虎は死して皮を留め、人は死して名を残す
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ある男から僅かな時間で構わないから急ぎで会ってくれないか、と逢状を寄越されたと思えば、久方の再開を喜ぶ素振りは見せず寧ろ厳しい表情、島原に余り適わないピンと張り詰めた空気を纏う物で、何事かとグッと気を引き締めた。
男から単と発せられた言の葉と、その男から渡された薄汚れた一枚の文に総てを馳せた淡く恋焦がれる一文字を自身に深く染み込ませれば、脳が現実を受け容れ納得し理解するのには不思議と時間が掛からなかった。
男に早急に呼び出され且つ早急に現実を叩きつけられた小さい柔らかな舞妓の手は、その薄汚れた一枚の文を、其れは大切に心臓辺りに宛て華奢な身体を震わせその場で膝を折り蹲って泣く。
やはり脳が理解しても心が追いつかないのであろうーー時には華麗な蝶、その気に成れば毒蛾にも変幻する舞は、年齢相応な恋する乙女へと姿見を洗わせた。
「…なまえさん…っ…!!」
小さな唇でやっとの発した儚い鈴の音を合図に大きな瞳に想いは耐えきれずボロボロ…ッと溢れては、それを無情にも誰も、目の前の男さえも拾い抱きしめる事は無く、哀しく地に滲み泡の様に消えていく。
目の前の男、井吹は、合流後に土方達に「先ずは会いたい人が出来た。…為せば成らぬ事があって、だから今俺は此処に来たんだ。」と伝え一行から離れ、薄汚れた文を隠した割れた印籠を握り、先ずは、彼の鎖で縛って無理矢理閉じ込めた心臓の本心(文)を早急にある人物に渡したく、数日掛けて脚を走らせ現在に至る。
「…井吹はん、この文は…宛てる様なものでは無く、強いていうならば日記のような文を私に渡しても、ええんどすか?」
無論、みょうじ関する私のみ限定(組織関係他言無用)井吹自身が知り得た真実を目の前の舞妓、小鈴に伝えると共に、悪いけど彼女に文を届けたからな、と心の奥深くでなまえに謝罪した。
「構わない。寧ろ今、なまえが姿出して俺を怒る状況があるなら願ったり叶ったりだろ?」
正直、今この状況は表面上から見ればなまえの拒否するであろう出来事であり、意地に逆らうと思われるが、然し、新選組の轟く歴史を繋いでいくという概念、彼らが馳せた史跡を隠蔽や炭灰にされぬ陽、維持するには必要な一つの証拠なのでは、と少々屈折では在るが自分なりに解釈し今の情景を創った。
まぁ逆に敢えて深く突くならば、何故、彼は持ち主である井吹が知る確率の高い印籠の底に隠したのか?
という事は自分の秘めた感情は井吹にのみ知って欲しかったのか?
若しくは、どんな形であれ印籠が井吹の手に戻る、という考えは皆無だったと云う事か?
様々な疑問点が産まれるが、どう転んでも今回の件の結論は井吹に後悔は皆無である事。
「… なまえは、あんたに一目惚れしてたんだな。」
印籠の底に隠されていた紙を確認した際に、仕方無くだが目を通してしまった。
世にある恋愛小説の様な胸がときめく出会いでは決して無かった島原での二人の関わりや出会い、井吹も交えた三人での少し苦い懐かしい思い出を思い馳せては、和らげに自身の鼈甲を絆し「…いや、あんな状況で芹沢さんと一悶着あったからこそ…なのか?皮肉だな…」と紡いでいく。
「…私、本名は静と云うんです。」
実は私、想いを告げて見事にお断りされたんですよ、と花街言葉を解き困った様にはにかめば、例えばあの時、なまえさんが、舞妓を棄てて貴方と生きたい、と彼に縋る私の手を取って彼が私と共に生きてくれて居たら、小鈴では無い静の私も変わらず好きと言ってくれたのだろうか?
そんな事を井吹に小さく問いかけた小鈴は、目を伏せ睫毛を震わせたが、次の言葉の前に一呼吸置いては深緑の瞳に信念と舞蝶を吹き込む。
「…うちは…これからも…生涯、なまえさんだけをお慕い申しております。
其れは、私自身の生命る覚悟どす。」
ーー誰か教えて欲しい。
例えば両想いの二人の生きる時代や立場、据、生きる足許が何もかもが違っていたら、互いが互いの顔を見て笑顔で手を繋いで、時を穏やかに歩み幸せに暮らしていたのだろうか?
井吹はそんな事を思いながら小鈴の決して揺るがない強い瞳、色鮮やかで豪華な着物とは不釣り合いだが、彼女の意志を凛と宿す可愛らしいお花の簪を鼈甲に映し、割れた印籠をキュッと握りながら答えの無い問を、風車の連想とともに息吹に乗せた。
「井吹はん、うちからも大切なお話がーー」
【 他に靡き今日復(ま)た何をか言はん
義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所
快く受けん電光三尺の剣
只に一死をもって君恩に報いん 】
(Wikipedia抜粋)
「…畜生…っ…近藤さん…!!」
彼女が瞼をキュッと閉じ再び瞳を開き意を決して魅せ、彼女を纏う雰囲気が一変し鋭くなった大切な話の一言目は、その手に詳しい客が話し込んでいたのを聞いたのだが、から始まる。
話の内容とは、近藤が板橋宿平尾の脇本陣豊田家に幽閉され連日取り調べが行われており、土佐藩と薩摩藩との間で近藤の処遇をめぐり大きな対立が生じたが、結局、斬首刑に成る、との事柄であった。
「近藤の飼う猛獣は近藤より危険すぎる!
儂の顔にも糞泥をたっぷり塗りやがって…!!あと何匹残っているか分からないのなら飼い主の頭をさっさと潰せ!!」
ある人物の足掻きの所為で愕然する手間と人件、時間を掛けた事、次いでに近藤との苦い過去の関わりで相当な怒り心頭だった藩のある重役は、斬首を早急に、と熾烈に推したと云う。
「場所は中仙道板橋宿近くの板橋刑場。
新選組の歴史を貴方の其の眼で見届ける、魅力的な其の声で次世代に繋ぐ、のであるならばーー…局長の逝去まで、其れ程時間があらしません…どうか急いでおくれやす。」
鼈甲飴は徐々に溶ける、
蒼犬は只々、息が苦しい、
簪の導により浅葱の山形の頂を目指し、
唯、酸素が苦い中、走っては駆け抜ける
「…あの頃とは随分、顔付も心持も変わったんやね。井吹はんーー…」
小鈴は、おおきに、と静かに呟き、再び溢れ出す涙をポロポロと落とし宵の赤い満月に手を翳しながら文と共に想い出に浸り、決して色褪せる事の無い愛しい彼を己の心臓に鎮めては、生涯通じて、彼と共に生命ていく。
ーーー
「…近藤殿、私の勝手ながら貴殿に尊敬の念を抱いておりました」
近藤にのみ届く囁きが横倉の口から言の葉が放たれ近藤の鼓膜へじわりと染み込むと同時に、近藤の首と胴がスパンと離れると、周りの観客より驚きの声と千本の針が身体に突き刺さる様な鋭い空気感が漂えば、文句の付け所が無い見事な一太刀で介錯を終えた。
武勇と豪胆、一つの武士道崩落
幕末の末路に勇名を轟かす大和魂
勇ましい虎の首、丸の内に三つ引き
指切りげんまんの小指に赤い月が搖れ、
日の丸を志し日野を想う
慶応四年、近藤勇、中仙道板橋宿近くの板橋刑場にて横倉喜三次らに斬首される。
井吹が刑場に到着したのは近藤が処刑される数分前であり、周りのその他大勢の観客の声に掻き消されてはいるが、声にならない緒吐(オト)で叫び、近藤の名を呼びながら木の柵を掴んだ瞬間、井吹に気がついた近藤と僅か数秒だが深く強く目が合えば、当時、井吹をお世話してくれた時と変わらないあの優しい顔で微笑むと、一瞬のみ刻が停止し、反動で井吹の鼈甲はグズグズに粘膜を帯び、ボタボタボダ…ッと溢れ溶け、井吹の脚には欲を求める大量の蟻が群がる様に、宿命という足枷が頑丈に嵌められる。
「…っ…あの人は…!己の武士道に虎の如く徹していたじゃないかーー…!」
切腹も許されない処刑の理由を紅い月と日の丸の微睡みで問い掛ける。
あの勇ましい男が如何してこの結末?
互いの思想の違い、血が流れる戦争、主権、覇権争の抗えぬ世の流れに対して、力の無く頼り無い自分は、虚しくも懸命に踠くしか術が無い。
仮にもし自分にもっと大きな力が在れば…己の父が御家人株を売ってなければ、自身が嫌悪する立派な武家に己が成っていれば、今迄知り得た、耳を塞ぎたくなる事実から回避出来たのか?
全てでは無くとも、少なくともなまえの一番に望む事柄くらいは己の手で護ってやる事は出来たのか?
井吹がたてる仮説ならば、彼が新選組と出逢う物語は無かった確率の方が勝るのに、思考は歪み段々と力亡き自分を酷く責め立てた。
「素は紛い者の癖に偉そうに武士を気取りやがって!最期は武士として切腹も許されないあのザマよ」
大半の観客は嗚咽に似た反応を示すが中には斬首刑を見てザマァミロと、ケラケラ…と嘲笑う輩も少なからずおり、拍子の悪いその輩に対し、悔しくて堪らないと感情を乗せ強く苦しく睨み牙を剥け、脆い理性を撲り捨て、相手の喉元へ掴み噛み付く勢いで腕を振り翳しーー
犬呻の牙と爪で浅葱の史を抉り、啜泣く蒼
敗北を繰り返す度に【誠】の爪を指一本一本引き抜かれては【桜樹木】に血を灯して
ーーー
「土方さんは、如何して自分だけ生き残って仕舞ったのかと苦しんでいました。でも今は…重く託された新選組だから命懸けで護っていこうとしているのだと思います。」
土方と久方振りに合流したのにも関わらず間も無く衝突する様な衝撃的な出来事、己にとって親愛なる近藤となまえを何故見捨てて云った等と酷く当たり散らした其の宵、僅か月明かりの残像の中、千鶴から沖田へと静かに伝えられた情景の刻の夢を満て、沖田はその夢見から息を呑む様にハッと目を覚ました。
「…そんな事…痛い程、理解ってるよ…」
チリン、チリンーーと登場とは、何事か意味を持つのだろうか?ニャァ、ニャァ…と何処からか紛れ込んで来たのだろう黒猫が沖田に喉を鳴らし足音は無く擦り寄れば、彼の手に頬擦りし、其れを沖田は静かに受け入れ「…君は…偶然なる只の迷子かな?それとも可愛い猫被った死神かな?ーー…あぁ、だとすれば僕の生命を狩に来たのか」とポツリと言葉を貶す。
「…ゲボッ…ゲホゲホッ…はぁ…っ…」
痩せていく身体に浅い呼吸音と黒い吐血量と一目瞭然であるが、黙っていても足掻いていても確実に沖田の死期は迫っていた。
「…あれは間違い無く土方だ。奴は七日町の清水屋に潜伏している…もっと皆に知らせて宵に仕留めて仕舞え…!その詳しい計画は…」
ーー死ぬのは怖くない、只、あと少しだけ時間が欲しい。
黒猫は音も無く、チリン、チリンと外へと繋がる扉の前へ移動すれば暗闇で光る特有の瞳を沖田へと陥し彼を静かに呼び寄せる。
すると男数人の声が聞こえた為、決して気付かれない様に細心の注意を払いながら男達が話す所謂、土方殺害計画をしっかり聞き耳にし脳に刻む。
無情にも宇都宮の戦いで負傷した土方が宿泊している情報は正確であった。
「…近藤さんとなまえさんが新選組を託した土方さんを…僕が必ず護ります。
新選組の猛者の剣と轟く為に、親愛なる御方の誠の意思を継ぐ盾に成る為にーー」
(「貴様如きが、嵩取るな。
地這い擦り廻って血反吐垂らし、地獄の底辺から這い上がって来い。
浅葱の山形を死装束に朽ち堕とすか‥‥将又、日本歴史を轟かす蛇の鱗とするか…
何方の運命に転ぶか、見物だな‥‥」)
どうせ今にも消えそうで不安定な生命の燈、故に此の儘、誠も信念も自尊心も武士道も沖田総司からもーー総て殴り棄てて逃げ帰って布団の上で死ぬ方が単純で簡単なのであろう。
そして何よりその選択は身体的には痛くも痒くも無いが、そんな選択をする事は微塵も無い。
労咳よりも重たい深き絆の代償が沖田には在る。
近藤を護り、なまえの為に生命(い)き、そして死ぬーー…錦の御旗として掲げ続けてきた心座志(こころざし)
血反吐で汚れた弱々しい掌をギュッと決意と共に握り締め、黒猫は激昂に舌舐めずり大鎌を匿す。
(「…総司、てめーは俺の為に生きて、俺の為に死にな?
俺に賭け挑んで負けたなら、代償は楽じゃねーよ、」
「黙りなクソガキ、 …生死を決めるのは俺。
…許可無く勝手に死んだら、許さねーからな?」)
「…君には、自分の命を微塵も残さず…例え骨も残らず灰に成ろうとも賭けられる敬愛する御主人は居る?ーー僕にはね、居るんだよ。
だから万が一、君が僕の魂を奪いに来た死神なら…どうか頼みがある…」
一生、僕を許さないで居てくれて本望ですよ。其れこそ、今度こそなまえさんを独占出来そうですね、なんて紡ぎながら、以前、その敬愛するなまえから貰った包帯を取り出し、余り力が入らない己の掌に菊一文字宗則を握り締め、決して離さぬ事の無い様、ギチギチギチッ…と双方に想いと供に固く縛り巻き付ける。
「…新選組一番隊組長 沖田総司」
刀で斬るな!体で斬れ!と、沖田はその言葉を掲げては指導や稽古の際に平隊士はじめ、常に厳しく繰り返し伝えてきた。
翡翠を壊して最期は生命を灰に朽ちても、新選組の剣神は己だと、一番隊を名乗り生き示してきた威風堂々とした高尚を、何世代にも渡り歴史を語り継がせ、幕末最強の剣客集団と言われた【誠】の存在理由を、深く刻み込んでやる。
今の彼が出来るのは、包帯に宛てがう誓いを神風に己の翡翠を血反吐で滲ませた己の最期の魂で、目の前に佇む新選組の脅威を一つ残す事無く全てを斬り、誠を司り帝を背負う紫に総てを託しては、紅弁慶の囁き、また一輪の重さを背中に刺す
虎は死して皮を留め、人は死して名を残す
(「今宵の虎徹は血に飢えている」)
ーーー
夭折を映し溶ける鼈甲
運命の枷、物語の鍵を咥えた蒼犬
黒猫は白菊の吐血痕に大鎌の爪痕を隠した
男から単と発せられた言の葉と、その男から渡された薄汚れた一枚の文に総てを馳せた淡く恋焦がれる一文字を自身に深く染み込ませれば、脳が現実を受け容れ納得し理解するのには不思議と時間が掛からなかった。
男に早急に呼び出され且つ早急に現実を叩きつけられた小さい柔らかな舞妓の手は、その薄汚れた一枚の文を、其れは大切に心臓辺りに宛て華奢な身体を震わせその場で膝を折り蹲って泣く。
やはり脳が理解しても心が追いつかないのであろうーー時には華麗な蝶、その気に成れば毒蛾にも変幻する舞は、年齢相応な恋する乙女へと姿見を洗わせた。
「…なまえさん…っ…!!」
小さな唇でやっとの発した儚い鈴の音を合図に大きな瞳に想いは耐えきれずボロボロ…ッと溢れては、それを無情にも誰も、目の前の男さえも拾い抱きしめる事は無く、哀しく地に滲み泡の様に消えていく。
目の前の男、井吹は、合流後に土方達に「先ずは会いたい人が出来た。…為せば成らぬ事があって、だから今俺は此処に来たんだ。」と伝え一行から離れ、薄汚れた文を隠した割れた印籠を握り、先ずは、彼の鎖で縛って無理矢理閉じ込めた心臓の本心(文)を早急にある人物に渡したく、数日掛けて脚を走らせ現在に至る。
「…井吹はん、この文は…宛てる様なものでは無く、強いていうならば日記のような文を私に渡しても、ええんどすか?」
無論、みょうじ関する私のみ限定(組織関係他言無用)井吹自身が知り得た真実を目の前の舞妓、小鈴に伝えると共に、悪いけど彼女に文を届けたからな、と心の奥深くでなまえに謝罪した。
「構わない。寧ろ今、なまえが姿出して俺を怒る状況があるなら願ったり叶ったりだろ?」
正直、今この状況は表面上から見ればなまえの拒否するであろう出来事であり、意地に逆らうと思われるが、然し、新選組の轟く歴史を繋いでいくという概念、彼らが馳せた史跡を隠蔽や炭灰にされぬ陽、維持するには必要な一つの証拠なのでは、と少々屈折では在るが自分なりに解釈し今の情景を創った。
まぁ逆に敢えて深く突くならば、何故、彼は持ち主である井吹が知る確率の高い印籠の底に隠したのか?
という事は自分の秘めた感情は井吹にのみ知って欲しかったのか?
若しくは、どんな形であれ印籠が井吹の手に戻る、という考えは皆無だったと云う事か?
様々な疑問点が産まれるが、どう転んでも今回の件の結論は井吹に後悔は皆無である事。
「… なまえは、あんたに一目惚れしてたんだな。」
印籠の底に隠されていた紙を確認した際に、仕方無くだが目を通してしまった。
世にある恋愛小説の様な胸がときめく出会いでは決して無かった島原での二人の関わりや出会い、井吹も交えた三人での少し苦い懐かしい思い出を思い馳せては、和らげに自身の鼈甲を絆し「…いや、あんな状況で芹沢さんと一悶着あったからこそ…なのか?皮肉だな…」と紡いでいく。
「…私、本名は静と云うんです。」
実は私、想いを告げて見事にお断りされたんですよ、と花街言葉を解き困った様にはにかめば、例えばあの時、なまえさんが、舞妓を棄てて貴方と生きたい、と彼に縋る私の手を取って彼が私と共に生きてくれて居たら、小鈴では無い静の私も変わらず好きと言ってくれたのだろうか?
そんな事を井吹に小さく問いかけた小鈴は、目を伏せ睫毛を震わせたが、次の言葉の前に一呼吸置いては深緑の瞳に信念と舞蝶を吹き込む。
「…うちは…これからも…生涯、なまえさんだけをお慕い申しております。
其れは、私自身の生命る覚悟どす。」
ーー誰か教えて欲しい。
例えば両想いの二人の生きる時代や立場、据、生きる足許が何もかもが違っていたら、互いが互いの顔を見て笑顔で手を繋いで、時を穏やかに歩み幸せに暮らしていたのだろうか?
井吹はそんな事を思いながら小鈴の決して揺るがない強い瞳、色鮮やかで豪華な着物とは不釣り合いだが、彼女の意志を凛と宿す可愛らしいお花の簪を鼈甲に映し、割れた印籠をキュッと握りながら答えの無い問を、風車の連想とともに息吹に乗せた。
「井吹はん、うちからも大切なお話がーー」
【 他に靡き今日復(ま)た何をか言はん
義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所
快く受けん電光三尺の剣
只に一死をもって君恩に報いん 】
(Wikipedia抜粋)
「…畜生…っ…近藤さん…!!」
彼女が瞼をキュッと閉じ再び瞳を開き意を決して魅せ、彼女を纏う雰囲気が一変し鋭くなった大切な話の一言目は、その手に詳しい客が話し込んでいたのを聞いたのだが、から始まる。
話の内容とは、近藤が板橋宿平尾の脇本陣豊田家に幽閉され連日取り調べが行われており、土佐藩と薩摩藩との間で近藤の処遇をめぐり大きな対立が生じたが、結局、斬首刑に成る、との事柄であった。
「近藤の飼う猛獣は近藤より危険すぎる!
儂の顔にも糞泥をたっぷり塗りやがって…!!あと何匹残っているか分からないのなら飼い主の頭をさっさと潰せ!!」
ある人物の足掻きの所為で愕然する手間と人件、時間を掛けた事、次いでに近藤との苦い過去の関わりで相当な怒り心頭だった藩のある重役は、斬首を早急に、と熾烈に推したと云う。
「場所は中仙道板橋宿近くの板橋刑場。
新選組の歴史を貴方の其の眼で見届ける、魅力的な其の声で次世代に繋ぐ、のであるならばーー…局長の逝去まで、其れ程時間があらしません…どうか急いでおくれやす。」
鼈甲飴は徐々に溶ける、
蒼犬は只々、息が苦しい、
簪の導により浅葱の山形の頂を目指し、
唯、酸素が苦い中、走っては駆け抜ける
「…あの頃とは随分、顔付も心持も変わったんやね。井吹はんーー…」
小鈴は、おおきに、と静かに呟き、再び溢れ出す涙をポロポロと落とし宵の赤い満月に手を翳しながら文と共に想い出に浸り、決して色褪せる事の無い愛しい彼を己の心臓に鎮めては、生涯通じて、彼と共に生命ていく。
ーーー
「…近藤殿、私の勝手ながら貴殿に尊敬の念を抱いておりました」
近藤にのみ届く囁きが横倉の口から言の葉が放たれ近藤の鼓膜へじわりと染み込むと同時に、近藤の首と胴がスパンと離れると、周りの観客より驚きの声と千本の針が身体に突き刺さる様な鋭い空気感が漂えば、文句の付け所が無い見事な一太刀で介錯を終えた。
武勇と豪胆、一つの武士道崩落
幕末の末路に勇名を轟かす大和魂
勇ましい虎の首、丸の内に三つ引き
指切りげんまんの小指に赤い月が搖れ、
日の丸を志し日野を想う
慶応四年、近藤勇、中仙道板橋宿近くの板橋刑場にて横倉喜三次らに斬首される。
井吹が刑場に到着したのは近藤が処刑される数分前であり、周りのその他大勢の観客の声に掻き消されてはいるが、声にならない緒吐(オト)で叫び、近藤の名を呼びながら木の柵を掴んだ瞬間、井吹に気がついた近藤と僅か数秒だが深く強く目が合えば、当時、井吹をお世話してくれた時と変わらないあの優しい顔で微笑むと、一瞬のみ刻が停止し、反動で井吹の鼈甲はグズグズに粘膜を帯び、ボタボタボダ…ッと溢れ溶け、井吹の脚には欲を求める大量の蟻が群がる様に、宿命という足枷が頑丈に嵌められる。
「…っ…あの人は…!己の武士道に虎の如く徹していたじゃないかーー…!」
切腹も許されない処刑の理由を紅い月と日の丸の微睡みで問い掛ける。
あの勇ましい男が如何してこの結末?
互いの思想の違い、血が流れる戦争、主権、覇権争の抗えぬ世の流れに対して、力の無く頼り無い自分は、虚しくも懸命に踠くしか術が無い。
仮にもし自分にもっと大きな力が在れば…己の父が御家人株を売ってなければ、自身が嫌悪する立派な武家に己が成っていれば、今迄知り得た、耳を塞ぎたくなる事実から回避出来たのか?
全てでは無くとも、少なくともなまえの一番に望む事柄くらいは己の手で護ってやる事は出来たのか?
井吹がたてる仮説ならば、彼が新選組と出逢う物語は無かった確率の方が勝るのに、思考は歪み段々と力亡き自分を酷く責め立てた。
「素は紛い者の癖に偉そうに武士を気取りやがって!最期は武士として切腹も許されないあのザマよ」
大半の観客は嗚咽に似た反応を示すが中には斬首刑を見てザマァミロと、ケラケラ…と嘲笑う輩も少なからずおり、拍子の悪いその輩に対し、悔しくて堪らないと感情を乗せ強く苦しく睨み牙を剥け、脆い理性を撲り捨て、相手の喉元へ掴み噛み付く勢いで腕を振り翳しーー
犬呻の牙と爪で浅葱の史を抉り、啜泣く蒼
敗北を繰り返す度に【誠】の爪を指一本一本引き抜かれては【桜樹木】に血を灯して
ーーー
「土方さんは、如何して自分だけ生き残って仕舞ったのかと苦しんでいました。でも今は…重く託された新選組だから命懸けで護っていこうとしているのだと思います。」
土方と久方振りに合流したのにも関わらず間も無く衝突する様な衝撃的な出来事、己にとって親愛なる近藤となまえを何故見捨てて云った等と酷く当たり散らした其の宵、僅か月明かりの残像の中、千鶴から沖田へと静かに伝えられた情景の刻の夢を満て、沖田はその夢見から息を呑む様にハッと目を覚ました。
「…そんな事…痛い程、理解ってるよ…」
チリン、チリンーーと登場とは、何事か意味を持つのだろうか?ニャァ、ニャァ…と何処からか紛れ込んで来たのだろう黒猫が沖田に喉を鳴らし足音は無く擦り寄れば、彼の手に頬擦りし、其れを沖田は静かに受け入れ「…君は…偶然なる只の迷子かな?それとも可愛い猫被った死神かな?ーー…あぁ、だとすれば僕の生命を狩に来たのか」とポツリと言葉を貶す。
「…ゲボッ…ゲホゲホッ…はぁ…っ…」
痩せていく身体に浅い呼吸音と黒い吐血量と一目瞭然であるが、黙っていても足掻いていても確実に沖田の死期は迫っていた。
「…あれは間違い無く土方だ。奴は七日町の清水屋に潜伏している…もっと皆に知らせて宵に仕留めて仕舞え…!その詳しい計画は…」
ーー死ぬのは怖くない、只、あと少しだけ時間が欲しい。
黒猫は音も無く、チリン、チリンと外へと繋がる扉の前へ移動すれば暗闇で光る特有の瞳を沖田へと陥し彼を静かに呼び寄せる。
すると男数人の声が聞こえた為、決して気付かれない様に細心の注意を払いながら男達が話す所謂、土方殺害計画をしっかり聞き耳にし脳に刻む。
無情にも宇都宮の戦いで負傷した土方が宿泊している情報は正確であった。
「…近藤さんとなまえさんが新選組を託した土方さんを…僕が必ず護ります。
新選組の猛者の剣と轟く為に、親愛なる御方の誠の意思を継ぐ盾に成る為にーー」
(「貴様如きが、嵩取るな。
地這い擦り廻って血反吐垂らし、地獄の底辺から這い上がって来い。
浅葱の山形を死装束に朽ち堕とすか‥‥将又、日本歴史を轟かす蛇の鱗とするか…
何方の運命に転ぶか、見物だな‥‥」)
どうせ今にも消えそうで不安定な生命の燈、故に此の儘、誠も信念も自尊心も武士道も沖田総司からもーー総て殴り棄てて逃げ帰って布団の上で死ぬ方が単純で簡単なのであろう。
そして何よりその選択は身体的には痛くも痒くも無いが、そんな選択をする事は微塵も無い。
労咳よりも重たい深き絆の代償が沖田には在る。
近藤を護り、なまえの為に生命(い)き、そして死ぬーー…錦の御旗として掲げ続けてきた心座志(こころざし)
血反吐で汚れた弱々しい掌をギュッと決意と共に握り締め、黒猫は激昂に舌舐めずり大鎌を匿す。
(「…総司、てめーは俺の為に生きて、俺の為に死にな?
俺に賭け挑んで負けたなら、代償は楽じゃねーよ、」
「黙りなクソガキ、 …生死を決めるのは俺。
…許可無く勝手に死んだら、許さねーからな?」)
「…君には、自分の命を微塵も残さず…例え骨も残らず灰に成ろうとも賭けられる敬愛する御主人は居る?ーー僕にはね、居るんだよ。
だから万が一、君が僕の魂を奪いに来た死神なら…どうか頼みがある…」
一生、僕を許さないで居てくれて本望ですよ。其れこそ、今度こそなまえさんを独占出来そうですね、なんて紡ぎながら、以前、その敬愛するなまえから貰った包帯を取り出し、余り力が入らない己の掌に菊一文字宗則を握り締め、決して離さぬ事の無い様、ギチギチギチッ…と双方に想いと供に固く縛り巻き付ける。
「…新選組一番隊組長 沖田総司」
刀で斬るな!体で斬れ!と、沖田はその言葉を掲げては指導や稽古の際に平隊士はじめ、常に厳しく繰り返し伝えてきた。
翡翠を壊して最期は生命を灰に朽ちても、新選組の剣神は己だと、一番隊を名乗り生き示してきた威風堂々とした高尚を、何世代にも渡り歴史を語り継がせ、幕末最強の剣客集団と言われた【誠】の存在理由を、深く刻み込んでやる。
今の彼が出来るのは、包帯に宛てがう誓いを神風に己の翡翠を血反吐で滲ませた己の最期の魂で、目の前に佇む新選組の脅威を一つ残す事無く全てを斬り、誠を司り帝を背負う紫に総てを託しては、紅弁慶の囁き、また一輪の重さを背中に刺す
虎は死して皮を留め、人は死して名を残す
(「今宵の虎徹は血に飢えている」)
ーーー
夭折を映し溶ける鼈甲
運命の枷、物語の鍵を咥えた蒼犬
黒猫は白菊の吐血痕に大鎌の爪痕を隠した