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だから許せ。君だけを想い続ける不器用な漢の無我夢中な足掻きだから、なんて身勝手な言い分を盾にしては、名残り惜しい冬紅葉に唇で触れ手前で運命た境界線の溝に爪先を添えては体裁を保った。
ーー双方が互いに対して抱く居心地や心地良さを開かして(何故なら自室に更に二人きりで居るのだから間違いでは無いだろう)…こくん、こくん、と小さく船を漕ぎ"睡"に揺らぐ目の前の弱っちい生き物の頬の隙を付くのは流石に如何なものか?と自身の道理に背く行動では正直、あった。
「(……天使、妖精?いや、やっぱり小悪魔だわ)」
況てや、遂に好きな人と互いの気持ちが通じあって今後は恋人として時を過ごす、なんて本人から至福な表情を向けられ放たれれば、柄にも無くズキン、なんて鼓膜と心臓を痛く響かせられた現実から、其れ程に日は未だ経って居ないのだから。
「…ん、ぅ?…はじ、め、ちゃ……」
「……ッあー、ダメだ。これは食いたくなる。下半身にめちゃくちゃワルイ…」
自分自身、正々堂々、威風堂々たる生き方と立ち振る舞いが好きだ。又、過去も現在もそうして生きてきた。
ーー春高代表決定戦の少し前の頃だった。伊達工へ公式での部活見学をする為に彼女を見送ったあの時、揺るぎなき心と共に一歩前進した在る人物から言われた、嫌でも脳裏にこびり付く「自己犠牲」の一言が反響しては、今まさに冬紅葉に触れた筈の自身の唇を軽く噛む。ーー全部テメェの気持ちを伝えてこそ正義になるのか、必ずや心底、惚れてる女の幸せに繋がる事なのかーーならば無論、自身の信条も揺るぎ無きである、が。
ーーあぁ、もう。
カラカラに乾いた喉奥は、彼女を視界に閉じ込めると純粋な聖水をたっぷりと含む逆転が生じて、彼女特有の甘くて夢中になる香りと共に喉に含みコクンと鳴らし浸透させ魂動をも満たした。ーー反面、目の前の愛しい彼女は目線も距離も心地も無防備だ。此方が血迷い本気に何もかも殴り捨てれば、バレーボーラーとして一層気を使い鍛えた逞しい自身の片方の掌を易々と使い、透き通る細い首も手首も小さな両頬さえも捕み、強奪してやると覆える。理性なんかさっさと終わらせて、頬から顎に指先向けて掴み、頬から唇、首筋へと牙向けて貪り吸って、ぷるっとした桜桃なる唇から甘い舌を引き摺りだして食す、なんて、こんな感情も緩徐も君だけへ向ける汚さも…残念ながら綻びをも含んだ湧き上がる愛(イト)から紡いだ"スベテノモノ"でもあるのだから。
「(はぁーぁ…妄想の中のお前は俺だけ見てるんだけどな…………ヤベ、勃ってきた)」
最も深く眉間に皺が寄り額に掌を致し方無く逃がした。ーー虚しく吐けば自身の自慰の妄想なんて、愛でたい程に可愛くて守ってあげたくて仕方ないこのたった一人の女の子相手に動物的本能剥き出しにし、残さずペロリと隅々まで満足する迄、骨の髄まで美味しくしゃぶり尽くして仕舞う。…とまぁ、一人の漢で在る前に健全な男子高校生でも在るのだ。
「なぁ」
「………」
「起きろよ。頬、次は噛み付くぞ?」
「……っ、ん…」
「………まァ、お前は絶対に知らなくて良い事なんだけどさ、独り言」
「ーー好きだ。今迄も、これからも。呆れるだろ?自分でも馬鹿みてぇだが俺は本気なんだよ」
俺は俺なりの手段でお前の幸せをずっと守る、なんて魂動の深淵から湧く想いを、自身には到底似合いもしない筈のクサイ台詞を自然と施錠し繋いでみた。
また別のやり方で、例えば自身の試合スタイルと同じく鋭く気持ちを射抜き彼女との関係に立ち向かえば運命の矛先も変わったのでは?ときっと誰もが一度は思うのだろうが、この自身の決断決心に非の打ち所は無いのだ。
ーー自分自身に決めた事だ。この手はこの指先は爪先は、使い方を誤らない。彼女に於いての生涯を、懸命に守る為に使うのだ。(現実では)
「だから、極力は傍に居させろ。愛する女の幸せと笑顔を見届けたい」
例えばこの一人足掻きを聞いた君は一体、どんな顔をするのだろう。でも、これは唯の我儘と自己満足。迷惑なんて絶対に掛けないから。…でも、願わくば忘れて欲しく無い事もあるんだ。
滑らかで透き通る掌を容易に包み込む掌を愛おしく重ね合わせて笑い合う回数も、幼き頃から彼女だからと特別に胸を貸して来た回数も、空気や呼吸、酸素や細胞で伝わる雰囲気を感じ取り背後から小さな身体を抱きしめた回数もーー悔しいが恐らくもう一人の幼馴染である及川と差程、違わない回数だったのだろう。(敢えて考え無いようにはしていたが)且つ及川の方が重たく濃厚だったのだろう、なんて思い耽ながら、瞼を閉じ長い睫毛と影が見え俯いたと同時に艶やかな髪の毛がスルリ、と彼女の冬紅葉を隠す様に掛かる瞬時を目線で追いかけ眺めた。
ーー唯、この瞼が開いた時の甘く大きな飴玉の瞳が揺れて蕩け零れた時は、何時でも何処でも誰よりも、及川よりも先に掬い拾って心に還して彼女を満たしたのはこの俺だ、なんて自身の指先で天使の輪を宿す彼女の髪の毛に触れては、譲れない自負を再度抱く。然し乍ら、今後は全部、彼女の全部、あのテヘペロ☆うんこ野郎に自負も何もかも無条件で全てを奪われるのか…と小さく肩を落とし頬を小さく緩ませた。
「…と、お…るく、だい、ひゅ…き…」
「あーあ、そこでそう来たか」
ーー無慈悲である眠り姫の鼓膜には伝わらない。全くコイツは仕方ねぇ女だな、なんて指先で雪兎の様な頬っぺたを軽くむにゅ、と愛おしく摘み冬紅葉の赤い糸を借りて自らの愛の告白を生かす為に、残り香で灯らせるしか他に術が無い。
儚く美しくあるべきであると決めつけている愛は、時として無慈悲に指と指先の隙間からキラキラ…と零れ落ちる神秘と残酷を含んでいると云う事か、なんて身を持って知るのだからーー…
(最後に頬くらい、良いべや)
ーーー
ーー
ー
「お前が!いつまでも!泣くな!可愛くもねェ!!」
「…岩ちゃんだって泣いてるじゃんか。あと此処、病院だからね…ッ」
「~~ゴホン!わりぃ…その、アレだ。先ずは、おめでとう。母子ともに健康で安心した」
「ありがとう。俺…お父ちゃんなんだね。ふふっ、凄く凄く凄く幸せ。蕩けそう」
「(いい大人がすげぇ顔…)俺がお前に言った"じいさんまで幸せになれない"予言はアイツ関係では無しだかんな」
「この期に及んでまだ続いてたのその呪い?」
「ーー世界が注目する及川徹が、何よりも今を選んで今この瞬間に立ち会っている現実が在って心底安心した。…アイツの顔見ただろ?あんまり言いたくはねェが、やっぱり俺じゃ通用しない事は有るんだって嫌でも痛感しちまったじゃねーか」
「トーゼン。あの子達より大切な事なんて存在するのかな?…ねぇ、岩ちゃん。今この場を借りて改めて伝えるけど岩ちゃんがずっと彼女の事を見守り続けてくれてる事に感謝してるよ。産前なんか特に…支えてくれてありがとう」
「それこそトーゼンだろうが。ーーまあでも万が一、お前が今日この生命の立ち会いに遅れたら赤ん坊に俺が父ちゃんだって言うつもりだったが?諸処の必須書類記入する印鑑やペンも持参したぞ」
「!? ちょっ…え、はァっ!?大体、俺がこんな大事な日に遅れ「及川」ーーっ、」
「迷わず進めよ。お前達の行く先々は必ず、幸せしかないんだからな」
先程、自販機で購入した温かい飲み物と軽食を鼻先と目尻に冬紅葉が散る相棒に渡しながら水面に揺れてはボヤける視界を又、グッ、と堪えた。
「ーー"身命を賭して彼女と子供を全てのモノから護り必ず幸せにすると誓います"」
「おう」
決心なる拳と拳を互いに当て重なって生じた乾いた小さな魂動が鳴る。
ーー世界の誰よりも君達の幸せを心より願い花束を担ぎながら祈るのだ。