黯然で塑性した景、少女の汗泪は逐い衝かず凍え変若
n a m e
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
千鶴が新選組の屯所で暮らし初めて、早くも一週間が過ぎようとしていた。
千鶴には、基本的には自由な生活と専属の部屋が与えられ、殺される寸前だった事を思えば、今の待遇は涙が出るほど有り難いものであった。
(だけど、ずっと男装したままって言うのは…)
やっぱり、案外と不便なもので、つい溜め息が出てしまった。
新選組預かりの身柄となったが、不安要素が多い現状で迂闊な行動は取れないし、やはり女として屯所に置くわけには行かない、と言われ男装を続ける事になったのだ。
「例え君にその気がなくとも、女性の存在は隊内の風紀を乱しかねませんしね」と、山南の説明が入った時に「乱す程、色気ねーから大丈夫だべ、」と舌を、んべっ、と出しながら悪戯な顔してにやついたなまえを思いだし、千鶴は一人で頬をふくらませた。
(なっ、なによぉ~〃)
挙げ句の果てには、お嬢は色気より食い気だろ?と刺されたのを思いだし、ぷんすかと手を振り回し拗ねる千鶴であった。
ーーそんな感じで現在に至る。
(せめて、隊士の皆さんの役に立てればなあ…)
隊内の事も、屯所の事も余り解らない千鶴は肩を落とす。
見ず知らずの子供がいきなり屯所に来て、急に一人部屋を与えられ、しかも余り仕事といった仕事をせず過ごしている訳で、それが幹部から可愛がられているように見えて…余計に他の隊士から冷たい目で見られる事に千鶴は胸を痛ませていた。
(特に、なまえさんが当番の時の隊士さん達からの目が何倍にも増して、痛くて辛いんだよね…)
幹部達は只、千鶴が余計な事を口走らないように代わる代わる監視しているだけ。
なまえの監視当番の時の一層、鋭い視線の理由は、恐らく彼は新選組一、人気者であり、その彼と付きっきりで供にし、彼を独占している様に見え、嫉妬からくる気持ちがあり、鋭いのではないのだろうと千鶴は思った。
(あんなに意地悪なのに…)
一週間しか居ない千鶴でも、やはりなまえの人を引き付けるオーラを体で嫌と言うほど感じ、周りの人たちの表情や会話を聞いていれば、一目瞭然であった。
それ程、彼の存在は、新選組にとって大きな、大きなものなのだという事ーー。
(私も、彼がいなかったら…)
今頃、どうなっていただろうと考え、身震いを起こす。
千鶴の処遇を話し合っている時に、さり気なくなまえは千鶴の事を庇い、彼の発言力に威力が在るのと、周りは彼に対して絶対的な信頼が在る御陰で…処遇の話は上手くすすみ、こうして今、なまえの御陰で、千鶴は京で生きて過ごして居られるのだ。
(でも、早く父様を探しに行かないと…。)
でも自分から土方に頼むのも少し怖いと思い、しかし此処はもう駄目で元もと、今は土方は出張で不在なので、とにかく幹部の誰かに相談してみようと千鶴は立ち上がり、思い切って部屋を出たのだった。
こっそり出て行くと、中庭に沖田と斎藤となまえの姿が目に入り、千鶴は挨拶をした。
「おはよう、千鶴ちゃん」と沖田は驚く表情をすることなく返すと、チャンス!と言わんばかりに隣にいたなまえの腕に手を回し、グイッと抱きついた。
「お嬢、てめー部屋から出やがったな?」となまえから呆れた顔をされ、あんだよ総司、と引っ付く沖田の頬をむぎっ、と摘む。
それを見てた斎藤は、酷く沖田に文句を言いたげな顔をし彼を睨み、悪戯に舌を出す沖田と数秒の間、バチバチ…っと火花を散らし無言で沖田を引き剥がしながら千鶴に「何か用か」と言葉だけを投げた。
「ったく、おめーら毎日毎日、喧嘩両成敗、」
いきなり喧嘩しやがって、何が不満なんだ、と沖田と斎藤の頬を同時に摘むと、つねられる二人は少し驚く顔をする。
「なまえの鈍感…」
斎藤が拗ねたように、なまえに摘ままれた頬をさすりながら文句を漏らすと、なまえは「あ?」と声を漏らすだけだった。
「…で?千鶴ちゃんは何の用かな?」
斎藤の前で、なまえに引っ付けた事に満足したのか、機嫌良さげに千鶴に問えば、知らず知らずのうちに二人に嫉妬してしまったのか、面白くなさそうにしてしまった顔をハッと戻し、「実はーー」と包み隠さずに相談した。
そろそろ父親を探しに外に出たい、と相談すれば、斎藤から無理だとの却下の答えが返ってきて、千鶴は一瞬怯むが、諦めるわけには行かず、グッ…とした表情で「何とかなりませんか…?屯所の周りだけでも…」と頼む。
「僕達が巡察にでる時に同行してもらうのが一番手っ取り早いんじゃない?」
沖田の言葉に反応し、思わぬ方向から助け舟が来た、と思った直後、「でも、巡察って命がけだよ?自分の身くらい自分で守ってもらわなきゃ」と沖田は言い、少し意地悪な笑い方をする。
「…私だって、護身術くらいなら…!」
なんだか悔しくなり、千鶴はもごもごと反論すれば、隣から溜め息が聞こえ、面倒だと言わんばかりな表情をしながらなまえが言葉を発する。
「…ん、その腰のもんが飾りじゃねーっての、俺に証明してみな、」
生気の含まない、千鶴にとっては少しだけ怖いように感じる金と紅の目を小太刀に向けられた瞬間、千鶴は驚く声をあげた。
今まで一度も、決して目を合わせてくれないなまえの目と、己の小太刀を交互に見比べる。
「加減はしてやんよ、
…それとも、強いのは気だけで、最後は泣いて助けて貰うか?」
なまえが放てば千鶴は思い切り動揺し、それを見た彼はウンザリしたような表情で見下す。
だから、女ってめんどくせーんだよ、と零すと、千鶴はくやしそうに「そんなことありません。道場にも通っていました!」と大きな声を出す。
だから、という接続詞に千鶴の胸はツキンー…と痛くなった。
なまえの過去かそれとも現在に、女の人絡みで何かあったのだろうか…?
ちくちく、と痛む胸を誤魔化しながら「斬りかかるなんて出来ません!」と、つい声を荒げてしまった。
「…んぐ、?」
千鶴の勢いに、少し鋭い目を緩ませ、呆気ない声を出してしまったなまえに、千鶴は、ハッと我に返り「だっ…だって、刀で刺したら、人は死んじゃいますっ!」と慌てながら放つと、
……。
数秒の間、しん…と沈黙が続く。
「ぷっ…!あは、あははははっ!!」
沖田は腹を抱えて笑いだし、隣にいた斎藤は、酷く不満な顔を千鶴に向けた。
「何も、笑うことないじゃないですか…」と零す千鶴に、斎藤は我慢出来なくなり、「総司!笑い事ではない!…あんたも、誰に対して物を言っている。」と不満そうに返せば、沖田は未だに腹を抱えながら「なまえさん相手に、殺しちゃうかもなんて、不安になるなんて…」と零すと、またしても腹を抱えた。
「うー…」
新選組の幹部に、己の腕で勝てるわけがないと充分承知してるけど、やはり人を傷つける刀は不安でしかない。
人を傷つけるかもしれない刃物を、人や己を護る為以外に、しかも意味なく扱うなんてできない、と千鶴は投げかければ、なまえは、優しいような冷たいような千鶴にはまだ解らない何かを纏う笑みで、ふっ、と微笑んだ。
「お嬢の気持ちは解った、
とりあえず、腕前くらいは俺に教えてくんね?」
それなりに刀が使えるって解れば、外出を少しは前向きに考えられるだろ、と続けると、千鶴は、己の為にやってくれてるんだと理解する。
(私の為、と言うならば…!)
今は、その気持ちに答えたい。
千鶴は小太刀に手をかけ、真っ直ぐになまえを見つめる。
「よろしくお願いします!」
千鶴が小太刀を構えると、なまえは小さく微笑み頷いた。
行きます!と声をあげ、千鶴は声を張り上げ、未だに刀を構えず立ったままの彼へ向けて、大きく踏み込み、峰を向けたままの刀が無防備ななまえに触れる。
そう思った瞬間ーー…
「…っ…」
気づけば、綺麗ななまえの顔が目の前にあり、一瞬のうちに逆に刃筋を突きつけられており、漆黒の刀は、寂しそうに一筋を走るように輝き、その輝きを追うように千鶴の額からは、一筋の汗がスッ…と流れ、一瞬で背筋が凍った。
これがーー
新選組の幹部と謳われる腕前。
「…ん、剣は晴天、はなまる。」
千鶴が小さく、え?と聞き返すと、斎藤が「太刀筋には心が現れる。師に恵まれたのだろう」と呟くのを聞き、なまえは静かに頷くと身を退いた。
いつの間にか、弾き飛ばされた小太刀を、沖田が手で拾うと、良い小太刀だね、と誉めた後「大丈夫?なまえさんは新選組が誇る剣術の腕前を持つ人だからねー…」と微笑みながら、千鶴に小太刀渡す。
(心臓が、ばくばく痛い…!)
差し出してくれた小太刀を、受け取ろうとしても、ガタガタ…と震えてしまい、思うように手に力が入らなかった。
それだけ、それだけなまえの剣は重たくて威力も強く、ーー…。
彼の背負っているものの重さは、己の想像を絶する程なんだと理解し、千鶴は何だか泣きたくなってしまい、顔を俯かせた。
「…うげ…、なんで泣きそうな顔すんだよ、」
俯く千鶴に、なまえは慌てながら千鶴の頭におずおず…手を差し伸べ、ぽんぽんっと撫でると、千鶴は、なまえの大きな手の平の体温に、つい涙が零れてしまった。
(…っ、やだ…!
なまえさんを困らせちゃう…!)
千鶴は、先程のなまえの発言を思いだしながら、お願いだから涙、止まってー…!と願ってみても止まってくれず、寧ろもっと流れて仕舞った。
「ごめんなさ…ごめんなさい…」
涙を流しながら謝る千鶴を見てなまえは、「…怖い思いさせて、ごめん、」と一言放ち、頭をぽんぽん、と撫でる。
全く…誰よりも女性には甘く優しいのは、なまえなのではなかろうか。
「…一君が相手してあげれば良かったんじゃないの?」
なまえさんが右手で握って、いくら手加減するっていっても、通用するのは男の隊士くらいだよ、と今更ぶつぶつ文句を言う沖田に、斎藤は「…うむ…」と困ったように頷く事しか出来なかった。
正直、端から見れば二人きりの世界に浸るのが面白くなく、千鶴に何だかんだ甘いなまえを、取り返したくて仕方ない沖田と斎藤は、無理矢理なまえの腕を引き戻した。
「ぐえ、」
千鶴にばかり気を留め、二人に一斉に腕を引かれ、両腕に沖田と斎藤に掴まれたなまえは、両手に花状態になる。
「まあ、土方さんが帰ってきたら頼んであげるから。」
意地悪く笑いながら沖田が放てば、千鶴は自然と涙がひいていき、本当ですか?と食いつくと、「後少し、辛抱してくれないか」と斎藤が答えると、ずりずり…となまえを引きずり、三人は千鶴の前から去っていった。
「…ひっぱるなー…」
ずりずり…とされるなまえを見ながら、千鶴は「約束ですよ!」と涙を拭きながら三人に言い放つと、今日は大人しく部屋に帰るのだった。
黯然で塑性した景、少女の汗泪は逐い衝かず凍え変若
(彼の背桜、心髄)(彼の背汚う、戒め)
ーーー
一番、過去に拘る、
なまえ君の、欠点
千鶴には、基本的には自由な生活と専属の部屋が与えられ、殺される寸前だった事を思えば、今の待遇は涙が出るほど有り難いものであった。
(だけど、ずっと男装したままって言うのは…)
やっぱり、案外と不便なもので、つい溜め息が出てしまった。
新選組預かりの身柄となったが、不安要素が多い現状で迂闊な行動は取れないし、やはり女として屯所に置くわけには行かない、と言われ男装を続ける事になったのだ。
「例え君にその気がなくとも、女性の存在は隊内の風紀を乱しかねませんしね」と、山南の説明が入った時に「乱す程、色気ねーから大丈夫だべ、」と舌を、んべっ、と出しながら悪戯な顔してにやついたなまえを思いだし、千鶴は一人で頬をふくらませた。
(なっ、なによぉ~〃)
挙げ句の果てには、お嬢は色気より食い気だろ?と刺されたのを思いだし、ぷんすかと手を振り回し拗ねる千鶴であった。
ーーそんな感じで現在に至る。
(せめて、隊士の皆さんの役に立てればなあ…)
隊内の事も、屯所の事も余り解らない千鶴は肩を落とす。
見ず知らずの子供がいきなり屯所に来て、急に一人部屋を与えられ、しかも余り仕事といった仕事をせず過ごしている訳で、それが幹部から可愛がられているように見えて…余計に他の隊士から冷たい目で見られる事に千鶴は胸を痛ませていた。
(特に、なまえさんが当番の時の隊士さん達からの目が何倍にも増して、痛くて辛いんだよね…)
幹部達は只、千鶴が余計な事を口走らないように代わる代わる監視しているだけ。
なまえの監視当番の時の一層、鋭い視線の理由は、恐らく彼は新選組一、人気者であり、その彼と付きっきりで供にし、彼を独占している様に見え、嫉妬からくる気持ちがあり、鋭いのではないのだろうと千鶴は思った。
(あんなに意地悪なのに…)
一週間しか居ない千鶴でも、やはりなまえの人を引き付けるオーラを体で嫌と言うほど感じ、周りの人たちの表情や会話を聞いていれば、一目瞭然であった。
それ程、彼の存在は、新選組にとって大きな、大きなものなのだという事ーー。
(私も、彼がいなかったら…)
今頃、どうなっていただろうと考え、身震いを起こす。
千鶴の処遇を話し合っている時に、さり気なくなまえは千鶴の事を庇い、彼の発言力に威力が在るのと、周りは彼に対して絶対的な信頼が在る御陰で…処遇の話は上手くすすみ、こうして今、なまえの御陰で、千鶴は京で生きて過ごして居られるのだ。
(でも、早く父様を探しに行かないと…。)
でも自分から土方に頼むのも少し怖いと思い、しかし此処はもう駄目で元もと、今は土方は出張で不在なので、とにかく幹部の誰かに相談してみようと千鶴は立ち上がり、思い切って部屋を出たのだった。
こっそり出て行くと、中庭に沖田と斎藤となまえの姿が目に入り、千鶴は挨拶をした。
「おはよう、千鶴ちゃん」と沖田は驚く表情をすることなく返すと、チャンス!と言わんばかりに隣にいたなまえの腕に手を回し、グイッと抱きついた。
「お嬢、てめー部屋から出やがったな?」となまえから呆れた顔をされ、あんだよ総司、と引っ付く沖田の頬をむぎっ、と摘む。
それを見てた斎藤は、酷く沖田に文句を言いたげな顔をし彼を睨み、悪戯に舌を出す沖田と数秒の間、バチバチ…っと火花を散らし無言で沖田を引き剥がしながら千鶴に「何か用か」と言葉だけを投げた。
「ったく、おめーら毎日毎日、喧嘩両成敗、」
いきなり喧嘩しやがって、何が不満なんだ、と沖田と斎藤の頬を同時に摘むと、つねられる二人は少し驚く顔をする。
「なまえの鈍感…」
斎藤が拗ねたように、なまえに摘ままれた頬をさすりながら文句を漏らすと、なまえは「あ?」と声を漏らすだけだった。
「…で?千鶴ちゃんは何の用かな?」
斎藤の前で、なまえに引っ付けた事に満足したのか、機嫌良さげに千鶴に問えば、知らず知らずのうちに二人に嫉妬してしまったのか、面白くなさそうにしてしまった顔をハッと戻し、「実はーー」と包み隠さずに相談した。
そろそろ父親を探しに外に出たい、と相談すれば、斎藤から無理だとの却下の答えが返ってきて、千鶴は一瞬怯むが、諦めるわけには行かず、グッ…とした表情で「何とかなりませんか…?屯所の周りだけでも…」と頼む。
「僕達が巡察にでる時に同行してもらうのが一番手っ取り早いんじゃない?」
沖田の言葉に反応し、思わぬ方向から助け舟が来た、と思った直後、「でも、巡察って命がけだよ?自分の身くらい自分で守ってもらわなきゃ」と沖田は言い、少し意地悪な笑い方をする。
「…私だって、護身術くらいなら…!」
なんだか悔しくなり、千鶴はもごもごと反論すれば、隣から溜め息が聞こえ、面倒だと言わんばかりな表情をしながらなまえが言葉を発する。
「…ん、その腰のもんが飾りじゃねーっての、俺に証明してみな、」
生気の含まない、千鶴にとっては少しだけ怖いように感じる金と紅の目を小太刀に向けられた瞬間、千鶴は驚く声をあげた。
今まで一度も、決して目を合わせてくれないなまえの目と、己の小太刀を交互に見比べる。
「加減はしてやんよ、
…それとも、強いのは気だけで、最後は泣いて助けて貰うか?」
なまえが放てば千鶴は思い切り動揺し、それを見た彼はウンザリしたような表情で見下す。
だから、女ってめんどくせーんだよ、と零すと、千鶴はくやしそうに「そんなことありません。道場にも通っていました!」と大きな声を出す。
だから、という接続詞に千鶴の胸はツキンー…と痛くなった。
なまえの過去かそれとも現在に、女の人絡みで何かあったのだろうか…?
ちくちく、と痛む胸を誤魔化しながら「斬りかかるなんて出来ません!」と、つい声を荒げてしまった。
「…んぐ、?」
千鶴の勢いに、少し鋭い目を緩ませ、呆気ない声を出してしまったなまえに、千鶴は、ハッと我に返り「だっ…だって、刀で刺したら、人は死んじゃいますっ!」と慌てながら放つと、
……。
数秒の間、しん…と沈黙が続く。
「ぷっ…!あは、あははははっ!!」
沖田は腹を抱えて笑いだし、隣にいた斎藤は、酷く不満な顔を千鶴に向けた。
「何も、笑うことないじゃないですか…」と零す千鶴に、斎藤は我慢出来なくなり、「総司!笑い事ではない!…あんたも、誰に対して物を言っている。」と不満そうに返せば、沖田は未だに腹を抱えながら「なまえさん相手に、殺しちゃうかもなんて、不安になるなんて…」と零すと、またしても腹を抱えた。
「うー…」
新選組の幹部に、己の腕で勝てるわけがないと充分承知してるけど、やはり人を傷つける刀は不安でしかない。
人を傷つけるかもしれない刃物を、人や己を護る為以外に、しかも意味なく扱うなんてできない、と千鶴は投げかければ、なまえは、優しいような冷たいような千鶴にはまだ解らない何かを纏う笑みで、ふっ、と微笑んだ。
「お嬢の気持ちは解った、
とりあえず、腕前くらいは俺に教えてくんね?」
それなりに刀が使えるって解れば、外出を少しは前向きに考えられるだろ、と続けると、千鶴は、己の為にやってくれてるんだと理解する。
(私の為、と言うならば…!)
今は、その気持ちに答えたい。
千鶴は小太刀に手をかけ、真っ直ぐになまえを見つめる。
「よろしくお願いします!」
千鶴が小太刀を構えると、なまえは小さく微笑み頷いた。
行きます!と声をあげ、千鶴は声を張り上げ、未だに刀を構えず立ったままの彼へ向けて、大きく踏み込み、峰を向けたままの刀が無防備ななまえに触れる。
そう思った瞬間ーー…
「…っ…」
気づけば、綺麗ななまえの顔が目の前にあり、一瞬のうちに逆に刃筋を突きつけられており、漆黒の刀は、寂しそうに一筋を走るように輝き、その輝きを追うように千鶴の額からは、一筋の汗がスッ…と流れ、一瞬で背筋が凍った。
これがーー
新選組の幹部と謳われる腕前。
「…ん、剣は晴天、はなまる。」
千鶴が小さく、え?と聞き返すと、斎藤が「太刀筋には心が現れる。師に恵まれたのだろう」と呟くのを聞き、なまえは静かに頷くと身を退いた。
いつの間にか、弾き飛ばされた小太刀を、沖田が手で拾うと、良い小太刀だね、と誉めた後「大丈夫?なまえさんは新選組が誇る剣術の腕前を持つ人だからねー…」と微笑みながら、千鶴に小太刀渡す。
(心臓が、ばくばく痛い…!)
差し出してくれた小太刀を、受け取ろうとしても、ガタガタ…と震えてしまい、思うように手に力が入らなかった。
それだけ、それだけなまえの剣は重たくて威力も強く、ーー…。
彼の背負っているものの重さは、己の想像を絶する程なんだと理解し、千鶴は何だか泣きたくなってしまい、顔を俯かせた。
「…うげ…、なんで泣きそうな顔すんだよ、」
俯く千鶴に、なまえは慌てながら千鶴の頭におずおず…手を差し伸べ、ぽんぽんっと撫でると、千鶴は、なまえの大きな手の平の体温に、つい涙が零れてしまった。
(…っ、やだ…!
なまえさんを困らせちゃう…!)
千鶴は、先程のなまえの発言を思いだしながら、お願いだから涙、止まってー…!と願ってみても止まってくれず、寧ろもっと流れて仕舞った。
「ごめんなさ…ごめんなさい…」
涙を流しながら謝る千鶴を見てなまえは、「…怖い思いさせて、ごめん、」と一言放ち、頭をぽんぽん、と撫でる。
全く…誰よりも女性には甘く優しいのは、なまえなのではなかろうか。
「…一君が相手してあげれば良かったんじゃないの?」
なまえさんが右手で握って、いくら手加減するっていっても、通用するのは男の隊士くらいだよ、と今更ぶつぶつ文句を言う沖田に、斎藤は「…うむ…」と困ったように頷く事しか出来なかった。
正直、端から見れば二人きりの世界に浸るのが面白くなく、千鶴に何だかんだ甘いなまえを、取り返したくて仕方ない沖田と斎藤は、無理矢理なまえの腕を引き戻した。
「ぐえ、」
千鶴にばかり気を留め、二人に一斉に腕を引かれ、両腕に沖田と斎藤に掴まれたなまえは、両手に花状態になる。
「まあ、土方さんが帰ってきたら頼んであげるから。」
意地悪く笑いながら沖田が放てば、千鶴は自然と涙がひいていき、本当ですか?と食いつくと、「後少し、辛抱してくれないか」と斎藤が答えると、ずりずり…となまえを引きずり、三人は千鶴の前から去っていった。
「…ひっぱるなー…」
ずりずり…とされるなまえを見ながら、千鶴は「約束ですよ!」と涙を拭きながら三人に言い放つと、今日は大人しく部屋に帰るのだった。
黯然で塑性した景、少女の汗泪は逐い衝かず凍え変若
(彼の背桜、心髄)(彼の背汚う、戒め)
ーーー
一番、過去に拘る、
なまえ君の、欠点