『鶴が鳴く熱い心情、桜桃の揺り籠』
n a m e
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(…うう、もう行っても大丈夫だよね…?)
昨晩のなまえの事が気掛かりで、余り寝付けなかった千鶴は、朝の巡察に向かう隊士達が動き始めるのを見て、彼の部屋に向かうか向かわないか…右往左往ぐるぐると自分の部屋を歩き回っていた。
(…でも、なまえさんは今朝の巡察当番じゃないみたいだし…まだ寝てるかな…)
うーんうーん、と悩む千鶴は、とうとう爆発してしまい襖にうなだれるが、いつまでもこうしてても仕方ないと思い、思い切って部屋を出て、なまえの部屋に向かった。
(よ、よし…!)
不安と心配と、男の人の部屋に入る緊張も入り交じり…心臓が煩いくらいに高鳴るのを無視して、とんとん、と襖を叩き、小さな声を放ち、部屋の様子を伺うが…。
しーん…とする部屋に、千鶴はあれ?と不思議に思うが、まさか、やっぱり具合が悪くて動けないのではないか、などと悪い方向に考えて仕舞い、慌てるように襖を開けて部屋に入る。
「失礼します!」
なまえさん、大丈夫ですか…?とすぐさま敷いてある布団に手をかけ覗きこめば…
「…すかー…」
慌てる千鶴をお構いなしに、気持ち良さそうに寝息をたてるなまえの姿が、千鶴の目に映り込んだ。
彼は寝相が少し悪いのか、少し布団が乱れており、よく見ると寝間着も乱れており、綺麗な白い肌を持つ胸が大胆に開けられている。
「…っ…〃」
かああっ、と頬に熱を感じる千鶴は、小さく「ごめんなさい」と謝ると同時に、安心感が舞い降りてきて、ほっと安堵の息をつく。
(…私…、本当になまえさんの事ばかり…)
気が付けばなまえの存在が胸や脳を占めている己を不思議に思い、しかし顔はまだ熱を保ったままの千鶴は、ドキン、ドキン…と胸を鳴らしながらなまえの寝顔に視線を奪われる。
(凄くー…綺麗ー…)
しっかり見張っておかなければ、掴んでおかなければ、いつの間にかスッ…と消えてしまいそうな白い肌や、文句の付けどころが無く、人間離れしたような余りにも整った顔に…千鶴は時間を忘れる程奪われ、つい己の手をなまえの首もとの「楔」の刺青に触れてしまった。
(何の意味が、籠められてるの…?)
千鶴は、煩いくらい高鳴る心臓の音の中に、なまえの事をもっと、もっと知りたいー…という感情が混ざるのに気が付いてしまうのであった。
「…なまえ…さ…ん…」
私、貴方の事ー…
凄く切ない声で、囁くように彼を呼ぶと、「…ん、」とくぐもった声が聞こえ、千鶴が我に返った瞬間には、なまえの目が少し開き、二色の輝きを灯させようとする。
「…ん…ぅー…」
するといきなりなまえは、己の片手をあげ千鶴の身体をグイッ、と引き寄せ、素肌の胸に納める。
(きゃあああっ!?〃)
千鶴は急な展開に、顔を真っ赤に染めながら慌てふためくが、パニックに陥り声が出なく、茹でタコ状態な顔は、以外と広い彼の素肌の胸元に埋まる。
(やだやだやだっ…〃)
どうしよう、と泣きそうになる反面、触れる彼の温もりに、ずっとこのままでいられたら…と思って仕舞っていると、頭上から「…ん、やらけー…」と声がすると、更に強く抱きしめられた。
完璧に硬直してしまった千鶴は、涙を目に溜めながら動けないでいると、また頭上から今度はハッキリした「…うげ、お嬢…?」との声が聞こえ、千鶴もやっと我に返り、慌てて彼を突き飛ばしてしまった。
ーーー
「…何で、あんたがいるんだよ、」
こんな朝早くになんなんだ、と布団の上に胡座をかき、しかめっ面でなまえは千鶴に問えば、千鶴は未だに茹でタコ状態のまま慌てて理由を話す。
「…残念、悪趣味な奴の視線に気がついて、さっさと退散しちまいましたー、」
お嬢って、覗き見が趣味なんだ、と舌をだしながら意地悪に言うなまえに、千鶴は「違いますっ!」と顔を赤くしながら否定をすると、悔しくなり言い返してやった。
「なまえさんなんて…その…えっちじゃないですかっ!」
いきなり抱きしめるなんてっ、と涙を溜めながら言えばさすがになまえも、ぎょっ、とした顔になり言い訳を吐く。
「…っせーな、寝ぼけて抱きしめたら…柔らかかったんだから仕方ねーべ、」
眉間に皺を寄せながら千鶴に放つと、千鶴はその言葉にまた茹でタコのように全身真っ赤になり湯気をたたせ、ふるふると震えながら「なまえさんのえっち!しらないっ!」と声をあげ、バタバタと音をたてながら部屋を出て行った。
(…何なんだ…?)
減るもんじゃねーし、別にいーだろ、なんて思いながら彼はもそもそ…と布団の中に戻っていくのであった。
元治元年 六月ーー
ある日、千鶴は土方に呼び出された。
「失礼します」
なまえと沖田と平助も同席していた為、千鶴は内心で安堵の息を漏らす。
やはり土方と一対一で話をするのは、酷く緊張するものだ。
何を切り出すべきかと迷っている間に、土方は不機嫌そうに口を開く。
「お前に外出許可をくれてやる。」
土方の急な言葉に、千鶴は上擦った声を上げ聞き返すと、土方は渋そうな表情のまま続けた。
「但し、市中を巡察する隊士に同行し、隊を束ねる組長の指示には必ず従え」
やっと外に出て、父親を探しに行ける事に喜ぶ千鶴は、はいっ!と返事をし、キラキラとする顔で微笑んだ。
(なまえさん達が…土方さん達に頼んでくれたんだ…!)
そう思い、チラッと沖田となまえの方を見れば、沖田はふわっと柔らかい雰囲気を出してくれるが、なまえはいつもと変わらない、無表情のまま、んべっ、と舌を出した後、ふいっ、と顔を背けて仕舞った。
千鶴は凄く眩しい顔で、口には出さず表情で「有り難う御座います!」と御礼を言ったのだった。
「総司、平助。
今日の巡察はおまえらの隊だったな?」
土方は二人に問うと平助は、なるほどねー…と察し、自分らが呼ばれた理由を知ると少し困ったように眉を寄せた。
「でも、今回はオレより総司向きじゃないかな。今日は総司の一番組が昼の巡察を担当だろ?」
平助の八番組は夜担当で、夜より昼が安全だ、というのは沖田もなまえも同じ意見だった。
「でも、逃げようとしたら殺すよ?浪士に絡まれても見捨てるけど、いい?」
冗談のような口調で千鶴に向かって言う沖田を、土方は鋭い目で睨みつけた。
「いいわけねぇだろ、馬鹿。
何のためにおまえに任せると思ってんだ。」
ため息をついた後、「なまえ」と一言放ち、今までの話に己に関係無い、とのように壁に寄りかかり一連の流れを聞いてたなまえは、不意に自分の名前を呼ばれ、土方に目だけを送った。
「おまえも付いてけ。」
十一番組には組長抜きで他の仕事してもらうから、と土方が放てば、なまえは不満そうな表情をして「あ?何で俺が行くんだよ、総司いりゃいーべ、」と文句を垂れると土方の目が鋭くなる。
ーーヒュッ…!!
なまえの顔のすぐ横の壁にトンッ、と小さな棒付きの飴の串の部分が刺さり、いいから黙ってついて行け、との威圧感が掛かればなまえは、やれやれ…と渋そうな顔をし「…あいよ、」と零し、その小さな飴を、刀と一緒に下げてある印籠の中に閉まった。
可愛い飴につられた、とはけして本人は認めないが、土方はなまえの扱いを良く解っていらっしゃるようだ。
(…なんだ今のやりとり…)
平助が少し青い顔をしながら二人を見ていると、沖田が「その印籠…懐かしいですね。」と言いながら、ちょこんと触れると、土方は溜め息をつきながら「…自分の印籠が、まさか菓子入れになってるなんて…あいつも思ってねえよな。」と零すと、なまえは悪戯な笑みを浮かべ「なに言ってんのー、遺品だろ、」と言いながら舌を、んべっ、と出した。
平助と沖田は可笑しそうに笑い、千鶴は不思議な顔をしていると…フルフルと怒りに震える土方は、今度こそ腰を持ち上げなまえに近づき、手で拳を作り、ごつん!となまえにゲンコツを食らわした後、話を元に戻した。
「長州の連中が不穏な動きを見せている。本来なら、お前を外に出せる時期じゃない。」
土方は厳しい顔をし千鶴に放てば、千鶴は、なら何故許可を?と問うと「京の市中で、綱道さんらしい人物を見たという証言が上がってる。」と続け、何より半年近くも辛抱させたし…と土方は、千鶴の事を考えて気遣いを見せたのだった。
(…俺にも、気遣いくれよ、)
むー、と顔を不満げにしながら殴られたとこをすりすり撫でていると、最近、腹の具合が悪い隊士達が多く、万全な状態じゃないとの話が出る。
目眩がする程、猛暑が続く京。
新選組隊士の多くは、この暑さのせいで体調を崩しているようだ。
「…とにかく巡察、いこーぜ?」
なまえがさっさと行くべ、と立ち上がれば、慌てて後を追うように準備をする。
正直、なまえの体調も万全ではなく、腹はなんともないのだが、只でさえ風がない猛暑の中、風通しが悪い建物に居ると呼吸が辛く、心臓に負担が掛かるのであった。
「わあっ…!」
沢山の人が道を生き来している、ただそれだけの光景が無性に千鶴の心を弾ませた。
「お嬢、はしゃぐな」
猫の首もとをつかみ垂らすように、千鶴の首もとを掴みながらなまえは溜め息をつくと、沖田に「巡察に同行してるってこと忘れないでね?」と苦笑い混じりに注意をされ、千鶴は思わず小さくなった。
つい…と謝る千鶴に、沖田は気持ちは解らないわけじゃないけど…と続けると「とにかく、俺らから離れんな、」となまえが千鶴に放ち、ぽんぽんっと頭を撫でれば、千鶴は顔を染めこくんと頷く。
「ちょっと…千鶴ちゃん…。
なまえさんは僕のだから独占しないでよ?」
沖田は不満そうに千鶴を見て放てば、千鶴は困った顔をし、なまえは今度は沖田の首根っこを掴み「おら、さっさと行くぞ、猫!」と引きずり先頭を仕切る。
浅葱の羽織を目にした京の人達は、新選組を避けるように道端に寄るのを見て、千鶴は、やはり新選組は町の人から恐れられているんだと思いながら周りを見渡すと、ふとある町娘達が目に入った。
(…え…?)
千鶴の胸は、何故か、ズキンッ…と痛くなった。
どうやらその町娘達は、頬をピンクに染めて新選組を見ており、新選組というか…先頭を歩くなまえと沖田の顔を一度も見放す事もなく、熱い視線を送っていたのだった。
特に、なまえに対しての視線は抜群に多く、深く熱い。
彼を見る娘の視線は、流行ものを見るような、きゃっきゃっと騒ぐ沖田狙いの娘達とは違い、特別な感情を込めているようで…。
千鶴が気になったのは、特に誰よりも深い視線をなまえに送る、綺麗な高そうな着物をきた娘は、なまえを見ながら涙をツッ…と零し、ぱっと俯いて仕舞った。
髪に刺してある、お花の簪が鮮やかに輝き、千鶴から見たら酷く目にも心にも痛いものであった。
「あーあ…。なまえさんと一緒に巡察出来る僕の幸せな時間なのに、ああいうのがあるから一気に気分悪くなるよ。」
沖田はウンザリしながら嫉妬でギッと睨みを利かせるが、なまえは「…ん、」と言いながら、一瞬だけ顔を辛そうに歪めた後、一つ目を伏せれば、またいつもの無表情に戻る。
(…どうして、あの子は泣いてるの…?
なまえさんの今の表情…って…?)
千鶴は、なまえに向けられる、その町娘の涙に胸を痛ませながら、彼のすぐ後ろを歩き側に居れるという安心感で無理矢理誤魔化し、一番組に同行しながら道行く人に父親の事を尋ね続けた。
ーーー
「そんな雰囲気の人なら、しばらく前に桝屋さんで見かけたよ。」
何人目かの町人はそう言って、一軒の薪炭屋を指差しながら教えると、千鶴はお礼を言い喜ぶが、なまえと沖田は厳しい表情で何かを言い掛けーー
「主取りなら藩名を答えろ!」
二人が言葉を口にするより早く、新選組隊士の怒鳴り声が響き渡った。
「あーあ。よりにもよって、こんなところで騒ぎを起こすなんてね…!」
沖田は素早く構え、渦中へと飛び込んでいくと、蜘蛛の子を散らすように、町の人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。
「わ、わわっ」
人の波に押されるようにして移動してしまいそうになる千鶴の腕を、なまえは無言で、ぐいっと掴み、自分に引き寄せる。
「…ついてきな、」
離れたら許さねー、と続けるなまえに千鶴は小さく御礼を言うと、彼の手の温もりと投げかけられた言葉に、ついドキドキしてしまい顔を俯かせた。
どうやらなまえは、小競り合いは沖田達に任せ、千鶴に付き添っていてくれるようで…
それとなく理由を聞けば、俺は土方さんに付いてけって頼まれただけ、と返すが、其処に見える沖田達に対する信頼と、千鶴に対する気遣いが見え、千鶴は益々胸が熱く高鳴ってしまい、少し泣きそうになって仕舞うのであった。
「小競り合いが終わったら、合流すんべ、」
俯く千鶴に気が付かず、彼女の頭をぽんぽんっと撫でるなまえは、裏通りから様子を伺う。
(…なまえさん…)
千鶴は、目の前にある浅葱の羽織を、ぎゅっ…と掴み、高鳴る鼓動と共に、コツン…と身体を預けた。
「っ…!?新選組のみょうじ…っ…!」
その時、後ろから声が響き、どうやら先ほど千鶴が町人から教えて貰った桝屋の主人と店員が慌てふためく声が響き、店にいた客まで一斉に逃げていく。
「…ったく、お嬢って巻き込まれ体質じゃねーの?」
たりー…と吐きながら、めんどくさそうに刀を抜き、なまえも桝屋に乗り込んで仕舞い、千鶴の前で大捕り物が始まってしまったのだーー…
ーー…
夕方、千鶴達を待っていたのは、山南の厳しいお小言で、千鶴となまえと沖田は、先ほどからずっと彼のお説教を正座で聞き続けていた。
(…早く終われ…)
馴れない正座に、なまえの足はビリビリと麻痺し、足の痛みで山南の説教は耳に入ってこず、とにかくじんじんする痛みに耐えていたのだ。
「聞いているんですか!みょうじくん!」
と雷が落ちれば、なまえは「もちろんっす!全部聞いてます、さんさんさん!」とつい零し、我慢の限界が来たのか、ふらっ…と床に倒れ込んで仕舞った。
「そんなに怒ることないじゃないですか。」
僕たちは、長州の間者を捕まえてきたわけだし、と沖田が口を挟めば、山南の眉間の皺は深くなる。
「桝屋喜右衛門と身分を偽っている人間は、長州の間者である古高という者で、我々新選組はその事実を知った上で彼らを泳がせていた。」
刺々しい言葉で、山南が違いますか?と沖田に問えば、「捕まえるしかない状況だったんです。」と口を尖らせ反論する。
ある意味、大手柄なのだが…古高を泳がせる為に頑張っていた監察方には悪い結果になって仕舞った事に関して、監察に関わるなまえは、申し訳なさそうに、島田と山崎に謝る。
「私らも古高に対して手詰まりでしたから、みょうじさん達が動いてくれて助かりましたよ。」
気にしないでください、と返す島田に、山崎も同調するように頷くのだった。
その後、千鶴は私が皆の邪魔をしてしまったと己を責め説明していると、それを遮るようになまえが「俺の監督不行き届き、ごめん、」と謝ると、山南は冷たい視線を浴びせながら「十一番組組長がたかが一人の女性を匿えず…全く、情けないこともあったものですね?…沖田君、貴方もですよ。」と二人に冷たく強く放つ。
山南は、大阪で怪我をしてからすっかり人が変わってしまっていたのだ。
「外出許可を出したのは俺だ。
あまり、こいつらばかり責めないでやってくれ」
部屋に入るなり山南に声を掛ける土方は、穏やかな声で語れば山南は口を閉ざした。
「風の強い日を選んで京の都に火を放ち、あわよくば天皇を長州へ連れ出すーー…」
どうやら、古高の拷問も終わった土方は、奴らの目的を聞き出したようで、凛とした声が広間に響く。
「奴らの会合は今夜行われる可能性が高い。
てめえらも出勤準備を整えておけ」
土方の命令を聞き、広間にいる幹部達は頷き、様々な反応を見せながら了承の意を示した。
土方から、綱道が長州の者と桝屋に来たことがあるらしい、との情報を千鶴に伝えると、「長州と幕府は仲が悪いのに、何故父様が一緒にー…?」と疑問を呟くが、誰も答える者は居なかった。
そして、その晩ー…
討ち入りの準備が始まる。
鶴が鳴く熱い心情、桜桃の揺り籠
(この感情は何だろう)(知ってはいけない秘密)
ーーー
少し、懐かしい顔が登場。
彼女は今でも大切な髪に、
大切な恋の華を咲かせ、
昨晩のなまえの事が気掛かりで、余り寝付けなかった千鶴は、朝の巡察に向かう隊士達が動き始めるのを見て、彼の部屋に向かうか向かわないか…右往左往ぐるぐると自分の部屋を歩き回っていた。
(…でも、なまえさんは今朝の巡察当番じゃないみたいだし…まだ寝てるかな…)
うーんうーん、と悩む千鶴は、とうとう爆発してしまい襖にうなだれるが、いつまでもこうしてても仕方ないと思い、思い切って部屋を出て、なまえの部屋に向かった。
(よ、よし…!)
不安と心配と、男の人の部屋に入る緊張も入り交じり…心臓が煩いくらいに高鳴るのを無視して、とんとん、と襖を叩き、小さな声を放ち、部屋の様子を伺うが…。
しーん…とする部屋に、千鶴はあれ?と不思議に思うが、まさか、やっぱり具合が悪くて動けないのではないか、などと悪い方向に考えて仕舞い、慌てるように襖を開けて部屋に入る。
「失礼します!」
なまえさん、大丈夫ですか…?とすぐさま敷いてある布団に手をかけ覗きこめば…
「…すかー…」
慌てる千鶴をお構いなしに、気持ち良さそうに寝息をたてるなまえの姿が、千鶴の目に映り込んだ。
彼は寝相が少し悪いのか、少し布団が乱れており、よく見ると寝間着も乱れており、綺麗な白い肌を持つ胸が大胆に開けられている。
「…っ…〃」
かああっ、と頬に熱を感じる千鶴は、小さく「ごめんなさい」と謝ると同時に、安心感が舞い降りてきて、ほっと安堵の息をつく。
(…私…、本当になまえさんの事ばかり…)
気が付けばなまえの存在が胸や脳を占めている己を不思議に思い、しかし顔はまだ熱を保ったままの千鶴は、ドキン、ドキン…と胸を鳴らしながらなまえの寝顔に視線を奪われる。
(凄くー…綺麗ー…)
しっかり見張っておかなければ、掴んでおかなければ、いつの間にかスッ…と消えてしまいそうな白い肌や、文句の付けどころが無く、人間離れしたような余りにも整った顔に…千鶴は時間を忘れる程奪われ、つい己の手をなまえの首もとの「楔」の刺青に触れてしまった。
(何の意味が、籠められてるの…?)
千鶴は、煩いくらい高鳴る心臓の音の中に、なまえの事をもっと、もっと知りたいー…という感情が混ざるのに気が付いてしまうのであった。
「…なまえ…さ…ん…」
私、貴方の事ー…
凄く切ない声で、囁くように彼を呼ぶと、「…ん、」とくぐもった声が聞こえ、千鶴が我に返った瞬間には、なまえの目が少し開き、二色の輝きを灯させようとする。
「…ん…ぅー…」
するといきなりなまえは、己の片手をあげ千鶴の身体をグイッ、と引き寄せ、素肌の胸に納める。
(きゃあああっ!?〃)
千鶴は急な展開に、顔を真っ赤に染めながら慌てふためくが、パニックに陥り声が出なく、茹でタコ状態な顔は、以外と広い彼の素肌の胸元に埋まる。
(やだやだやだっ…〃)
どうしよう、と泣きそうになる反面、触れる彼の温もりに、ずっとこのままでいられたら…と思って仕舞っていると、頭上から「…ん、やらけー…」と声がすると、更に強く抱きしめられた。
完璧に硬直してしまった千鶴は、涙を目に溜めながら動けないでいると、また頭上から今度はハッキリした「…うげ、お嬢…?」との声が聞こえ、千鶴もやっと我に返り、慌てて彼を突き飛ばしてしまった。
ーーー
「…何で、あんたがいるんだよ、」
こんな朝早くになんなんだ、と布団の上に胡座をかき、しかめっ面でなまえは千鶴に問えば、千鶴は未だに茹でタコ状態のまま慌てて理由を話す。
「…残念、悪趣味な奴の視線に気がついて、さっさと退散しちまいましたー、」
お嬢って、覗き見が趣味なんだ、と舌をだしながら意地悪に言うなまえに、千鶴は「違いますっ!」と顔を赤くしながら否定をすると、悔しくなり言い返してやった。
「なまえさんなんて…その…えっちじゃないですかっ!」
いきなり抱きしめるなんてっ、と涙を溜めながら言えばさすがになまえも、ぎょっ、とした顔になり言い訳を吐く。
「…っせーな、寝ぼけて抱きしめたら…柔らかかったんだから仕方ねーべ、」
眉間に皺を寄せながら千鶴に放つと、千鶴はその言葉にまた茹でタコのように全身真っ赤になり湯気をたたせ、ふるふると震えながら「なまえさんのえっち!しらないっ!」と声をあげ、バタバタと音をたてながら部屋を出て行った。
(…何なんだ…?)
減るもんじゃねーし、別にいーだろ、なんて思いながら彼はもそもそ…と布団の中に戻っていくのであった。
元治元年 六月ーー
ある日、千鶴は土方に呼び出された。
「失礼します」
なまえと沖田と平助も同席していた為、千鶴は内心で安堵の息を漏らす。
やはり土方と一対一で話をするのは、酷く緊張するものだ。
何を切り出すべきかと迷っている間に、土方は不機嫌そうに口を開く。
「お前に外出許可をくれてやる。」
土方の急な言葉に、千鶴は上擦った声を上げ聞き返すと、土方は渋そうな表情のまま続けた。
「但し、市中を巡察する隊士に同行し、隊を束ねる組長の指示には必ず従え」
やっと外に出て、父親を探しに行ける事に喜ぶ千鶴は、はいっ!と返事をし、キラキラとする顔で微笑んだ。
(なまえさん達が…土方さん達に頼んでくれたんだ…!)
そう思い、チラッと沖田となまえの方を見れば、沖田はふわっと柔らかい雰囲気を出してくれるが、なまえはいつもと変わらない、無表情のまま、んべっ、と舌を出した後、ふいっ、と顔を背けて仕舞った。
千鶴は凄く眩しい顔で、口には出さず表情で「有り難う御座います!」と御礼を言ったのだった。
「総司、平助。
今日の巡察はおまえらの隊だったな?」
土方は二人に問うと平助は、なるほどねー…と察し、自分らが呼ばれた理由を知ると少し困ったように眉を寄せた。
「でも、今回はオレより総司向きじゃないかな。今日は総司の一番組が昼の巡察を担当だろ?」
平助の八番組は夜担当で、夜より昼が安全だ、というのは沖田もなまえも同じ意見だった。
「でも、逃げようとしたら殺すよ?浪士に絡まれても見捨てるけど、いい?」
冗談のような口調で千鶴に向かって言う沖田を、土方は鋭い目で睨みつけた。
「いいわけねぇだろ、馬鹿。
何のためにおまえに任せると思ってんだ。」
ため息をついた後、「なまえ」と一言放ち、今までの話に己に関係無い、とのように壁に寄りかかり一連の流れを聞いてたなまえは、不意に自分の名前を呼ばれ、土方に目だけを送った。
「おまえも付いてけ。」
十一番組には組長抜きで他の仕事してもらうから、と土方が放てば、なまえは不満そうな表情をして「あ?何で俺が行くんだよ、総司いりゃいーべ、」と文句を垂れると土方の目が鋭くなる。
ーーヒュッ…!!
なまえの顔のすぐ横の壁にトンッ、と小さな棒付きの飴の串の部分が刺さり、いいから黙ってついて行け、との威圧感が掛かればなまえは、やれやれ…と渋そうな顔をし「…あいよ、」と零し、その小さな飴を、刀と一緒に下げてある印籠の中に閉まった。
可愛い飴につられた、とはけして本人は認めないが、土方はなまえの扱いを良く解っていらっしゃるようだ。
(…なんだ今のやりとり…)
平助が少し青い顔をしながら二人を見ていると、沖田が「その印籠…懐かしいですね。」と言いながら、ちょこんと触れると、土方は溜め息をつきながら「…自分の印籠が、まさか菓子入れになってるなんて…あいつも思ってねえよな。」と零すと、なまえは悪戯な笑みを浮かべ「なに言ってんのー、遺品だろ、」と言いながら舌を、んべっ、と出した。
平助と沖田は可笑しそうに笑い、千鶴は不思議な顔をしていると…フルフルと怒りに震える土方は、今度こそ腰を持ち上げなまえに近づき、手で拳を作り、ごつん!となまえにゲンコツを食らわした後、話を元に戻した。
「長州の連中が不穏な動きを見せている。本来なら、お前を外に出せる時期じゃない。」
土方は厳しい顔をし千鶴に放てば、千鶴は、なら何故許可を?と問うと「京の市中で、綱道さんらしい人物を見たという証言が上がってる。」と続け、何より半年近くも辛抱させたし…と土方は、千鶴の事を考えて気遣いを見せたのだった。
(…俺にも、気遣いくれよ、)
むー、と顔を不満げにしながら殴られたとこをすりすり撫でていると、最近、腹の具合が悪い隊士達が多く、万全な状態じゃないとの話が出る。
目眩がする程、猛暑が続く京。
新選組隊士の多くは、この暑さのせいで体調を崩しているようだ。
「…とにかく巡察、いこーぜ?」
なまえがさっさと行くべ、と立ち上がれば、慌てて後を追うように準備をする。
正直、なまえの体調も万全ではなく、腹はなんともないのだが、只でさえ風がない猛暑の中、風通しが悪い建物に居ると呼吸が辛く、心臓に負担が掛かるのであった。
「わあっ…!」
沢山の人が道を生き来している、ただそれだけの光景が無性に千鶴の心を弾ませた。
「お嬢、はしゃぐな」
猫の首もとをつかみ垂らすように、千鶴の首もとを掴みながらなまえは溜め息をつくと、沖田に「巡察に同行してるってこと忘れないでね?」と苦笑い混じりに注意をされ、千鶴は思わず小さくなった。
つい…と謝る千鶴に、沖田は気持ちは解らないわけじゃないけど…と続けると「とにかく、俺らから離れんな、」となまえが千鶴に放ち、ぽんぽんっと頭を撫でれば、千鶴は顔を染めこくんと頷く。
「ちょっと…千鶴ちゃん…。
なまえさんは僕のだから独占しないでよ?」
沖田は不満そうに千鶴を見て放てば、千鶴は困った顔をし、なまえは今度は沖田の首根っこを掴み「おら、さっさと行くぞ、猫!」と引きずり先頭を仕切る。
浅葱の羽織を目にした京の人達は、新選組を避けるように道端に寄るのを見て、千鶴は、やはり新選組は町の人から恐れられているんだと思いながら周りを見渡すと、ふとある町娘達が目に入った。
(…え…?)
千鶴の胸は、何故か、ズキンッ…と痛くなった。
どうやらその町娘達は、頬をピンクに染めて新選組を見ており、新選組というか…先頭を歩くなまえと沖田の顔を一度も見放す事もなく、熱い視線を送っていたのだった。
特に、なまえに対しての視線は抜群に多く、深く熱い。
彼を見る娘の視線は、流行ものを見るような、きゃっきゃっと騒ぐ沖田狙いの娘達とは違い、特別な感情を込めているようで…。
千鶴が気になったのは、特に誰よりも深い視線をなまえに送る、綺麗な高そうな着物をきた娘は、なまえを見ながら涙をツッ…と零し、ぱっと俯いて仕舞った。
髪に刺してある、お花の簪が鮮やかに輝き、千鶴から見たら酷く目にも心にも痛いものであった。
「あーあ…。なまえさんと一緒に巡察出来る僕の幸せな時間なのに、ああいうのがあるから一気に気分悪くなるよ。」
沖田はウンザリしながら嫉妬でギッと睨みを利かせるが、なまえは「…ん、」と言いながら、一瞬だけ顔を辛そうに歪めた後、一つ目を伏せれば、またいつもの無表情に戻る。
(…どうして、あの子は泣いてるの…?
なまえさんの今の表情…って…?)
千鶴は、なまえに向けられる、その町娘の涙に胸を痛ませながら、彼のすぐ後ろを歩き側に居れるという安心感で無理矢理誤魔化し、一番組に同行しながら道行く人に父親の事を尋ね続けた。
ーーー
「そんな雰囲気の人なら、しばらく前に桝屋さんで見かけたよ。」
何人目かの町人はそう言って、一軒の薪炭屋を指差しながら教えると、千鶴はお礼を言い喜ぶが、なまえと沖田は厳しい表情で何かを言い掛けーー
「主取りなら藩名を答えろ!」
二人が言葉を口にするより早く、新選組隊士の怒鳴り声が響き渡った。
「あーあ。よりにもよって、こんなところで騒ぎを起こすなんてね…!」
沖田は素早く構え、渦中へと飛び込んでいくと、蜘蛛の子を散らすように、町の人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。
「わ、わわっ」
人の波に押されるようにして移動してしまいそうになる千鶴の腕を、なまえは無言で、ぐいっと掴み、自分に引き寄せる。
「…ついてきな、」
離れたら許さねー、と続けるなまえに千鶴は小さく御礼を言うと、彼の手の温もりと投げかけられた言葉に、ついドキドキしてしまい顔を俯かせた。
どうやらなまえは、小競り合いは沖田達に任せ、千鶴に付き添っていてくれるようで…
それとなく理由を聞けば、俺は土方さんに付いてけって頼まれただけ、と返すが、其処に見える沖田達に対する信頼と、千鶴に対する気遣いが見え、千鶴は益々胸が熱く高鳴ってしまい、少し泣きそうになって仕舞うのであった。
「小競り合いが終わったら、合流すんべ、」
俯く千鶴に気が付かず、彼女の頭をぽんぽんっと撫でるなまえは、裏通りから様子を伺う。
(…なまえさん…)
千鶴は、目の前にある浅葱の羽織を、ぎゅっ…と掴み、高鳴る鼓動と共に、コツン…と身体を預けた。
「っ…!?新選組のみょうじ…っ…!」
その時、後ろから声が響き、どうやら先ほど千鶴が町人から教えて貰った桝屋の主人と店員が慌てふためく声が響き、店にいた客まで一斉に逃げていく。
「…ったく、お嬢って巻き込まれ体質じゃねーの?」
たりー…と吐きながら、めんどくさそうに刀を抜き、なまえも桝屋に乗り込んで仕舞い、千鶴の前で大捕り物が始まってしまったのだーー…
ーー…
夕方、千鶴達を待っていたのは、山南の厳しいお小言で、千鶴となまえと沖田は、先ほどからずっと彼のお説教を正座で聞き続けていた。
(…早く終われ…)
馴れない正座に、なまえの足はビリビリと麻痺し、足の痛みで山南の説教は耳に入ってこず、とにかくじんじんする痛みに耐えていたのだ。
「聞いているんですか!みょうじくん!」
と雷が落ちれば、なまえは「もちろんっす!全部聞いてます、さんさんさん!」とつい零し、我慢の限界が来たのか、ふらっ…と床に倒れ込んで仕舞った。
「そんなに怒ることないじゃないですか。」
僕たちは、長州の間者を捕まえてきたわけだし、と沖田が口を挟めば、山南の眉間の皺は深くなる。
「桝屋喜右衛門と身分を偽っている人間は、長州の間者である古高という者で、我々新選組はその事実を知った上で彼らを泳がせていた。」
刺々しい言葉で、山南が違いますか?と沖田に問えば、「捕まえるしかない状況だったんです。」と口を尖らせ反論する。
ある意味、大手柄なのだが…古高を泳がせる為に頑張っていた監察方には悪い結果になって仕舞った事に関して、監察に関わるなまえは、申し訳なさそうに、島田と山崎に謝る。
「私らも古高に対して手詰まりでしたから、みょうじさん達が動いてくれて助かりましたよ。」
気にしないでください、と返す島田に、山崎も同調するように頷くのだった。
その後、千鶴は私が皆の邪魔をしてしまったと己を責め説明していると、それを遮るようになまえが「俺の監督不行き届き、ごめん、」と謝ると、山南は冷たい視線を浴びせながら「十一番組組長がたかが一人の女性を匿えず…全く、情けないこともあったものですね?…沖田君、貴方もですよ。」と二人に冷たく強く放つ。
山南は、大阪で怪我をしてからすっかり人が変わってしまっていたのだ。
「外出許可を出したのは俺だ。
あまり、こいつらばかり責めないでやってくれ」
部屋に入るなり山南に声を掛ける土方は、穏やかな声で語れば山南は口を閉ざした。
「風の強い日を選んで京の都に火を放ち、あわよくば天皇を長州へ連れ出すーー…」
どうやら、古高の拷問も終わった土方は、奴らの目的を聞き出したようで、凛とした声が広間に響く。
「奴らの会合は今夜行われる可能性が高い。
てめえらも出勤準備を整えておけ」
土方の命令を聞き、広間にいる幹部達は頷き、様々な反応を見せながら了承の意を示した。
土方から、綱道が長州の者と桝屋に来たことがあるらしい、との情報を千鶴に伝えると、「長州と幕府は仲が悪いのに、何故父様が一緒にー…?」と疑問を呟くが、誰も答える者は居なかった。
そして、その晩ー…
討ち入りの準備が始まる。
鶴が鳴く熱い心情、桜桃の揺り籠
(この感情は何だろう)(知ってはいけない秘密)
ーーー
少し、懐かしい顔が登場。
彼女は今でも大切な髪に、
大切な恋の華を咲かせ、