必然の邂逅、薄桜を語る蓋然の要
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あちこちから浪士たちが集まっている今の京は、決して平穏な場所ではない。
主家を持たない浪士達は、人々から無理矢理、金を巻き上げ、侍という権力を笠に着て、暴力を振るう乱暴な浪士達も集まっている京の都。
夕方も眠り夜が訪れる京の町で、千鶴は、己の父親の安否を心配していた。
(松本先生の自宅は解ったけれども、留守だったなんて…)
そして先程の目的を果たし、その結果にもがっくり肩を落とすが、落ち込んでる暇は無いと気合いを入れ直し、夜の空を見上げる。
ーー「道中気をつけな」ー…
先程出会った、己の口に大福を押し込んできた男の言葉を頭の中でリフレインさせると、まずは泊まる場所を探さなくちゃ、と千鶴は、大股で歩き出した。
(袴も履いてるし、男の子に見えるように変装したのにな…)
又しても千鶴の脳裏を、先程の悪戯な笑みを浮かべ、「嬢ちゃん、」と投げる男の顔が支配する。
(…もうっ、あの人の事はもういいってば!)
顔を赤く染めながら、脳裏に浮かぶ彼の顔をパッと消し払っていると、いきなり後ろから「おい、そこの小僧」と話しかけられた。
弾かれたように振り返れば、三人の浪士が千鶴に視線を向け、ニタニタと笑っており、千鶴は、…何か?と平静を装いながら、とっさに小太刀へと手をかけ、今まで学んできた護身術を繰り出せるように姿勢を直す。
しかし、三人を一度に相手取るのはさすがに…と冷静に判断し、ぐっと相手を睨む。
浪士達は、千鶴の持つ小太刀を見て厭らしく笑い、寄越せと申し出てきたが、家に代々受け継がれる大切な小太刀を絶対に渡すわけにはいかず、千鶴はきびすを返し、一目散に逃げ出した。
ーーー
(…っ、しつこいなぁ…!)
ずいぶん走って逃げてきたような気がするけど、浪士達は怒鳴りながら追いかけてくるので、千鶴は更に狭い路地を駆け抜ける。
彼らがまだ追いついてこないのを確認し、千鶴は家と家の間に身を滑り込ませ、立てかけられた木の板で姿を覆い隠した。
「…あれ?」
千鶴は、どこ行ったんだ、と彼らの怒声を荒げる場面を想像していたが、いくら待っても浪士達は現れない。
「ぎゃあああああああ!!」
その時、彼らの絶叫が聞こえてきた。
静かに隠れ続けるのが本来なら一番賢い行動なのだろうがーー。
人の命を刈り取る可能性を秘めた、得体の知れない何かが間近に存在しているのを察すれば、千鶴は、怖くて怖くて堪らなくなった。
そして何故か、その【何か】を知ろうとしてしまうのだった。
綺麗な満月に悪戯に囁かれ、楚々のかれて仕舞ったかのように…路地から顔を出し、駆けてきた道を覗き込む。
その瞬間、千鶴の目の前に月光に照らされた白刃の閃きと、翻る浅葱の羽織ーー…。
「ひひっ、ひひ」
浅葱の羽織を着た人々は、助けてと命をこう先程の浪士達に躊躇いなく刀を振るい、断末魔に甲高い哄笑が重なった。
(…あ、あ…)
今、目の前で繰り広げられている無惨な殺戮に、千鶴は足に力が入らずその場にへたり込んでしまった。
千鶴の存在に気がついた浅葱は、ゆったりと彼女に向き嗤い、じりじり…と近づく。
千鶴は、頭では早く逃げなければ、と理解はしているが…体が言うことを聞かず恐怖で振るえ、動く事が出来ずに息を飲む。
「…ひ…っ…!!」
もう駄目だっ…!と歯を噛み締めた時、彼らは千鶴に触れる寸前で、より鋭い白光に両断され、ビチャ…と音をたて地面に鮮血を撒いた。
生ぬるい血液を浴び、更に増して千鶴の胸に生まれた嫌悪感は、その直後、 歴史を熨せた真っ直ぐの淡い吹が勢いよく貫くように翔け、吹き飛ばされたのだった。
「僕ひとりで始末しちゃうつもりだったのに。
一君、こんな時に限って仕事が速いよね。」
その人の声は弾むように恨み言を告げながらも、楽しそうに微笑む。
「あんたと違って、俺に戦闘狂の気は無い。」
一君、とよばれた人物が恨み言に返せば、楽しそうに微笑んでいた人物は「うわ、ひどい言い草だなあ。なまえさんに告げ口してやるんだから。」と否定せず呟けば「…っ、あんたは…何かとすぐ…!」と放ち、あの人を巻き込むな、と力強く続ける。
恐らく普段は常に冷静であろう顔を、なまえさんという人物の名前を聞いた瞬間、感情的になりギリッと歪ませた。
そして、次いでと言わんばかりに呆れ混じりに溜め息を吐き、不機嫌そうに、千鶴に視線を投げかけてきた。
「あんたを生かすか殺すかは…俺たちが下す判断じゃない。」
千鶴は、彼らの言動に組織的な気配を感じると共に、浅葱色の服を着込んだ集団の話を思い出す。
「っ、まさかーー」
不意に影が差したと思えば、なびく漆黒の髪に、千鶴は息を飲む。
「…運の無い奴だ」
ーーー
「はー…また羅刹?」
つい先程、屯所に帰って来たなまえは一度、井戸で口を洗ってから大広間にあがる。
何時も騒がしい幹部連中の声が聞こえないと思ったら、広間には近藤しか居らず、静かな理由を問えば、幹部連中は逃げ出した羅刹の捕獲に出払っている、と近藤は説明するのだった。
なまえは、ふーん…と返し、先程川に流した大福を思い出してみると、あん時に吐血して駄目にしなきゃ今頃こっそり二人で…!とまた更にずーん…と肩を落とすのであった。
「なまえ、どうかしたか?」
近藤が落ち込むなまえの顔をのぞき込むと、なまえは慌てて「いやいや、なんでもねーよ、」と返し、俺も羅刹捕獲に行ってこよーか、と背を向けた瞬間、鋭い目つきをした近藤から肩をグイッと捕まれ、無理矢理グイッと向かされた。
「…んぐ?」
え、何だ?と少し怯み、なまえは困った顔で近藤に返すと、近藤は鋭い目をしながら低い声で言葉を放った。
「なまえ、凄く顔色が悪いぞ。体調が悪いのか?」
お前はすぐ無理をして、周りに言わないからな、と問いただすと、なまえはギクッと顔を引きつらせ、大丈夫、と答えるのだが…。
「…やはり、幹部の仕事をしながら、勘定方に監察方にも携わるのは身体に負担が掛かりすぎなのではないか?」
近藤は、珍しく怒る表情をし、やはりなまえの仕事を減らすと言い出すと、なまえは「俺が好きでやってんだから!」と説得するが、近藤の顔は渋いままで退こうとしない。
「…わかった、わかったから!
俺、今日はちょっと疲れちゃったかなー?
今日は皆に任せて、風呂入ってもう寝て良い?」
さっさと治して復活させるー、なんて困り果てた顔で伝え、ひくひくっ、と口を引きつりながら近藤に縋ると、近藤は「そうしなさい!寒いんだから暖かくして寝るんだぞ。」となまえの部屋に駆け込み、布団を敷き始めたのだった。
(…むー、)
なまえは、皆が寒い夜の外で仕事しているのに、自分だけさっさと風呂に入り、布団でぬくぬくしているのを心苦しく感じてしまう。
(ごめんな…)
なまえは、やはり疲れていたようで睡魔はすぐに襲い、皆に謝罪しながら夢の中に堕ちた。
「…む、」
なまえは、雀のチュンチュン…という鳴き声と、外から洩れる眩しい朝の光と……何故か自分の身体に掛かる重さのせいで発生する、息苦しさで目を覚ました。
(…つーか、重てーよ、)
朝だ、と思い身を捩り、面倒くさそうに少し眼を開けて息苦しい正体を見てやると、視界いっぱいに沖田の顔が映った。
「…っ、総司!!」
空気で驚いた声を出した後、てめーは怨念を抱く亡霊か!としっかり声を出して叫びながら頬をつねれば、沖田は目を覚まし眠気眼を擦りながら「あれー?もう起きちゃったんですか?」と言いながら、スリスリ…となまえをすり寄り、ぎゅーっと抱きしめる。
「寝ぼけてんじゃねー、此処、俺の部屋、」
さり気なくなまえの寝間着の胸元からスルスル…っと手を入れてくる沖田に、なまえはぺしっと払うと、沖田はちぇっ、と言いながら悪戯な笑みを浮かべる。
「やだなぁ…僕、なまえさんが体調悪いって聞いたから、心配して添い寝しに来たのにー」
本当は、夜這いしに来たかったんだけど?なんて甘えたな表情でなまえに放てば、なまえは、おまえなー…なんて溜め息を吐いた後、一応、心配してくれた沖田にお礼を言う。
「…わり、昨晩、大変だったんだべ?」
よしよし、と頭を撫でながら沖田に謝ると、沖田は一瞬頬を染めるが、すぐさま悪戯な笑みを浮かべ、じゃあさ…と続ける。
「おはようの接吻で、許してあげる。」
グイッとなまえを布団に押し倒し、沖田はウットリした顔で、なまえの顔の横に手を置き身体を支えながらゆっくりと顔を近づける。
(…まだ、寝ぼけてんのか…)
はだけた寝間着を直す事も出来ず、組み敷かれている状況になまえはギョッとするが、仕方ねーな、と呟き顔を近づける沖田の腰をグイッと掴む。
「…っ!?」
いきなり掴まれ、ビクッと身体を跳ねらした、沖田の一瞬の隙をつき、なまえはそのまま沖田の腰を掴み、逆に布団に押し倒した。
ドサッ…と音が聞こえたと思えば、沖田の視界には天井と、寝間着をはだけさせるなまえの激しく妖艶な己を見下す顔。
先程の立場がまるっきり逆転し、沖田は顔を真っ赤に染めて慌てふためくが、なまえは彼の耳元に唇を寄せ、彼の耳朶をぺろっと舐め、一言囁く。
「いい加減、起きやがれ?」
それだけ放つと、何事も無かったように離れ、放心状態の沖田をよそにさっさと着物に着替え、おら、行くべ、と襖に手を掛ける。
「…なまえ…さ…ん…、
やばい…!僕…朝から…寧ろ朝だから…勃…っ…」
沖田は、先程のなまえが脳裏から離れず、顔を真っ赤に染めながら、フラフラと何かを庇うように歩き、愛しい彼の後ろを付いていった。
「あ?意味わかんねー事言ってねーで、さっさと行け、」
源さん呼んでっから早くしろ、とフラフラな沖田の背中をばしっと叩けば、なまえさんなまえさんなまえさん…と息づかいが荒いまま井上の元へ行く沖田。
(おー、とうとう壊れたか、)
なまえが沖田の背に向かい、南無南無…と手を合わせていると後ろから皆の声がして、見事に体調を心配され、なまえは振り返り、昨晩の御礼を皆に伝えた。
「めんどくせーもん、拾っちまったなー、」
昨晩の事情を幹部連中から聞いたなまえは、最後に土方を見ながら苦笑いを零した。
「今、源さんと総司が奴を此処に連れてくるから、なまえも話聞いて奴の処遇の判断をしてくんねえか。」
土方は、仕方ねえだろと言いたげな視線でなまえの苦笑いを返すと、言葉を放つ。
(んー、運がわりーな、)
捕まった奴も可哀想に、と考えていると、井上と沖田が例の人物を連れてきた。
ーーー
(…っ…)
幹部達に昨晩の事を話して欲しい、と言われ縄を解かれた千鶴は、大広間に集まる幹部達の前に立ち、突き刺すような視線に身を固くする。
「…ん…?」
幹部の誰かの声だろう、少し素っ頓狂な声に周りの空気は緩み、千鶴は痛々しい視線から助けられた。
「…なまえ、まさか知り合いか…?」
土方が声を掛けると、なまえは己の拳と掌を合わせ、ぽんっ!と鳴らして大きな声で言い放つ。
「あんた、あん時の大福泥棒、」
食い物の恨みは怖いぜ、と千鶴に顔をあわせると、千鶴は「あああっ!」と叫び、すぐさま「泥棒って…!あなたが口に詰め込んだんじゃないですか!」とぎゃーぎゃー言い合いが始まる。
その二人に周りは、ぽかん…となってしまい、次第に土方がフルフル…と怒りに震え、「いい加減にしろ!!」と大広間に怒声が響き渡った。
ーーー…
「こいつが失礼な事言うから、」
なまえは、千鶴との出逢いの説明を皆にした後、じろっと千鶴を見ると、千鶴も頬を膨らませ、謝ったじゃないですかっ!と返す。
千鶴は、顔見知りのなまえが居てくれたお陰で緊張や不安がスッと無くなり、とても安心したので、口には出さず心の中で感謝を送った。
「つーか、捕まったのってあんたかよ、気ぃつけろって言ったべ?」
やれやれ、って顔で千鶴の頭をコツンと小突くと、千鶴は頬を染めながら「だって…」と呟いた。
無駄口叩いてんじゃねーよ、と土方から会話を遮られ、平助から本題を降られれば、また雑談が始まり、近藤が気前よく自己紹介をし始めてしまう始末。
「さて、本題に入ろう。
まずは改めて、昨晩の話を聞かせてくれるか。」
ーーー
昨晩の件や、千鶴の父親ーー綱道を探しに京に来たという事情も伝えると、千鶴は土方の小姓として新選組に身を置く事になった。
女がいると華やかだよなー、なんて喜ぶ永倉に、なまえは「女にあめーよな、新八、」と投げると、永倉はなまえの腰に手を回しニヤニヤしながら抱きついた。
「あれ?なまえちゃん、嫉妬?」
でれでれーっと鼻をのばしながら、なまえちゃん一筋だから安心しろよ、と耳元で囁かれたなまえは、「どあほ、」と永倉の頬をむぎーっと強くつねった。
その場面を見て、仲が良いんだなあと和みクスッと笑う千鶴は、 なまえの傍に近づき「なまえさん、これから宜しくお願いします。」と頭をぺこっと下げる。
「ちっ…しゃーねーなー、
俺が女世話すんの、お嬢が特別、」
めんどくせー、ありえねーと頭を掻く仕草をした後、そいや、まだ大福の恨み晴らしてねーや、と悪戯に言えば、千鶴の顔はふわっと柔らかく微笑むのだった。
(なまえさん、うん…!
みょうじさんより、しっくりくるよね?)
少し、赤く頬を染めながら
千鶴と新選組の物語、
いざ、開幕ーー…
必然の邂逅、薄桜を語る蓋然の要
(名前でなんか呼ばねーよ)(お嬢、でいーべ?)
ーーー
千鶴ちゃん、新選組に突入!
なまえ君含め、宜しくね。
主家を持たない浪士達は、人々から無理矢理、金を巻き上げ、侍という権力を笠に着て、暴力を振るう乱暴な浪士達も集まっている京の都。
夕方も眠り夜が訪れる京の町で、千鶴は、己の父親の安否を心配していた。
(松本先生の自宅は解ったけれども、留守だったなんて…)
そして先程の目的を果たし、その結果にもがっくり肩を落とすが、落ち込んでる暇は無いと気合いを入れ直し、夜の空を見上げる。
ーー「道中気をつけな」ー…
先程出会った、己の口に大福を押し込んできた男の言葉を頭の中でリフレインさせると、まずは泊まる場所を探さなくちゃ、と千鶴は、大股で歩き出した。
(袴も履いてるし、男の子に見えるように変装したのにな…)
又しても千鶴の脳裏を、先程の悪戯な笑みを浮かべ、「嬢ちゃん、」と投げる男の顔が支配する。
(…もうっ、あの人の事はもういいってば!)
顔を赤く染めながら、脳裏に浮かぶ彼の顔をパッと消し払っていると、いきなり後ろから「おい、そこの小僧」と話しかけられた。
弾かれたように振り返れば、三人の浪士が千鶴に視線を向け、ニタニタと笑っており、千鶴は、…何か?と平静を装いながら、とっさに小太刀へと手をかけ、今まで学んできた護身術を繰り出せるように姿勢を直す。
しかし、三人を一度に相手取るのはさすがに…と冷静に判断し、ぐっと相手を睨む。
浪士達は、千鶴の持つ小太刀を見て厭らしく笑い、寄越せと申し出てきたが、家に代々受け継がれる大切な小太刀を絶対に渡すわけにはいかず、千鶴はきびすを返し、一目散に逃げ出した。
ーーー
(…っ、しつこいなぁ…!)
ずいぶん走って逃げてきたような気がするけど、浪士達は怒鳴りながら追いかけてくるので、千鶴は更に狭い路地を駆け抜ける。
彼らがまだ追いついてこないのを確認し、千鶴は家と家の間に身を滑り込ませ、立てかけられた木の板で姿を覆い隠した。
「…あれ?」
千鶴は、どこ行ったんだ、と彼らの怒声を荒げる場面を想像していたが、いくら待っても浪士達は現れない。
「ぎゃあああああああ!!」
その時、彼らの絶叫が聞こえてきた。
静かに隠れ続けるのが本来なら一番賢い行動なのだろうがーー。
人の命を刈り取る可能性を秘めた、得体の知れない何かが間近に存在しているのを察すれば、千鶴は、怖くて怖くて堪らなくなった。
そして何故か、その【何か】を知ろうとしてしまうのだった。
綺麗な満月に悪戯に囁かれ、楚々のかれて仕舞ったかのように…路地から顔を出し、駆けてきた道を覗き込む。
その瞬間、千鶴の目の前に月光に照らされた白刃の閃きと、翻る浅葱の羽織ーー…。
「ひひっ、ひひ」
浅葱の羽織を着た人々は、助けてと命をこう先程の浪士達に躊躇いなく刀を振るい、断末魔に甲高い哄笑が重なった。
(…あ、あ…)
今、目の前で繰り広げられている無惨な殺戮に、千鶴は足に力が入らずその場にへたり込んでしまった。
千鶴の存在に気がついた浅葱は、ゆったりと彼女に向き嗤い、じりじり…と近づく。
千鶴は、頭では早く逃げなければ、と理解はしているが…体が言うことを聞かず恐怖で振るえ、動く事が出来ずに息を飲む。
「…ひ…っ…!!」
もう駄目だっ…!と歯を噛み締めた時、彼らは千鶴に触れる寸前で、より鋭い白光に両断され、ビチャ…と音をたて地面に鮮血を撒いた。
生ぬるい血液を浴び、更に増して千鶴の胸に生まれた嫌悪感は、その直後、 歴史を熨せた真っ直ぐの淡い吹が勢いよく貫くように翔け、吹き飛ばされたのだった。
「僕ひとりで始末しちゃうつもりだったのに。
一君、こんな時に限って仕事が速いよね。」
その人の声は弾むように恨み言を告げながらも、楽しそうに微笑む。
「あんたと違って、俺に戦闘狂の気は無い。」
一君、とよばれた人物が恨み言に返せば、楽しそうに微笑んでいた人物は「うわ、ひどい言い草だなあ。なまえさんに告げ口してやるんだから。」と否定せず呟けば「…っ、あんたは…何かとすぐ…!」と放ち、あの人を巻き込むな、と力強く続ける。
恐らく普段は常に冷静であろう顔を、なまえさんという人物の名前を聞いた瞬間、感情的になりギリッと歪ませた。
そして、次いでと言わんばかりに呆れ混じりに溜め息を吐き、不機嫌そうに、千鶴に視線を投げかけてきた。
「あんたを生かすか殺すかは…俺たちが下す判断じゃない。」
千鶴は、彼らの言動に組織的な気配を感じると共に、浅葱色の服を着込んだ集団の話を思い出す。
「っ、まさかーー」
不意に影が差したと思えば、なびく漆黒の髪に、千鶴は息を飲む。
「…運の無い奴だ」
ーーー
「はー…また羅刹?」
つい先程、屯所に帰って来たなまえは一度、井戸で口を洗ってから大広間にあがる。
何時も騒がしい幹部連中の声が聞こえないと思ったら、広間には近藤しか居らず、静かな理由を問えば、幹部連中は逃げ出した羅刹の捕獲に出払っている、と近藤は説明するのだった。
なまえは、ふーん…と返し、先程川に流した大福を思い出してみると、あん時に吐血して駄目にしなきゃ今頃こっそり二人で…!とまた更にずーん…と肩を落とすのであった。
「なまえ、どうかしたか?」
近藤が落ち込むなまえの顔をのぞき込むと、なまえは慌てて「いやいや、なんでもねーよ、」と返し、俺も羅刹捕獲に行ってこよーか、と背を向けた瞬間、鋭い目つきをした近藤から肩をグイッと捕まれ、無理矢理グイッと向かされた。
「…んぐ?」
え、何だ?と少し怯み、なまえは困った顔で近藤に返すと、近藤は鋭い目をしながら低い声で言葉を放った。
「なまえ、凄く顔色が悪いぞ。体調が悪いのか?」
お前はすぐ無理をして、周りに言わないからな、と問いただすと、なまえはギクッと顔を引きつらせ、大丈夫、と答えるのだが…。
「…やはり、幹部の仕事をしながら、勘定方に監察方にも携わるのは身体に負担が掛かりすぎなのではないか?」
近藤は、珍しく怒る表情をし、やはりなまえの仕事を減らすと言い出すと、なまえは「俺が好きでやってんだから!」と説得するが、近藤の顔は渋いままで退こうとしない。
「…わかった、わかったから!
俺、今日はちょっと疲れちゃったかなー?
今日は皆に任せて、風呂入ってもう寝て良い?」
さっさと治して復活させるー、なんて困り果てた顔で伝え、ひくひくっ、と口を引きつりながら近藤に縋ると、近藤は「そうしなさい!寒いんだから暖かくして寝るんだぞ。」となまえの部屋に駆け込み、布団を敷き始めたのだった。
(…むー、)
なまえは、皆が寒い夜の外で仕事しているのに、自分だけさっさと風呂に入り、布団でぬくぬくしているのを心苦しく感じてしまう。
(ごめんな…)
なまえは、やはり疲れていたようで睡魔はすぐに襲い、皆に謝罪しながら夢の中に堕ちた。
「…む、」
なまえは、雀のチュンチュン…という鳴き声と、外から洩れる眩しい朝の光と……何故か自分の身体に掛かる重さのせいで発生する、息苦しさで目を覚ました。
(…つーか、重てーよ、)
朝だ、と思い身を捩り、面倒くさそうに少し眼を開けて息苦しい正体を見てやると、視界いっぱいに沖田の顔が映った。
「…っ、総司!!」
空気で驚いた声を出した後、てめーは怨念を抱く亡霊か!としっかり声を出して叫びながら頬をつねれば、沖田は目を覚まし眠気眼を擦りながら「あれー?もう起きちゃったんですか?」と言いながら、スリスリ…となまえをすり寄り、ぎゅーっと抱きしめる。
「寝ぼけてんじゃねー、此処、俺の部屋、」
さり気なくなまえの寝間着の胸元からスルスル…っと手を入れてくる沖田に、なまえはぺしっと払うと、沖田はちぇっ、と言いながら悪戯な笑みを浮かべる。
「やだなぁ…僕、なまえさんが体調悪いって聞いたから、心配して添い寝しに来たのにー」
本当は、夜這いしに来たかったんだけど?なんて甘えたな表情でなまえに放てば、なまえは、おまえなー…なんて溜め息を吐いた後、一応、心配してくれた沖田にお礼を言う。
「…わり、昨晩、大変だったんだべ?」
よしよし、と頭を撫でながら沖田に謝ると、沖田は一瞬頬を染めるが、すぐさま悪戯な笑みを浮かべ、じゃあさ…と続ける。
「おはようの接吻で、許してあげる。」
グイッとなまえを布団に押し倒し、沖田はウットリした顔で、なまえの顔の横に手を置き身体を支えながらゆっくりと顔を近づける。
(…まだ、寝ぼけてんのか…)
はだけた寝間着を直す事も出来ず、組み敷かれている状況になまえはギョッとするが、仕方ねーな、と呟き顔を近づける沖田の腰をグイッと掴む。
「…っ!?」
いきなり掴まれ、ビクッと身体を跳ねらした、沖田の一瞬の隙をつき、なまえはそのまま沖田の腰を掴み、逆に布団に押し倒した。
ドサッ…と音が聞こえたと思えば、沖田の視界には天井と、寝間着をはだけさせるなまえの激しく妖艶な己を見下す顔。
先程の立場がまるっきり逆転し、沖田は顔を真っ赤に染めて慌てふためくが、なまえは彼の耳元に唇を寄せ、彼の耳朶をぺろっと舐め、一言囁く。
「いい加減、起きやがれ?」
それだけ放つと、何事も無かったように離れ、放心状態の沖田をよそにさっさと着物に着替え、おら、行くべ、と襖に手を掛ける。
「…なまえ…さ…ん…、
やばい…!僕…朝から…寧ろ朝だから…勃…っ…」
沖田は、先程のなまえが脳裏から離れず、顔を真っ赤に染めながら、フラフラと何かを庇うように歩き、愛しい彼の後ろを付いていった。
「あ?意味わかんねー事言ってねーで、さっさと行け、」
源さん呼んでっから早くしろ、とフラフラな沖田の背中をばしっと叩けば、なまえさんなまえさんなまえさん…と息づかいが荒いまま井上の元へ行く沖田。
(おー、とうとう壊れたか、)
なまえが沖田の背に向かい、南無南無…と手を合わせていると後ろから皆の声がして、見事に体調を心配され、なまえは振り返り、昨晩の御礼を皆に伝えた。
「めんどくせーもん、拾っちまったなー、」
昨晩の事情を幹部連中から聞いたなまえは、最後に土方を見ながら苦笑いを零した。
「今、源さんと総司が奴を此処に連れてくるから、なまえも話聞いて奴の処遇の判断をしてくんねえか。」
土方は、仕方ねえだろと言いたげな視線でなまえの苦笑いを返すと、言葉を放つ。
(んー、運がわりーな、)
捕まった奴も可哀想に、と考えていると、井上と沖田が例の人物を連れてきた。
ーーー
(…っ…)
幹部達に昨晩の事を話して欲しい、と言われ縄を解かれた千鶴は、大広間に集まる幹部達の前に立ち、突き刺すような視線に身を固くする。
「…ん…?」
幹部の誰かの声だろう、少し素っ頓狂な声に周りの空気は緩み、千鶴は痛々しい視線から助けられた。
「…なまえ、まさか知り合いか…?」
土方が声を掛けると、なまえは己の拳と掌を合わせ、ぽんっ!と鳴らして大きな声で言い放つ。
「あんた、あん時の大福泥棒、」
食い物の恨みは怖いぜ、と千鶴に顔をあわせると、千鶴は「あああっ!」と叫び、すぐさま「泥棒って…!あなたが口に詰め込んだんじゃないですか!」とぎゃーぎゃー言い合いが始まる。
その二人に周りは、ぽかん…となってしまい、次第に土方がフルフル…と怒りに震え、「いい加減にしろ!!」と大広間に怒声が響き渡った。
ーーー…
「こいつが失礼な事言うから、」
なまえは、千鶴との出逢いの説明を皆にした後、じろっと千鶴を見ると、千鶴も頬を膨らませ、謝ったじゃないですかっ!と返す。
千鶴は、顔見知りのなまえが居てくれたお陰で緊張や不安がスッと無くなり、とても安心したので、口には出さず心の中で感謝を送った。
「つーか、捕まったのってあんたかよ、気ぃつけろって言ったべ?」
やれやれ、って顔で千鶴の頭をコツンと小突くと、千鶴は頬を染めながら「だって…」と呟いた。
無駄口叩いてんじゃねーよ、と土方から会話を遮られ、平助から本題を降られれば、また雑談が始まり、近藤が気前よく自己紹介をし始めてしまう始末。
「さて、本題に入ろう。
まずは改めて、昨晩の話を聞かせてくれるか。」
ーーー
昨晩の件や、千鶴の父親ーー綱道を探しに京に来たという事情も伝えると、千鶴は土方の小姓として新選組に身を置く事になった。
女がいると華やかだよなー、なんて喜ぶ永倉に、なまえは「女にあめーよな、新八、」と投げると、永倉はなまえの腰に手を回しニヤニヤしながら抱きついた。
「あれ?なまえちゃん、嫉妬?」
でれでれーっと鼻をのばしながら、なまえちゃん一筋だから安心しろよ、と耳元で囁かれたなまえは、「どあほ、」と永倉の頬をむぎーっと強くつねった。
その場面を見て、仲が良いんだなあと和みクスッと笑う千鶴は、 なまえの傍に近づき「なまえさん、これから宜しくお願いします。」と頭をぺこっと下げる。
「ちっ…しゃーねーなー、
俺が女世話すんの、お嬢が特別、」
めんどくせー、ありえねーと頭を掻く仕草をした後、そいや、まだ大福の恨み晴らしてねーや、と悪戯に言えば、千鶴の顔はふわっと柔らかく微笑むのだった。
(なまえさん、うん…!
みょうじさんより、しっくりくるよね?)
少し、赤く頬を染めながら
千鶴と新選組の物語、
いざ、開幕ーー…
必然の邂逅、薄桜を語る蓋然の要
(名前でなんか呼ばねーよ)(お嬢、でいーべ?)
ーーー
千鶴ちゃん、新選組に突入!
なまえ君含め、宜しくね。