男は黙って、留守番
n a m e
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あの長い夜を叩き出した【池田屋事件】以来ーー
千鶴の外出の許可をされる日がだんだんと増え始めていった。
どうやら土方が、池田屋事件での千鶴の働きを認めてくれたようで、千鶴としては外に出られる機会が増えたことは素直に嬉しく思うのだが、ただ1人、なまえは何となく面白くなさそうだった。
仕舞いには「あんたは何もできねーんだから、黙って部屋に居りゃいいのに、」なんて言われてしまい、おまけに「土方さんも新八に劣らねーくらい女に甘えんじゃねーの、」と放たれる始末に、千鶴は肩を落としていた。
(私が、何も出来ない事は解ってるけど…)
なまえに言われた言葉を思い返し、しゅん…と肩を落としていると、一緒に居た原田から「どうした?」声を掛けられる。
今日の巡察は、原田の十番組と一緒に供にしており、千鶴は、ハッと慌てて我に返った。
(駄目、駄目!今は大事な巡察!)
千鶴は気持ちを入れ替え、前から気になっていた話題を原田に振る。
内容は、新選組の巡察の活動の事で、原田は千鶴の振った話題を嫌な顔せずに答えたのだった。
「辻斬りや追い剥ぎはもちろん、食い逃げも捕まえるし、喧嘩も止める。」
まー、ピンキリだ、なんて原田が後に続けて答えれば、千鶴は意外と新選組は地味な仕事もしているのだな、と唖然してしまう。
そんな事を話してるうちに、別の場所を巡察していた永倉と合流した後、町の様子の話になり、長州の奴らが京に集まってきているから引っ越す町人が多い、との情報を得るのだった。
どうやら池田屋の件で長州を怒らせたようで、確かに仲間から犠牲が出れば、黙っていないのは筋が通る話なのだが。
「対長州か…もしかすると近いうちに、上から出動命令が出るかも知れねぇな」
晴れ舞台かも、なんて言いながら永倉は少し微笑みながら原田と千鶴に語りかけるのであった。
ーー数日後。
「お薬の準備、できました」
千鶴は、お盆に載せている粉末状の薬と熱燗の清酒を運びながら、丁寧な振る舞いをしつつ皆の前に姿を現した。
因みにこの粉薬は、石田散薬と言い、土方の生家で造られているものだ。
「総司と平助と、ついでになまえにも渡してやってくれ。…それから、山南さんにもだ」
土方が静かに千鶴に命令すれば、なまえと山南は目を瞬く後、なまえは不満そうに口を尖らせ反論する。
山南は、私もですか?と問い、沖田から勧められやっと薬に手を出し口にした。
山南の傷は、ほとんど治りかけているのだが、その腕は思うように動けないままで、もう元通りに治る事はないと、皆も薄々感じているのだった。
「…ついでに悪いけど、薬いらねーよ、」
なまえは、俺は何ともない、と言いながら、むー、とした顔で土方を見れば、土方からは「いいから飲め」と、鋭い視線共に返され、なまえは渋々、千鶴から薬を受け取る。
「…ちっ、」
薬の苦味が大嫌いななまえは、数秒間、じとーっ…とした目で、石田散薬と睨めっこをしながら、むー、と唸っていた。
「ほら、姫。俺が飲ましてやろうか?」
あーあ、と見かねた原田が粉薬をなまえの口に運ぶと、なまえは「姫って、きもちわりー呼び方すんな、」と文句を言いつつ、自分の目を瞑り、鼻を抑えながら口をあーん、と開き、清酒を飲む。
「…ぐ、ええっ、」
苦いわ熱いわ酒だわで、なまえの苦手連鎖に不愉快に顔を歪めれば、土方からは鼻で笑われ、なまえは口を抑えながら、うぷっ、としつつ涙目で彼を睨めば、土方はいつもの表情で、ふいっと顔を反らされてしまうのだった。
「…左之、苦い…、」
んべ、と舌を出すなまえに原田は、よしよし、よく飲んだなと頭を撫でられ、金平糖を一つなまえの口に放り込むと、「食わねぇからやるよ。」と言い、さっき千鶴と総司にもやったしな、と原田は続けると、金平糖を包みに入れ、なまえの印籠に入れてやれば、つい先程まで不機嫌に頬を膨らませていたなまえの機嫌は直っていった。
「総司、後で食おーぜ、」
好きだべ?と投げれば、沖田は柔らかい雰囲気で「はいっ!」と返した。
(…やっぱり、なまえさんの印籠って…お菓子入れなんだ…)
千鶴は、いつもは格好良かったり怖かったりする彼が、ふと可愛い場面を見せる事に、胸をドキッとさせた後、ふわりと微笑んだ。
「しかし藤堂君と沖田君と、…みょうじ君まで怪我して帰ってくるとはなあ…」
初めてだよ、と苦い顔で零す井上に、あれは暗かったからで、普段の戦いなら遅れは取らなかった!と、平助は頬を膨れさせて声を大にした。
「源さん、俺、怪我してねー」
ほらほらー、と己の体を見せつけようとするなまえに、皆は赤面になりながら止め、どさくさに紛れた永倉がひょいとなまえの腰を抱き引き寄せれば「他になまえちゃんと総司から逃げ切った奴もいたんだろ?」と放ち、永倉に水を向けられた沖田は、表情に思いきり怒を現し静かに笑った。
「…次、必ず斬り殺してやります。…勝つのは僕ですから。」
新八さんもいい加減離してください、と、完璧に目は笑っていない黒い笑みを放つ沖田に、新八も皆も一瞬ゾッとするが、なまえのみは「やれやれ…」と溜め息をついた。
「総司はなまえや近藤さんの事になると本当に怖いよな…」
永倉のぼやきに皆が苦笑いを零す…と、そんな感じで、それぞれ池田屋の思い出話を語るのであった。
(総司らを負傷させ…なまえまでも…相当の実力者が、何故あの夜、池田屋に居たのだ…?長州の者では無いと言ったそうだが…)
皆が話で盛り上がるその中、ずっと沈黙し続け、斎藤は先程から謎の二人組の事を考えていた。
新選組が突入するよりも早くから、その二人は池田屋に潜んでいたーー…
それくらいしか検討がつかなく、斎藤は悔しさで顔を歪ませた。
(…っ、俺があの場所に居たら…なまえが血塗れになる事は無かったかもしれぬ…!)
ーーー
「会津藩から伝令が届いた。」
皆が話してる中、広間の襖が開いたと思えば近藤が真剣に言葉を放ち、その一言で部屋の空気が一変した。
「長州の襲撃に備え、我ら新選組も出陣するよう仰せだ」
近藤の言葉に、待ちに待った晴れ舞台に皆から喜びの歓声が上がった。
「…っし、平助、頑張ろうなー!」
珍しく笑うような表情をするなまえが平助に語りかければ、平助も気合いの声をあげながらなまえとお互いの拳同士をゴツン!と合わせた。
がしかし、土方から待ったの声が挙がって仕舞うのだった。
「何言ってんだ、お前ら。
病人は不参加に決まってんだろ?」
大人しく屯所の守備に就きやがれ、と当然のように一刀両断され放たれて仕舞えば、目をぱちくりさせる二人から抗議の声が挙がった。
「えー!?折角の晴れ舞台じゃん!この鬼副長ー!!」
「鬼だ、鬼がいる…、
おーにさん、こーちらー」
なまえに至っては自分の事を棚に上げ、謎な曲調と共に舌をんべっ、と出すが、土方は二人の声を余裕綽々で受け流し、最後には「簀巻きにされたくなきゃ黙ってろ」と放てば、平助となまえの文句は、ぴたりと収まるのであった。
「怪我人は足手まといなんですよ。素直に屯所で待機しましょう。」
山南は苦笑混じりに何処か自虐的な事を放てば、平助はしょんぼりと肩を落とし、なまえは表情を歪ませ再度文句を放つ。
「つーか、いつの間にか俺も怪我人扱いになってんだけど…納得いかねー」
俺も行く、と真剣な眼差しで土方を睨めば、土方は「駄目だ、諦めろ。」と放つだけで、聞く耳は全く持たず。
土方は、最近のなまえの体調を近藤から聞いたり、土方自身も様子を見ての判断な為、今回のなまえの意見は何が何でも通らせないと決めているのであった。
しかし、やはり納得いかないなまえは土方に食ってかかったが、とうとう近藤からの止めも入り、近藤からも許可は降りず却下され、なまえは渋々、諦める事になった。
「なまえさん、僕たちと待機しましょう?」
ぶーたれて拗ねるなまえに沖田は声を掛け、それを見た近藤は、千鶴に「こやつらが駄々をこねんよう、しっかり見張っておいてくれ。」と、笑いながら頼むのであった。
「はい!任せて下さい!」
ふふっ、と笑う千鶴に、恨めしそうな眼差しを送るなまえは、「なっ…、よりによって近藤さんと手を組むなんて…、お嬢、何が望みだ言え、」と突っかかり、千鶴の頬をぷにぷに、と軽く摘むのだった。
「きゃっ…〃もうっ!しっかり見張ってますから!」
千鶴は赤面しながら、自分の体内で鳴り響く鼓動を彼に気付かれないように装い、己の頬に触れる彼の綺麗な手に、つい手を触れさせてしまうのだった。「うがー、暇だ暇ー、」
皆が出て行った屯所は、ごく僅かな隊士しか残っておらず、なまえは早速、駄々をこね始めた。
「あはは!なまえさん、僕が居るじゃないですか。」
真夏の昼間だというのに、今日の風は驚くほど涼しく、とても過ごしやすい空間になっており、甘えるように抱きしめてくる沖田の体温も、気にならないくらいだった。
「…にゃご、具合はどーだ、」
なまえは、猫をあやすように、沖田の顎の下を指でくいくいっ…と撫でてやれば、沖田は機嫌も気持ちも良さそうにうっすらと目を瞑りながら「…うん、落ち着いてますよ…本調子じゃないですけどね。」と体を更になまえに預ける。
(総司…、顔色わりーな…)
なまえは、いつものように己に甘えて擦り寄る沖田の表情を見ながら、難しい表情をした。
なんとなくだが、沖田の体調不良が只事に思えなく、気掛かりでしょうがなく思えてしまう。
(ええと…)
同じ頃、中庭にやってきた千鶴は自分の部屋を出て、留守番をしている幹部達の様子を見に、きょろきょろと辺りを見渡しながら彼らを探していた。
「あ」
千鶴の視界に映りこんだのは、木陰に座り込みながら…端から見れば、イチャついてる沖田となまえの姿である。
イチャつくというより、沖田が一方的になまえに縋り、いつものように無表情で彼の頭を撫でてやるなまえが居る、という光景で、千鶴はふと思うのだった。
(なまえさんって…大体、皆さんから抱きつかれたりしてるなあ…)
男の人同士だから仲良しで良いんだけど、女の人にされても嫌がったりせず、あんな感じで許すのかな…と考えて仕舞うと、なんとなく胸がチクッとして仕舞う千鶴であった。
(…っ…!)
不思議な気持ちを振り払うように、千鶴は深呼吸をしながら、白い雲が流れていく青い空を見上げ、気持ちを少し落ち着かせてから改めて木陰の二人に視線を戻ーー
「お嬢は、覗き見が趣味か、」
ーー戻そうとしたんだけど。
何故か千鶴の前には二人が立っていて…なまえに至っては「やっぱりな、」と含み笑いで彼女に、じと目を送った。
「……。」
思わず硬直した千鶴を見て、沖田は僅かに首を傾げ、「僕たちの見張りに来たのかな?ごめんね、脱走する予定は別に無いんだけど、なまえさんとイチャイチャする予定はあるからさ」なんて、さらりと放つと、なまえが「…どあほ、」と沖田の頭を軽くぺしっ、と叩いた。
「…私、脱走するという心配してません」
硬直から溶けた千鶴が放てば、「…でもそれ、違う心配はしてたってこと?」と沖田は返しながら目を細め微笑みを浮かべる。
「…体調が万全じゃないときに、あんまり長く外にいるのは良くないですよ?」
なんだか複雑な心地になりつつ、千鶴は素直な思いを口にすると、なるほど、と沖田は納得し目を瞬き、なまえはふっ、と笑いながら千鶴の頭をぽんぽん、と撫でた。
「総司の事、心配してくれてありがと、」
千鶴の中では、普段は意地悪ななまえが素直に御礼を言う事に意外感を覚え、また後に鼓動もドキドキ、と鳴り始める。
「…沖田さんも、なまえさんもです…」
かああっ、と千鶴が頬に熱を籠もらせ俯けば、なまえは一瞬不思議そうな顔をし、すぐさま含み笑いを落としながら「よしよし、お嬢はイイコだから、はなまるー」と言いながらまた頭を撫でられるのであった。
(…これ、なまえさんの癖なんだろうなあ…〃)
なまえが信頼できる人達に行っているこの行為は、なまえなりのスキンシップであるという事に気づくと共に、千鶴自身、不快に感じる事は無く、少しは認めてくれたのかなと、寧ろ嬉しく思うのであった。
(…何なんだろう…どうして…?
なまえさんのせいで、ドキドキが…とまらないよ…!)
千鶴は泣きそうになるような不思議な気持ちを胸の鼓動と共に、誤魔化しきれない想いをなまえに抱いて仕舞うのだった。
ーーー
長州の過激派浪士たちが御所に討ち入ったこの事件は、後に【禁門の変】と呼ばれるようになる。
新選組の働きは後手に回り、残念ながら活躍らしい活躍もできなかった。
どうやら、味方同士の間で情報の伝達が上手くいかず、無駄に時間を浪費してしまったようだ。
しかし、戦場で不思議な出会いもあったようで…池田屋の時に現れた風間千景ーー。
彼は薩摩藩に所属しているらしい。
彼らは決して新選組の味方ではなく、寧ろ強敵と言える存在であり、彼らと戦う事になれば、新選組も大きな被害を受けるだろう。
ーー長州の指導者たちは戦死し、自ら腹を切って息絶えた。
しかし、中には逃げ延びた者も居るようで、彼らは逃げながらも京の都に火を放ち、運悪く北から吹いていた風は、御所の南方を焼け野原に変えてしまう。
この騒ぎが原因で、尊皇攘夷の国事犯たちが一斉に処刑された事も聞く。
そして、京から離れる事を許された新選組は、大阪から兵庫にかけてを警衛し、乱暴を働く浪士たちを取り締まり、周辺に住まう人々の生活を守ったのだった。
この【禁門の変】の後。
長州藩は御所に向けて発砲した事を理由に、朝廷に歯向かう逆賊として扱われていくのであったーー。
(…この薬は…なまえ…一体、何を隠してやがる…!)
一方、土方は【禁門の変】で出会った風間から、なまえに飲むように伝えろ、と渡された薬を握りしめていた。
風間が知り、己が知らないなまえの事柄。
なまえは、決して口にせず伝えない秘密事。
何とも言えない土方の感情を受ける包みにまとめられている固形の薬は、キシッ…と音を鳴らし、土方の指から逃げるーー
男は黙って、留守番
(ちくしょー、どあほ、)
ーーー
新選組の歴史を司る、
一つの物語【禁門の変】
残念ながら、鬼の仔は、
イイコに、お留守番。
もし、なまえ君が参戦していたら、歴史はどう変わってたのでしょうか?
千鶴の外出の許可をされる日がだんだんと増え始めていった。
どうやら土方が、池田屋事件での千鶴の働きを認めてくれたようで、千鶴としては外に出られる機会が増えたことは素直に嬉しく思うのだが、ただ1人、なまえは何となく面白くなさそうだった。
仕舞いには「あんたは何もできねーんだから、黙って部屋に居りゃいいのに、」なんて言われてしまい、おまけに「土方さんも新八に劣らねーくらい女に甘えんじゃねーの、」と放たれる始末に、千鶴は肩を落としていた。
(私が、何も出来ない事は解ってるけど…)
なまえに言われた言葉を思い返し、しゅん…と肩を落としていると、一緒に居た原田から「どうした?」声を掛けられる。
今日の巡察は、原田の十番組と一緒に供にしており、千鶴は、ハッと慌てて我に返った。
(駄目、駄目!今は大事な巡察!)
千鶴は気持ちを入れ替え、前から気になっていた話題を原田に振る。
内容は、新選組の巡察の活動の事で、原田は千鶴の振った話題を嫌な顔せずに答えたのだった。
「辻斬りや追い剥ぎはもちろん、食い逃げも捕まえるし、喧嘩も止める。」
まー、ピンキリだ、なんて原田が後に続けて答えれば、千鶴は意外と新選組は地味な仕事もしているのだな、と唖然してしまう。
そんな事を話してるうちに、別の場所を巡察していた永倉と合流した後、町の様子の話になり、長州の奴らが京に集まってきているから引っ越す町人が多い、との情報を得るのだった。
どうやら池田屋の件で長州を怒らせたようで、確かに仲間から犠牲が出れば、黙っていないのは筋が通る話なのだが。
「対長州か…もしかすると近いうちに、上から出動命令が出るかも知れねぇな」
晴れ舞台かも、なんて言いながら永倉は少し微笑みながら原田と千鶴に語りかけるのであった。
ーー数日後。
「お薬の準備、できました」
千鶴は、お盆に載せている粉末状の薬と熱燗の清酒を運びながら、丁寧な振る舞いをしつつ皆の前に姿を現した。
因みにこの粉薬は、石田散薬と言い、土方の生家で造られているものだ。
「総司と平助と、ついでになまえにも渡してやってくれ。…それから、山南さんにもだ」
土方が静かに千鶴に命令すれば、なまえと山南は目を瞬く後、なまえは不満そうに口を尖らせ反論する。
山南は、私もですか?と問い、沖田から勧められやっと薬に手を出し口にした。
山南の傷は、ほとんど治りかけているのだが、その腕は思うように動けないままで、もう元通りに治る事はないと、皆も薄々感じているのだった。
「…ついでに悪いけど、薬いらねーよ、」
なまえは、俺は何ともない、と言いながら、むー、とした顔で土方を見れば、土方からは「いいから飲め」と、鋭い視線共に返され、なまえは渋々、千鶴から薬を受け取る。
「…ちっ、」
薬の苦味が大嫌いななまえは、数秒間、じとーっ…とした目で、石田散薬と睨めっこをしながら、むー、と唸っていた。
「ほら、姫。俺が飲ましてやろうか?」
あーあ、と見かねた原田が粉薬をなまえの口に運ぶと、なまえは「姫って、きもちわりー呼び方すんな、」と文句を言いつつ、自分の目を瞑り、鼻を抑えながら口をあーん、と開き、清酒を飲む。
「…ぐ、ええっ、」
苦いわ熱いわ酒だわで、なまえの苦手連鎖に不愉快に顔を歪めれば、土方からは鼻で笑われ、なまえは口を抑えながら、うぷっ、としつつ涙目で彼を睨めば、土方はいつもの表情で、ふいっと顔を反らされてしまうのだった。
「…左之、苦い…、」
んべ、と舌を出すなまえに原田は、よしよし、よく飲んだなと頭を撫でられ、金平糖を一つなまえの口に放り込むと、「食わねぇからやるよ。」と言い、さっき千鶴と総司にもやったしな、と原田は続けると、金平糖を包みに入れ、なまえの印籠に入れてやれば、つい先程まで不機嫌に頬を膨らませていたなまえの機嫌は直っていった。
「総司、後で食おーぜ、」
好きだべ?と投げれば、沖田は柔らかい雰囲気で「はいっ!」と返した。
(…やっぱり、なまえさんの印籠って…お菓子入れなんだ…)
千鶴は、いつもは格好良かったり怖かったりする彼が、ふと可愛い場面を見せる事に、胸をドキッとさせた後、ふわりと微笑んだ。
「しかし藤堂君と沖田君と、…みょうじ君まで怪我して帰ってくるとはなあ…」
初めてだよ、と苦い顔で零す井上に、あれは暗かったからで、普段の戦いなら遅れは取らなかった!と、平助は頬を膨れさせて声を大にした。
「源さん、俺、怪我してねー」
ほらほらー、と己の体を見せつけようとするなまえに、皆は赤面になりながら止め、どさくさに紛れた永倉がひょいとなまえの腰を抱き引き寄せれば「他になまえちゃんと総司から逃げ切った奴もいたんだろ?」と放ち、永倉に水を向けられた沖田は、表情に思いきり怒を現し静かに笑った。
「…次、必ず斬り殺してやります。…勝つのは僕ですから。」
新八さんもいい加減離してください、と、完璧に目は笑っていない黒い笑みを放つ沖田に、新八も皆も一瞬ゾッとするが、なまえのみは「やれやれ…」と溜め息をついた。
「総司はなまえや近藤さんの事になると本当に怖いよな…」
永倉のぼやきに皆が苦笑いを零す…と、そんな感じで、それぞれ池田屋の思い出話を語るのであった。
(総司らを負傷させ…なまえまでも…相当の実力者が、何故あの夜、池田屋に居たのだ…?長州の者では無いと言ったそうだが…)
皆が話で盛り上がるその中、ずっと沈黙し続け、斎藤は先程から謎の二人組の事を考えていた。
新選組が突入するよりも早くから、その二人は池田屋に潜んでいたーー…
それくらいしか検討がつかなく、斎藤は悔しさで顔を歪ませた。
(…っ、俺があの場所に居たら…なまえが血塗れになる事は無かったかもしれぬ…!)
ーーー
「会津藩から伝令が届いた。」
皆が話してる中、広間の襖が開いたと思えば近藤が真剣に言葉を放ち、その一言で部屋の空気が一変した。
「長州の襲撃に備え、我ら新選組も出陣するよう仰せだ」
近藤の言葉に、待ちに待った晴れ舞台に皆から喜びの歓声が上がった。
「…っし、平助、頑張ろうなー!」
珍しく笑うような表情をするなまえが平助に語りかければ、平助も気合いの声をあげながらなまえとお互いの拳同士をゴツン!と合わせた。
がしかし、土方から待ったの声が挙がって仕舞うのだった。
「何言ってんだ、お前ら。
病人は不参加に決まってんだろ?」
大人しく屯所の守備に就きやがれ、と当然のように一刀両断され放たれて仕舞えば、目をぱちくりさせる二人から抗議の声が挙がった。
「えー!?折角の晴れ舞台じゃん!この鬼副長ー!!」
「鬼だ、鬼がいる…、
おーにさん、こーちらー」
なまえに至っては自分の事を棚に上げ、謎な曲調と共に舌をんべっ、と出すが、土方は二人の声を余裕綽々で受け流し、最後には「簀巻きにされたくなきゃ黙ってろ」と放てば、平助となまえの文句は、ぴたりと収まるのであった。
「怪我人は足手まといなんですよ。素直に屯所で待機しましょう。」
山南は苦笑混じりに何処か自虐的な事を放てば、平助はしょんぼりと肩を落とし、なまえは表情を歪ませ再度文句を放つ。
「つーか、いつの間にか俺も怪我人扱いになってんだけど…納得いかねー」
俺も行く、と真剣な眼差しで土方を睨めば、土方は「駄目だ、諦めろ。」と放つだけで、聞く耳は全く持たず。
土方は、最近のなまえの体調を近藤から聞いたり、土方自身も様子を見ての判断な為、今回のなまえの意見は何が何でも通らせないと決めているのであった。
しかし、やはり納得いかないなまえは土方に食ってかかったが、とうとう近藤からの止めも入り、近藤からも許可は降りず却下され、なまえは渋々、諦める事になった。
「なまえさん、僕たちと待機しましょう?」
ぶーたれて拗ねるなまえに沖田は声を掛け、それを見た近藤は、千鶴に「こやつらが駄々をこねんよう、しっかり見張っておいてくれ。」と、笑いながら頼むのであった。
「はい!任せて下さい!」
ふふっ、と笑う千鶴に、恨めしそうな眼差しを送るなまえは、「なっ…、よりによって近藤さんと手を組むなんて…、お嬢、何が望みだ言え、」と突っかかり、千鶴の頬をぷにぷに、と軽く摘むのだった。
「きゃっ…〃もうっ!しっかり見張ってますから!」
千鶴は赤面しながら、自分の体内で鳴り響く鼓動を彼に気付かれないように装い、己の頬に触れる彼の綺麗な手に、つい手を触れさせてしまうのだった。「うがー、暇だ暇ー、」
皆が出て行った屯所は、ごく僅かな隊士しか残っておらず、なまえは早速、駄々をこね始めた。
「あはは!なまえさん、僕が居るじゃないですか。」
真夏の昼間だというのに、今日の風は驚くほど涼しく、とても過ごしやすい空間になっており、甘えるように抱きしめてくる沖田の体温も、気にならないくらいだった。
「…にゃご、具合はどーだ、」
なまえは、猫をあやすように、沖田の顎の下を指でくいくいっ…と撫でてやれば、沖田は機嫌も気持ちも良さそうにうっすらと目を瞑りながら「…うん、落ち着いてますよ…本調子じゃないですけどね。」と体を更になまえに預ける。
(総司…、顔色わりーな…)
なまえは、いつものように己に甘えて擦り寄る沖田の表情を見ながら、難しい表情をした。
なんとなくだが、沖田の体調不良が只事に思えなく、気掛かりでしょうがなく思えてしまう。
(ええと…)
同じ頃、中庭にやってきた千鶴は自分の部屋を出て、留守番をしている幹部達の様子を見に、きょろきょろと辺りを見渡しながら彼らを探していた。
「あ」
千鶴の視界に映りこんだのは、木陰に座り込みながら…端から見れば、イチャついてる沖田となまえの姿である。
イチャつくというより、沖田が一方的になまえに縋り、いつものように無表情で彼の頭を撫でてやるなまえが居る、という光景で、千鶴はふと思うのだった。
(なまえさんって…大体、皆さんから抱きつかれたりしてるなあ…)
男の人同士だから仲良しで良いんだけど、女の人にされても嫌がったりせず、あんな感じで許すのかな…と考えて仕舞うと、なんとなく胸がチクッとして仕舞う千鶴であった。
(…っ…!)
不思議な気持ちを振り払うように、千鶴は深呼吸をしながら、白い雲が流れていく青い空を見上げ、気持ちを少し落ち着かせてから改めて木陰の二人に視線を戻ーー
「お嬢は、覗き見が趣味か、」
ーー戻そうとしたんだけど。
何故か千鶴の前には二人が立っていて…なまえに至っては「やっぱりな、」と含み笑いで彼女に、じと目を送った。
「……。」
思わず硬直した千鶴を見て、沖田は僅かに首を傾げ、「僕たちの見張りに来たのかな?ごめんね、脱走する予定は別に無いんだけど、なまえさんとイチャイチャする予定はあるからさ」なんて、さらりと放つと、なまえが「…どあほ、」と沖田の頭を軽くぺしっ、と叩いた。
「…私、脱走するという心配してません」
硬直から溶けた千鶴が放てば、「…でもそれ、違う心配はしてたってこと?」と沖田は返しながら目を細め微笑みを浮かべる。
「…体調が万全じゃないときに、あんまり長く外にいるのは良くないですよ?」
なんだか複雑な心地になりつつ、千鶴は素直な思いを口にすると、なるほど、と沖田は納得し目を瞬き、なまえはふっ、と笑いながら千鶴の頭をぽんぽん、と撫でた。
「総司の事、心配してくれてありがと、」
千鶴の中では、普段は意地悪ななまえが素直に御礼を言う事に意外感を覚え、また後に鼓動もドキドキ、と鳴り始める。
「…沖田さんも、なまえさんもです…」
かああっ、と千鶴が頬に熱を籠もらせ俯けば、なまえは一瞬不思議そうな顔をし、すぐさま含み笑いを落としながら「よしよし、お嬢はイイコだから、はなまるー」と言いながらまた頭を撫でられるのであった。
(…これ、なまえさんの癖なんだろうなあ…〃)
なまえが信頼できる人達に行っているこの行為は、なまえなりのスキンシップであるという事に気づくと共に、千鶴自身、不快に感じる事は無く、少しは認めてくれたのかなと、寧ろ嬉しく思うのであった。
(…何なんだろう…どうして…?
なまえさんのせいで、ドキドキが…とまらないよ…!)
千鶴は泣きそうになるような不思議な気持ちを胸の鼓動と共に、誤魔化しきれない想いをなまえに抱いて仕舞うのだった。
ーーー
長州の過激派浪士たちが御所に討ち入ったこの事件は、後に【禁門の変】と呼ばれるようになる。
新選組の働きは後手に回り、残念ながら活躍らしい活躍もできなかった。
どうやら、味方同士の間で情報の伝達が上手くいかず、無駄に時間を浪費してしまったようだ。
しかし、戦場で不思議な出会いもあったようで…池田屋の時に現れた風間千景ーー。
彼は薩摩藩に所属しているらしい。
彼らは決して新選組の味方ではなく、寧ろ強敵と言える存在であり、彼らと戦う事になれば、新選組も大きな被害を受けるだろう。
ーー長州の指導者たちは戦死し、自ら腹を切って息絶えた。
しかし、中には逃げ延びた者も居るようで、彼らは逃げながらも京の都に火を放ち、運悪く北から吹いていた風は、御所の南方を焼け野原に変えてしまう。
この騒ぎが原因で、尊皇攘夷の国事犯たちが一斉に処刑された事も聞く。
そして、京から離れる事を許された新選組は、大阪から兵庫にかけてを警衛し、乱暴を働く浪士たちを取り締まり、周辺に住まう人々の生活を守ったのだった。
この【禁門の変】の後。
長州藩は御所に向けて発砲した事を理由に、朝廷に歯向かう逆賊として扱われていくのであったーー。
(…この薬は…なまえ…一体、何を隠してやがる…!)
一方、土方は【禁門の変】で出会った風間から、なまえに飲むように伝えろ、と渡された薬を握りしめていた。
風間が知り、己が知らないなまえの事柄。
なまえは、決して口にせず伝えない秘密事。
何とも言えない土方の感情を受ける包みにまとめられている固形の薬は、キシッ…と音を鳴らし、土方の指から逃げるーー
男は黙って、留守番
(ちくしょー、どあほ、)
ーーー
新選組の歴史を司る、
一つの物語【禁門の変】
残念ながら、鬼の仔は、
イイコに、お留守番。
もし、なまえ君が参戦していたら、歴史はどう変わってたのでしょうか?