らずフリーを貫いている事もある。既に彼女らの間ではなまえとの関係は進展の無い幼なじみ枠に認定されていて、なまえの前でも関係無し問答無用でハートがたくさん飛び交うのだ。其れはまさに圧巻である。
「最近は更にチヤホヤされてウゼェな及川…。ほらなまえ、お前の知らないアイツの本性、要するにだらしねェ顔だ。きっちり目に焼き付けておけよ」
「う、うん…?でも毎日本当に凄いね、徹くん…」
「(…なまえもなまえで、なんて顔してやがる…)ーーあのよ、何で及川が急にオンナ作らなくなったと思う?」
「…え?」
「ーーま、俺も詳しくは知らねぇけどさ。然しまぁ…オマエらは幾つになっても世話掛かるよな!」
「!?ごめんなさい…」
◇◇◇
「おいなまえ無事か」
「そなたの不意打ちなど痛くも痒くも無い」
「(ハーン…?)」
なまえとのメッセージアプリを開きスマホを見た二口はつい吹き出す。それでも一晩中、なまえの事だけを考えた。でももう自分の気持ちに嘘つくなんてーーきっと世の中の何処かに存在する誰かの様に(本当に居るのかは知らないけど。居たらスゲーなって思う)相手に一切漏らす事無く自分の本心を直向き隠すなんて自分には到底、無理だ。だってなまえの事が、無性に可愛くて可愛くて仕方ない。護りたい、ずっと大切にしたい(キスして泣かせたじゃん、なんて言わないでね)結局はこれしか答えが出なかった。ーーで、これは何ていう気持ちですかね?好き?愛しい?夢中?
「にろハピバー!誕生日何して過ごしたの?昨日私さーアンタからのお誘い待ってたんですけどー…えっ、カバンについてるキーホルダー綺麗でおしゃれ…!どうしたのこれめっちゃ可愛い!私も欲しいなぁ…」
「サンキュ。駄目無理絶対真似すんなよ」
「落ちない様にちゃんと工夫してるわけねー?…そんなに大切?ーーねぇ、やっぱり彼女居るんじゃないの?」
女生徒の問いかけを見事に無視し教室へ向かう矢先、昨日、水族館で見掛けた例の修羅場(男子生徒)から珍しく話し掛けられつい怪訝な顔をすれば、何と相手はニタァッ、と嗤いながらなまえの話題に触れて来た。
「そんな嫌な顔しないでよん。実はお願いがあってねー?二口くんが昨日めちゃくちゃエロ可愛い女の子連れてんの見ちゃって!オマエの例の噂は俺の耳にも入ってたけど、そりゃああーんな可愛い女の子手に入れちゃったら他のオンナじゃ勃たないよな?ズルイヨナー、二口くんは♡黙ってるんだもんなー?」
「ーーえっ!にろ、やっぱり女の子いたんだ…ショック…!」
「ーーア"ァ?」
「はァ?イヤイヤ、そんな怖い顔すんなよ。オマエもどうせ一時的でマジじゃ無いんだろ?だからさー、アソんで飽きたらで良いからあの子俺にもマワシテくんなーーっヒィ…!?」
「…足りない脳ミソで理解出来なかった?オマエの為を思ったのもあって態々、スルーしてやってたんだけどーーそれ以上言ったら、てめェの顔面ブッ叩いて鼻ブチ折るからな」
瞬時にして廊下全体に危険な雰囲気がバチバチバチバチバチ…ッ!と電光石火の如く走り、例の男子生徒のみならず、その場に居た周りの生徒まで二口の憤怒の形相に恐れを成す。廊下での一悶着は教師によって無事に終えたが、伊達工業には二口の例の事柄の真相が直ぐに広がり、耳にした女生徒達は悲しみや諦め切れなく逆に情熱、等、その他様々な感情により多くの種類の涙を零させる事になるのだった。
「ーー及川、大丈夫か!?」
トスをあげる際に珍しくボールで爪を割って仕舞い、及川の表情が酷く歪む。あれ、そんなミスなんて自分でも珍しいな…と感じながらも周囲に声を掛けて一旦休憩にして貰い止血や怪我の手当を行った。
「うわっ、マジで痛そ…パックリいっちゃったねぇ…」
「(…大切な物が穢された様に思えて強い胸騒ぎがする…)」
及川にとって自身の指は、コートを制し強くある為の大きな武器であり特に大切な一部である。故に、割れた爪からツゥっ…と流れる血を眺めるのだが、何故か指先よりも心に響く痛みが無性に落ち着かず濁りが生じて騒がしい。
例えば、純粋なる透き通る海に対して余計な汚い油が混じった様なーー
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「…ん…ぁ…ふぁっ…」
二口は慣れた動きで一旦、ずりゅ、と舌を口内から出しては、互いの舌先は名残惜しそうに、でろぉっ…と透明の糸を繋ぐ。勿論、それはなまえの涙で揺れる視界でも映され恥ずかしさの余りポロッと一粒涙を零したと思えば、其れを合図に、二口の片方の親指をなまえの小さな口の端にグッと入れて無理やり開かさせ再度、角度を変え遠慮無く舌を捩じ込み口内を掻き回し、ぢゅぅぅぅっ、と音をたてて唾液と共に小さな舌を吸う。
「…ふ、んんぅっ…!」
なまえにとっては想像すらつかない未知である行為であり、ぴくぴくっと身体が反応するが、こんなに恥ずかしい事をこんな場所で急にされて今すぐにやめて欲しくて、むぎゅぅっと密着する身体の中ではあるが、出来る限り、とんとんっ…!と二口の胸元を叩く。
「あーあ、俺に好き勝手されてすっかり女の顔じゃん…?俺は…謝らないからな…」
はぁっ…と息を乱す二口は自身の手の甲でグイッ、と口を拭いなまえから目線を逸らし手を握った儘、水族館を後にしては近くの公園までなまえを連れ出す。二口と出会った頃は未だ春の暖かさが体を癒してくれていたが、今はもう外に出れば金木犀の終わりかけの真実の香りと少し肌寒くなる様な季節になって…そして今日は彼の大切な誕生日。ーー引かれる手と二口の背中を眺めて一緒に作ってきた思い出を振り返りながら、なまえの大きな瞳は涙を再度浮かべた。
「…何で…キスしたの…?」
「ーーなまえが可愛くて…傍に居ると無性にしたくて仕方なかった。今日だけじゃない、ずっと…っ」
「…私はっ…はじめてだったのっ…」
だからと言って急にするなんて酷い。御付き合いもしてない人同士があんな恥ずかしい事するの…?其れになまえにとっては大切なファーストキスであった。ぐるぐると混濁した感情がなまえを襲い、飴玉の様な甘い瞳にたくさんの涙を溜めて堪えきれなかった大粒は、ぽろぽろぽろ…ッ、と桃色の頬を濡らし、二口の心をも大きく抉る。
「なまえーー頼むから泣くなよ…」
「~~しらないっ!ばか!ばか!…ひっく…どうせ誰にでも簡単にするくせにっ…ーーっ!?」
ぽろぽろ、と泣きながら二口の胸をとんとんっ!と叩き、ある言葉をぶつけてくるなまえに対して二口はその言葉に対して鋭く目の色を変え、なまえの細い片方の腕をギュ、と掴んで真剣な表情をしては「なまえと出会った時からもう誰ともしてない。ーーもう、なまえにしかしない」と断言するのだ。
「~~しらないそんなの…っ、私にもしないでっ…」
なまえは、二口から告白された様な感覚になり、真っ赤に頬を染めながら密着しようとする二口を押し返すが、容易に溢れる涙を唇で掬われる。今しないでって言ったのに、なんて言えば、頬だしなまえが泣き止まないから、甘しょっぱ…なんて返され、背く様に俯きむぅっと頬を膨らませた。
「ーー可愛いよ、誰よりも可愛い。」
「…ゃ…嘘つき…っ」
「嘘じゃねぇよ」
駄目だ、一度我慢が決壊したら止まらなくなる。俯くなまえの頬に手を当てて指に触れる髪の毛を耳元まで寄せ上げて、顔を向かせて小さな唇目掛けて再度味わうつもりが、ぱさり、と柔らかい何かに顔面ごと覆われて遮られた。
「……お誕生日おめでとう…っ、ひ…ぐすっ…怒ってるんだからねっ…」
「ーー前が見えねぇんだけど」
「~~しらないっ」
唇が触れ合う距離まで後わずか、な所でなまえからの誕生日プレゼントであるスポーツタオルと断固拒否が同時にやって来た。ええ…人生でこんな誕生日迎える奴居る?ーーまぁ、貴重だな。生涯、忘れない誕生日になった。
◇◇◇
「なまえ、目が腫れてるけどどうしたの?」
及川の言葉にびく、と身体が跳ねる。まさかキスされてピーピー泣いた、なんて間違っても恥ずかしくて言えない。其れに、及川には、この間の生理の際にも友人(二口)と喧嘩したと云う理由もある事から、情緒不安定になって泣いて迷惑掛けた記憶は未だ新しい。
「なんでもないよ…擦っちゃっただけ…」
なまえがネットで調べた事によれば、初キスなんて自分の年齢では高確率で皆済ましていると書いてあった。小学生でさえも済まして居たり仲良しな女の子の友人同士、中にはキスフレ、という言葉まであった。なまえはその記事を読んで驚愕したが世間的には当たり前なのかもしれない…。そう云えば今思えば、友人達はなまえの前ではそういう話は気を使ってくれたりしていた様に思う。ならば尚更、自分が何時までも騒いでいたら若しかしたら逆に恥ずかしいのでは無いのだろうか…?という訳で、もう気にしてはいけない、と云う考えに至った。脳内に登場する二口の舌出し生意気顔を頭に思い浮かべれば、何だか妙な対抗心まで産まれてきた。
「そう?ーー俺には可愛い子うさぎちゃんが泣き腫らしてる様に見えたんだけど…」
流石は及川である。なまえの事、そして備わる洞察力に長けるのもあり、それでも何も言わずに優しく撫でて思う存分に甘やかしてくれる。「…俺は何時でもなまえの味方だよ」と目線を合わせて優しく抱き締めれば、なまえは、すぅっ…と大好きな彼の香りを身体の中に入れて、その腕の中で安心感を覚える。なまえは及川のその様な優しい所が大好きだった。
「徹くん…!指を怪我したの?」
「え、あぁ…昨日、練習中にね」
「ちゃんと消毒した?徹くんの手は私にとっても大切だから…」
「ーーじゃあ、帰ったらなまえが消毒してくれる?今日は部活休みだから俺とずっと一緒に居てよ」
「うんっ!一緒に居る…徹くんと一緒に居たい。ちゃんと消毒して…あっ、あとね、一緒に見てもらいたいストレッチや柔軟があるの。詳しくは後でまた言うね?」
「うん、わかった。ーーあのさ、なまえには俺が必要だよね…?」
「?…そうだよ?徹くん、だいすき」
愛おしそうに触れる指先の怪我に気付き、及川の指を小さな両手できゅっ、と握りながら腫れた目で及川を見つめれば、結局は自分の目を腫らした理由の事より他人を優先するなまえに対して、ついウルウルッ…と涙目になった及川は再度なまえを引き寄せた。なまえからのたったひと言である「だいすき」を貰っただけで何だって出来る気がするーー
「(はぁ…俺の方こそなまえが居ないときっと駄目なんだろうな…)」
将来の事を考えれば、ズキリ、と頭が痛い。今年だってあと僅かなのだ。そうすれば自身らは3年に上がる。…謂わば、高校生最後の年になる。なまえの髪の毛をするするっ、と撫でながら考えていた。
ーーなまえは、朝もシャワー入るんだよね…お風呂上がりの良い香りがふわふわする。ならハイ次はベッド行こ…ーーんん?ちょっと待って。あ、そうだ俺は朝の支度をし終わってなまえを迎えに来ただけだった。そして今から学校である。我々は健全なる高校生である。トドメは外で岩ちゃんが待ってるーー!
「ーーそろそろ学校に行こうか」
「うんっ、行こ行こー」
及川は、なまえの手を優しく取りながら、なまえの鞄にキラキラ…と揺れる綺麗なキーホルダーに目を落とすのだ。
「及川先輩~♡」
「おはようございます~!今日は先輩の為にクッキーを作ってきました♡」
「先輩、今日も素敵です!ずっとずっと大好きです♡」
「私も大好き♡キャッ、言っちゃった!」
「わー、嬉しいなー。皆ありがとう」
大好き、ねぇ…と、心内で言葉の罪深さを改めて認識する及川は更にモテる様になった。ある要因としては男子バレー部での要になる立ち位置や飛躍的な活躍、そして彼女を作らずフリーを貫いている事もある。既に彼女らの間ではなまえとの関係は進展の無い幼なじみ枠に認定されていて、なまえの前でも関係無し問答無用でハートがたくさん飛び交うのだ。其れはまさに圧巻である。
「最近は更にチヤホヤされてウゼェな及川…。ほらなまえ、お前の知らないアイツの本性、要するにだらしねェ顔だ。きっちり目に焼き付けておけよ」
「う、うん…?でも毎日本当に凄いね、徹くん…」
「(…なまえもなまえで、なんて顔してやがる…)ーーあのよ、何で及川が急にオンナ作らなくなったと思う?」
「…え?」
「ーーま、俺も詳しくは知らねぇけどさ。然しまぁ…オマエらは幾つになっても世話掛かるよな!」
「!?ごめんなさい…」
◇◇◇
「おいなまえ無事か」
「そなたの不意打ちなど痛くも痒くも無い」
「(ハーン…?)」
なまえとのメッセージアプリを開きスマホを見た二口はつい吹き出す。それでも一晩中、なまえの事だけを考えた。でももう自分の気持ちに嘘つくなんてーーきっと世の中の何処かに存在する誰かの様に(本当に居るのかは知らないけど。居たらスゲーなって思う)相手に一切漏らす事無く自分の本心を直向き隠すなんて自分には到底、無理だ。だってなまえの事が、無性に可愛くて可愛くて仕方ない。護りたい、ずっと大切にしたい(キスして泣かせたじゃん、なんて言わないでね)結局はこれしか答えが出なかった。ーーで、これは何ていう気持ちですかね?好き?愛しい?夢中?
「にろハピバー!誕生日何して過ごしたの?昨日私さーアンタからのお誘い待ってたんですけどー…えっ、カバンについてるキーホルダー綺麗でおしゃれ…!どうしたのこれめっちゃ可愛い!私も欲しいなぁ…」
「サンキュ。駄目無理絶対真似すんなよ」
「落ちない様にちゃんと工夫してるわけねー?…そんなに大切?ーーねぇ、やっぱり彼女居るんじゃないの?」
女生徒の問いかけを見事に無視し教室へ向かう矢先、昨日、水族館で見掛けた例の修羅場(男子生徒)から珍しく話し掛けられつい怪訝な顔をすれば、何と相手はニタァッ、と嗤いながらなまえの話題に触れて来た。
「そんな嫌な顔しないでよん。実はお願いがあってねー?二口くんが昨日めちゃくちゃエロ可愛い女の子連れてんの見ちゃって!オマエの例の噂は俺の耳にも入ってたけど、そりゃああーんな可愛い女の子手に入れちゃったら他のオンナじゃ勃たないよな?ズルイヨナー、二口くんは♡黙ってるんだもんなー?」
「ーーえっ!にろ、やっぱり女の子いたんだ…ショック…!」
「ーーア"ァ?」
「はァ?イヤイヤ、そんな怖い顔すんなよ。オマエもどうせ一時的でマジじゃ無いんだろ?だからさー、アソんで飽きたらで良いからあの子俺にもマワシテくんなーーっヒィ…!?」
「…足りない脳ミソで理解出来なかった?オマエの為を思ったのもあって態々、スルーしてやってたんだけどーーそれ以上言ったら、てめェの顔面ブッ叩いて鼻ブチ折るからな」
瞬時にして廊下全体に危険な雰囲気がバチバチバチバチバチ…ッ!と電光石火の如く走り、例の男子生徒のみならず、その場に居た周りの生徒まで二口の憤怒の形相に恐れを成す。廊下での一悶着は教師によって無事に終えたが、伊達工業には二口の例の事柄の真相が直ぐに広がり、耳にした女生徒達は悲しみや諦め切れなく逆に情熱、等、その他様々な感情により多くの種類の涙を零させる事になるのだった。