左腕の劫火、桜花爛漫
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「あっ‥‥!」
月冴えも眠りに尽きたい更けた刻。
三味線の御稽古を終え稽古場から移動しようと、ゆっくりと腰を上げた小鈴だったのだが、其の拍子の所為なのか?彼女の麗しく長い濃緑髪がパサッ‥と空を解け舞うと同じ頃、其の髪を鮮やかに留めていた可愛いお花の簪がコトン、と床に転がり落ちる。
「‥不思議どすなぁ‥?少しくらい急いで動いても解けたりせんのに‥」
小鈴は、簪に傷付いたりせんで良かった、と直様急いで簪の無事を確認すれば、傷やら欠けやら何事も無くほっと安心し、しかし何故か不意に解けて落ちて仕舞った事に対し不満を抱き、未まだ幼さを隠せない可愛らしい顔の眉間に皺を寄せ一人文句を落とせば、再度、馴れた手付きでスッ‥と髪を結い、いつもの様に髪に簪を挿しては可愛いお花をふわりふわりと咲かせた。
(いつかまた‥この簪を挿して、あの御方とお逢いできる日を‥)
くノ一に劣らぬ忍耐力に花魁顔負けの信念の強さに、此の舞妓の心奥深くには強く芯ある譲れない情がある様でーー
その決定的な証拠として己の【命】に挿す花とは、ある程度の年月を供にしている様に思えるが、決して枯れずに衰える事無く、彼女の手により花弁一枚一枚丁寧に手入れを施されて折、寧ろ、彼女の自尊心を含めた仮漆を振り撒き光沢を纏わせ創れば、最上級の妖艶と貫禄を魅せ突ける極上の品に成り上るのだ。
「‥そろそろ‥身体を休めないと‥」
今日も可愛く美しくお淑やかに上品で、なんて事は舞妓として無論当然且つ当たり前な事である故に、着飾る為には彼女達も並大抵な生き方や心意気を粋振舞っては決して居らず、許す筈も無い。
ある時はアゲハ蝶、ある時は蛾で冴えも化ける術を知り戦う彼女達は、如何せん、負けん気と勝負事に強いのだ。
気を付けるが如し‥はんなりにまんまと騙され特に真愛を貫く女を甘くみては、大層な火傷を負う事に成るぞ。
ーーー
小鈴の三味線の御稽古の時間が終えた同じ頃、右肩上がりで上昇する緊迫感を抱える新選組一行は、土方の語り掛けの最中で在った。
大きな白い布を頭から被り、羅刹弱点である、未だ目を覚ます事の無い日の出から己を庇い遮る為との言い訳か、故に涙をぽたぽた‥ッと零す弱き己の状態を周りの連中から遮ぎ隠す羞恥心の為か、先程まで苦しみに足掻いていた沖田が木に寄り掛かり腰を掛け、土方の語りを邪魔する事無く言葉を拾う情景は、更に不快な深刻さを物語る様で‥皆の胸を激しく傷ませる。
世に名を轟かせ皆から恐れられていた新選組が所詮此のザマかと、鼻で嘲笑いたく為る様な今の情景は、只々虚しく粉々に砕ける石灰石の如く腐り錆びて脆い歯車が映した、ガタガタ吐かすモノクロの千裂るフィルム一枚の価値に思えて仕舞えば、やはり渦中の“彼”の存在は其れ程までにも新選組にとって大きい事で且つ嫌でも証明させる。
( 百合毒の一本針、神風車の罠)
己の決めた人生に否定も言い訳もしたくは無いが、其れでも涙の痕を造りながら膝を抱えている【誠】を背負った脆き人間に教えて欲しい。
本来は憎き生き物で居る筈の鬼を、忌々しい妖を纏った哀しき鬼を、新選組の看板位置を陣取る在の鬼を、どうしたら此処に引き戻せる?
「鬼さん此方、鍵鳴る方へ、」
ーーさて、此処から先の一部の事柄は、新選組一行誰も知る事の無い内緒噺で御座います故、忌々の烙印を焼押された鬼の、優しき笛音色と共に狼煙て、彼に免じて如何しても歴史を抉じ開けてと願いたい。
「~~‥‥♪」
威厳も風格も貫禄も堕落した近藤の隣、静寂の波を穏やかに撫ぜる様に連結鍵を奏でるなまえは、まさに現在、敵陣から建物の外から完璧に包囲されては囲まれている絶体絶命な状況であろうとも、罪と罰である爆弾を抱える己の心臓は普段よりも綺麗な鼓動を叩き、彼は寧ろとても心地良き状態で在った。
啜り泣く歴史に違反する嚥下
逆説の箱、道化師の剥奪
「‥ゆっくり俺の連結鍵聴いてもらうの久しぶりだね、嬉しい、」
まぁ‥親愛なる近藤の隣で親愛なる近藤の為だけに連結を奏でられるのだから、なんとなく彼の気持ちを汲んでやる事も出来るのかもしれない。
「‥‥‥。」
世代交代と崩壊が同日に生じ、泣きじゃくっていた筈の近藤からの返事は在れ以降、全く返ってこない一方で、なまえは一人淡々と自身の想い出話を次から次へと繰り出していく。
一人の武士により命を吹き込まれ産まれ代わった妖鬼の暁ーー幼少期から成人期までの報恩の果実酒、浪士組から新選組までの黎明の碑、新選組/新撰組の燃散桜の印契
(雨の宵に死、産声)
決して生半可ではおらず、泥水啜っては血反吐吐き捨て爪先血滲み割り地這いずり廻って生きてきた彼だからこそ、忌を背負いながらも譲れない想いは奈落の底、負荷く、不快く、深い。
無慚にも羽根を踏み千切り壊された淡い風車は、癒でも妖鬼の心中でカラカラ‥と向日葵の陽だまりに童謡を乗せて歌うし、諦められぬ小さな鈴の恋音は、哀しき妖鬼の小指に永遠なる赫い愛を結び揺らがぬ十字架を刻むが、総てを握る蒼の印籠は、決して孤独を許さない。
生命のリミットとは別に、呼吸許す一刻の時間は誰にでも平等である反面、なまえの事情に庇う筈も無く無情にも時は大鎌を振い鬩ぎ合う金属音で知らせれば、そろそろ現実に戻らなくては成らないと察したなまえはスッ‥とゆっくり立ち上がり、未まだ一言も発せず膝を抱えて座り込む近藤に「‥此処で、まっててね、」と柔らかく語り掛ければ、真っ白な包帯で施している左で漆黒刀を握り、一人、外へ向かい、男は黙って背中で生涯を桜火させる。
psychopath
(さぁ、蘇生の時間だぜ?)
大砲の銃撃発狂に銃声の雨
【槍や刀が泣く演武劇、銃口から垂れる鼻水に嗚咽】
なまえ達を包囲した建物や周囲にも火炎をちらつかせ炙りを連想させるかの様に煽り、そして敵連中は戦闘態勢に入る準備を念入りに行い、無数の銃器や武器を妖鬼一匹にジャキ‥ッと一斉に問答無用で重たく構え向ける。
考えれば儚いものだ。
多寡が銃弾の鉛一個、引き金を指一本で弾き心臓を完璧に仕留めれば、その生き物の生涯(義務と権利)を全て奪う事に成るのなら、猛毒酒を持った鉄扇の方が百倍可愛いもんだろう?
(蛇の蜷局は届く筈も無い儘の幕引き、謎るイカサマ)
「‥関係者以外立ち入り禁止、」
こっから先ね、と漆黒刀で地に線をザッと引き敵連中等との酷く脆い境界線を張り、片膝を立たせた胡座を掻く為に其の場にどかっと座り込み、自身の肩と足の間に漆黒刀を庇い立て掛けたなまえは、自身を完全包囲している敵連中に見せつけると、敵の指示者は無論、フツフツと煮え繰り返る様に怒りの感情を暴れさせ「ふざけるな!皆の者!奴を殺れ!」等の怒号を汚く散らかせば、その他の連中総出でなまえに刀や銃を向けて、全力でかかっていった。
「っああああーーー!!」
無我夢中に泣き邪くる銃器の心得に、逆らえない道具の定めにより、敵連中が一斉になまえへ攻撃を仕掛けた瞬間、大蛇をも喰い散らかす毒蜘蛛が覆い被さり濁る彼の紅月は、瞬時、無理矢理に満開を称し“絶対零度”が導く化学式が強制的に発動し混濁させ、ガギガギガギッ‥と連結のトリガーを軋り壊して終う。
闇が墜ち、鬼が嘲笑う桜の薫り
散弾雨の媚びを含んだ、綾藺笠
絶対零度の氷冷却、今此処に
ーーー
「沖田‥‥」
もはや此の時刻であれば完璧に太陽は空に返り咲き独占を得れば、無論、血の契を抱える沖田の身体は半端なく辛いに決まって居たのだが、其の事情を知る筈も無い井吹は心配の声をやるが、沖田は煩わしいと言う様に「‥ごめんね、井吹君でも僕の邪魔をしないでほしい‥後少しでなまえさんに逢える気がするから‥」と汗で湿った額の前髪を掻き分けながら苦虫を噛み潰す。
血の欲求は以前貰った薬で抑えられては居るが(土方、山南と供に沖田にも渡されていた)唯、労咳の証明は隠そうとしてもやはり隠し切れず、苦しむ沖田は何度も井吹の前で吐血して終っており、井吹の両手を何度も己の鮮血の薔薇で、ズタズタに傷付けては穢していた。
「‥水、持ってくるよ‥」
何度も自身の手を真っ赤に染め上げられながら痛みの無い傷を造り、其れでも沖田を庇い看病をしながら吐血の後処理を手伝い行う井吹の心は、精神的な重圧を心に負荷しすぎた所為で悟りを拓いたのかと言う程、無心且つ手際良く処理を行う様に成って征く。
「‥ゲホッ‥ッ‥!‥っ‥僕が死ぬのは構わないんだよ‥怖くも何ともない‥!でも‥僕は‥あの人の為に死ななきゃいけない‥だから、死ぬ時を間違えてはいけない‥っ‥!!」
「‥っ‥がはっ‥はぁ‥っ‥」
なまえが敵陣を四割斃した処である現状今日、彼にとって最大級の足枷である左胸の爆弾が此の大切な場面で爆音を奏で、ドクン、ドクン、と自己主張を蔑んでくれば、なまえの脳裏には金槌で錆びた金属を叩き打ち付ける様な不快感と共に、更に己の体内から忌々しい大罪の垢が零れ溢れると、戦場には侮辱を担いだ大罪の憎き華が見事に咲き誇る。
「‥げぼっ‥‥っ‥んな時に、出てきやがって‥!」
なまえは、舌打ちを咬ましながら荒い呼吸で眩暈や動悸を少しでも落ち着かせようとするが、無論、周りの状況は其んな事なぞ確実に許す筈も無く、寧ろ彼に大きな隙が出来たと幸運に思い直様、ガウン!ガウン!と下品に銃声を響き渡らせれば、容赦無くなまえの身体に銃弾を綺麗に撃ち込ませ、重たく冷たい鉛を貫通させた。
「畜生‥っ!急所を外したか!しかし化物地味た強さだな‥!早く殺しちまねぇと厄介だぜ‥」
なまえの持つ紅月は、一瞬だが白眼をぐりんっと剥きながら呻き、自然と勢いに任せて血液を体内から口内に向けてボダボダボタァッ‥!と激しく吐き散らかせば、撃ち抜かれた傷口からは、シュゥゥッ‥!と熱い銃弾の煙を上げる。
その様を見た敵連中は、歯茎に力を入れギリギリ‥ッと噛み磨り潰し、仕留め損ねたと物凄く悔しそうな表情をし声をあげ、更に周りへと確実に仕留める様に煽れば、戦場の男達の汚く荒びた声は、猛獣が叫んでいる様な音響にも聴こえた。
ーードクン、ドクン、
烏が、甲高い声で村の不幸の告げた今宵は、紅い月の夜。
空が怯え泣き、雨が滴りはじめ、妖烏はただただ喘いだーー在の宵。
ーードク、ドク、ドク、
其れを殺そうとする村の鬼をドロドロに溶かしていき、屋敷はみるみる戦場となり、墓場になり死体の海になり、腐り爛れた繭を纏えば、其れは其れは見事な地獄絵図の完成をさせた在の宵を。
ー ー ド ク ン 。
チカチカと紅月の水面にフラッシュバックする在の宵の情景、引き鉄を合図に目覚めた残忍な覚醒、甦る
(彼が産まれて、死んだ宵)
『 カ チ リ 』。
「ーーッ、アアアアーーッ!!この‥バケモノがァァッ‥!!!」
【黴びた筆でボトッと血痕を垂した腐った臭い、壊れたオモチャを積み完成した屍の膿】
時計の針が、カチ、カチ、カチ、と一秒刻む事に人間一匹ずつ死んで逝く、目を充てては要られなくなる本能で穢される殺戮に、闃寂を充填に檄を飛ばす。
痛みを誤魔化し叫ぶ余裕すら与えない、現場に残されたのは恐怖感に喰われ殺された人間の愚かな叫びと、汚物が混じる溝色の絡み付いた雨だった。
He knows my secret.
(秘密を握られている)
然程、秒針の刻みも少なく妖鬼の強欲で支配していた静寂の中で九割終えた頃、なまえの身体に限界反動が生じる。
【猛毒】による心臓のリスク、連結鍵の主人への見限り、その証明である左腕への戒めの大火傷ーー
様々な悪足掻きの上で、妖鬼の弱点である連結鍵のマイナス要素に過剰し、力量を伴わない器での半ば無理矢理抉じ開け覚醒させた彼への罰が発生条件が揃い、烈しい苦しみを味わう事と鳴る。
「‥‥!?」
瞬に左腕の大火傷から物凄く熱くて鋭い痛みが一直線に奔ったかと思えば、落雷した稲妻の様な閃光が電光石火の如く腕から肩に掛けて光り、彼の痛覚が引く感触も許されぬ儘、なまえの左腕は瞬時にボロボロボロッ‥と丸焦げに為り、其の儘、地面に墜ち霞み滅んで炭に代わり終えば、無論、柄の支えを失った反動で、ガタン‥と漆黒刀をも供に、地に虚しく遊び転がって終うのであった。
ボタボタボタ‥ッと肩から溢れる妖鬼の血液は、啜り泣く墨汁の空を浮き世に連動させながら、なまえの生命の砂時計の砂の残りを示していたのかも知れない。
彼は如何なる死に方で在ろうとも決して綺麗な死に方では無いのだから、せめて彼自身で最も悔いの無い死に方を選ばなくては成らない。
生きる義務、死ぬ権利で冴えも、灰色の線の中で溺れ捥がいて居るのだから。
先程の烈しい電光石火の際に、井吹が御護りだと称した筈の、しかし彼を護り契れなかった【印籠】も、パァァンーー!と落雷により無惨にも抉られ破裂し、中身の金平糖や淡い色の飴玉は粉々に焼き爛れ灰に成って逝くが、しかし不思議な事に、印籠の精一杯の代償としてなのか、なまえが印籠の底に仕込んだ紙だけは無事に残っていた。
「‥今の目が焼ける様な凄まじい光は一体‥!?それに黒い煙があがってるし少し臭うな‥。まさか‥こんな狭い場所で戦でもしてるのか?」
偶然なのか必然なのか?丁度、なまえのいる場所付近に居合わせており、華麗なる馬の蹄の鳴らす音とは裏腹に、先程の閃光をハッキリと見て驚き叫ぶ井吹と、彼の言う光が見えた付近から荒れた灰煙が上がるのを見た沖田は、物凄く嫌な胸騒ぎを覚えれば「‥っ‥!?まさか‥!」と翡翠に哀を映り込ませながら、其の場に向かう様にと馬を更に急がせた。
昔から、なまえの事に対しては一番に的確に鼻が効き、尚且つ鋭く感付き気付く彼だからこそ、今回の嫌な胸騒ぎは同化、己の全くの勘違いであって欲しいと心から深く願った。
「‥なまえさん‥っ‥!」
「‥舐めんな?
左が無いなら、右がある、」
あーあ、土方さん専用のリード紐(包帯)が無くなって怒られちまう、と頭ポリポリ‥と掻きながらあっけらかんと放ち、己の肩からジャラッ‥と雁字搦めの鎖の音を鳴らした後、主人から既に対価を支払い請け機能停止せざる得なく、使い物に成らなく成って仕舞った連結鍵に手を掛けたなまえは、いつぞやか醜い医者から切札だと囁かれ狙われていた中身を使用する為、上部の瓶の蓋を己の歯でギリッ‥と開け、外れた蓋をべっと地に吐き捨てれば、みょうじ一族の何百のトラウマを混ぜた血液を己の頭から顔面にドロォッ‥と賭け、腐った紅月を別色で毒々しく無理矢理に濁らせると、先程の落雷で灰に成って仕舞った金平糖だった炭霞を、べろっと舌舐めずりし、虚無に滴る運命論と粘っ濃い忠誠を供に味わう。
「‥むこうで人待たせてんだ、
‥死んでやらねーよ、どあほ、」
左肩からの廃と血液、廃棄
be steeped in vice
(悪に染まれ)
脆くて弱い境界線から食み出したのは、研ぎ忘れた爪を立てた貴様等の方だ。
左腕の劫火、桜花爛漫
(終生の誓い)(報いる恩義)
ーーー
傑人の腹悪し、
ならば畏憚に決着を問う
「もう、戻れない」
月冴えも眠りに尽きたい更けた刻。
三味線の御稽古を終え稽古場から移動しようと、ゆっくりと腰を上げた小鈴だったのだが、其の拍子の所為なのか?彼女の麗しく長い濃緑髪がパサッ‥と空を解け舞うと同じ頃、其の髪を鮮やかに留めていた可愛いお花の簪がコトン、と床に転がり落ちる。
「‥不思議どすなぁ‥?少しくらい急いで動いても解けたりせんのに‥」
小鈴は、簪に傷付いたりせんで良かった、と直様急いで簪の無事を確認すれば、傷やら欠けやら何事も無くほっと安心し、しかし何故か不意に解けて落ちて仕舞った事に対し不満を抱き、未まだ幼さを隠せない可愛らしい顔の眉間に皺を寄せ一人文句を落とせば、再度、馴れた手付きでスッ‥と髪を結い、いつもの様に髪に簪を挿しては可愛いお花をふわりふわりと咲かせた。
(いつかまた‥この簪を挿して、あの御方とお逢いできる日を‥)
くノ一に劣らぬ忍耐力に花魁顔負けの信念の強さに、此の舞妓の心奥深くには強く芯ある譲れない情がある様でーー
その決定的な証拠として己の【命】に挿す花とは、ある程度の年月を供にしている様に思えるが、決して枯れずに衰える事無く、彼女の手により花弁一枚一枚丁寧に手入れを施されて折、寧ろ、彼女の自尊心を含めた仮漆を振り撒き光沢を纏わせ創れば、最上級の妖艶と貫禄を魅せ突ける極上の品に成り上るのだ。
「‥そろそろ‥身体を休めないと‥」
今日も可愛く美しくお淑やかに上品で、なんて事は舞妓として無論当然且つ当たり前な事である故に、着飾る為には彼女達も並大抵な生き方や心意気を粋振舞っては決して居らず、許す筈も無い。
ある時はアゲハ蝶、ある時は蛾で冴えも化ける術を知り戦う彼女達は、如何せん、負けん気と勝負事に強いのだ。
気を付けるが如し‥はんなりにまんまと騙され特に真愛を貫く女を甘くみては、大層な火傷を負う事に成るぞ。
ーーー
小鈴の三味線の御稽古の時間が終えた同じ頃、右肩上がりで上昇する緊迫感を抱える新選組一行は、土方の語り掛けの最中で在った。
大きな白い布を頭から被り、羅刹弱点である、未だ目を覚ます事の無い日の出から己を庇い遮る為との言い訳か、故に涙をぽたぽた‥ッと零す弱き己の状態を周りの連中から遮ぎ隠す羞恥心の為か、先程まで苦しみに足掻いていた沖田が木に寄り掛かり腰を掛け、土方の語りを邪魔する事無く言葉を拾う情景は、更に不快な深刻さを物語る様で‥皆の胸を激しく傷ませる。
世に名を轟かせ皆から恐れられていた新選組が所詮此のザマかと、鼻で嘲笑いたく為る様な今の情景は、只々虚しく粉々に砕ける石灰石の如く腐り錆びて脆い歯車が映した、ガタガタ吐かすモノクロの千裂るフィルム一枚の価値に思えて仕舞えば、やはり渦中の“彼”の存在は其れ程までにも新選組にとって大きい事で且つ嫌でも証明させる。
( 百合毒の一本針、神風車の罠)
己の決めた人生に否定も言い訳もしたくは無いが、其れでも涙の痕を造りながら膝を抱えている【誠】を背負った脆き人間に教えて欲しい。
本来は憎き生き物で居る筈の鬼を、忌々しい妖を纏った哀しき鬼を、新選組の看板位置を陣取る在の鬼を、どうしたら此処に引き戻せる?
「鬼さん此方、鍵鳴る方へ、」
ーーさて、此処から先の一部の事柄は、新選組一行誰も知る事の無い内緒噺で御座います故、忌々の烙印を焼押された鬼の、優しき笛音色と共に狼煙て、彼に免じて如何しても歴史を抉じ開けてと願いたい。
「~~‥‥♪」
威厳も風格も貫禄も堕落した近藤の隣、静寂の波を穏やかに撫ぜる様に連結鍵を奏でるなまえは、まさに現在、敵陣から建物の外から完璧に包囲されては囲まれている絶体絶命な状況であろうとも、罪と罰である爆弾を抱える己の心臓は普段よりも綺麗な鼓動を叩き、彼は寧ろとても心地良き状態で在った。
啜り泣く歴史に違反する嚥下
逆説の箱、道化師の剥奪
「‥ゆっくり俺の連結鍵聴いてもらうの久しぶりだね、嬉しい、」
まぁ‥親愛なる近藤の隣で親愛なる近藤の為だけに連結を奏でられるのだから、なんとなく彼の気持ちを汲んでやる事も出来るのかもしれない。
「‥‥‥。」
世代交代と崩壊が同日に生じ、泣きじゃくっていた筈の近藤からの返事は在れ以降、全く返ってこない一方で、なまえは一人淡々と自身の想い出話を次から次へと繰り出していく。
一人の武士により命を吹き込まれ産まれ代わった妖鬼の暁ーー幼少期から成人期までの報恩の果実酒、浪士組から新選組までの黎明の碑、新選組/新撰組の燃散桜の印契
(雨の宵に死、産声)
決して生半可ではおらず、泥水啜っては血反吐吐き捨て爪先血滲み割り地這いずり廻って生きてきた彼だからこそ、忌を背負いながらも譲れない想いは奈落の底、負荷く、不快く、深い。
無慚にも羽根を踏み千切り壊された淡い風車は、癒でも妖鬼の心中でカラカラ‥と向日葵の陽だまりに童謡を乗せて歌うし、諦められぬ小さな鈴の恋音は、哀しき妖鬼の小指に永遠なる赫い愛を結び揺らがぬ十字架を刻むが、総てを握る蒼の印籠は、決して孤独を許さない。
生命のリミットとは別に、呼吸許す一刻の時間は誰にでも平等である反面、なまえの事情に庇う筈も無く無情にも時は大鎌を振い鬩ぎ合う金属音で知らせれば、そろそろ現実に戻らなくては成らないと察したなまえはスッ‥とゆっくり立ち上がり、未まだ一言も発せず膝を抱えて座り込む近藤に「‥此処で、まっててね、」と柔らかく語り掛ければ、真っ白な包帯で施している左で漆黒刀を握り、一人、外へ向かい、男は黙って背中で生涯を桜火させる。
psychopath
(さぁ、蘇生の時間だぜ?)
大砲の銃撃発狂に銃声の雨
【槍や刀が泣く演武劇、銃口から垂れる鼻水に嗚咽】
なまえ達を包囲した建物や周囲にも火炎をちらつかせ炙りを連想させるかの様に煽り、そして敵連中は戦闘態勢に入る準備を念入りに行い、無数の銃器や武器を妖鬼一匹にジャキ‥ッと一斉に問答無用で重たく構え向ける。
考えれば儚いものだ。
多寡が銃弾の鉛一個、引き金を指一本で弾き心臓を完璧に仕留めれば、その生き物の生涯(義務と権利)を全て奪う事に成るのなら、猛毒酒を持った鉄扇の方が百倍可愛いもんだろう?
(蛇の蜷局は届く筈も無い儘の幕引き、謎るイカサマ)
「‥関係者以外立ち入り禁止、」
こっから先ね、と漆黒刀で地に線をザッと引き敵連中等との酷く脆い境界線を張り、片膝を立たせた胡座を掻く為に其の場にどかっと座り込み、自身の肩と足の間に漆黒刀を庇い立て掛けたなまえは、自身を完全包囲している敵連中に見せつけると、敵の指示者は無論、フツフツと煮え繰り返る様に怒りの感情を暴れさせ「ふざけるな!皆の者!奴を殺れ!」等の怒号を汚く散らかせば、その他の連中総出でなまえに刀や銃を向けて、全力でかかっていった。
「っああああーーー!!」
無我夢中に泣き邪くる銃器の心得に、逆らえない道具の定めにより、敵連中が一斉になまえへ攻撃を仕掛けた瞬間、大蛇をも喰い散らかす毒蜘蛛が覆い被さり濁る彼の紅月は、瞬時、無理矢理に満開を称し“絶対零度”が導く化学式が強制的に発動し混濁させ、ガギガギガギッ‥と連結のトリガーを軋り壊して終う。
闇が墜ち、鬼が嘲笑う桜の薫り
散弾雨の媚びを含んだ、綾藺笠
絶対零度の氷冷却、今此処に
ーーー
「沖田‥‥」
もはや此の時刻であれば完璧に太陽は空に返り咲き独占を得れば、無論、血の契を抱える沖田の身体は半端なく辛いに決まって居たのだが、其の事情を知る筈も無い井吹は心配の声をやるが、沖田は煩わしいと言う様に「‥ごめんね、井吹君でも僕の邪魔をしないでほしい‥後少しでなまえさんに逢える気がするから‥」と汗で湿った額の前髪を掻き分けながら苦虫を噛み潰す。
血の欲求は以前貰った薬で抑えられては居るが(土方、山南と供に沖田にも渡されていた)唯、労咳の証明は隠そうとしてもやはり隠し切れず、苦しむ沖田は何度も井吹の前で吐血して終っており、井吹の両手を何度も己の鮮血の薔薇で、ズタズタに傷付けては穢していた。
「‥水、持ってくるよ‥」
何度も自身の手を真っ赤に染め上げられながら痛みの無い傷を造り、其れでも沖田を庇い看病をしながら吐血の後処理を手伝い行う井吹の心は、精神的な重圧を心に負荷しすぎた所為で悟りを拓いたのかと言う程、無心且つ手際良く処理を行う様に成って征く。
「‥ゲホッ‥ッ‥!‥っ‥僕が死ぬのは構わないんだよ‥怖くも何ともない‥!でも‥僕は‥あの人の為に死ななきゃいけない‥だから、死ぬ時を間違えてはいけない‥っ‥!!」
「‥っ‥がはっ‥はぁ‥っ‥」
なまえが敵陣を四割斃した処である現状今日、彼にとって最大級の足枷である左胸の爆弾が此の大切な場面で爆音を奏で、ドクン、ドクン、と自己主張を蔑んでくれば、なまえの脳裏には金槌で錆びた金属を叩き打ち付ける様な不快感と共に、更に己の体内から忌々しい大罪の垢が零れ溢れると、戦場には侮辱を担いだ大罪の憎き華が見事に咲き誇る。
「‥げぼっ‥‥っ‥んな時に、出てきやがって‥!」
なまえは、舌打ちを咬ましながら荒い呼吸で眩暈や動悸を少しでも落ち着かせようとするが、無論、周りの状況は其んな事なぞ確実に許す筈も無く、寧ろ彼に大きな隙が出来たと幸運に思い直様、ガウン!ガウン!と下品に銃声を響き渡らせれば、容赦無くなまえの身体に銃弾を綺麗に撃ち込ませ、重たく冷たい鉛を貫通させた。
「畜生‥っ!急所を外したか!しかし化物地味た強さだな‥!早く殺しちまねぇと厄介だぜ‥」
なまえの持つ紅月は、一瞬だが白眼をぐりんっと剥きながら呻き、自然と勢いに任せて血液を体内から口内に向けてボダボダボタァッ‥!と激しく吐き散らかせば、撃ち抜かれた傷口からは、シュゥゥッ‥!と熱い銃弾の煙を上げる。
その様を見た敵連中は、歯茎に力を入れギリギリ‥ッと噛み磨り潰し、仕留め損ねたと物凄く悔しそうな表情をし声をあげ、更に周りへと確実に仕留める様に煽れば、戦場の男達の汚く荒びた声は、猛獣が叫んでいる様な音響にも聴こえた。
ーードクン、ドクン、
烏が、甲高い声で村の不幸の告げた今宵は、紅い月の夜。
空が怯え泣き、雨が滴りはじめ、妖烏はただただ喘いだーー在の宵。
ーードク、ドク、ドク、
其れを殺そうとする村の鬼をドロドロに溶かしていき、屋敷はみるみる戦場となり、墓場になり死体の海になり、腐り爛れた繭を纏えば、其れは其れは見事な地獄絵図の完成をさせた在の宵を。
ー ー ド ク ン 。
チカチカと紅月の水面にフラッシュバックする在の宵の情景、引き鉄を合図に目覚めた残忍な覚醒、甦る
(彼が産まれて、死んだ宵)
『 カ チ リ 』。
「ーーッ、アアアアーーッ!!この‥バケモノがァァッ‥!!!」
【黴びた筆でボトッと血痕を垂した腐った臭い、壊れたオモチャを積み完成した屍の膿】
時計の針が、カチ、カチ、カチ、と一秒刻む事に人間一匹ずつ死んで逝く、目を充てては要られなくなる本能で穢される殺戮に、闃寂を充填に檄を飛ばす。
痛みを誤魔化し叫ぶ余裕すら与えない、現場に残されたのは恐怖感に喰われ殺された人間の愚かな叫びと、汚物が混じる溝色の絡み付いた雨だった。
He knows my secret.
(秘密を握られている)
然程、秒針の刻みも少なく妖鬼の強欲で支配していた静寂の中で九割終えた頃、なまえの身体に限界反動が生じる。
【猛毒】による心臓のリスク、連結鍵の主人への見限り、その証明である左腕への戒めの大火傷ーー
様々な悪足掻きの上で、妖鬼の弱点である連結鍵のマイナス要素に過剰し、力量を伴わない器での半ば無理矢理抉じ開け覚醒させた彼への罰が発生条件が揃い、烈しい苦しみを味わう事と鳴る。
「‥‥!?」
瞬に左腕の大火傷から物凄く熱くて鋭い痛みが一直線に奔ったかと思えば、落雷した稲妻の様な閃光が電光石火の如く腕から肩に掛けて光り、彼の痛覚が引く感触も許されぬ儘、なまえの左腕は瞬時にボロボロボロッ‥と丸焦げに為り、其の儘、地面に墜ち霞み滅んで炭に代わり終えば、無論、柄の支えを失った反動で、ガタン‥と漆黒刀をも供に、地に虚しく遊び転がって終うのであった。
ボタボタボタ‥ッと肩から溢れる妖鬼の血液は、啜り泣く墨汁の空を浮き世に連動させながら、なまえの生命の砂時計の砂の残りを示していたのかも知れない。
彼は如何なる死に方で在ろうとも決して綺麗な死に方では無いのだから、せめて彼自身で最も悔いの無い死に方を選ばなくては成らない。
生きる義務、死ぬ権利で冴えも、灰色の線の中で溺れ捥がいて居るのだから。
先程の烈しい電光石火の際に、井吹が御護りだと称した筈の、しかし彼を護り契れなかった【印籠】も、パァァンーー!と落雷により無惨にも抉られ破裂し、中身の金平糖や淡い色の飴玉は粉々に焼き爛れ灰に成って逝くが、しかし不思議な事に、印籠の精一杯の代償としてなのか、なまえが印籠の底に仕込んだ紙だけは無事に残っていた。
「‥今の目が焼ける様な凄まじい光は一体‥!?それに黒い煙があがってるし少し臭うな‥。まさか‥こんな狭い場所で戦でもしてるのか?」
偶然なのか必然なのか?丁度、なまえのいる場所付近に居合わせており、華麗なる馬の蹄の鳴らす音とは裏腹に、先程の閃光をハッキリと見て驚き叫ぶ井吹と、彼の言う光が見えた付近から荒れた灰煙が上がるのを見た沖田は、物凄く嫌な胸騒ぎを覚えれば「‥っ‥!?まさか‥!」と翡翠に哀を映り込ませながら、其の場に向かう様にと馬を更に急がせた。
昔から、なまえの事に対しては一番に的確に鼻が効き、尚且つ鋭く感付き気付く彼だからこそ、今回の嫌な胸騒ぎは同化、己の全くの勘違いであって欲しいと心から深く願った。
「‥なまえさん‥っ‥!」
「‥舐めんな?
左が無いなら、右がある、」
あーあ、土方さん専用のリード紐(包帯)が無くなって怒られちまう、と頭ポリポリ‥と掻きながらあっけらかんと放ち、己の肩からジャラッ‥と雁字搦めの鎖の音を鳴らした後、主人から既に対価を支払い請け機能停止せざる得なく、使い物に成らなく成って仕舞った連結鍵に手を掛けたなまえは、いつぞやか醜い医者から切札だと囁かれ狙われていた中身を使用する為、上部の瓶の蓋を己の歯でギリッ‥と開け、外れた蓋をべっと地に吐き捨てれば、みょうじ一族の何百のトラウマを混ぜた血液を己の頭から顔面にドロォッ‥と賭け、腐った紅月を別色で毒々しく無理矢理に濁らせると、先程の落雷で灰に成って仕舞った金平糖だった炭霞を、べろっと舌舐めずりし、虚無に滴る運命論と粘っ濃い忠誠を供に味わう。
「‥むこうで人待たせてんだ、
‥死んでやらねーよ、どあほ、」
左肩からの廃と血液、廃棄
be steeped in vice
(悪に染まれ)
脆くて弱い境界線から食み出したのは、研ぎ忘れた爪を立てた貴様等の方だ。
左腕の劫火、桜花爛漫
(終生の誓い)(報いる恩義)
ーーー
傑人の腹悪し、
ならば畏憚に決着を問う
「もう、戻れない」