西洋虎の尾
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「斎藤殿…!お帰り為さい。…っと、其方の布包は…?」
「ーー近藤さんの頭だ。」
土方は伝習隊を率いる大鳥圭介らと合流し斎藤とも今後の事柄を話し合った結果、斎藤は土方に対し、新選組と云う組織は武士を導き情(心)の拠り所と化しており、其の道導を土方は担う義務がある事、先ずは仙台へ退き陣を移り奥州列藩同盟との連携強化し再起を図る様にと促し「(会津には)俺が残ります。今迄の会津藩への御恩、そして何より最期まで変わらぬ武士の信念を貫く会津藩に身命を賭す。」と斎藤は己の意志で残留を決め、志を同じくする隊士らと、新選組の主であった会津藩に殉じようと決意する。
(「俺の心魂はなまえと共に在る。会津で散る覚悟の此の決断で、最終的には俺の左腕がなまえの左腕の役割の代わりに為れば良いのだから。ーー近藤局長の件は俺の最初で最後の我儘だ。なまえが魂を懸けて局長を護った史跡痕、敬愛する局長は如何なる者にも無駄にはさせないし奪わせはしない。其れに、逸脱した行為であるが局長には俺と共にもう一度死んで貰う。
一度目の死様を覆す如く二度目は武士として…身勝手な俺の弔いでも在る。
然すればなまえが俺の生死関わらず如何なる形であれ必死に探して俺に逢いに来てくれるだろう。放れ駒の卦辞めとして、新選組となまえに低劣な史跡が万が一でも存在するならば、俺は、鬼神に丸し国に重を問い、故に大きな罪も罰も全て俺が引き受けよう。」)
後に近藤が斬首されたと知り早急に偵察の名で京都まで戻った斎藤は、三条河原に梟首されていた近藤の頭を其の儘盗んで会津まで持ち帰って折、己の歪んだ愛情確認に似た行動に常軌を逸する自身を呆れ表情を弛ませるが、斎藤にとってなまえへの想いが心魂に根付く正義の裏側は、正視できない縋る思いに腕力に訴えても従わざるを得なかった。
「今、落城せんとするのを見て、志を捨て去る、誠義にあらず」(谷川史郎兵衛日記)
会津に残った自身が【誠】の旗を掲げる事を許可して欲しい、と土方に伝えれば「此の旗は斎藤の旗でも在るだろう?離れていても俺達の魂は旗の基に一つだ。」と返されて斎藤の心臓は暖かく鳴り別った。
武士の魂の拠り所、武士の魂が根付くこの地に掲げ、碧の威光は【誠】の名に誓い鬼神に成り、刀下の鳥林藪に交わりを幾度となく熟そうが命は義によりて軽し。
会津に掲げる誠義の旗より先に敵陣を一歩も通すつもりは毛頭無い。
もし己の身体が刹那的に桜風吹、旗の基に魂が廻りて、西軍の厳しい命令によって遺体の埋葬が許されず放置され皮膚が腐り爛れ蛆が湧き白骨した最期だとしても、この地に根付く拠り所や神聖さで研ぎ出せば目覚ましいのではなかろうか?
臨終の狭間で日の丸の一月一日を背に、変わらない忠誠を再度、夢録に熨えよう。
簡単だ、明鏡止水、散った後も深厚であれ。
「…ひ…ッ…ん…」
ひゅくん、と小柄な身体は小さく跳ね静かな夜更けにそぐわない水の音、外から聞こえる虫の鳴く声に隠した息継ぎが重なり、月明かりに只々虚しく掻消えていく。
昼間は怪我を負った土方の世話をし共に動く陣の手伝いや補助等を休む暇無く可能な限りこなしながらも、日に日に激しくなる戦火や戦渦で劣勢が被さり勢いは失速していく一方で、無論、自分の身や命にも危険は常に膠状し何も保証も無いと余儀無くされる現実は、新選組の旗の基で共に未来を描くより今を強く生命したいと決意する彼女ーー千鶴だが、自身が思う以上に嫌でも自身の身体は自身の生命の危機が迫っていると云う状況を判断して居るのだろう。
動物の本能にあらがい得ないのか、夜な夜な自身を慰める行為は寄るべなく滲みじわりと染まる。
「… なまえさんっ…もっと、ン、奥まで…っ…!」
(「…じゃあ、あんたを犯っても文句ねーよな?」)
在る晩の二人だけの秘め事、最愛の彼との想い出を強く連想し只一人内緒で甘い時間を過ごしては、本来起こった現実は未遂だったが彼女の幻想と妄想の中では互いに想い強く深く繋るのだった。
想い人が存在する彼の気持ちを無視している事、背徳的行為と知りながら、片方の手指で自身の小振りな膨らみに飾り付く桃色をきゅっと甘く摘み、対の片方の手指では激しく水音を鳴らす指が、如何せん、やめられない。
「…ひ…んっ…ごめ…なさ…い…」
ーーヤメタクナイノ
妄想の中の紅月を輝かせる支配者に全てを晒され奪われ貪られ、壊れた理性を見捨ては、本能と精神、諦めきれない恋心を繋ぐ生暖かい透明の粘る糸に抗えず、浅い呼吸を時計替わりに、僅かな一時の儚い夢に魅了され余韻をジン…と味わうのだ。
「あの頃の様に…っ…彼のお側に居たい…ひっく…あのお方が捌け口としてでも望むなら…私の身体を差し出したいよ…」
(純潔な鬼の血が騒ぐのか?愛情への飢餓が深くなり慎みや品が無くなる事が怖くなる反面、彼女も正真正銘の鬼なのだから)
「これ以上、新選組ら紛い物に深入りし、その他人間に関わると貴方は鬼の道を外します。何度も言いますが貴方は風間の頭領なのですぞ?正直、彼らの身悶える姿は見るに耐えない。其れに結果は嫌でも見えます。潮時ですな…もう関わるのは終いだ。」
珍しく天霧が感情的に物言い、有無を言わせず風間から背を向け「…新選組は激動であり薄桜の如く白駒過隙。其れでも鬼の導を捨て浅葱の山形を追い死装束を鷲掴み桜散る覚悟が在るのなら、縦横無尽に自分の人生を貫き為さいーー貴方は今迄利他的であった。我々は咎められぬ。」と静かに落とせば、其の場から静かに去って行った。
「… 然許り不本意ではあるが縁由となった奴らに対して一念通じる。ーー風間の肩書など要らん。俺は一匹の鬼として紛い物から真の血統を得た土方に、互いの矜持と信条を賭けた最期の決闘を申す。どちらが先に、若しくは双方かーーその地には必ず無常の風が吹く。」
風間の掌の上で、ジャラ…と壊れた連結鍵が哀しく和蘭芹の訴えを啓上すれば、泉門である札板は土砂飴で穢れ、滲む滲みは紅蓮に染る血液に見えた。
「…風間を捨てた唯一匹の鬼の決心に今の貴様は如何見る?
嵩取るな、と毒気に当てられるか?若しくは【誠】の導を全て背負いて困難の未知を跨る土方の邪魔をするなと所願するか?
なまえ達が存亡を抛つ新選組の羽織が随順すれば、立浪草が煌くーー」
連結鍵を握る逆の腕で、身体中に生傷だらけの満身創痍で道端に倒れて居た所を風間に拾って貰い、未だに気を失い俵担ぎされている井吹からの返答は返ってこず、其れでも風間は言葉を続けては静かに語懸ける。
「已む無いが、中途半端に俺の視界に映る蒼犬がこの上なく目障りでしか無いな。
ーー面倒だ、貴様も俺と共に来い。
近藤の時と同様、激動の末【誠】の旗が終焉を迎える迄、その鼈甲色で見尽くすのだろう?」
「ーーっ…近藤さ…芹沢さ…ん……恩返し…出来て…な…」
近藤という鍵となる概念で井吹はピクリと身体を僅かに動かせば、自分は野良犬の様に只管意味も無く彼らの後を追いかけているだけでは無いのか、浅葱の羽織の袖さえも握る事も出来ずまた流れに身を任せて人に恩ばかり与えられ甘える事を繰り返すのか?等、自分が行ってきた事が果たして正解なのか間違いなのか、黎明からの意味記憶を鮮明に辿りながら涙を落とすのだった。
「…お前を見てると、今のお前程だった当時のなまえや総司が重なるな。」
土方の側から番犬の如く離れず且つ徐々に才幹をつけていく市村鉄之助に頬を緩ませれば「…心嬉しいです。」と、十四〜十五歳頃である本来の姿見に相応う表情で土方に面する。
「俺は、沖田さんには特に世話になり稽古をはじめ新選組で生き残る術など様々な事を教わりました。…入隊当時の俺は個の意思が強く視野狭窄に陥っていて周りが見るに忍びない程、無謀に無鉄砲だった。其れを身限らず鍛えてくれたのだから感謝してもし切れない。」
「…俺も幼少期にゃ、バラガキなんて呼ばれてた頃もあったな」
「土方さんが?」
「ーー市村は変わらず其の儘で居ろよ?間違ってもなまえの背に憧憬は止めろ。あぁ、そういや因みに今の全てカタがつきゃァ、なまえは局長命令違反で切腹だからな?介錯は副長直々にだ。」
「冗談でしょう?」
鋭い言葉で本気の様な冗談であろう笑談(市村は土方となまえの例のやり取りは知らない)から始まり思い出話等にも花が咲き暫くして「さて、本題なんだが」と土方が静かに声を落とせば、今迄の穏和な空気は見事に一変する事と成る。
「そんな大役を俺が?敢えて度合いで図るなら丞に頼む様な仕事では?」
「おいおい、山崎はそんな暇じゃねェよ。向こうで山崎に呆れられてるぞ?」
「…っ…俺は、最後まで土方さんと運命を共「『頗る勝気、性亦怜悧』ーーお前しか居ねェだろ?」
「ーー土方さん!先程から変だよ…今言ってる事は遺品や遺言じゃないか…嫌だ…お願いだから…土方さんまで俺を一人置いて死なないで…!それに俺は…貴方の此の和泉守兼定として死にたい…!」
「生きろ、お前は生きろ、這って泥水啜っても生きるんだ、市村!」
会津から福島、仙台、箱館戦争と土方の基で、己は土方と運命を共にすると決心し戦った市村であったが、市村の若気輝く人命を強く乞う土方の命令で、土方自身の遺品に成る物を託されては旧幕府軍最後の居場所から脱出する。
稜堡を援護する如く潔き生き様が見事に咲き誇る染井吉野の花弁風吹く中、ネコヤナギの花詞で官軍の包囲を掻い潜りながらも、幻想なる桜の花弁がひらひらと降る一本木関門を駆け抜ければ、後に命令通り土方の親戚・佐藤彦五郎家に到着し「トシさんは鉄之助君に大和を定め兼ね守り針路を繋げたか」と意義深く溢されながら遺品と成る物を渡す事と成る。
「佐藤さん、如何して俺が安全な場所に居て土方さん本人で無く託された土方さんの写真を守ってるんでしょうか?この役割は雪村でも良かった筈。土方さんは俺に必ず生きろと言ったけど、友達の丞の最期の様に成れず、大切な時に敬愛する土方さんの側に居られず刀にすら成れなかった俺は、きっと短命です。」
『この者の身の上をお頼み申します』と書かれた紙切れを握る佐藤は、土方の遺品に成る物と共に目の前に正座してはポツリ、ポツリと己の全てを吐露する未だ若き少年を交互に見る。
「俺じゃなくて雪村を側に置かせるなんて…武士としても土方さんの刀になれる様にも、剣の腕も磨いたけど、ーーぐす…っ…土方さんは俺だと役不足だったのかな…?」
「其れは違うよ市村君。市村君と雪村君の運命の座標ーーあの新選組の策士、土方の決断だ、必ず考えがある。」
己の居場所はもはや新選組しか残らない土方が、意地でも新選組から放ちたかった市村の存在意義、幼くも興亡史に爪痕を遺す一人だと、市村のポロポロ…と涙を溢しながら未だ新選組で居たいと願う強い瞳を眺めては、未来を見据えるのだった。
西洋虎の尾
(桜前線)(伸るか反るか)
ーーー
九つの手の力は
抛つ幕末で軌を一にする
任重くして道遠し
空に知られぬ雪
「ーー近藤さんの頭だ。」
土方は伝習隊を率いる大鳥圭介らと合流し斎藤とも今後の事柄を話し合った結果、斎藤は土方に対し、新選組と云う組織は武士を導き情(心)の拠り所と化しており、其の道導を土方は担う義務がある事、先ずは仙台へ退き陣を移り奥州列藩同盟との連携強化し再起を図る様にと促し「(会津には)俺が残ります。今迄の会津藩への御恩、そして何より最期まで変わらぬ武士の信念を貫く会津藩に身命を賭す。」と斎藤は己の意志で残留を決め、志を同じくする隊士らと、新選組の主であった会津藩に殉じようと決意する。
(「俺の心魂はなまえと共に在る。会津で散る覚悟の此の決断で、最終的には俺の左腕がなまえの左腕の役割の代わりに為れば良いのだから。ーー近藤局長の件は俺の最初で最後の我儘だ。なまえが魂を懸けて局長を護った史跡痕、敬愛する局長は如何なる者にも無駄にはさせないし奪わせはしない。其れに、逸脱した行為であるが局長には俺と共にもう一度死んで貰う。
一度目の死様を覆す如く二度目は武士として…身勝手な俺の弔いでも在る。
然すればなまえが俺の生死関わらず如何なる形であれ必死に探して俺に逢いに来てくれるだろう。放れ駒の卦辞めとして、新選組となまえに低劣な史跡が万が一でも存在するならば、俺は、鬼神に丸し国に重を問い、故に大きな罪も罰も全て俺が引き受けよう。」)
後に近藤が斬首されたと知り早急に偵察の名で京都まで戻った斎藤は、三条河原に梟首されていた近藤の頭を其の儘盗んで会津まで持ち帰って折、己の歪んだ愛情確認に似た行動に常軌を逸する自身を呆れ表情を弛ませるが、斎藤にとってなまえへの想いが心魂に根付く正義の裏側は、正視できない縋る思いに腕力に訴えても従わざるを得なかった。
「今、落城せんとするのを見て、志を捨て去る、誠義にあらず」(谷川史郎兵衛日記)
会津に残った自身が【誠】の旗を掲げる事を許可して欲しい、と土方に伝えれば「此の旗は斎藤の旗でも在るだろう?離れていても俺達の魂は旗の基に一つだ。」と返されて斎藤の心臓は暖かく鳴り別った。
武士の魂の拠り所、武士の魂が根付くこの地に掲げ、碧の威光は【誠】の名に誓い鬼神に成り、刀下の鳥林藪に交わりを幾度となく熟そうが命は義によりて軽し。
会津に掲げる誠義の旗より先に敵陣を一歩も通すつもりは毛頭無い。
もし己の身体が刹那的に桜風吹、旗の基に魂が廻りて、西軍の厳しい命令によって遺体の埋葬が許されず放置され皮膚が腐り爛れ蛆が湧き白骨した最期だとしても、この地に根付く拠り所や神聖さで研ぎ出せば目覚ましいのではなかろうか?
臨終の狭間で日の丸の一月一日を背に、変わらない忠誠を再度、夢録に熨えよう。
簡単だ、明鏡止水、散った後も深厚であれ。
「…ひ…ッ…ん…」
ひゅくん、と小柄な身体は小さく跳ね静かな夜更けにそぐわない水の音、外から聞こえる虫の鳴く声に隠した息継ぎが重なり、月明かりに只々虚しく掻消えていく。
昼間は怪我を負った土方の世話をし共に動く陣の手伝いや補助等を休む暇無く可能な限りこなしながらも、日に日に激しくなる戦火や戦渦で劣勢が被さり勢いは失速していく一方で、無論、自分の身や命にも危険は常に膠状し何も保証も無いと余儀無くされる現実は、新選組の旗の基で共に未来を描くより今を強く生命したいと決意する彼女ーー千鶴だが、自身が思う以上に嫌でも自身の身体は自身の生命の危機が迫っていると云う状況を判断して居るのだろう。
動物の本能にあらがい得ないのか、夜な夜な自身を慰める行為は寄るべなく滲みじわりと染まる。
「… なまえさんっ…もっと、ン、奥まで…っ…!」
(「…じゃあ、あんたを犯っても文句ねーよな?」)
在る晩の二人だけの秘め事、最愛の彼との想い出を強く連想し只一人内緒で甘い時間を過ごしては、本来起こった現実は未遂だったが彼女の幻想と妄想の中では互いに想い強く深く繋るのだった。
想い人が存在する彼の気持ちを無視している事、背徳的行為と知りながら、片方の手指で自身の小振りな膨らみに飾り付く桃色をきゅっと甘く摘み、対の片方の手指では激しく水音を鳴らす指が、如何せん、やめられない。
「…ひ…んっ…ごめ…なさ…い…」
ーーヤメタクナイノ
妄想の中の紅月を輝かせる支配者に全てを晒され奪われ貪られ、壊れた理性を見捨ては、本能と精神、諦めきれない恋心を繋ぐ生暖かい透明の粘る糸に抗えず、浅い呼吸を時計替わりに、僅かな一時の儚い夢に魅了され余韻をジン…と味わうのだ。
「あの頃の様に…っ…彼のお側に居たい…ひっく…あのお方が捌け口としてでも望むなら…私の身体を差し出したいよ…」
(純潔な鬼の血が騒ぐのか?愛情への飢餓が深くなり慎みや品が無くなる事が怖くなる反面、彼女も正真正銘の鬼なのだから)
「これ以上、新選組ら紛い物に深入りし、その他人間に関わると貴方は鬼の道を外します。何度も言いますが貴方は風間の頭領なのですぞ?正直、彼らの身悶える姿は見るに耐えない。其れに結果は嫌でも見えます。潮時ですな…もう関わるのは終いだ。」
珍しく天霧が感情的に物言い、有無を言わせず風間から背を向け「…新選組は激動であり薄桜の如く白駒過隙。其れでも鬼の導を捨て浅葱の山形を追い死装束を鷲掴み桜散る覚悟が在るのなら、縦横無尽に自分の人生を貫き為さいーー貴方は今迄利他的であった。我々は咎められぬ。」と静かに落とせば、其の場から静かに去って行った。
「… 然許り不本意ではあるが縁由となった奴らに対して一念通じる。ーー風間の肩書など要らん。俺は一匹の鬼として紛い物から真の血統を得た土方に、互いの矜持と信条を賭けた最期の決闘を申す。どちらが先に、若しくは双方かーーその地には必ず無常の風が吹く。」
風間の掌の上で、ジャラ…と壊れた連結鍵が哀しく和蘭芹の訴えを啓上すれば、泉門である札板は土砂飴で穢れ、滲む滲みは紅蓮に染る血液に見えた。
「…風間を捨てた唯一匹の鬼の決心に今の貴様は如何見る?
嵩取るな、と毒気に当てられるか?若しくは【誠】の導を全て背負いて困難の未知を跨る土方の邪魔をするなと所願するか?
なまえ達が存亡を抛つ新選組の羽織が随順すれば、立浪草が煌くーー」
連結鍵を握る逆の腕で、身体中に生傷だらけの満身創痍で道端に倒れて居た所を風間に拾って貰い、未だに気を失い俵担ぎされている井吹からの返答は返ってこず、其れでも風間は言葉を続けては静かに語懸ける。
「已む無いが、中途半端に俺の視界に映る蒼犬がこの上なく目障りでしか無いな。
ーー面倒だ、貴様も俺と共に来い。
近藤の時と同様、激動の末【誠】の旗が終焉を迎える迄、その鼈甲色で見尽くすのだろう?」
「ーーっ…近藤さ…芹沢さ…ん……恩返し…出来て…な…」
近藤という鍵となる概念で井吹はピクリと身体を僅かに動かせば、自分は野良犬の様に只管意味も無く彼らの後を追いかけているだけでは無いのか、浅葱の羽織の袖さえも握る事も出来ずまた流れに身を任せて人に恩ばかり与えられ甘える事を繰り返すのか?等、自分が行ってきた事が果たして正解なのか間違いなのか、黎明からの意味記憶を鮮明に辿りながら涙を落とすのだった。
「…お前を見てると、今のお前程だった当時のなまえや総司が重なるな。」
土方の側から番犬の如く離れず且つ徐々に才幹をつけていく市村鉄之助に頬を緩ませれば「…心嬉しいです。」と、十四〜十五歳頃である本来の姿見に相応う表情で土方に面する。
「俺は、沖田さんには特に世話になり稽古をはじめ新選組で生き残る術など様々な事を教わりました。…入隊当時の俺は個の意思が強く視野狭窄に陥っていて周りが見るに忍びない程、無謀に無鉄砲だった。其れを身限らず鍛えてくれたのだから感謝してもし切れない。」
「…俺も幼少期にゃ、バラガキなんて呼ばれてた頃もあったな」
「土方さんが?」
「ーー市村は変わらず其の儘で居ろよ?間違ってもなまえの背に憧憬は止めろ。あぁ、そういや因みに今の全てカタがつきゃァ、なまえは局長命令違反で切腹だからな?介錯は副長直々にだ。」
「冗談でしょう?」
鋭い言葉で本気の様な冗談であろう笑談(市村は土方となまえの例のやり取りは知らない)から始まり思い出話等にも花が咲き暫くして「さて、本題なんだが」と土方が静かに声を落とせば、今迄の穏和な空気は見事に一変する事と成る。
「そんな大役を俺が?敢えて度合いで図るなら丞に頼む様な仕事では?」
「おいおい、山崎はそんな暇じゃねェよ。向こうで山崎に呆れられてるぞ?」
「…っ…俺は、最後まで土方さんと運命を共「『頗る勝気、性亦怜悧』ーーお前しか居ねェだろ?」
「ーー土方さん!先程から変だよ…今言ってる事は遺品や遺言じゃないか…嫌だ…お願いだから…土方さんまで俺を一人置いて死なないで…!それに俺は…貴方の此の和泉守兼定として死にたい…!」
「生きろ、お前は生きろ、這って泥水啜っても生きるんだ、市村!」
会津から福島、仙台、箱館戦争と土方の基で、己は土方と運命を共にすると決心し戦った市村であったが、市村の若気輝く人命を強く乞う土方の命令で、土方自身の遺品に成る物を託されては旧幕府軍最後の居場所から脱出する。
稜堡を援護する如く潔き生き様が見事に咲き誇る染井吉野の花弁風吹く中、ネコヤナギの花詞で官軍の包囲を掻い潜りながらも、幻想なる桜の花弁がひらひらと降る一本木関門を駆け抜ければ、後に命令通り土方の親戚・佐藤彦五郎家に到着し「トシさんは鉄之助君に大和を定め兼ね守り針路を繋げたか」と意義深く溢されながら遺品と成る物を渡す事と成る。
「佐藤さん、如何して俺が安全な場所に居て土方さん本人で無く託された土方さんの写真を守ってるんでしょうか?この役割は雪村でも良かった筈。土方さんは俺に必ず生きろと言ったけど、友達の丞の最期の様に成れず、大切な時に敬愛する土方さんの側に居られず刀にすら成れなかった俺は、きっと短命です。」
『この者の身の上をお頼み申します』と書かれた紙切れを握る佐藤は、土方の遺品に成る物と共に目の前に正座してはポツリ、ポツリと己の全てを吐露する未だ若き少年を交互に見る。
「俺じゃなくて雪村を側に置かせるなんて…武士としても土方さんの刀になれる様にも、剣の腕も磨いたけど、ーーぐす…っ…土方さんは俺だと役不足だったのかな…?」
「其れは違うよ市村君。市村君と雪村君の運命の座標ーーあの新選組の策士、土方の決断だ、必ず考えがある。」
己の居場所はもはや新選組しか残らない土方が、意地でも新選組から放ちたかった市村の存在意義、幼くも興亡史に爪痕を遺す一人だと、市村のポロポロ…と涙を溢しながら未だ新選組で居たいと願う強い瞳を眺めては、未来を見据えるのだった。
西洋虎の尾
(桜前線)(伸るか反るか)
ーーー
九つの手の力は
抛つ幕末で軌を一にする
任重くして道遠し
空に知られぬ雪