手偏言事の内緒話、武士の契
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どんな形であれ、父親探しの為の一歩前進できた千鶴は、灰色の雲が途切れて、鮮やかな晴れ間をのぞかせる空を見ていた。
(いつまで、こんな生活を続けるのかな…。)
基本的には一人で部屋で過ごす今、つい溜め息をついてしまった。
綱道が無事かどうかは、千鶴が此処に閉じこもっている限りは解らないーー。
考えても仕方ない事ばかり、千鶴の前には山積みになってしまうのだった。
「新撰組の皆さんを完全に信用してるわけじゃないけど…でもきっと根は良い人達なんだよね。」
きっと、己の利用価値が無ければ簡単に殺して仕舞うだろうとは理解しているが、彼らと話していれば根は悪いとは感じない、と千鶴は思い独り言を発してみると、すぐ隣から「…へー、いつか騙されて食われるぞ、」との声がした。
びくっ、と肩を跳ねさせ、短く声を発すると目の前には、じと…っとした目で千鶴を見下ろすなまえが壁に寄りかかりながら立っていた。
「ちょっ、何でなまえさんが私の部屋に!?」
独り言聞こえてましたか!?と赤面しながら慌てて問えば、ふぅ、と溜め息を吐きながら彼は答えてくれた。
「…今日は、お嬢と俺が晩飯当番、」
おら、さっさとしやがれ、と千鶴に背を向けるとスタスタ…と出て行って仕舞うなまえの後を、千鶴は顔を含ませながら「質問の答えになってません!」と言いながら彼の背を追いかけ、隣に並べば自然と頬を緩ませた。
(…えへへ、なまえさんの隣、落ち着くなぁ…)
千鶴は、なまえの隣に居ると自然に心がほっ、となり安心する自分を知っている。
そんな事バレてしまうと恥ずかしく、絶対に彼には言わないが…。
「…あんだよ、何ニヤついてやがる、」
変な奴、と投げかけられれば、共にほうれん草を手に渡される。
どうやら今日の夕飯は、ほうれん草のお浸しと、大根のお味噌汁に漬け物、あと煮魚らしい。
なまえの独断で決定との事で、千鶴は素直に頷き、お浸しを作っていく。
「お浸しは、あんまり味濃くすんなよ、」
漬け物もあるし、塩分取りすぎっから、と千鶴に投げかけるなまえは、お味噌汁と煮魚を担当していた。
トントン…と手慣れた手付きで包丁を扱うなまえを見て、千鶴はポーッ…と見惚れてしまいつつ、なんだか少し悔しくなった。
(なまえさんは、何でも出来てずるい…!)
女の千鶴より、綺麗に切っていく手付きに嫉妬し、私だって…!と変に意気込んでしまいザクッ、ザクッとほうれん草を切っていくと、つい、自分の指を軽く包丁に触れさせて仕舞った。
「あっ…!」
さくっ、と切れた千鶴の指の皮膚からは、ぷくっ、と赤い筋が産まれ、痛っ…と小さく零すと、なまえが「何やってんだよ、」と千鶴に向く。
「だ、大丈夫ですっ!」
自分の秘密がばれちゃう、と思った千鶴は慌ててなまえの目から隠れようとするが、鬼の力で傷を癒やしていく場面をバッチリなまえに見られてしまい、千鶴は冷水を浴びさせられた感覚に陥った。
(…気持ち悪いって、思われたよね…!)
目をぎゅっ…とつぶり、手のひらを握りしめながらフルフル…と俯きながら己の体質を恨むが、なまえは何事も無かったようにさらっと放つ。
「…指、大丈夫そーだな、
つーか、しょっぺーよ、」
千鶴が作ったお浸しをぱくっと摘むとなまえは眉間に皺を寄せ、コツン、と千鶴の頭を軽く小突いた。
(…え?)
何も言わないなまえに千鶴は内心驚いたが、自分の体質を不気味に思わず、いつも通りのように接してくれるなまえに安心し、「そんな事ないですよー!」と、嬉しさのあまりつい憎まれ口を叩いてしまった。
なまえは、「…ったく、しゃーねーなー」とぶつぶつ文句を言いながら、漬け物を少し水で洗って、お浸しと皿に添え、完成した物を運ぶように指示した。
「お嬢、味噌汁は俺が持つから軽いの持って、」
零されたら、たまったもんじゃねーと言いながら、重たい汁物を持って行ってしまうなまえのさり気ない優しさに、千鶴は胸がトクンーー鳴り、素直に御礼を言う千鶴であった。広間に着いた二人を、永倉と原田が迎え「来た来たー!」とはしゃぐ声が響いた。
「っしゃあ!今日は、なまえちゃんが当番かー! 」
キラキラした眼で眺める永倉は、早く早く!と急かす彼を見て幹部達は賑やかに食事を始め、恒例のおかずの取り合いが始まる。
「さすがなまえ。いつでも嫁に来いよ?」と原田がお浸しを摘むと、なまえは味噌汁を啜りながら「それ、お嬢」と一言呟くと原田は、ぎょっとした表情になった。
気まずく赤面する千鶴に、「はっはっは!良かったな!」と豪快に笑う永倉のおかずを斎藤が横からひょぃっ、と持って行く。
「この煮魚は、まさしくなまえの味付けだな…。俺がいただく。」
斎藤がなまえの顔を見ながら小さく微笑むと、なまえは「おー、毎日作ってやんよ、はじめー、」といつもの調子で返して仕舞えば周りからすかさず「ずるい!」だの「俺にも!」だの声が響く。
千鶴は、皆と一緒に楽しく食べる夕飯を嬉しく思うと、自然と笑顔になり、隣にいた原田から「そうやって笑ってろ。皆、お前を悪いようにはしないさ。」と話しかけ、満足げに目を細めるのを見れば、胸がぽかぽかと暖まった千鶴は、不思議と頬を緩ませていた。
「ちょっといいかい、皆」
その時突然、広間に井上が入ってきて真剣な目で空気を変え、「大阪に居る土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらしい」との井上からの言葉に、皆は一斉に息を呑んだ。
どうやら大阪のとある呉服屋に、浪士たちが無理矢理押し入り、駆けつけた山南達は何とか浪士たちを退けたが、その際に怪我をしてしまった、との話らしい。
「…で、山南さんは?」
なまえの真剣な問いに、井上は気まずく「相当の深手だと手紙には書いてあるけど、傷は左腕とのことだ。剣を握るのは難しいが命に別状は無いらしい」と放ち、千鶴は命に別状は無いと言われ、良かった…!と思わず胸をなで下ろした。
しかし、千鶴以外の皆は厳しい表情のまま、井上が近藤と話があるからと部屋を後にした後も少し沈黙が続いた。
「刀は片腕で容易に扱えるものではない。最悪ーー…」
二度と真剣を振るえまい、と冷たく静かに斎藤が沈黙を破ると、その瞬間、千鶴は皆が憂うものが何かを理解する。
「武士としては、命を奪われたと同じ、」
なまえは千鶴が頭に描いた言葉を確実に冷酷に放てば、斎藤は静かに頷き、沖田は溜め息を吐いた。
「薬でも、何でも使ってもらうしかないですね。」
山南さんも納得してくれるんじゃないかなあ、と放てば永倉が「幹部が新撰組入りしてどうするんだよ」と止めた。
(…どあほ、)
なまえは、呆れた顔で永倉を見れば、千鶴は予想通りの反応を示す。
「新選組は、新選組ですよね?」
まるで山南が新選組に入ってないような言い方に首を傾げ、それを見た平助は、空中に指で文字を書く真似をする。
「普通の新選組ってこう書くだろ?新撰組は、せんの字をーー」
平助が千鶴に詳しく説明をしようとした時、なまえの目付きが瞬時に変わり、原田は問答無用で平助を殴り飛ばした。
「いって…」
千鶴が大丈夫?!と慌てながら平助に駆け出すと、永倉は疲れたように息を吐き、原田にやりすぎだと放ち、平助にも千鶴のことを考えろと注意し、いくにもなく真面目な顔をすれば、原田は平助に短く謝った。
「いや、今のはオレが悪かったけど、左之さんはすぐ手が出るんだからなー」と苦笑いすると、なまえは「つーか、新八がその話出したからだべ、」と言いながらじと…っと永倉を睨む。
ギクッとした永倉は、顔を引きつりながら短く謝るのを見て、これが日常茶飯事であるかの皆の反応に、千鶴はここが異世界なのだと改めて感じたのだった。
「お嬢、今の話は忘れろ、聞くな、忘れろ、」
わかったな?となまえの冷たい目の色を浴びせられ、千鶴の頭をぽんっ、と軽く叩き言い聞かせるようにしても、千鶴は釈然とせず言葉を紡ぐと、「新撰組って言うのは、可哀想な子たちのことだよ」と不意に沖田の冷たい声が聞こえた。
千鶴はお客様で、新選組ではない。
新選組の秘密なんて、知らなくて言い。
最初から解ってたことが、何故か自分の無力さが悔しく感じてしまう千鶴であった。
「よしよし、そんな悲しい顔しねーの、」
いつの間にか、千鶴自身、凄く安心できるようになった…なまえの、大きな掌の暖かい体温を感じて尚更、皆との間に、壁があることを実感して寂しく思う千鶴であった。
「はあ…」
折角、なまえとの当番で、最初の方は楽しく夕食を取っていたのだが、あれから砂をかむような心地で夕食を取る事になってしまって、肩を落としながら千鶴はひとり部屋に戻ってきた。
頭の中を、色々な事がぐるぐる周り先程の【しんせんぐみ】の事を思い出してしまった。
まるで、新選組の中に、もう一つの新選組があるみたいーー…と思った瞬間と同時に、「忘れろ」と言いながら冷たい目の色をしたなまえを思い出し、千鶴はハッとする。
(…っ、余計な事考えちゃ駄目!)
もし自分が秘密を知って、殺される事になったら父親を探しに行けないし、自分を心配してくれている皆のことも悲しませてしまうかもしれないと思い、ぱちぱちっと頬を叩き、まだ寒いであろう、外の空気を吸いたくなり障子を開ける。
「…ふぅ、」
千鶴は、ひやっとする空気を身体に当て、そのまま少しだけ景色を楽しんでいると、中庭の奥の方に人影を見つけた。
(…あれ?なまえさん…?)
こんな遅くに中庭で何を?と疑問に思いながら彼を目で追うと、なまえは岩に腰を掛け、いつも肩から下げている鍵のようなものに口をつけていた。
(前から気になってたんだけど…あの鍵のようなものは一体何なんだろう…?)
何となく、気がかりであった千鶴は、それとなく質問してみようかなと思っていたが、聞く場面を逃し聞けずにいた。
千鶴は遠くから見ていたので物音などは聞こえはしなかったが、なまえの仕草を見ていると、笛を奏でているように見えた。
(鍵に見えたけど…横笛なのかな?)
月光にてらされて、きっと凄く綺麗なんだろうな…音色も、なまえさんも…と想像が出来る程、遠くから見ても彼は綺麗で、千鶴は思わず見惚れていたがーーー…
急になまえは奏でるのをやめ、岩の影に隠れてしまった。
しかし奏でるのを止めるとしても、何処か動きが可笑しい…?
岩にうずくまるような…、岩に手を当ててうなだれるような…。
(…なまえ…さん…!?)
千鶴は妙な胸騒ぎがして、寝間着の上から羽織をかけ、急いでなまえの元へと飛び出した。
ーーー
「…ぐ…っ…、っ…!!」
なまえは、岩に縋る片手に連結鍵を握りしめ、心臓の苦しさに必死に耐えていた。
あいてる手は左胸を掴むように着物を握り締め、冷える夜空の下で大粒の汗を地面にポタッ、ポタッ…と垂らした。
ズキン、ズキンー…!と、前より痛みが増す心臓の抱える爆弾に、やはり嫌でも気がつかせられる現実。
ヒュー…ヒュー…と呼吸するなまえは、げぼっ、と、一つ軽い咳をした途端、口を押さえてた掌に、ぬめっ…とした鮮明な赤が映え、溜め息をついた瞬間、砂をこする人の足音にビクッ、と肩を跳ねさせ、すぐさま近くの木の近くに身を隠した。
(…っ、誰だ…!)
汗をポタポタ垂らしながら、荒い呼吸をするなまえは、気配を消し、足音の正体を探ると…慌てて駆け出してきたのか、ハァハァ、と呼吸を乱す千鶴の姿を確認したのだった。
「…あ、れ…?なまえさん…居ない…?」
おかしいなぁ…すれ違って、部屋に戻ったのかな?と息を乱しながら辺りを見渡して、己を探す千鶴に、なまえは更に顔をひきつらせたのだった。
(…うげ、お嬢、)
やべー、連結鍵見られてたのかも、と顔を引きつり笑うなまえは、そのまま千鶴が去るまで気配を断つ。
(…お嬢、巻き込まれ体質じゃねーの?)
しっ、しっ、と心の中で千鶴を払いながら文句を垂れてると、暫くすると千鶴は、諦めたようにその場を後にし、彼女が建物に入るのを確認したなまえは、はー…と安心した瞬間、酷い吐気に襲われ、木の影で、ごぼごぼっ…と血を吐いてしまった。
「…っ、ちくしょ…、」
ぜー…ぜー…と途切れそうな呼吸をし、酷く視界が揺らむ、前より確実に酷くなっている己の症状に、「武士として、命を落としてるのは…山南さんじゃなくて俺なのかも…」と、哀しく呟くのであった。
(…は…、後始末、めんどくせ…)
漆黒の夜の中ー…、
ーーー
「…え?」
ビチャッ…と何かが撒かれる音が聞こえたように感じた千鶴は、ふと後ろを振り返るが、とくに何が在るわけでもなく…、しかし嫌な胸騒ぎは止まない。
(なまえさん…。)
このまま彼の部屋に行きたかったが時間も時間だし…と迷って諦め、明日の朝一番に彼の様子を確認しようと心に決めた千鶴は、薄っぺらい布団の中で彼の事を考えながら眠りに就いたーー…。
手偏言事の内緒話、武士の契
(体外が駄目なら)(体内)
ーーー
心臓は、鍛えられません、
お願いします、彼にもう少しだけ、
(いつまで、こんな生活を続けるのかな…。)
基本的には一人で部屋で過ごす今、つい溜め息をついてしまった。
綱道が無事かどうかは、千鶴が此処に閉じこもっている限りは解らないーー。
考えても仕方ない事ばかり、千鶴の前には山積みになってしまうのだった。
「新撰組の皆さんを完全に信用してるわけじゃないけど…でもきっと根は良い人達なんだよね。」
きっと、己の利用価値が無ければ簡単に殺して仕舞うだろうとは理解しているが、彼らと話していれば根は悪いとは感じない、と千鶴は思い独り言を発してみると、すぐ隣から「…へー、いつか騙されて食われるぞ、」との声がした。
びくっ、と肩を跳ねさせ、短く声を発すると目の前には、じと…っとした目で千鶴を見下ろすなまえが壁に寄りかかりながら立っていた。
「ちょっ、何でなまえさんが私の部屋に!?」
独り言聞こえてましたか!?と赤面しながら慌てて問えば、ふぅ、と溜め息を吐きながら彼は答えてくれた。
「…今日は、お嬢と俺が晩飯当番、」
おら、さっさとしやがれ、と千鶴に背を向けるとスタスタ…と出て行って仕舞うなまえの後を、千鶴は顔を含ませながら「質問の答えになってません!」と言いながら彼の背を追いかけ、隣に並べば自然と頬を緩ませた。
(…えへへ、なまえさんの隣、落ち着くなぁ…)
千鶴は、なまえの隣に居ると自然に心がほっ、となり安心する自分を知っている。
そんな事バレてしまうと恥ずかしく、絶対に彼には言わないが…。
「…あんだよ、何ニヤついてやがる、」
変な奴、と投げかけられれば、共にほうれん草を手に渡される。
どうやら今日の夕飯は、ほうれん草のお浸しと、大根のお味噌汁に漬け物、あと煮魚らしい。
なまえの独断で決定との事で、千鶴は素直に頷き、お浸しを作っていく。
「お浸しは、あんまり味濃くすんなよ、」
漬け物もあるし、塩分取りすぎっから、と千鶴に投げかけるなまえは、お味噌汁と煮魚を担当していた。
トントン…と手慣れた手付きで包丁を扱うなまえを見て、千鶴はポーッ…と見惚れてしまいつつ、なんだか少し悔しくなった。
(なまえさんは、何でも出来てずるい…!)
女の千鶴より、綺麗に切っていく手付きに嫉妬し、私だって…!と変に意気込んでしまいザクッ、ザクッとほうれん草を切っていくと、つい、自分の指を軽く包丁に触れさせて仕舞った。
「あっ…!」
さくっ、と切れた千鶴の指の皮膚からは、ぷくっ、と赤い筋が産まれ、痛っ…と小さく零すと、なまえが「何やってんだよ、」と千鶴に向く。
「だ、大丈夫ですっ!」
自分の秘密がばれちゃう、と思った千鶴は慌ててなまえの目から隠れようとするが、鬼の力で傷を癒やしていく場面をバッチリなまえに見られてしまい、千鶴は冷水を浴びさせられた感覚に陥った。
(…気持ち悪いって、思われたよね…!)
目をぎゅっ…とつぶり、手のひらを握りしめながらフルフル…と俯きながら己の体質を恨むが、なまえは何事も無かったようにさらっと放つ。
「…指、大丈夫そーだな、
つーか、しょっぺーよ、」
千鶴が作ったお浸しをぱくっと摘むとなまえは眉間に皺を寄せ、コツン、と千鶴の頭を軽く小突いた。
(…え?)
何も言わないなまえに千鶴は内心驚いたが、自分の体質を不気味に思わず、いつも通りのように接してくれるなまえに安心し、「そんな事ないですよー!」と、嬉しさのあまりつい憎まれ口を叩いてしまった。
なまえは、「…ったく、しゃーねーなー」とぶつぶつ文句を言いながら、漬け物を少し水で洗って、お浸しと皿に添え、完成した物を運ぶように指示した。
「お嬢、味噌汁は俺が持つから軽いの持って、」
零されたら、たまったもんじゃねーと言いながら、重たい汁物を持って行ってしまうなまえのさり気ない優しさに、千鶴は胸がトクンーー鳴り、素直に御礼を言う千鶴であった。広間に着いた二人を、永倉と原田が迎え「来た来たー!」とはしゃぐ声が響いた。
「っしゃあ!今日は、なまえちゃんが当番かー! 」
キラキラした眼で眺める永倉は、早く早く!と急かす彼を見て幹部達は賑やかに食事を始め、恒例のおかずの取り合いが始まる。
「さすがなまえ。いつでも嫁に来いよ?」と原田がお浸しを摘むと、なまえは味噌汁を啜りながら「それ、お嬢」と一言呟くと原田は、ぎょっとした表情になった。
気まずく赤面する千鶴に、「はっはっは!良かったな!」と豪快に笑う永倉のおかずを斎藤が横からひょぃっ、と持って行く。
「この煮魚は、まさしくなまえの味付けだな…。俺がいただく。」
斎藤がなまえの顔を見ながら小さく微笑むと、なまえは「おー、毎日作ってやんよ、はじめー、」といつもの調子で返して仕舞えば周りからすかさず「ずるい!」だの「俺にも!」だの声が響く。
千鶴は、皆と一緒に楽しく食べる夕飯を嬉しく思うと、自然と笑顔になり、隣にいた原田から「そうやって笑ってろ。皆、お前を悪いようにはしないさ。」と話しかけ、満足げに目を細めるのを見れば、胸がぽかぽかと暖まった千鶴は、不思議と頬を緩ませていた。
「ちょっといいかい、皆」
その時突然、広間に井上が入ってきて真剣な目で空気を変え、「大阪に居る土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらしい」との井上からの言葉に、皆は一斉に息を呑んだ。
どうやら大阪のとある呉服屋に、浪士たちが無理矢理押し入り、駆けつけた山南達は何とか浪士たちを退けたが、その際に怪我をしてしまった、との話らしい。
「…で、山南さんは?」
なまえの真剣な問いに、井上は気まずく「相当の深手だと手紙には書いてあるけど、傷は左腕とのことだ。剣を握るのは難しいが命に別状は無いらしい」と放ち、千鶴は命に別状は無いと言われ、良かった…!と思わず胸をなで下ろした。
しかし、千鶴以外の皆は厳しい表情のまま、井上が近藤と話があるからと部屋を後にした後も少し沈黙が続いた。
「刀は片腕で容易に扱えるものではない。最悪ーー…」
二度と真剣を振るえまい、と冷たく静かに斎藤が沈黙を破ると、その瞬間、千鶴は皆が憂うものが何かを理解する。
「武士としては、命を奪われたと同じ、」
なまえは千鶴が頭に描いた言葉を確実に冷酷に放てば、斎藤は静かに頷き、沖田は溜め息を吐いた。
「薬でも、何でも使ってもらうしかないですね。」
山南さんも納得してくれるんじゃないかなあ、と放てば永倉が「幹部が新撰組入りしてどうするんだよ」と止めた。
(…どあほ、)
なまえは、呆れた顔で永倉を見れば、千鶴は予想通りの反応を示す。
「新選組は、新選組ですよね?」
まるで山南が新選組に入ってないような言い方に首を傾げ、それを見た平助は、空中に指で文字を書く真似をする。
「普通の新選組ってこう書くだろ?新撰組は、せんの字をーー」
平助が千鶴に詳しく説明をしようとした時、なまえの目付きが瞬時に変わり、原田は問答無用で平助を殴り飛ばした。
「いって…」
千鶴が大丈夫?!と慌てながら平助に駆け出すと、永倉は疲れたように息を吐き、原田にやりすぎだと放ち、平助にも千鶴のことを考えろと注意し、いくにもなく真面目な顔をすれば、原田は平助に短く謝った。
「いや、今のはオレが悪かったけど、左之さんはすぐ手が出るんだからなー」と苦笑いすると、なまえは「つーか、新八がその話出したからだべ、」と言いながらじと…っと永倉を睨む。
ギクッとした永倉は、顔を引きつりながら短く謝るのを見て、これが日常茶飯事であるかの皆の反応に、千鶴はここが異世界なのだと改めて感じたのだった。
「お嬢、今の話は忘れろ、聞くな、忘れろ、」
わかったな?となまえの冷たい目の色を浴びせられ、千鶴の頭をぽんっ、と軽く叩き言い聞かせるようにしても、千鶴は釈然とせず言葉を紡ぐと、「新撰組って言うのは、可哀想な子たちのことだよ」と不意に沖田の冷たい声が聞こえた。
千鶴はお客様で、新選組ではない。
新選組の秘密なんて、知らなくて言い。
最初から解ってたことが、何故か自分の無力さが悔しく感じてしまう千鶴であった。
「よしよし、そんな悲しい顔しねーの、」
いつの間にか、千鶴自身、凄く安心できるようになった…なまえの、大きな掌の暖かい体温を感じて尚更、皆との間に、壁があることを実感して寂しく思う千鶴であった。
「はあ…」
折角、なまえとの当番で、最初の方は楽しく夕食を取っていたのだが、あれから砂をかむような心地で夕食を取る事になってしまって、肩を落としながら千鶴はひとり部屋に戻ってきた。
頭の中を、色々な事がぐるぐる周り先程の【しんせんぐみ】の事を思い出してしまった。
まるで、新選組の中に、もう一つの新選組があるみたいーー…と思った瞬間と同時に、「忘れろ」と言いながら冷たい目の色をしたなまえを思い出し、千鶴はハッとする。
(…っ、余計な事考えちゃ駄目!)
もし自分が秘密を知って、殺される事になったら父親を探しに行けないし、自分を心配してくれている皆のことも悲しませてしまうかもしれないと思い、ぱちぱちっと頬を叩き、まだ寒いであろう、外の空気を吸いたくなり障子を開ける。
「…ふぅ、」
千鶴は、ひやっとする空気を身体に当て、そのまま少しだけ景色を楽しんでいると、中庭の奥の方に人影を見つけた。
(…あれ?なまえさん…?)
こんな遅くに中庭で何を?と疑問に思いながら彼を目で追うと、なまえは岩に腰を掛け、いつも肩から下げている鍵のようなものに口をつけていた。
(前から気になってたんだけど…あの鍵のようなものは一体何なんだろう…?)
何となく、気がかりであった千鶴は、それとなく質問してみようかなと思っていたが、聞く場面を逃し聞けずにいた。
千鶴は遠くから見ていたので物音などは聞こえはしなかったが、なまえの仕草を見ていると、笛を奏でているように見えた。
(鍵に見えたけど…横笛なのかな?)
月光にてらされて、きっと凄く綺麗なんだろうな…音色も、なまえさんも…と想像が出来る程、遠くから見ても彼は綺麗で、千鶴は思わず見惚れていたがーーー…
急になまえは奏でるのをやめ、岩の影に隠れてしまった。
しかし奏でるのを止めるとしても、何処か動きが可笑しい…?
岩にうずくまるような…、岩に手を当ててうなだれるような…。
(…なまえ…さん…!?)
千鶴は妙な胸騒ぎがして、寝間着の上から羽織をかけ、急いでなまえの元へと飛び出した。
ーーー
「…ぐ…っ…、っ…!!」
なまえは、岩に縋る片手に連結鍵を握りしめ、心臓の苦しさに必死に耐えていた。
あいてる手は左胸を掴むように着物を握り締め、冷える夜空の下で大粒の汗を地面にポタッ、ポタッ…と垂らした。
ズキン、ズキンー…!と、前より痛みが増す心臓の抱える爆弾に、やはり嫌でも気がつかせられる現実。
ヒュー…ヒュー…と呼吸するなまえは、げぼっ、と、一つ軽い咳をした途端、口を押さえてた掌に、ぬめっ…とした鮮明な赤が映え、溜め息をついた瞬間、砂をこする人の足音にビクッ、と肩を跳ねさせ、すぐさま近くの木の近くに身を隠した。
(…っ、誰だ…!)
汗をポタポタ垂らしながら、荒い呼吸をするなまえは、気配を消し、足音の正体を探ると…慌てて駆け出してきたのか、ハァハァ、と呼吸を乱す千鶴の姿を確認したのだった。
「…あ、れ…?なまえさん…居ない…?」
おかしいなぁ…すれ違って、部屋に戻ったのかな?と息を乱しながら辺りを見渡して、己を探す千鶴に、なまえは更に顔をひきつらせたのだった。
(…うげ、お嬢、)
やべー、連結鍵見られてたのかも、と顔を引きつり笑うなまえは、そのまま千鶴が去るまで気配を断つ。
(…お嬢、巻き込まれ体質じゃねーの?)
しっ、しっ、と心の中で千鶴を払いながら文句を垂れてると、暫くすると千鶴は、諦めたようにその場を後にし、彼女が建物に入るのを確認したなまえは、はー…と安心した瞬間、酷い吐気に襲われ、木の影で、ごぼごぼっ…と血を吐いてしまった。
「…っ、ちくしょ…、」
ぜー…ぜー…と途切れそうな呼吸をし、酷く視界が揺らむ、前より確実に酷くなっている己の症状に、「武士として、命を落としてるのは…山南さんじゃなくて俺なのかも…」と、哀しく呟くのであった。
(…は…、後始末、めんどくせ…)
漆黒の夜の中ー…、
ーーー
「…え?」
ビチャッ…と何かが撒かれる音が聞こえたように感じた千鶴は、ふと後ろを振り返るが、とくに何が在るわけでもなく…、しかし嫌な胸騒ぎは止まない。
(なまえさん…。)
このまま彼の部屋に行きたかったが時間も時間だし…と迷って諦め、明日の朝一番に彼の様子を確認しようと心に決めた千鶴は、薄っぺらい布団の中で彼の事を考えながら眠りに就いたーー…。
手偏言事の内緒話、武士の契
(体外が駄目なら)(体内)
ーーー
心臓は、鍛えられません、
お願いします、彼にもう少しだけ、